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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第三章
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アスピドデラの影







影の戦士と俺はほぼ同時に動いた。


向こうはロングソードを振り被り突貫、俺は横移動と共に、火属性改上級短距離攻撃魔術『ブレイズ・ストレルカ』を、敵の両手両足、胴に頭……計7発で迎え撃つ。


だが、その必殺の威力を秘めるその火線を、戦士は躱すでも無く……全て剣で打ち払った(・・・・・・・)のだ。


「ッ!?チッ!」


対物理障壁で弾こうと考えて……直前で嫌な感じがして、身を捻り捌いた……思った通り。


その場に残った、向こう側が薄暗く歪んで見える程の濃度の対物理障壁が、まるで何もなかったかの如く切り裂かれて消滅した……そこらの剣や銃弾くらいならビクともしない筈なのに……。


ならば、とカルマを目前の戦士の背へと振り下ろす……が、切返した剣に容易く弾かれた。


「(コイツ……膂力も俺と同等以上にある……!!)」


瞬時に身体を固定して放った、直撃すれば今のスィラも一撃で叩き潰すかの様な斬撃を軽々と正面から弾き返し、剰えそのまま斬りかかって来る。


勿論、『ブレイズ・ストレルカ』を至近距離から叩き込まんとするが……輪郭がぶれたかと思う程速いサイドステップと共に、火線は宙を切り壁を焼いた。


「速、過ぎるだろう!!」


と思った途端、理不尽な速度で剣戟が降って来る……上手く斜めに剣を合わせ、衝撃を受け流す。


次の一撃、直突も身体だけ捌き、横方向の斬撃をカウンターで放つ事に成功……刃が寝ていた事もあり、嫌に強固な鎧に弾かれたが。


……よし、斬り合いは追従出来るぞ。だが……決め手がないな。


カウンターを貰ったことに驚いたのか、刺突の様な安直な攻撃を引っ込め、単なる斬撃のみを放って来る。


鍵は魔術、向こうは魔術を使って来ていない……とっておきにしているという可能性もあるが、現状では警戒のみして、基本無視して良いだろう。


問題は如何にして、強力な魔術を叩き込むか……まずは向こうの対魔耐性を見る為に……。


「『ブレイズ・バスター』ァ!!!」


向こうの一撃の衝撃を使い後方跳躍、強力極まる往年の火属性範囲攻撃魔術を叩き込んだ。


それに対する、影の戦士の対応は……。


一直線に爆煙にぶち当たり、そのまま突き抜けて俺の元へ突っ込んで来る事だった。


「魔法耐性もアリか!」


素の防御力も通常の上級魔術程度だと効かない程度にはあるらしい。


三合程打ち合わせ、足元の岩を蹴り砕いてぶつけ、距離を取る。


その隙に……やるか、アレを。


レズン相手に取っておこうかと思っていたが仕方がない。


「……来い、引導を渡してやる」


……来た、チャンスはシビアだが……決める。


一の太刀……駄目だ、横。二つ目……斜め過ぎる、駄目。三つ目……縦斬り、来た!


此方の構えは……乱れ構えという、特殊な待ちの構え。


縦斬りを利き手の剣で半月を描く様に捌き、それと肩で連動させた反対の手の掌底で敵の顎を打つ。


剣を捌き切った利き腕はそのまま一挙動で敵の顔面に剣を叩き込み……矢鱈硬い甲冑に邪魔されて致命の一撃にはならなかったが、衝撃で大きく戦士は仰け反り……出た腹に膝蹴りを打ち込む。


影の戦士は冗談みたいに吹き飛び……轟音と共に壁に突っ込んだ。


半月返、前世において学んださる技術の応用である。


「此処で油断するのは三流、と」


恐らく敵の身体があるであろう、壁の窪みに『ブレイズ・ストレルカ』を集中射……壁が溶岩の如く溶け落ちる……。


「これで止め、か」


さて、溶けた壁を見れども動きは無い……これは決まったか?


