この世界では、一人になると首が消える(4分59秒)
「———おはようございます。『今回』は、生きてますか?」
「…………えっ?」
聞き覚えのある声に、響はガバリと顔を上げた。
そこには———血の海の中に、『飯島晶』が、ニコニコと笑いながら、当然のように立っていた。
——血の海には、波紋ひとつ、立っていない。
響が瞬きをしても、その赤は、一切揺れなかった。
「お前……!!」
「探索者特典、あげますね」
「ふむ……?そういうのは大抵、ロクでもない物だと相場が決まっているんだが……」
「あなたが、元々持っていたものですよ」
血の海の中で、晶は何でもないことのように、口を開く。
「『———3回目までは、大丈夫』……ですよ」
言い終わったあと、晶はニッコリと笑った。
……何か……記憶に、引っかかる……ような……?
晶が何か口を動かすのが見えたが———聞こえない。
そして、響が次に瞬きをした一瞬で、晶は血の海から、まるで最初からなかったみたいに『消えた』。
「響……?突然、どうしたの?」
貫太郎は、晶のことなんて最初から存在していなかったかのように、首なし死体を検分している。
「貫太郎……お前、さっきの……見えなかった、のか?」
「さっきの……?」
——視線が、血の海を一度も見ていない。
不思議そうな表情をする貫太郎に、響は本気で、貫太郎には見えていなかったのだと悟った。
「探索者特典……?」
響は、やはり波紋ひとつ、足跡ひとつ残っていない、血の海を見る。
———結局、何もわからないまま、響達は現場検証を終え、鑑識へと足を運ぶこととなった。
「これ、この切断面———ピアノ線、だね」
「「ピアノ線?」」
鑑識へとやってきた二人は、盛大に忙しそうな鑑識課の一人から話を聞いていた。昨夜から寝ていないのであろうその男は、不機嫌そうに説明を続ける。
「そう。小さくなっちまった探偵のアニメでもあったろ?ジェットコースターに乗せてピアノ線で首飛ばすやつ。あれと原理は一緒だ」
「……『刃物』で切断と、聞いていたが?」
「滑らかすぎる切断面だから、最初は刃物だと思ったんだよ。そしたら———ほらよ」
鑑識の男は、プラスチックの袋に入った物を見せてくる。
そこには———血まみれの、ピアノ線。
「例の『医里渇探流』が物証を見つけて来た。方法は不明だが、『ものすごい勢いでピアノ線を首に巻き付けられて跳ね飛ばされた』線が濃いな。正面からピンと張ったピアノ線を首に当てた場合、どうしても『ズレ』が出る」
「死んだ仏さんは、本当に一人だったのか?」
「これも防犯カメラで確認が取れてる。4分59秒、どのご遺体もキッチリ、必ず、その時間で———一人になると、首が『消える』」
「やっ、約5分……!?」
朝の俺、ギリギリだったんじゃん……と、貫太郎は呟いた。
「『一人』だと判定される条件は?」
「これも一応、推測なんだが……半径5メートル以内に人がいない状態で、4分59秒経った時、だな」
「……犯人の足取りは……」
響が期待値をMAXまで低くして尋ねたが———鑑識課の男は、肩をすくめた。
「いつもの『クソ事件』だ。足取りも何もあったもんじゃねぇよ」
「そうだよなぁ」
「……そうだよねぇ」
「物証を見つけたのはカトゥール……『医里渇探流』なんだな?」
「おうよ。捜査を始めてすぐ見つけてきやがった。流石『怪異の専門家』だな」
「そう、だよなあ……こりゃ、カトゥールと一緒に動くのが、やはり最善か……?俺は優秀な刑事だからな」
捕まえて、一緒に行動しよう。と、響は貫太郎の意見も聞かずに、勝手に決定した。
「……お前のその粉、便利だよなあ……」
「便利ですが、量が少ないので多用は出来ませんよ」
渇探流とウィルフレッドは、雑踏を歩きながら呑気に会話をしていた。
あんな凄惨な事件が現在進行中だと言うのに、この街は、この人間や異形達は、今日も元気に通常運転に、カオスに生きている。
「度胸試ししようぜ!!今から一番長く一人でいられたやつに今夜奢る!!」
「いいなそれ!最高にクールだ!!」
「フゥーーー!!テンション上がってきたぜーー!!」
「それで死んだら奢れねーじゃねえーかよ!!」
ギャハハハ!!なんて、会話がそこかしこから聞こえて来る始末だ。
「なんか……アレだな……緊張感が……切れるな……」
「こんな事件で参っていたら、この世界では生きていけませんから」
ウィルフレッドはそう言いながら、渇探流の右手を掴んだ。
「ウィルフレッド?」
「『まずは手を繋ぐことから』でしょう?」
「お前の通常運転も、ここまで来るとすげぇわ」
ハハッ。と、渇探流は空笑いをした。
———その瞬間、血の匂いが漂ってきて、渇探流は一気に戦闘体制に入った。
「ウィルフレッド」
「はい……あそこの路地裏からですね……」
「行くぞ」
「はい。渇探流君は私の後ろにいて下さい」
「……わかった」
渇探流は、グロック19の安全装置を外した。
そして路地裏を覗くとそこには———血の海の中に『デッドちゃん』がいた。
あの、遊園地での理不尽の数々が思い起こされる。
デッドちゃんはコミカルな動きで両手を上げると、その場でクルクルと回り出した。
『お客様〜⭐︎お客様を楽しませるのが〜絶対ルール〜⭐︎』
「……頭が痛くなりそうだ」
『楽しんでますか〜⭐︎』
「お前を排除すれば、この狂ったゲームを終わらせられるのか?」
『追加ルール発表〜!⭐︎』
「……はっ?」
『探索者特典⭐︎ウィルフレッド様〜!⭐︎渇探流様だけ助かる世界と、渇探流様だけ助からないけど皆が助かる世界……どっちがいい?⭐︎』
———最悪な、問いだった。




