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14、齟齬



「お義父様……無茶ぶりが過ぎます……」


訓練場のすぐ側で。

ハルリアナは、自らが作り出した数体の擬似【怪魔】を相手に戦うレオンハルトを見ながら、低い唸り声を漏らす。

……とはいえ、早く彼を育て上げなくてはならないのもまた事実だ。無茶ぶりは無茶ぶりだが、どうにかして候補生学校に彼をねじ込む方法はないものか。


「それにしても____やっぱりレオンは規格外ですね」


……試練をクリアした者にとっては、基本は擬似も含めただの【怪魔】の邪素は毒素には殆どならなくなる。聖素の純度が爆発的に上がるので、直ぐに体内の邪素を浄化できるからだ。

数百体の群れに襲われれば流石に【怪魔感染者】となる者もいるだろうが、基本は【大怪魔(アーク)】以下を相手にするのに邪素感染になる心配は無用となる。

しかし、たったの十歳で擬似とはいえ、脅威である【怪魔】数体と渡り合う戦闘が出来るようになるとは____。


(聖素魔法の質も上がってきた……剣もそろそろ教えてもいいかもしれません)


ハルリアナは剣士だ。和華帝国特有の、片刃の剣……刀を使う、天才的な剣豪。

飛び級させるにせよさせないにせよ、彼が候補生学校に入れるようになるのは暫く先。だとすれば、ハルリアナの持つ技術を彼に教え、試練で上がった体力を研ぎ澄ませるのもいいだろう。


……と、彼女がそこまで考えた時だった。

ドォン! ドォン!! と連続で爆音が轟き、訓練場の土を抉ると粉塵を巻き上げる。爆烈魔法式だ。かなり大きな魔法陣を用いたのか爆発も派手。

ともあれ、どうやら勝負が着いたようだ。


「けほっ、げほげほ、げほ」

「……やりすぎですよ、レオン……」


ハルリアナは咳き込みながらこちらに歩み寄ってくる義兄を見て、呆れたようにため息をついた。

爆煙が上がる訓練場の中心に目をやれば、作り出した擬似【怪魔】は尽く消し飛ばされたのか、最早邪素の残滓ごと跡形もない。

……レオンハルトに怪我はないようだが、些かやり過ぎたようだ。服も顔も煤まみれだ。


「いや……試練が終わってから、魔法陣も暴走しなくなったし……【怪魔】も手強いしで、焦ったんだ。だから大規模な魔法式を作ろうとした、んだが……」

「あなたの魔力量からして、やりすぎはこれから本当に禁物です。これから広範囲有効系の魔法式を覚えた時、レオン、あなた戦場で味方にまで攻撃してしまうかもしれませんよ」


……まあ、前線地域はともかく、毎日が戦闘に続く戦闘でたる最前線には、味方の誤爆誤射に巻き込まれる無能などいないとは思うが。

とはいえ、軍大学の卒業生の新米士官や、軍大学の優秀な学生が派遣されて訓練をするのは、ときたま侵攻線を突破した少数【怪魔】が出てくるというだけの前線地域。そこには戦場とはなんたるかを知らない者が沢山いることだろう。

……レオンハルトが広範囲有効系の魔法を使えば、巻き込まれて死亡する若い芽がいてもおかしくはない。


「加減は覚えた方がいいでしょう。……これからは対【怪魔】訓練、近接戦闘訓練、戦略講義に加えて魔力出力調整も教えることにします」

「……ハル。ただでさえ擬似【怪魔】相手の訓練で疲れてるのに、これ以上訓練が増えるのか? オレの心が死ぬぞ」

「はあ、レオン……何を寝惚けたことを言ってるんですか? 最年少最短時間で試練をクリアしたあなたの精神力と体力が、たかがこれだけの訓練に参るなんてありえないでしょう?」