「……呆気なかったな。さて……!?」


揺れている。地が、洞窟が……。


「……そう簡単にはいかない、か」


溶岩を頭から浴びながら、影の戦士は……ややボロボロになりながらも……しかし、覇気は先程以上に高めて現れた。


どうやらさっきまでは、本気でなかった様だ。


「第二ラウンド、という事か?……しぶといヤツめ」


剣の柄を握り締め、地を蹴った。











ウルティム・アメイジア。


ヤールーンの魔王として畏れられる彼女の顔を知る者は居ないとされる。


ヤールーン北部、その居城は死の大地かの如き荒地の中央にある。殆どの生命体の存在を許さぬ土地だ。


その理由は魔力……辺りは超高濃度の魔力が立ち込め、立ち入った生命体は猛烈な魔力酔いと呼ばれる症状を起こす。


魔力酔いは大量の魔力が急激に体内に入る事で起こる。通常なら魔力回復薬を一度に大量に飲んだ時、魔力量の差が大きい相手同士で魔力の大量の受け渡しをした時等に起こり得る症状で……酔いと侮るなかれ、悪いと死ぬ事もある危険なモノだ。


具体的な症状を挙げるなら、軽度であれば頭痛と胸焼け程度で済む。


重度になると……嘔吐、異常発汗、皮膚の剥離、腫瘍の発生……兎に角物凄い勢いで身体が破壊され、死ぬ事も良くある事だった。


植物も同じで、直ぐに枯れる……魔王の居城に近付くことが出来る者は、自ら体内に入って来る魔力の量をコントロール出来ることが最低条件になった。


まあ、この不毛とも思える大地には……魔力を喰って生きるとある魔物が住み着いているからして、単純な戦闘能力も求められるが。


まずは植物……草一つ生えていない土地ではあるが、一応ある、サボテンみたいな多肉植物だ。


名はパープル・イーラと言う。高さは2m無い程度、見た目は下の方から言うと、丸々と太った様な茎、紫色の笹の様な葉がその上部から生い茂り、その上に大きな百合の様な白い花を咲かせる。


花に致死性の神経毒を備え、常人ならば近くに寄っただけで、花の花粉を吸っただけでも昏倒し兼ねない死の花だ……見た目は長い花弁が優雅で美しいのだが。


太った茎が実は食べられる。可食部が多いので、特定地域では栽培され、特殊技能者が収穫し、高値で取引されている。


果肉は蜜柑の繊維の様に細かく多数の肉に分かれており、少しの酸味と多大な甘み……レモンと梨を混ぜて砂糖で丁度良く味付けした様な味で、そのままジュースにしても美味しい。


魔力さえ与えれば、痩せた土地でも良く育つ為、ヤールーンでは其処彼処で見る事が出来る植物だが、前述の通り防毒装備無しで近寄るのは自殺行為である。吸血鬼だって死に兼ねない。


植物はその一種類だけだ。偶に変異種が生えている事もあるが……例外は挙げずとも良いだろう。


この魔王城周辺の最大の脅威は勿論魔物、動物である。


《テレファマスコンフィレント》。


あの《スクウィッド》を上回るランクSSクラスに位置する、この世で最も恐るべき魔物の一種である。


見た目は……尖った触手の生えた蛇、皮膚の色は腹が黄色で背が紫、鱗は黒い。


えげつない破壊力を持つ、人間界で言えば戦争での拠点破壊攻撃に用いられる様な、一撃必殺の火属性最上級攻撃魔術『コメット』をバカスカ口から吐くとんでもない蛇で、全長は……それぞれで、直径は大体3m程で、蛇その物の様な個体から、ツチノコみたいな体型をした個体まで様々。


半ばこの魔王城に殆どの者が近寄れない原因の一つであり、大量にこの地域で自生しているはずのパープル・イーラの収穫を阻害し、価格を跳ね上げている犯人である。


この魔物のタチの悪い所は、普段は地中に隠れて姿形は見えず、現れたかと思えば大軍で押し寄せてまるで、戦列艦の様に『コメット』を横一列に並んでぶっ放して来るという戦術性、連携能力も持ち合わせている所だ。


高い隠蔽性、地中すら素早く移動する機動力、最上級火属性魔術による攻撃力、そして自分の放つ『コメット』程度では傷一つつかない防御力も兼ね備える。


勿論、彼らにとってパープル・イーラの毒などは調味料と然程変わらないだろう……彼等の主食でもあるからだ。


意外な事に彼等は草食性である。肉も食わない訳ではないらしいが、基本的にパープル・イーラを食べて生活している。


それでパープル・イーラが絶滅しないのか?と不思議に思うかも知れないが、この超高濃度の魔力が立ち込める地域では、食べられた端から彼等は再生を始めるくらいにエネルギーに満ち溢れている。絶滅の心配はほぼ要らないだろう。


