目があっただけで入れ替わるとか聞いてねぇぞ
———誰も、さっきの『笑み』について、触れなかった。
その空気を壊すように——いや、最初から壊す気などないのだろう。
ウィルフレッドが当然のように、渇探流の手を取った。
指が、絡む。
「大丈夫ですよ、渇探流君。私が『帰します』ので」
「やべぇ……不安しかねぇ……」
「士道の言う通りだ。帰れなかった場合の話を今しても意味がない。カトゥール、また時間制限があるタイプだと詰むぞ。とりあえず動こう」
「やべぇ……安心感しかねぇ……」
渇探流が響に向けた視線を見て——
ウィルフレッドの指に、わずかに力がこもった。
「いてぇ、ウィルフレッド」
ウィルフレッドは、無言で渇探流を見続ける。
「なんか言えよ。怖ぇよ、視線が」
「……痛くした方が、言うことを聞くかと思って」
「はっ??」
「えっ?私、何か変なこと言いましたか?」
「イチャつくなら他所でやってくれ。晶、とりあえずこのスタンプラリー、順番にいけばいいのか?」
「はっ……はい……基本的、には……」
「となると……最初は、メリーゴーランドだな。いくぞ晶、あとそこのバカップル」
「訂正を強く求める!!」
「遊園地デート、楽しみですね、渇探流君」
「素直にお前の感性を疑う」
男4人はメリーゴーランドへと行き———そして、そこで足を止めた。
メリーゴーランドが、普通に動いている。
いや、これはホラーとしては定番だろう。
ズレた音楽、ギイギイと不快に鳴る金属音、一部不規則にガコガコと揺れる馬。
しかし———最大の、異変は。
「……満席……だな……?」
『黒い人影』が、みっしりと、メリーゴーランドに『詰まって』いた。
「……これでは……乗る場所が……ない、な……?」
流石の響も、どうしたものかとメリーゴーランドを見やる。その時———一斉に、黒い影達が、渇探流を『見た』。
「…………っ!?」
目だけがギョロリと黒い影に現れて、『渇探流』を見る。
その中の一体だけ、動きがおかしい。
首だけがガクガクと、上下に激しく揺れている。
しかし、その『視線』は、渇探流に固定されたままだ。
固まる渇探流の前に———当然のように前に出たのは、ウィルフレッドだった。
「見るな」
そう言って、右手を一振り。
「減るだろうが」
たったそれだけで、黒い人影達は、一つ残らずいなくなった。
「……へっ……?ウィッ、ウィルフレッド……?なに、したんだ……?」
「前に見せたやつの、応用ですよ。さあ、早く乗って、スタンプ押しましょう?」
「……バケモン護衛が……」
「流石『士道』だな、壊れスキル持ちか」
「………うー、ん……」
皆がメリーゴーランドへと進む中———ただ一人、晶だけは、三人の動向を、まるで『何かを測るように』観察していた。
中へ入ると、ノイズと変調をきたしている音楽が流れ、メリーゴーランドは、ゆっくりと動き出す。
晶と響は馬に乗り、渇探流とウィルフレッドはというか、渇探流はウィルフレッドに強制的に、カボチャの馬車を模した乗り物に、当然のように引っ張られ、真隣で座らされた。
「本当にデートみたいですね」
「この状況でその感想が出てくるのは素直に狂ってるんだわ」
「カトゥール、晶、一応、動いている間も注意はしろよ」
響の言葉に、渇探流はわかったと返事をする。
メリーゴーランドが、動き出す。ゆっくりと回るそれは、案外、乗り心地は悪くなかった。
一周。ゆっくりと、メリーゴーランドは回る。
「———んっ?」
———柵の外に、先程の、『黒い人影』が、大量にいた。
「……ひっ……!?」
「渇探流君?」
叫ぶ渇探流に、隣のウィルフレッドは首を傾げる。
「おっ、おまっ……!!みっ、見えて、ないのか……!?」