本気で驚いて反駁したハルリアナが、不可解そうに眉を寄せる。


「具合が悪いんですか? それなら考慮はしますよ、レオン。

……ああ、それとも、ライセン合衆国では寝言は目を開いて言うことなんでしょうか? だとしたら失礼しました」

「ひっどい嫌味だな!」

「……違うんですか?」

「違うに決まってるだろ!」


で、あるならば。どうして訓練に疲れるなどという言葉が出てくるのか。ハルリアナは不思議だった。

……いや、この訓練メニューは最前線の軍人でさえ受けるとなれば嫌な顔をする過酷なものだ。それくらいはハルリアナだってわかっている。十歳の子供がするものではないと。


____だが、相手は、“レオンハルト=オルティシア”なのだ。


あれほどの力と才能をもってして、耐えられない訓練など統一軍に存在しない。

……レオンハルトは本気で怪訝そうなハルリアナを見て深く溜息をついた。


「はあ……“可能”だから、訓練が過酷じゃないわけじゃないだろ」

「そうですね。訓練の内容は変わりませんから。ですがやれるならやれるだけやるべきでしょう。戦いとは戦場でやるんですから」

「……その通りなんだけど。お前は正しい。でも

お前とオレの常識や感性は違う」


それはそうだ。

なぜならハルリアナは物心ついた時からずっと軍人として生きてきた。レオンハルトとは違う。


戦場はいつだって命の奪い合いだ。人対人の戦争をしていた時も、そして今も。

……統一軍の任務は【怪魔】の“討伐”だが、国家対国家の対人戦争の、“掃討”と何が違うのかと言われても、違いは何も無い。

訓練の妥協をした者から死んでいく。ハルリアナは部下を何人も喪って、その絶対の原則に気がついた。


(ですが……やっぱり、レオンとわたしは違うんでしょうね。それはわかります)


十歳なのだ。……彼の才能は桁違いだが、物心ついた時から死と隣合わせの生活が普通だったハルリアナとは境遇も違うし考え方も違うだろう。

それでもやはり、軍人となるのなら、なるべく長く生きて欲しい、と思う。そこは多分、常識から外れているハルリアナの感性をもってしてもおかしくはないはずだ。


……レオンハルトは、“家族がいなかった”ハルリアナにとって初めて出来た、“兄”だから。


「レオン」

「なんだよ?」


ハルリアナは口下手だ。今までハルリアナが喋ってきたのは戦術指導と部下への鼓舞の言葉だけ。他は必要最低限のことしか話してこなかった。

……要するに、日常的なコミュニケーションは苦手なのだ。

何せ周りの大人が訳知りでしかも有能だったので、ハルリアナのコミュニケーション能力不足を補い、何も言わなくても上官と下級士官との絆を強めてくれたものだ。


しかしここではそうはいかない。

軍の指揮を執る統一政府に一番影響力を持つ国の、中枢の家だとはいえ、日常的な死とはかけ離れた平和を保っている場所だ。

誰かに何かを伝えた時は、自力でどうにかしなくてはならない____それなら。


「あなたならできます」


自分の出来ることで言いたいことを言うべし。

ハルリアナはすらりと刀を抜いて、擬似【怪魔】を作り出していた分の邪素を、愛刀である《雪霞》に纏わせた。

レオンハルトが、僅かに頬を引くつかせる。見ないふりをした。


「戦場で死にたくないなら、今、死ぬ気になりなさい。ええと……そうです。言いたいことがあるなら、わたしを負かしてから言いなさい」

「いや、あのな!? それが最高難易度の『最終目標』なんだぞ!?」

「……調整の修行は後回しにしましょう。まずはあなたの聖素がどれほど成長したのか、見てあげます」

「話を聞け戦闘狂!!」


そうだ、ハルリアナは、剣でしか語れない。

ならばそれで理解してもらうしかないだろう……レオンハルトには、死んで欲しくないのだと。



____その日の訓練を終えたレオンから、脳が筋肉で出来てるんじゃないのかと皮肉られたが、彼女はただ、首を傾げておいた。

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