魔王の城に住む者は魔王のみ、使用人の一人も居ない……何故なら魔王城の中は、外の死の大地を超える量の魔力が満たされた、一種の毒ガス室の様な状態だからだ。


お察しの通り、この魔力の発生源は魔王本人である。


魔王の魔力に侵された無機物は皆一様に魔道具と化す……これが使用人の要らない理由の一つでもある。別に箒を持つ者が居なくとも、一人でに箒が廊下を掃除し、刷毛が棚から埃を掻き取るのだから。


そもそも、この魔王城……この建物自体が魔道具化しており、門から窓から何から何まで勝手に動く。換気と湿気取りのタイミング、ネズミ捕り(・・・・・)には自信アリ、である。


さて、魔王城を管理しているのは勿論魔王とその魔道具達であるが、当然ながら魔王城にも城下町は存在する……魔王城から40km近く離れているが。


その名をアスピドデラ、ヤールーン北部最大の都市であると同時に、この国の首都である。


完全な計画都市であり、整然と……高さや色は同じものの、整理された区画に並ぶ都市群は圧巻であろう。


というのは、実は理由があり……この街は高緯度地域にあり、かつ西の海から吹く風によって降雪量が非常に多い。魔術に優れる人種が多く住むヤールーンと雖も、雪は厄介な存在である。


降った物は退けねばならない。だが、此処は恐らく世界有数の豪雪地帯……ただ家屋の前の入り口を開けたりするだけでは、直ぐに限界が来てしまう。最盛期の降雪量は10mにもなるのだから。


そこで雪を街の外に作った雪捨て場に捨てに行くのだが、ここでこの碁盤の目状の道が役立つ。


雪を運び出すには大型の荷車を使って雪をピストン輸送するのだが、勿論、その雪は順々に奥から集めなければならない。


この街では雪掻きの方法が完全に決まっている。先ずは横の目にあたる道に溜まる雪を、縦の目に当たる道路に掃き出す。


後は縦の目に沿って、街から押し出す様にひたすら運ぶだけ……非常に簡単だ。


この手の不可避な作業はシステム化されていた方が、行政側も、市民側も楽で良い。


作業は効率化されるべきだ。特にそれが高頻度かつ多くの労力を要するならば……と、アスピドデラ総督、メティス・レフレクスはそう考える。


彼女は獣人である。


本来、他の吸血鬼、長耳族を代表とした魔法系種族からも蔑まれる立場である、獣人でありながら、腕っ節一つで都市の頂点として立つ彼女は……獣人族最強の存在と言っても過言では無いだろう。


剣一本と身一つで、ヤールーンに蠢めく魑魅魍魎を平伏させ……終ぞ魔王の居城まで迫った事もある数少ない人物の一人だ……。


特異な体質により彼女の身体は外部から魔力を取り込めない。いや、魔力を拒絶していると言っても良いだろう。


コレがどう影響して来るかと言えば、先ず魔王の魔力の影響を受けない。


断続的に身体を侵す致命的な魔力の影響を受けないという事は、魔王城周辺の環境に於いても活動できるという事だ……それでも、直接謁見した事は無い……扉越しに言葉を交わした事がある時点で尋常では無い存在だが。


他にも精神に作用するタイプの魔術の影響を受け辛い事、低級の攻撃魔術や特に火属性魔術の余波などでダメージを受けない事等がメリットとして挙げられる。


デメリットとして、治癒回復系の魔術が一切掛からない事、その他身体能力強化系の魔術も効果が無い事が挙がる所だ。


尤も、そんな強化を使う必要等彼女には無いかも知れない。


一族共通の特徴である金色の瞳、ピンと立つ尖った耳、鼻、その何れにしても性能に不満を感じた事は無い。


鍛え抜かれた四肢は、一見女性的な柔らかさを持っている様に見えども、その実……熊人な豚人、牛人などの戦士を真正面から力比べで捻じ伏せる程のパワーを秘めている。


腰に差した一見シンプルな造りのロングソードは……古代兵器、墜落した航宙巡洋艦の装甲板より削り出し、魔王の力を受けて魔力を切り裂く魔剣と化した……常人では持てぬ程重く、硬く、またしなやかで……この時代においては常識外の性能を誇る一本である。


