アリスではない
「……はい、はい……承知致しました……今度の医里渇探流は……『もつ』かと……はい……現在、発狂の兆しは見られません……はい……」
ウィルフレッドは病室から出た瞬間、通話先の相手に『報告』をしていた。
なんてことない、くだらない報告だ。渇探流が壊れていないかと、上のお偉い方は、口だけは心配している———己の、保身のために。
まだ渇探流が『使える』ことを報告し終わると、ウィルフレッドは病室へと急いで戻って行った。
そこは———
「……渇探流……君……?」
誰もいない、病室で。
———ベッドを触ってみると、まだ暖かい。
「渇探流君……!!」
ウィルフレッドは病室を出て———そこで、『異常』に対して、足を止めた。
病室を出た途端に、鬱蒼とした森。
ウィルフレッドは辺りを注意深く観察し———一つの木に、目を止める。
「……おやおやぁ。君、目がいいねえ?みつかっちゃったにゃあ」
「お前……ここは、以前の場所か?もしかして、渇探流君もここに来たのか?」
「……かたる?だれだにゃあそれは。アリスならきたにゃあ」
「……アリス、だと?」
「そう、次のアリス。マッドハッターのお気に入り。お転婆で口が悪くて、マッドハッターは趣味が悪い」
「……口を慎め、化け猫」
ウィルフレッドは、拳銃をホルスターから引き抜いた。
「彼は、『医里渇探流』だ。アリスだと?あの方をそんな概念に押し込めるな、クソ猫」
「……アリスと一緒にいないときは、あんたも口が悪いにゃあ」
「吐け。『医里渇探流』は、どこにいる?」
キヒッ、と、チェシャ猫は笑った。
「執念だけでここまで追ってくるアリスのストーカーに、場所を教えるわけないにゃあ〜?」
「……ならば、死ね」
軽い発砲音が、二度、響く。
しかし、ウィルフレッドが撃ち抜いたのは———先程までチェシャ猫がいた、木の幹だけだった。
「……チッ」
ウィルフレッドは舌打ちをして、空になった弾倉を捨てる。すぐに次弾を装填して———もう、周りに何の気配もないことを確認すると、懐から方位磁石を取り出した。
ブツブツと低く呪文を唱えると、その磁針がグルグルと高速で回り出す。
そして———ピタリと突然止まると、とある方向を赤い磁針が指し示す。
ウィルフレッドはそちらに視線を向け———
「……待っていて下さい。渇探流君」
拳銃と方位磁石、両方を持って、駆け出した。
「やあ!みない顔だね?アリスを探して———」
いきなり話しかけてきた亀の顔面を撃ち抜き。
「そんなに急いでどこへ———」
美しい声のカナリアを撃ち抜き。
「ぼくの音楽を聞いて———」
バイオリンを抱えるバッタを踏み潰す。
全ては、最短、最速で、『医里渇探流』に会うために。
そうして息も切らさずに走り続けた先に———渇探流の後ろ姿が見えてきた。
「渇探流く———」
ウィルフレッドが椅子に座っている渇探流に声をかける、その一瞬前に———
マッドハッターが、動き、渇探流に———口付けた。
「……はっ……?」
ウィルフレッドは、反射でマッドハッターに向けて、弾倉が空になるまで弾を撃ち込む。
文字通りの蜂の巣になったマッドハッターは、全身から血を流しながら———帽子を取った。
「———おや、招かれざる客人だ……招待状は、持っているかい?」
その顔は———鼻から上が、『存在していなかった』。
「マッドハッター、死ね」
しかし、これしきのことでウィルフレッドは止まらない。すぐさま弾倉を変え、撃つ。撃つ。撃つ。
しかし、それを止めたのは———ふらりと立ち上がった、渇探流だった。
「……やめろ」
「……渇探流君……!?なんで、そんなやつを庇うんですか……!?」
「……?マッドハッターは、俺の友人だ……友人を庇うのは……自然なことだろう……?」
———あと、俺の名前はアリスだ。
「……違います!!あなたの名前は、『医里渇探流』です……!!」
「……いざ、と……かた……る……?」
「彼はいったい、誰の話をしてるんだろうね?ねぇ?アリス」
「……マッド……ハッター……だい、じょう、ぶ?」
「僕の心配をしてくれるのかい!?アリスは優しいなあ、さっきまでのお転婆アリスも好きだけど、やっぱり素直なアリスが一番だよ!!」
「……渇探流君……!!」
医里渇探流の、いつも強いぐらい輝いている瞳に、光がなかった。




