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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第三章
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影の戦士







明朝、隊は前進を開始した。


この数時間の休憩の間、俺はただ食ってグダグダしていただけであったが、レズンは順調に隊員……中でもマデレイネとその周囲に溶け込む努力をしていた様だ。気付けば輪の中で楽し気に雑談に昂じていた……個人的には、そのコミュニケーション能力の一欠片でも見習いたい所だな。


そもそも、俺があの輪に入るというのは現状無理な話で……空気だけでも優雅過ぎて吐き気が湧きそうな彼処で堂々と品良く、自然に振る舞うレズンが手慣れすぎているだけだ。


俺から見て分かることは、皆育ちが良いのだろうなぁ、程度であり、そこで恐らく交えられている遣り取りの一部さえ、俺には理解出来ない事なのだろう。


尤も、俺にはマデレイネ姫と仲良しになる理由も必要性も無いからして、特に問題は無い。俺が必要なのは報酬、レズンが必要としているのは姫からの情報……利権が見事に重なっていないというのは素晴らしい事である。


……別に、兵の誰もが遠巻きに見ているだけで近寄ろうともしない現状が寂しいなどとは思っていない。


思っていないと言ったら、思っていないのだ……アウェーな雰囲気など気にすべきではないのだ。


「で、そんなぼっち(・・・)根性丸出しのエリアスちゃんに、優しいボクが相手しに来たよー」


反射的にレズンの臓物を口から叩き出してやりそうになった所だが……側にマデレイネ姫の姿を認めて、何とか構えかけた拳を収める事に成功した。


「改めて自己紹介させてくれ、マデレイネ・ベル・イオリアだ。先の折は気分が優れず、いい加減な扱いをした事を許してくれ」


こうして見ると、マデレイネ姫は背が高い……大体170、スィラと同じくらいか?だが、彼女よりかなり……その……女性的な身体つきだな。


「構いませんよ、姫様……この様な扱いは慣れていますので」


自分で魔力をぶつけておいて、いけしゃあしゃあとよくもそんな事を言えたものだね、なんて言いたげなレズンの視線はさて置き、馬を並べて暫しのお喋りといこう。


「こちらには模擬戦大会後も滞在なされるのですか?アイク……失礼、アイク様もお楽しみになされていましたよ?」


「呼び捨て出来る間柄なら、そこまで気を遣わなくても良い。そうか、アイクは元気にしていたか……」


「色々とゴタゴタも有りましたが、今では良き友人も持って幸せそうですね。マリョートカ侯爵家の話は聞きましたか?」


夏の話だ。カリナ・ヴァン・マリョートカが起こした一騒動は、見事王都にまで波及した。


カリナがただの侯爵家の娘なら、単なるマリョートカ家の恥で終わったのだが……問題は彼女が上級クラスの、最上級一歩手前の土魔術師であった事である。


彼女は将来的には恐らく近衛魔術兵団に属する事は容易い魔術師になる筈の者だ……何処から漏れ聞こえたのかは知れないが、どうもマリョートカ家が彼女に酷く不遇な扱いをしていたという件が、詳細な内容は兎も角、大まかな概要はどんどん広まってしまったらしい……これはケイト女史から聞いた話。


公的には黙殺する方向で対応を固めた王家の面子もあり、表立ったアクションは無いが、逆に言えば……裏で何をされてもおかしくは無い状況であった。


屋敷の前に死体を投げるなどの個人への嫌がらせは勿論、流通の恣意的な堰き止め、意図的な犯罪者の領地への放出など、領地への嫌がらせ等、一時期マリョートカ侯爵領は中々酷いことになった様だ。


だが、それを沈静化させたのが、何を隠そう当の渦中の本人、カリナであった。


彼女はアイクから休暇を貰って、一部従者と共に王都へ。


王国議会の重鎮貴族の家々の門戸を自ら叩き……今回の騒動について、謝罪を兼ねた挨拶回りをしたという。


年若き娘が、以前はトレードマークであった豊かな縦ロール髪を切り、実家とも縁を切って尚、そうして責任を取って回るというのは中々……言い方は悪いが、良くウケたようだ。


彼女は今、首口程度まで髪を短くしている……聞く所によれば彼女なりのケジメであったらしいが、実際のところアレから彼女は剣技を始めとした運動に力を入れ始めたので、実用上の考えもあったのかも知れない。