その決して折れる事の無い剣と、正しく暴力を体現したかの様な力と戦闘技術が合わさった存在、それが……アスピドデラ総督として畏れられるメティス・レフレクスという女であった。


彼女は珍しく……この瞬間においては、執務室でうたた寝をしている……普段、真面目が服を着て歩いている彼女を知る者からすれば、驚嘆すべき事だ。


彼女は夢を見ていた……酷く楽しい夢だ。


目の前に子供が立っている。


顔や姿形は黒く塗りつぶされたかの様に隠され分からないが、背丈や格好は酷く小さく……きっと年齢二桁にも満たない子供だ。


だが、この子は……恐ろしく強かった。


「(何と素晴らしい反応速度だ!!子供とはいえ恐れ入った!)」


技術面を見れば、荒削りに過ぎる所はある。


剣の刃は揺れ動いて定まらず、此方の鎧を貫通できていない……それでも力は凄まじい様で、力任せに振られるソレの威力は決して馬鹿には出来ないが。


だが、何よりこのメティス・レフレクスの剣技に追従しているのだ!今まで5合と持った者は居ない、本気の斬り合いで!


正しく必殺を確信した瞬間の一撃ですら、己とも負けず劣らずな速度で降り抜かれる剣に阻まれる。


相手は魔術師でもあるらしく……1度だけ飛んで来た範囲攻撃魔術は効かずに諦めたらしいが、時折飛んで来る細く真っ白な熱線は、恐らく真面に貰ったら貫通する。己の勘がそう言っていた。


先程貰った不意の連続したカウンターの後に、山程飛んで来た熱線を全て剣で弾いた(・・・・・)時には流石に肝を冷やしたが、油断したら死ぬ。向こうは己を殺す針を持っている。と己に相手の力量を再認識させ、その強敵を前にした歓喜のためか、今までに無いほどに気力と闘志が内から湧き出て来た。


さあ、夢の中とは分かっている……だが、これ程の相手だ。


……死ぬ程楽しんでも良かろう?


夢の中の彼女は兜の中で、その瞳を興奮にギラつかせ、凶悪に口角を歪め……正しく獣の如く剣を振るった。











「ッ!!まだ速くなるのか!!!」


こうして斬り合いを始めて剣が合わさる事100合を超えたか……この影の戦士の武技の鋭さは疲れに衰えるどころか、更に激しく、速く、重く……この瞬間にすら、鋭く冴えていっている様に思えた。


剣ではまずコイツには勝てない、速さは同等、力は俺の方がやや上であるが結局のところはほぼ同等、技量では圧倒的に負けていおり……先程から相手の剣先が、襟や袖を掠める様になって来ている。


限界まで知覚速度を引き上げてはいるが、幾ら認識速度は早くとも、身体が動く速度には限界がある……何だか、泥の中で足掻いている様な感覚だ。


魔術は必殺の『ブレイズ・ストレルカ』は全て躱されるか、異常な強度を持つ剣に弾かれてしまっている。


決め手が現状無い。取れる奇策も選択肢が既に尽きかけている。


そう、この相手に対して俺が明確に優っている戦闘技術が見つからない。


魔術が使える事は、此方のアドバンテージではあるが、それとてこの状態では無理がある。発動の隙すら、コイツは滅多に与えてくれないのだから……曲がりなりにも魔術を使う時は、少なからず其方に集中しなければならないからな。


特に『ブレイズ・ストレルカ』を始め、この戦士の対魔防御力を貫通出来るのは、曲がりなりにも高難易度の最上級魔術以上だろうからして……タイミングもあり、決定打にはなり辛い。


何か……何か無いか。


『ヴァリーニェ』での手足の拘束は意味が無かった……飛ばした魔力が届く前に、あの剣に払われた瞬間に魔力が俺の制御の手を離れてしまう……そういう効力を持った魔剣なのかも知れない、『ブレイズ・ストレルカ』も簡単に弾いていたからな。


正直な話、出し惜しみしているところはある……最大火力の『スヴェルコ・ノーヴァ』はまだ使っていない。消費魔力量の事もあるのだが、もし仮に効かなかった場合、状況が一気に悪くなる可能性がある。リスクが大きい。


