海が赤いのも黒いのも普通だし、いつの間にか村民名簿に名前が載ってるのも普通
水族館は、本当に小さな水族館だった。大きな水槽がいくつかと、家庭用でもありそうな小さな水槽が所狭しと並んでいる。普通の水族館。
———ただし、そのすべての水槽が、『赤色』であることを除けば、であるが。
「……なんで、みんな赤いんだ……?」
「なんでって、海は赤いものだろ?」
「……黄船」
「こっちに話振らんといてもろて」
黄船は、二人から三歩ほど離れた位置で首を振る。
愛生はなんてことのないように、渇探流の手を引っ張った。
「お勧めはな、巨大水槽だ!たくさんの魚が見られるぞ!」
「おっ、おう」
と言って連れてこられた場所は———真っ黒な水槽だった。中が見えるもクソもない。
「ほら、綺麗だろー?」
「……黒い、な……」
「海は黒いものだろ?」
「さっきと言ってることが違うんだが」
「はははは」
「愛生、笑って誤魔化さないでくれ」
その時、バン!と、水槽の内側から———水かきのついた手が、こちらへ向けて叩かれた。
「ひっ……!?」
渇探流は思わず肩をすくめる。
———だから、ジャンプスケア系は苦手だと言っているだろうが!
渇探流は握られている愛生の手を、ギュッと握り返してしまった。それを受けて、愛生は朗らかに話し出す。
「これな、ここら辺でしか見れない『人魚』なんだぜ?」
「にっ……人魚?」
「そう、人魚!!珍しいだろ?」
「そりゃ……珍しい……な……?」
「いやそれで納得するんかい」
黄船がツッコんできたが、異形が普通に闊歩するこの世界。今更人魚の一つや二つ出て来ても反応が薄くなるのは当たり前だろうと言いたい。
「人魚は珍しいのか?黄船」
「人魚……は……珍しおすなぁ……」
「そうなのか」
ペタ、と、もう一つの手が水槽に張り付き———一瞬、どう見ても魚……いや、半魚人と言った方がいい顔が渇探流を見つめて———消えていった。
「……俺が想像してた人魚と違う……」
「期待はずれだったか?」
少し落ち込んだ声を愛生が出すので、渇探流は思いっきり首を横に振った。
「いいや!とても興味深い対象だ!!どんな生活形態してるんだ?餌は?生息領域はここら辺だけというが、何か条件があるのか?」
「……めっさ食いつくやん……」
「おお!興味持ってくれたか?図書館にこの街の資料あっから、あとで見に行くか!?」
「おう!行く!!」
「……お目目キラキラやん……」
ただ一人、ゲンナリとした黄船を連れて、水族館の案内は続く。
その途中で、この海の生態系コーナーがあったので、渇探流は吸い寄せられるようにそこへと足を運んだ。
手作り感満載のそこは、この港町の生態系を簡単に紹介している。
渇探流は興味深げに色々と見て回っていると———一冊だけ、このコーナーには似つかわしくない、革張りの本が置いてあることに気がついた。
渇探流は愛生の手を離し、その本に触れようとして———その手を、黄船に取られた。
「黄船?」
「渇探流はん、こういう本に、気軽に触ったらあかんて」
「……生態系コーナーに、置いてある本だぞ?」
「『革張り』っちゅー時点で、あかん」
「……なら、手袋をつければいいか?」
「どうしても読むん?きっと、後悔するで?」
「なんで決めつけるんだ?なあ、愛生。これは危険なものなのか?」
「いや?なんも」
「……ほら、愛生もそう言ってる」
「渇探流はん……はあ、もうええわ……」
黄船は舌打ちをして、渇探流から手を離した。渇探流は一瞬だけ迷ったが、いつも持っているフィールドワーク用の手袋を取り出してつけ、本をめくる。
そこには———人の名前が、びっしりと、書いてあった。
「……名前?」
ぺらり、ぺらり、と、ページをめくる。そこには知らない名前の羅列が書かれてあり———『皆吉愛生』の名前もあったので、渇探流は『村民名簿』か?と、思った。
普通、こういうのは役場にあるものじゃ———と、思いながらめくった、最後のページ。
そのページの最後に、うっすらと、『医里渇探流』『賀茂黄船』と、浮かび上がっているのを見て、背筋に悪寒が走った。
「……なっ、なあ……愛生……これって……?」
「村民名簿だぜ!!」
「なんか……俺と、黄船の名前が、うっすら浮かんでいるんだが……」
「そりゃあ、だって———」
にこやかに、愛生は言った。
「二人は、『この村出身』なんだから、当たり前だろ?」
渇探流は、泣きそうになった。
ああ———やっぱり、この、愛生は。
そこで、ポン、と、黄船が渇探流の肩を叩く。
「そろそろ、現実見なはれ」
「……わかってる」
渇探流は、本を閉じて———手袋を外して、愛生の元へと『戻って』いった。
「……わかってへん」
それを見て、黄船は渋面を作った。
愛生は———無表情で、黄船を見ていた。
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