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人類の希望、普通すぎて壊しにくいんだが

『———医里渇探流を、壊して欲しい』


電話越しの声は、まるで遊びの誘いみたいに軽かった。

人を殺すより、よほど残酷な依頼なのに。

——殺すな。『壊せ』。


それが、今回の依頼だった。


「……壊す、だあ?殺す、じゃなくってかぁ?」


紅蓮炎フオシエの頭、赤井紅あかい こうは、通話先の相手に疑問を投げかけた。


『そう。壊して欲しい———簡単だよ。大事なものを、順番に奪っていけばいい。あの人は———最後に、自分が何も守れなかったことに、気がつくタイプだから』

「医里渇探流っつったらよぉ、あれだろ?『人類の希望』とか、『最終防波堤』とか、言われてるやつだろぉ?やっちまって本当に大丈夫なのかぁ?俺の家族にまで、被害出たり、しねぇよなぁ?」

『大丈夫、全部僕が、なんとかする』

「あっそ。お前が言うなら信じるがよぉ。壊す———殺すは得意なんだけどよぉ、壊すって、具体的になにすりゃいいんだぁ?」

『簡単な話だよ———君が、やられて1番嫌なことを、相手にすればいい』

「あー……なるほどな!!なら話は単純だ!!医里渇探流の家族を殺そう!!」


———一瞬、沈黙が落ちた。

それは、あまりにも『正解に近い』発想だった。

なんでもないことのように、紅は笑う。

しかし、その提案は即座に青山によって否定された。


『医里渇探流の家族関係は、最悪だ———むしろ、家族が消えたことによって、楽になるかもしれない。それはダメだ』

「ええ……?なんか、お前の話聞くと、渇探流を壊しにくくなるんだが……?」


赤井紅が頭を務めている紅蓮炎フオシエは、いわば、『家庭環境が最悪で家にいられない者』達の、集まりである。

紅も、その口だった。

両親が再婚同士で結婚して———地獄を見て、家を飛び出した。

そして、そんな紅を拾ってくれたのが紅蓮炎(フオシエ)である。先代の頭には足を向けて寝られないし、今でも心の指標として、大変慕っている。

だから、紅蓮炎フオシエは仲間を『家族』と呼ぶ。それがルールだ。

家族のためなら、損得なく動く。家族のためなら、何を犠牲にしたって構わない。そんな、掃き溜めが、紅蓮炎フオシエであった。


「おれぁ、気が乗らない仕事は、しない主義だぜぇ」

『———紅蓮炎フオシエ、最近、厳しいらしいね?経済状況』

「うっ……!!」

『この依頼を達成できたなら——当分困らない額を出すよ……家族のために、だもんね?』

「……そ、う……だ、……な……」


———気は、進まないけど。

紅蓮炎の頭、赤井紅あかい こうは、どこか納得出来ないながらも、『家族のため』として、依頼を引き受けた。

———が、やはり、『壊す』対象の動向は気になるわけで。

特に期限があるわけでもない。しかも、ターゲットを『殺す』ではなくて、『壊す』なのだ。つまり———渇探流にとって、『家族』のようなモノは何かと、紅が渇探流を観察するのは、必然であった。


「……いた……あれ……?あれが、『医里渇探流……?』」


新聞やネットニュースで見た顔より、随分と人相が悪い。しかし、隣を歩いているのは『士道ウィルフレッド』だ。彼は、医里渇探流以外を守らないと、この世界では周知の事実である。


「なら……あれが……医里渇探流……だよな……?」


紅は、半信半疑ながらも、観察を続ける。

ウィンドウショッピング———なの、だろうか?

立ち止まっては近くの人に話しかけたり、店を指さしては士道に説明を求めたりしている。

———観光客か?

と、紅は思った。行動が、お上りさんそのものだったからだ。


「———あっ。そうか、『精神交換』されたばかりか」


ポン。と、紅は手を叩いた。


「うーーーーん。やりにくい。とっってつもなく、やりにくい」


この世界のために犠牲になってくれて、この世界を助けるってことは、遠回しに自分の家族も助けてくれてるということだろう?

それを『壊す』。紅の信条的に、大変やりにくかった。

———でも、家族のためだ。


「悪く思うなよ、医里渇探流……」


懺悔の念を込めながらも、紅は観察を続けた。


「ウィルフレッド、アレはなんだ?」

「薬局です」

「看板に一ミリも薬局の概念がないが?」

「オーダーメイド薬局です」

「説明下手かよ」

「若返りの薬とか売ってますよ」

「ちょっと待て普通に興味があるんだが」

「1億ぐらいでしたかね?」

「桁が違ったわ。興味本位で買えねー」


そんな会話を繰り広げながら、渇探流はフィールドワークのついでに、愛生に会いに行くところであった。

なんせ、渇探流の電子機器は全て死んでいる(確実に青山輝のせい)し、ウィルフレッドに頼んで電話をしてもらおうにも、「あの女と話をさせたくありません」とか言って、拒否される始末だ。

なんとかウィルフレッドに愛生の探偵事務所の住所を検索させて、「私が同行するなら許可します」とぬかしやがったウィルフレッドを肩パンしつつ、渇探流はこうして愛生が営む『何でも屋皆吉』へと、歩みを進めているところである。

———フィールドワークをしながら。

フィールドワークをしてみると、この世界の住人はかなり偏った思想を持っていた。

『死』は日常の延長線上にあるし、『異形』は当たり前に受け入れているし、『破滅』は『お祭り』と、認識している。


「根底の価値観が違うんだろうな……文化の影響か……これだから学問はやめられない」

「渇探流君が楽しそうでなによりです」

「俺が人に話しかけるたびに機嫌を悪くしていたやつが何を言っている??」

「ふふっ」

「笑って誤魔化そうとするな」


———なんか、『普通』だなぁ。

赤井紅は、観察しながらそう思った。学問云々のところはよくわからなかったが、何かに興味を示し、瞳をキラキラさせながら説明を求める様は、普通の———この世界だと『異常なぐらい普通』の反応すぎて、紅は困ってしまった。

———やりにくい。とてつもなくやりにくい。もっとこう、青山が言ってた印象通りの、血も涙もないやつだったらよかったのに。

赤井紅は、頭を抱えた。


「———さっきから、視線がうるさい」


ウィルフレッドが、ポツリと呟いた。


「ウィルフレッド?」


渇探流が不思議そうに見上げてくるのを、ウィルフレッドはニコリと笑って返し———振り返る。


「———で?いつまで着いてくるつもりです?『赤井紅』」


ウィルフレッドが、正確に紅がいる路地を見つめながら、そう言ってきた。

渇探流は「なんだ?どうした?」と言いながら、ウィルフレッドが視線を送る方向を見ている。

———流石、『最強の守護者』。

逃げられねぇ……よな。

紅は観念して、路地から表へと足を踏み出した。

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