「……なんだ?どうした?カトゥール」
「さっ、柵のっ、外に———」
渇探流が、異変を伝えようとした、その、瞬間。
首をガクガクと上下に揺らした人影に、『目』が、現れた。
「あっ———」
目が、あった。
———そらせない。
そして、それは、一瞬だった。
「……………………?」
渇探流は、『外』から、メリーゴーランドを、眺めていた。
———理解が、追いつかない。
メリーゴーランドには、渇探流、ウィルフレッド、響、晶が、それぞれ乗っている。
渇探流は叫ぼうとしたが———声が、出ない。
見ていることしか、出来ない。
渇探流は黒い人影の一部になったように、ただ、その場に立っていることしか、出来なかった。
「……渇探流君?」
「…………なん、だ?どうした?」
ウィルフレッドは、隣に座っていた渇探流の異変に、いち早く気がついた。渇探流が、ウィルフレッドに『柔らかく』笑いかけてきたのだ。これを異常と呼ばずして、何と言う。
「お前———そこは、『お前』の、場所じゃない!!返せ!!」
ウィルフレッドは、渇探流に掴み掛かった。
「なっ、なんだ!?士道!?どうした!?」
「………いち、に、さん……」
突然のウィルフレッドの奇行に、響は慌て、何故か晶は数を数えている。
ウィルフレッドは渇探流の頭を掴むと———人影の中。たった一人、『目』を開けている個体と、視線を合わせた。
「……そこか……!!」
ウィルフレッドは、まるで何かを引き剥がし、投げつけるような仕草をする。
その瞬間———
「……………っ………!!」
———渇探流の視点は、ウィルフレッドの隣へと、戻っていた。
音が、ズレる。
「……はっ……!!」
息が、出来ない。
「渇探流君!?大丈夫ですか!?渇探流君!!」
ウィルフレッドの、声が———遠い。
現実が、遅延する。
「渇探流君……!?まさか、過呼吸か……!?」
そんな、ウィルフレッドの声が、妙に間延びして聞こえる。
ウィルフレッドは、迷わず渇探流に口付けた。
渇探流の鼻を押さえ、二酸化炭素を送り込む。
何度か繰り返してやると———渇探流は大きく咳き込み、ようやく息が出来るようになった。
「———ゲホッ……ぁ……カハッ……!!」
「渇探流君?大丈夫ですか?渇探流君?」
「……うぃ、る……」
ぜひぜひと、呼吸を整えようと、渇探流は大きく、息を吸い込む。そして———少し、落ち着いたあと、ウィルフレッドの名前を呼んだ。
渇探流の視界が、ゆっくりと焦点を取り戻していく。
「……っ……はぁ……っ……」
———戻ってきた。
「大丈夫ですか、渇探流君」
ウィルフレッドの声が、今度はちゃんと届いた。
「あ……ああ……なん、とか……」
そう答えながら——渇探流は、違和感に気づく。
音が、ほんの僅かに遅れている。
メリーゴーランドの音楽。
金属の軋み。
ウィルフレッドの声。
全部が、ほんの一瞬だけ、遅れて耳に届く。
「……なんか、変だ……」
「ええ、変ですね」
ウィルフレッドは、即答した。
その視線は、渇探流ではなく——背後に向けられている。
「……なにが——」
言いかけて、渇探流は気づく。
ウィルフレッドの背後。
カボチャの馬車を引くための、装飾用の“馬”。
さっきまで、ただの作り物だったはずのそれが。
ゆっくりと、瞬きをした。
——その目は、さっきの黒い人影と、同じ『質』を、していた。
「———は?」
「見てはいけません」
ウィルフレッドの手が、渇探流の顎を掴み、強制的に視線を逸らさせる。
「もう一度、引きずられますよ」
「なっ……」
「一度で終わるとは、限りません」
「……響!!晶!!……こっち、見えてるか!?」
渇探流は叫んだ。異常を『伝える』ために。
———だが、それが『伝わる保証はどこにもない』。




