15、門出
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____2年後。
透き通るような蒼穹の下。……ハルリアナは義父であるラッセルと共にオルティシア邸の正門の前に立っていた。
門の前には二頭立ての馬車。乗り込み部分には美しい装飾と白銀の意匠が施され、一目で統一政府から遣わされた特別なものだとわかる。
「レオンハルト、荷物ですよ」
「ありがとうございます、母さん」
邸宅から出てきた義母である副大統領夫人が、纏めてあった荷物をレオンハルトに渡す。彼は少し照れ臭そうに笑うとそれを受け取った。
白の上着に紺のネクタイがよく映える。ハルリアナは口許を緩めると、「レオン」と義兄に呼びかける。
彼は彼女に目を向けると、どうした、というように不敵に笑う。自信に満ち溢れた目だった。前途は明るい。
「候補生学校入学おめでとうございます。……わたしは、あなたに教えられることは全て教えました。レオン」
「ああ」
「たったの12歳で、本来飛び級のない軍大学付属の高等学校に通うことになるんですから、きっと大変な思いをすることになるでしょう。
ですがあなたなら大丈夫です。……類稀なる才能だけでなく、研ぎ澄まされた精神力と、それからこの2年で鍛えた体術もあります。多少の嫌がらせなんて、実力で弾き飛ばしてしまえばいいんです」
「嫌がらせはあること前提なのか」
いきなりやめてくれよ、と苦い顔をしているレオンハルトだが、才能を妬み嫉む者はどこにだっているものだ。
だがすぐに、彼の天才ぶりを見て、そうの輩は自分の矮小さに気がつくに違いない。……そういう認識には身内贔屓も入っているかもしれないが、恐らくはそうなるだろう。
「問題ないさ。正直どんな訓練があっても、どんな厳しい試験があっても、お前の擬似【怪魔】との闘いやお前との実戦演習より辛いものはないと俺は確信してる。
_____気負いはまっっったく持ってない。安心しくれ、『師匠』」
「…………お義父様、これはわたし、褒められているんでしょうか?」
「……本気でそう思っているのなら、君にはとてもとても厳しい淑女教育を受けてもらわなくてはならないなハルリアナ」
隣のラッセルに問えば呆れた声でそう返ってきたので、やはり皮肉だったらしい、とハルリアナは肩を竦めた。
____さあ、義兄たるレオンハルト=オルティシアの新たなる門出だ。
彼女は息を吸い込むと、馬車へ乗り込もうとするレオンハルトに声をかける。
「必ず、強くなるんですよ、レオン!」
「言われなくても!」
レオンハルトは自信ありげにそう応えた。
____いや、それにしても。
ここまで、よくやったと自分でも思う。
まだ規定の年齢に達していないレオンハルトが候補生学校へ行くことを、認めさせること。……ラッセルとハルリアナの読み通り、やはり一番骨が折れたのはそこだった。
「とはいえ……理事会にアディンセル中将がいたことが僥倖でしたね」
「ああ、彼がいなければ、レオンハルトは軍大学の候補生にはなれなかっただろう」
アディンセル中将は、ハルリアナが総司令官だった第一戦線の副司令官だった有能な将官だ。彼は軍をやめて、後任を指導する役割を担う人間になっていたのである。
……まあ、ハルリアナが半ば強制退役させられ、繰り上げで中将に昇進し総司令官になった時には、既に還暦を過ぎていた。なので、そろそろ退役するだろうとは思っていたが。
(まさかあのあと、すぐにやめていたとは思いませんでした)
……どうやら、何かとハルリアナを可愛がってくれていた彼は、丁度いい機会だろうと、彼女が軍を退いたすぐあとに退役し、軍大学の目付役をすることにしたらしい。
だからこそ、彼女を上司としてそれなりに信用していてくれたらしいアディンセル元中将は、ハルリアナ直々の推薦だということで、……軍大学と候補生学校の理事長に話をつけてくれたのだ。
「アディンセル閣下には頭が上がらないな」
「ええ……本当に」
……レオンハルトが入学試験の受験資格を認められたのは去年のことだった。
聖魔法の実技は申し分ないレオンハルトだが、頭がいいとはいえ如何せんまだ子供。
あらかじめ少しずつは知識を教えてあったものの、さすがに高等学校の教育課程に手を伸ばすのには苦労していた。
本人だけでなく屋敷の全員が受験勉強とその協力に追われる、怒濤の一年間だった。師匠役のハルリアナもラッセルも夫人も死ぬほど疲労した。
「……それに思わぬ障害もあったしな」
「それに関してはその……申し訳ありませんでした」
戦場に関するあらゆること……医学や物理学、戦略的思考などに精通するハルリアナだったが、その知識はなまじ偏りすぎていて、古典や数学、芸術分野に関してはさっぱりだったのだ。
基本の教育を受けずにいきなり軍人になったために仕方がないのかもしれないが、要するにハルリアナは候補生学校の入試教科の半分は教えられなかった訳だ。普通教育の課程をこなしていない弊害であった。




