最悪の研究狂い
「お前……!!」
ギッ、と、ウィルフレッドはマッドハッターを睨み抜けた。銃弾で穴だらけになっているマッドハッターは帽子を被り直し、口だけで笑う。
そして、パチンッと指を鳴らすと———全ての傷が、服ごと綺麗に再生された。
「……マッドハッター……なおっ、た……?」
「ああ!『治した』よ!これで全部元通りさ!」
「……そっかあ……よかったあ……」
「『僕のアリス』は可愛いね!さっきとのギャップがいい感じだよ!!」
そう、マッドハッターが言って、渇探流の肩を抱いた時———
———ウィルフレッドは、ブチ切れた。
「……『医里渇探流』」
「んっ?なんだって?」
「貴方は、身長165cm、体重65キロの20歳男性です。名前は医里渇探流、医里渇探流です。貴方は———名声欲が強く、フィールドワーク狂いで、周りの———私の心配なんて無いみたいに扱う、酷い人です」
「……あっ……」
「貴方はわがままです。全てを捨てきれない。取捨選択ができない。それでもその慈悲深い性格は人を惹きつけて———賀茂黄船や、白石響などから、好かれている」
「……ぅっ……あっ……」
「———『アリス』?」
「あっ……俺……俺ぇ……あり……す……?ほんと、に……?」
ゴブッ、と、ウィルフレッドの口から、血が吐かれた。同時に、渇探流の目や耳、口からも出血しだす。
「貴方は最悪の研究狂い———そして、『帰還』を諦めない、とても、とても厄介な———『医里渇探流』です」
「あっ……ああっ……」
ダラダラと、渇探流の目や鼻や口から、血が流れる。
しかし、ウィルフレッドはやめなかった。止めなかった。
「貴方は———『アリス』なんかじゃない、『医里渇探流』だ」
「やっ……!!やっ、あっ……!!」
パリン、と、何かが割れる音が、響いた。
———一瞬の、沈黙。
顔の穴という穴から血を流した渇探流は———乱暴に、白衣でそれらを拭った。
「アリス?大丈夫かい?」
マッドハッターが渇探流を覗き込む。が、しかし———渇探流はその肩を押し除けた。
「……アリス?」
「俺は、アリスじゃねぇ。『医里渇探流』だ」
「渇探流君……!!」
「ウィルフレッド」
渇探流は、マッドハッターを押し除けて、ウィルフレッドの側まで歩いて来た。
それを抱き止めようとするウィルフレッドの手をヒョイと避けて———その頭に、軽く拳を当てる。
「俺は、既に治癒の呪文を使っちまってる———現実に戻ったとき、生きてる保証はねぇぞ」
「私が、絶対に渇探流君を死なせません———いえ、死んでも、生き返らせます……!!」
渇探流は、嫌そうに眉を顰めた。
「最悪の宣言だな。だが———お前らしい」
血が残る顔で、渇探流は、口角を上げた。
「———アリスゥ?」
マッドハッターは、つまらなさそうに、その名を呼ぶ。
渇探流はブンブンと頭を振って、まるでノイズを振り払うような仕草をすると、マッドハッターを真っ直ぐに見つめ直した。
「俺は、医里渇探流———カトゥール・ウェンライトだ。アリスじゃねぇ。他を当たれ」
「ふうん?つまらないなぁ〜」
マッドハッターは立ったまま、ポットから紅茶をカップに注ぐ。そして一口カップに口をつけると、アッサリとこう言った。
「もういいや。ここまでやっても僕のものにならないアリスなんて、いらなーい」
「………?」
渇探流とウィルフレッドは身構えたが、マッドハッターは紅茶のカップをかたむけると———まるでそこから濁流のような紅茶が流れ出てきて、二人を巻き込んで———流していった。
「最後まで理不尽かよおおおおお!!」
「渇探流君!!」
紅茶の海で引き離されそうになる渇探流を、ウィルフレッドが抱え込む。
渇探流もウィルフレッドに抱きついて———そのまま、紅茶の海に沈んでいった。
「……つまらないなあ、いいや、次のアリスを探そうっと」
狂ったお茶会のパーティーは、まだ続く。
———一方で、渇探流とウィルフレッドは息も出来ないほどの渦の中で、もみくちゃにされていた。
苦しい。目がまわる。手が———離れそうで。
しかし、ウィルフレッドの腕は、しっかりと渇探流を掴んで、離さなかった。
どれぐらいそうしていたのだろう。
もう息が限界だと口を開けた瞬間———不意に、重力を感じた。
「———ブハッ……!!ハッ……ハァ……!!」
「渇探流君、大丈夫ですか?」
「……だっ……大丈夫、だ……」
———帰って、きた。
二人は紅茶びたしな全身から水滴を滴らせ、密着していたのに渇探流は気づいて離れようとする。
しかし、ウィルフレッドの手は、渇探流の手に添えられたまま、離れなかった。
「ウィルフレッド、離せ」
「渇探流君———」
「んっ」
口を、塞がれる。渇探流は反射的にグロック19を取り出そうとしたが、紅茶びたしなのを思い出して、普通にウィルフレッドの胸に手を置いた。
しかし、渇探流が本気で抵抗する前に、ウィルフレッドの方から離れた。
ウィルフレッドは、渇探流の顔を、マジマジと見つめる。
「———貴方は、カトゥール・ウェンライト……なんですね」
「———えっ」
ウィルフレッドの口から、その名が出るのは、初めてだった。




