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海を見るな———脱出条件:感情を捨てろ

「そろそろ図書館が開きます……調べましょ」

「そう……だな、そう……だよ、な……」


渇探流は未だに『海の向こうの誰か』と話している愛生を見ながら———それでも、黄船について行った。

渇探流が歩き出すと、すぐに愛生がこちらを振り向く。———その、首の角度が、おかしかった。


「おっ?なんだ?渇探流は海、見ねぇのか?」


———その声は、『近すぎ』た。


「……海———?」

「あきまへん、かたるはん!!」


反射で渇探流が海を見ようとするのを、黄船が渇探流の顎を掴んで止めた。


「黄船……?どうした?」

「どうしたもこうしたもあらへんさかい!周りの人間見てみい!!」

「周りの……人……」


渇探流は『海の方向』を見つめて、ボケっと突っ立っている村人たちを見る。

渇探流の目に、海の方を向いたままの背中が並ぶ。

誰一人、瞬きをしていなかった。

———海の音が、何一つしない。


「あっ……俺……何を……?」

「さっきも見とったやろ、あの魚屋……目ぇ開いたままやのに、瞬き一つせぇへん」

「わっ……わかって、る……はず、なん、だ……」

「なんもわかっとらん」


そう言って、黄船は渇探流の手を引っ張った。


「おーい、渇探流ー?海、見ねぇのかー?綺麗だぞー?」


その後ろから愛生が声をかけてくる——渇探流は振り返らなかったが、それでも、その声は、ずっと後ろにあった。


「なんだー?置いてくなよー寂しいだろー!?」

「……図書館、行こうと、思って……」

「あー、もうそんな時間か!案内するぜ!!」


そう言って、愛生は渇探流の、黄船に繋がれていない方の手を取る。

その手は———やはり、温かすぎるほど、熱かった。

図書館はこぢんまりとしていた。

10人入ったらもう満杯ではないか?と言った風情の図書館は、三人を暖かく迎え入れてくれた。

静かだった。紙の擦れる音と誰かがページをめくる音だけが響いている。

司書さんなのだろうか、一人の若い女性が、渇探流たちが来たことに気づくと、席を立つ。


「いらっしゃいませ〜。本日は〜どのような資料を〜お探しですか〜?」


渇探流はとりあえず、「この村の歴史書ないしは郷土資料を」と、無意識のうちに言っていた。学者気質が全面に出ている。

黄船は、辺りを注意深く見回すと、渇探流の横に陣取った。どうやら、クリアリングは終了したらしい。


「……窓は、あまり見ぃへんように」

「……窓?」


そんなことを言われたら、見てしまうのが人間である。

渇探流はチラリと窓に視線を向け——窓の外に、同じ顔が並んでいた。

隙間なく、こちらを見ていた。

誰一人———瞬きを、してなかった。


「ひっ……」

「見るな言うたやろが……」

「見るなって言われたら逆に見ちゃうだろ!?」

「郷土資料〜こちらになります〜」


渇探流と黄船が言い争っているうちに、司書さんが資料を持ってきてくれた。

渇探流は無意識に資料に手を伸ばし、当たり前のように速読をしていく。

ペラリ、ペラリ。

黄船も横から覗き込むが渇探流の読むスピードが早すぎて、全くついていけない。

あっという間に資料を読み終えた渇探流は、パタンと本を閉じると、途方に暮れた表情で黄船を見上げた。


「黄船……」

「なんや?何が書いてあったん?」

「この村から———出れる」

「おっ、ホンマでっか?」

「ただし———代償が、必要だ」

「……はっ?」


黄船は一瞬言葉に詰まった後、それでも問うた。


「その、代償っちゅーもんは、なんなん?」

「……感情」

「……感情?」

「自分の……『根幹を揺るがす』……感情……」

「……地獄でっか?」


黄船の声が、静かな図書館に、ポツンと落ちた。

しかし、渇探流が話す地獄は更に続く。


「その代償を支払わなかった場合……三日後に———」


渇探流は、ごくりと唾を飲み込んだ。


「———この村の、『住人』に、なるらしい」

「……地獄でっか?」


黄船は、思わず同じツッコミをしてしまった。


「根幹を揺るがす感情て……うちの場合、物……『金』……か……?困るどころの話やあらへんで?」

「俺の……場合は……」


そう言って、渇探流は俯いた。


「まあ、ここの住人になるよか百倍マシどす。その『代償』を捧げるって、どないしはるん?」

「この先……役場の後ろに、洞穴に繋がる、穴があるらしい……そこに進んで……『門』を、閉じれば……帰れる」

「……なんや、代償以外は、割と簡単やん」

「その……門を……閉じた場合……『帰ってきた』ものは……消える……」

「……んっ?」


黄船は、思わず愛生の方を見た。愛生は、いつものカラッとした笑顔を浮かべてはおらず、『無表情』であった。


「———『帰って、来た者』?」


黄船は、愛生を見ながら、そうこぼした。

少しでも続きが気になったら、ブックマークしてもらえると励みになります。

———この世界は、選ぶたびに何かを失うので。

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