世界から切り離されたのに、お前だけは離れない
唯一の護衛が瀕死の重傷を負った。
——そして俺は、世界から切り離された。
国防省怪異対策部特務課とかいうクソ課長に、「ウィルフレッドが全快するまで外出禁止」を、言い渡されたのだ。
「…………………」
ぼんやりと、ベッドで寝ている、ウィルフレッドを見る。
心臓を撃ち抜かれたはずなのに、その護衛は今はただ、静かに目を、閉じている。
机の上に置いたスマホは、沈黙したままだ。
何度触っても、何も返ってこない。
パソコンも、タブレットも同じだった。
——使えないのは、俺のものだけ。
「……青山輝」
原因は明確。『あいつ』だ。
ネットの海を支配しているバーストオーシャンは、『嫌がらせ』で、渇探流から現代機器、全てを奪った。
「……………………」
渇探流は、本や手記を読むぐらいしか、やる事がない。
手に取った本の文字を、ただ目で追う。
頭には、ほとんど入ってこない。
ウィルフレッドは、静かに寝息を立てている。
その顔が、一瞬血に染まった気がして———思わず、瞬きをする。
もう一度見た時には、何事もなかったかのように、元に戻っていた。
「……ウィルフレッド」
呼んでみるが、もちろん返事はない。
「……すまなかった」
なんの謝罪なのか、自分でもわからなかった。
「……あれから、何が正しいのかが———わからない」
泣き叫ぶ青山輝。柔らかく笑う恵。血まみれのウィルフレッド。
「俺は、元の世界へと、戻る……これだけは、変えられん……変えるつもりも、ない」
渇探流は、恐る恐る、ウィルフレッドの髪に触れた。
「だが———お前が死ぬのも、どうやら……」
その先は、あえて言葉にしなかった。
サラリ。と、髪に指を滑らせて、渇探流はため息を吐く。
「……早く起きろ、バカウィル……」
「……………………かっ………」
「……ウィル?」
「……かっ……かえ……」
そこまで言いかけたあと、ウィルフレッドは咳き込んだ。
渇探流は慌てて、ナースコールを押す。
ドタバタと、複数人の足音が近づいてくる。
そして———扉が開いて、一気に人がなだれ込んできた。
「———『治癒』の呪文が、使えない?」
処置が終わり、人がいなくなったあと、
ウィルフレッドが発した第一声は、それだった。
「ああ、何故か使えなくなった」
「それは……単純な理由ですよ、渇探流君」
「ん?」
「MP不足、です」
「えっ……えむ……って、なんだよ……!?」
「MP不足で呪文を使おうとすると、身体に異常が出ます。渇探流君が陥ったのは、まさにその状況ですね」
「その……えむぴーってのは、回復するのか?」
「眠れば回復しますよ」
「…………………………」
渇探流は、絶句した。
「でも———」
ウィルフレッドは、渇探流の頬に、手を伸ばす。
「……渇探流君、回復、してないみたい……ですね」
「……誰かさんの、おかげでな」
「それは———嬉しいです」
ウィルフレッドは、本当に嬉しそうに、ニッコリと笑った。
「私が……侵食しているようで……なによりです」
「キモい」
渇探流は、ウィルフレッドの手を容赦なくはたき落とした。
ウィルフレッドはクスクスと笑いながら、上体を起こす。
「さて。私はしっかりと眠れたので、とっとと治してしまいましょうか」
「……大丈夫……なのか、それ……」
呪文を使おうとして、身体に走ったあの異変が、脳裏をよぎる。
ウィルフレッドは微笑んだ。
「連発しなければいいだけの話ですよ。一日に一度が限界です。かける側も、かけられる側も」
「ほっ……本当に……?」
「ええ」
ウィルフレッドは、渇探流の手を握る。
その体温は、暖かかった。
「最後に、お役に立てず、申し訳ありませんでした」
「……役には、立ってるだろ」
「私が、あの銃弾を避けていれば———」
「いい。過ぎたことだ」
「…………そう、ですか」
ウィルフレッドは、握り返されない手を、それでも掴む。
「愛してますよ、渇探流君」
「………………………………………そうか」
「おや、否定しないんですか?」
「お前の気持ちだけを否定して、なんになる」
「私が傷つきます」
「タチの悪い冗談はやめろ」
「いいえ。本当に———」
グイッ。と、ウィルフレッドは掴んでいた手を引っ張り、渇探流をベッドへと乗せた。
「貴方に嫌われたら、生きていけない」
「……前と、言ってることが違うが?」
「どちらも本心です」
クスクス。と、ウィルフレッドは笑う。反対に渇探流は、渋面を作った。
「近い」
「近づきたいので」
「俺は……これ以上、近づきたくない」
「それは、どう言った意味で?」
「そりゃ、もちろん———」
もちろん。
様々な感情が込み上げてきて、渇探流の視界が滲む。
何が滲んでいるのか、自分でもわからない。
「……渇探流君?」
「……見るな」
「見ます。貴方は今———目を、逸らしている」
「違う……!!」
掠れた声で、否定する。その声は、弱々しかった。
「こちらを見て下さい。渇探流君」
「……いやだ」
「認めてしまえば、楽ですよ」
「……いやだ……!!」
「もう貴方は、『選んでしまった』のに?」
「……………………」
最後の言葉に、渇探流は黙った。
ウィルフレッドは、心底愛おしそうに、渇探流の頬を撫でる。
「愛してますよ、渇探流君」
——気持ち悪い。
……なのに、身体が動かなかった。
逃げたいはずなのに、離れられなかった。