「このッ、やり取りの中で……ぇッ!」


……確実に対象を殺す、その過程を編み上げなければならない。


敵の絶技とも思える剣技を掻い潜り、発動の隙が比較的大きく、出もそんなに早くは無い最上級攻撃魔術を急所に叩き込む……最終着地点はそこだ。


問題は過程、理想を言えばまずあの厄介な剣を奪い、続いて何かしらの方法で本人を短時間でも拘束する事。


剣さえ奪えば『ヴァリーニェ』にも多分引っ掛かる筈、でなければ、無理をして態々剣で払ったりはしないだろうからな。


なら、まず武器を無力化する事から考えよう……と、思ったのだが……。


「(技術に差があり過ぎる……叩き落とされそうなのはこっちだな)。」


悲しい事にそれが現実であった。


幾つか……酷い(・・)作戦はあるが、何をするにしても痛くて辛い道……進んでやりたい様な事は一つも無い。


こうしている内にも掠めた刃が、手の甲に切り傷を刻んだ。


「……気に入らんな」


何かを犠牲にしなければならない。


手か、脚か、臓物か……幸いな事に、魔術のあるこの世界では、命さえ保持すれば取り戻せる物が多い……覚悟を決めるべきだろう。


自分に治癒魔術を掛けるのは初めてだが、多分……大丈夫だろう。


剣を抑え込む方法は限られている。


少なくとも俺が思い付く事などたかが知れた捨て身の方法で、半ば"ゾンビアタック"に近い戦法だ。


……馬鹿らしいとは思うが、こうするが最善だろう。


先ずは望んだ攻撃が飛んで来るのを待つ……腹の付近を態と空け、そちらに攻撃を誘引する。


来てもらいたいのは刺突。


耐えるべきは痛みと一時的な部位欠損……今更怖くなって来たな……。


失敗はしないだろう。其処まで難しい事じゃない……頭で考える上では。


アドレナリンが頭を満たしている為か、切り傷に対する痛みは殆どしない。


致命的な負傷を見逃す可能性もある為、あまり良い事では無いが、今回は頼ろうと思う。


斬撃が来た段階で、態とつまづいた様に後ろへと転ぶ……慣れない行動ではあるが、この足場の状況、此処までの戦いでの疲れ、その他を考慮すれば、自然に見えた……と思いたい。


明確な隙を見せた俺に対する、影の戦士の対応は……留めの一撃を放つ事だった。


その形は望んだ刺突。


見事に心臓のやや右……動脈と心臓の一部を抉る必殺の一撃だ。


だが其処はやらん、お前にやるのはこっちだ。


突き込まれる刀身を引っ掴んで狙いを無理矢理逸らす。


その拍子に指が……肌面に張られる魔力で編まれた障壁ごと切り裂かれて、小指から中指までが落ち、人差し指と親指が千切れかけてぶらりと下がるが……見ない!無視!我慢!である……見たらショックで卒倒する自信がある。


刃が入ったのは左の脇腹だ。本当は完全に逸らす予定だったのだが、予想以上に相手の力が強い……そっちも、脳が痛みと異常を認識する前に決めればいい。


「……捕まえたぞ!」


残った右手で相手の胸倉を掴み上げ……。


「消えろッ!!」


合計14本の『ブレイズ・ストレルカ』、出力は普段の6割増し。


頭の先から足の先まで残らず貫いた閃光が晴れる頃には……その空間にはただ熱風が吹き荒れるのみであった。












「っはっ!!?」


ガシャーン、と跳ね起きた拍子に机を蹴り折ってしまい、花瓶やらカップやらの調度品が、壁や天井に叩きつけられ高価な陶片へと姿形を変えた。


「……そうか、夢だったか……」


どうやら執務室の机に突っ伏して寝てしまっていた様だ……汗で肌着や毛が張り付いて、酷く不快な感触が全身から伝わって来る。


物音に驚いたのか、使用人が泡食った様に飛び込んで来たが、何でもない、と言って追い払った。


「それにしても……」


楽しかった。


相手は強く、賢く、強かだった……最後の最後、勝ちを確信したその時まで、機会を窺っていたのだから……そして根気比べに負けた余は、捨て身に近い魔術の斉射で殺された……そうだ、妾は殺されたのだ。


