朝市に来たら全員海を見て固まってるんだが
「「———!!」」
二人は、同時にガバリと起き上がった。
死ぬ時の感触が、生々しく残っている。
———骨が鳴る音が、まだ耳に残っていた。
二人は汗だくになりながら、顔を見合わせた。
「あっ———」
「えと……」
そして二人は同時にこう思った、『こいつの名前、なんだっけ?』と。
「えっと……ええと……き、ふね……そうだ……きふね……だよ、な……?」
「ええ、ええとぉ、そんな、名前やった……気ぃ、します……あんさんは……ええと……かた……る……はん?で、あってましたっけ……?」
「……俺……そんな……名前……だった……っけ……?」
「「…………………」」
二人は、間抜けな表情でお互いを見つめあったあと———青ざめた。
「……あかん。あかんでかたるはん。ホンマ早くここ出ないと———取り込まれますわ」
「そう……だな……やっぱり……おかしい……よな……」
「しっかりしておくれやす!!『人類最後の希望』どすえあんさん!!」
「だからそれは俺が望んだことじゃないって言ってるだろう!?」
「おーーーい?渇探流ーー?黄船ーー?起きてんなら、朝食にするから支度して出てこーい」
愛生の声が入り口から聞こえてきて、黄船は警戒し、渇探流はホッと息を吐いた。
「よっ……よかった……名前、あってた……」
「この……!!ホンマそろそろシャンとせんと、ぶっ飛ばしますえ!?」
「わっ、わかってる。わかってるよ!」
「ホンマこのポンコツ……!!」
「誰がポンコツだ誰が!!」
「あんさん以外に誰がおりますぅ!?」
「朝から元気だなーお前ら!」
あはは!と、愛生の笑い声が、入り口から聞こえてきた。
そして身支度を整え———愛生が用意してくれたこれまた水みたいな食事を食べた後、渇探流と黄船は早速探索しに旅館を出た。
もちろん、愛生もいっしょだ。
愛生は渇探流と手を繋いで、カラッとした笑顔で、「今なら港のほうで朝市やってるぞ!」なんて言ってる。
「腹……は、減ってる、が……」
「あきまへん。かたるはん、あきまへんえ」
「わかってるよ!愛生、図書館って何時から開いてるんだ?」
「ん?そうだな、8時30分からだから、まだ開いてないなー」
「そっ、そうか……」
「役場も同じ時間に開くから、今行けるとしたら朝市ぐらいだぞ?」
「…………………」
渇探流は黄船の方を見る。黄船は、ため息を吐いた。
「ほな……時間潰しに行きまひょか……」
「おっ、おう」
「朝市だな!おすすめスポットなんだぞ!!」
愛生は渇探流の手を引いて、港へと連れて行った。
———そしてそこは、地獄だった。
「……なんで……みんな……海を見てるんだ……?」
「えっ?だって、海は見るものだろう?」
渇探流の言葉に、愛生は軽く返答した。
しかし———状況は、全くもって軽くなかった。
朝市で魚を売っている店員、船に乗っている漁師、買い物に来た客。
その全てが、全員が———海の方を向いて、ボーッと突っ立っているのだ。
「……あきまへんなぁ……」
「愛生……これ、買い物はできないんじゃないか……?」
「えっ?できるさ!おばちゃーん!これ『もらって』いくな!」
「えっ……?」
愛生はそう言って、店先に並べられていた刺身を取った。
店員は、ボーッと海を見ている———その、瞳に、蝿が止まった。
「あっ、愛生……これ……!!」
「んっ?なんだ?どうした渇探流」
「いや……買い物とか言う次元とちゃうて……」
「おばちゃんがいいって言ってるんだからいいんだよ!なー!!おばちゃん!!」
愛生がそう声をかけるが、店員は相変わらず、ボーッと海を見たままである。
蝿が、その瞳を駆け上がって———飛び立った。
その間、店員は———いや、この朝市にいる全員が、瞬きひとつ、しなかった。
「……っつ、愛生……」
「……かたるはん、そろそろ、受け入れまひょ……」
「それは……!わかって、る……」
渇探流は、拳を握りしめた。
「———あっ、おーい」
突然、愛生が海に向かって手を振り出した。
渇探流と黄船はつられて海を見てみるが———何もない。いや、何か———違和感。
「……愛生?」
「今日も元気だなー!」
愛生は『何か』に向かって手を振っているが、その視線は———海を見ていない。
ここで、違和感の正体がわかった。
波のさざめきが、聞こえて来ないのだ。海のさざめきどころではない。この、朝市の空間全体の音が、『無い』のだ。
「……早く行きまひょ、かたるはん」
黄船は、渇探流の手を取った。
黄船が少し引っ張ると、渇探流の手は、するりと愛生から抜け出る。
愛生の温かい手とは違って、少し、黄船の手はひんやりとしていた。
———これが、通常の、人間の体温、だよな……
「こっちは順調だぜー!」
渇探流は未だに海に向かって手を振っている愛生を見て、泣きそうになった。
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———この世界は、選ぶたびに何かを失うので。




