16、つまり
情けないことだが、とハルリアナは改めて思う。……この生い立ちのせいで、自分はやはり一般的な教養に極めて疎いのだ、と。
(まあ、当然と言えば当然の帰結かもしれませんが……)
魔力を持つ者が徹底的に虐げられる世界で皇帝の娘として生まれ、皇族からも貴族からも疎んじられて統一軍に放り出された。
……しかし別に、彼女はそのこと自体を恨んでいるわけではない。
父皇帝も母皇后も、兄弟姉妹も、皇族であったから革命で皆殺しにされた訳だし、運が良かったと言えばそうだろうからだ。それにもそもそも、家族の顔などよく覚えていない。
____ハルリアナにとっては、幼くして将官となり、その才能を見出してくれた中央の師たる将官達や、母国である旧和華帝国の刀匠、剣術の師範が家族だった。そして最前線の部下達は、親や兄姉代わりであると同時に、弟妹のように守るべき存在だった訳だ。
とはいえ。
そんな彼らが教えてくれたのは、あくまでも『軍人』としてどうあるべきかであり、市井で生きていくための知識ではなかったのである。
「……まあ、大丈夫しょう? お義父様。わたしは退役軍人な訳ですし、わざわざこれから高等学校に行くわけでもないですから。数学や古典の知識が必要になる場面もないでしょう。……時間のある時に、自分のペースで学ばせて頂きます」
これでも一応は名家の養女である。
これから何も学ぼうとせずに、ただ養って貰おうなどという甘い考えは通用しないだろう……と考えての言葉だったのだが。
ハルリアナはその次の瞬間、自分が想像以上に甘い考えを持っていたのだと____いわく、穏やかな日常に浸って、比較的悪い方向に日和ってしまったのだと理解することになる。
「……何を言っているんだね、ハルリアナ」
と、ラッセルは怪訝そうな声で言った。
「は?」
「そんなわけがないだろう? 君は自分を誰だと思っている? ……オルティシア家の長女なんだぞ?」
「え、ええ、ですから、無知なままでいるつもりはないと……」
「“本気で”やりたまえ」
は、と。……間抜けな声が出た。
問い返す前に、ラッセルは続ける。
「確かに方向性に偏りはあるだろうが、君ほどの頭脳をわざわざ腐しておくわけにはいかない。国の為にも、世界の為にもな」
「あ、あの、お義父様……?」
「君もレオンハルトに続き、そのうち入学することになるという事だよ……あの世界最高峰と名高い、軍大学候補生学校にな」
ほぁ、と、変な声が出た。
「お、オルティシア副大統領閣下」
「『お義父様』だ。……何だねハルリアナ」
「それはつまり……わたしに、もう一度軍人になれと、そう仰りたいのでしょうか?」
また軍人になるのが嫌なわけではない。何故ならあの戦場こそがハルリアナの本来いるべき日常であり、還るべきところだろうからだ。
ハルリアナの操る邪素は未だに衰えない。……聖魔法はいつまでたっても上達しえないが、きっとまだ戻れば最強の軍人を名乗れるはずだ。
……そう。彼女は【怪魔】達に唯一、生身で対抗出来る大戦力。
統一政府や、現和華共和国の民間政府が、何故帝国の皇女であった彼女を退役させたのかは、未だわからないままなのだ。
処刑するには惜しい人材だからと生かしつつ、なおハルリアナの身分を落としたいのなら、何も統一軍から追い出さずとも、別に佐官や尉官に階級を落とせばよかったのだ。
どうして、統一政府はハルリアナを軍から、そして戦場から離れさせたのか。そこの意図に小さな少女を憐れむという感情が読み取れないからこそ、妙なのだ。
……2年前の退役には、何らかの別の意図や危惧があったのではないかと、思わざるを得ない。
しかし何故、ラッセルがそれを言うのか?
もうハルリアナがレオンハルトに教えることなどない。それとも『教師役』としての価値を失ったハルリアナを厄介払いしたいのだろうか?
「そういうわけではない。……君がそうしたいのなら止めはしないがね」
「……では?」
「……普通の高等学校には、通いにくいだろう?」
「は?」
首を傾げると、ラッセルは眼鏡を指で押し上げた。
「君は同年代の友人が少ない。いやむしろ居ない。協調性はともかく社会性に乏しい」
「…………それは、その、御容赦願えますか。わたしの今までのことを考慮して頂ければ、」
「だがずっとそうではいられないだろう。君は12歳の少女で、そして、オルティシア家の長女だ。養女になるということは、君は、この家に居る子供という責任と負わなければならない」
同意したので頷くと、ラッセルはハルリアナを見た。
「苦手を克服し高水準な学力を身につけ、友人とともに切磋琢磨し成長することこそが、子供の成すべきことというものだ。
君はオルティシア家の家名を背負う、ハルリアナ=オルティシアだ。いつまでもかつての中将という身分に甘え、成長することを諦めてはならない。
つまり____学校へ行け」