殺された経験などある筈もない。


だがあの時……間違いなく、メティス・レフレクスは死んだ。蟷螂に捕らわれた虫の如く、白く空気を焼き尽くす程の牙で以って喰われたのだから。


「……妾の願望が生み出した幻想か?それとも……」


アスピドデラ総督の小さな呟きは、誰にも……いや、ただ一人。とあるヤールーンの王の笑みを深くしたのみで立ち消えた。












この世界に来て初めて感じた痛みと、傷付いた自らの身体が上げる悲鳴が、まだお前は生物であるという事を再認識させる。


身体に力が入らない……腹部の負傷は結構、人体のシステムとしては中々重度なのだろう。


腹に刺さった剣は、影の戦士と共に消滅した……お陰でかなり出血した、頭が重い。


即座に水属性治癒魔術『シーキュア』を発動、腹と……一瞬忘れていたが、左手の指を治した。


「……治、しても……取れた指は残るのか……」


取れた自分の身体のパーツだった物を見るのは、控え目に言って気分が悪い。


拾って……どうしようか、捨てるのも何か自分の身体だった物であったし、嫌な感じがする。


結局悩んだのだが……自分でも何を考えたのか、何となく口に放り込んで食べてみた……当たり前だが不味い。さっさと飲み込んだ。


三国志演義とかでも、誰だったか武将が取れた目ん玉を食った話があるくらいだし、問題無かろうと思う……骨は流石に出した、軽く洗って飾っておこうと思う。割と綺麗だ。


さて、こんなところにもう用事は無い。


帰ろうと踵を返して……四人分の騎士の残骸に目が止まった。


鉄の鎧ごと胴体から上下に分断されているのだ……全員とっくのとうに失血死しているだろう。


その中でも最も若く、見目麗しい騎士……クリストフの死体へと近付く。


最期の詰問……それさえ無ければ、良さそうな奴だったのだが……。


「後で外に居る奴に運ばせれば良いか……さて、何と言い訳をするか……」


俺の服の脇腹には裂傷と共に血痕が付いているから、材料は大丈夫か。


「余計な事をすると死ぬ、か……私も肝に銘じさせて貰うぞ、クリストフ……」


やはり脇腹には引き攣る様な違和感が残るし、左手はまだ手が上手く動かない。


だが、不思議と倦怠感は無い。興奮しているのだろうか?……意識は異様に冴えていた。


「おっと、忘れる所だった」


全身の細やかな傷も、跡形もなく治癒し切る事……何せ、今の俺は女性だからな。見目には気を遣わねばならない……服がボロボロになったのは仕方が無い事だが……


……はぁ……血が足り無くて頭が回らない……帰って肉でも食べたい所だ……。


そう思い、緊張が解けた……その時。


「……あ……?」


目の前が真っ暗になり、身体から力が抜け……時を置かずして、意識を手放す事となった。












魔王は孤独である。


あまりに彼女は生命体として強過ぎた。肩を並べる様なモノは居らず、かつてあった友も、千年以上前に皆死んだ。


強過ぎる力は畏怖を呼び、周囲の恐怖心を煽る。


あまりに強大過ぎる魔力は、意図せずして周囲に漏れ、他の凡ゆる存在を侵し、害し、変質させてしまう。


それ故、基本的に彼女は他の人物に対面する事は出来ない。


直接言葉を交わすにせよ、扉越しでなければならない……幾らか存在する魔王城にまで至った存在もまた、全てそうして魔王と対話して来た。


彼女自身の力により、相手の姿形は空間を超えて認識し、影響を与える事は可能だが、それとてあくまで直接では無く……モニター画面の中の出来事の様に、瞬く間に過ぎ去るつまらぬ事象であった……これまでは。


もしや己の元まで辿り着くかも知れぬ、そんな存在を見つける事が生き甲斐であり……そして、現在のウルティム・アメイジアが唯一外界に干渉する事柄である。


己の元に辿り着く者を育てる事……やや手荒いシゴキ(・・・)に耐えられれば良し、でなければそれまでの存在であったというだけの事。


数少ない友であり、直属の部下とも言える獣人……メティスの意識を無断で一時的にトレースさせて貰った上、死んだ経験までさせるというのは悪かったとは思うが、そちらには後で何かしらの便宜を図れば良い。


「……お前も俺を楽しませろ……それが、お前が生き残る唯一の方法だ……ふふ」


魔王が漏らした愉悦は、魔力となって再び魔王城周辺の大気へと溢れ出し、その影響で瞬時に異常成長したパープル・イーラに押し潰されかけた《テレファマスコンフィレント》の、何すんだバカヤロー!と言わんばかりの甲高い鳴き声のみが響き渡った。



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