彼女の現在の身分はアイクの従者である。


カリナはアイクよりも遙かに戦闘能力は高いし、名実共に彼の護衛、俗に言うところの騎士である。乗馬も上手いらしいからな。


少し前に俺と決闘した時からメキメキと実力を付け、今では魔術に加えて剣技も中々な物に……まあ、所詮まだ10歳の女子にしては、と注釈は付くが。


「ああ、中々見所のある騎士候補だと聞いた。是非見ておきたいところだな……何せ、アイクの身の安全を任せる訳だからな!」


良かったなカリナ、お姫様……アイクの姉にも興味を持ってもらっているぞ。今後が楽しみだな。


「是非扱いてやってください。きっとお喜びになる筈ですから」


適当にカリナへのキラーパスを放りつつ馬の背で揺られている内に、どうやら目的地に近付いたようだ。


「ありがとう、楽しかった……後はさっさと済ませよう」


マデレイネ姫も離れ、クリストフ氏と幾つか遣り取りを交わした後、総員下馬の号令が掛かった。


「此処からは敵地だ!慎重に、矢に気をつけて進め!」


現在壁上に敵兵の姿は見えないが、門に近付くまでは油断できない。


して、腰を低く、音をあまり立てないように柵の直下まで近付くのだが……レズンが目を細め、ぽつりと呟くように言って来た。


「……エリアス、この匂い」


匂い?と改めて……いや何も匂わないが……と、思った時、風に乗って来たその匂いが鼻腔に……。


「……黴、いや腐った血か?」


うん、と彼はうなづいた。


「かなーり濃いね。エリアス、覚えた方がいいよ……コレはね……死臭って言うんだ」


死体が近くに、それも山程、と。











結局門を開けるまでは何も無かった。


敵兵が現れる事も無ければ、声もしない……全ての隊員が不気味がっていた様に思える。


「開けるぞ……」


して、門の前で突入準備を進める隊員を背後から眺める俺とレズンは、首を傾げざるを得なかった。


「おかしいな、匂いが全く変わらん……もっと臭うかと思ったが……」


「野晒しじゃないのかもねー……小屋の中とか捜索する様に言ってくるよ」


歩き出したレズンの三歩後ろから、俺も門の中へと歩く……おや?


コレに気付いている奴は居るのかね?


「……レズン」


マデレイネ姫の側に居たレズンに話し掛けると、彼は邪魔するなと言いたげに此方を睨むが……やっと気付いた様だ。


「門の内側、これは一体どういう事だろうな?」


赤、縦に幾重も重なったの赤の筋。


よく見れば、それが……手の形(・・・)をしている事が分かる。


まるで、外に助けを乞うて門を血塗れの手で引っ掻いた様に……。


「これは……ん?」


マデレイネ姫が一歩踏み出そうと足に力を入れた様に思えたが、何故か突っ掛かる。


三者三様に彼女の足元を見ると……意図せず心臓が跳ねた。


「……ホラー、だな?」


雪の中から突き出した、ボロボロに腐った人の手(・・・)だったらしきモノが、彼女の足首を掴んでいたのだから。


「敵襲ッ!!敵は雪の中だ!!!」


一番早く硬直から立ち直ったのは、やはり場慣れしているレズンだった。


彼は水晶剣を目にも留まらぬ速さで抜くと、マデレイネ姫の足元の雪中へ突き込む。


引き抜いた透明なその剣には、黒ずんだ血が纏わり付いていた。


それと同時に、小屋の扉が破られる様に内側から開け放たれ……眼窩が落ち窪んだ死体にしか見えない人間、半ば腹が腐り落ちた元は熊人であったらしい獣人、その他凄まじい腐臭を放つ人形が、獣を思わせる俊敏さで飛び出した。


「《ゾンビ》だ!!隊列を組め!背後を見せるなァ!頭を落とせ!!」


《ゾンビ》……歩く死体、知性なき人、幾度と無く創作の主題となったモノ。


この世界における《ゾンビ》というのは、魔術的な手段で強制的に甦らされた死体であり、自然発生する事はまず無い。


魔物の一つと分類され、ランクはB……生前ほどでは無いが、獣よりは高い知性を持ち、この様に待ち伏せ等、初歩的な戦術を使ったりもする。


厳密には生きている訳では無いから、こうして長時間雪中で待ち伏せたり等、生物からすれば無理がある行動も可能であると。


攻撃方法はナイフや石等、平易な武器を使った攻撃、素手での殴打、噛み付き……などなどである。


別に噛まれたらお仲間になる様な事は無いが……あの不潔な口で、腐った肉と骨で出来た口で噛まれたくは無いな。間違いなく感染症を起こすだろう。


俺個人としては物珍しさが気持ち悪さを上回って、おお、と勝手に感動している所だが、不意を突かれた騎士団は半ば及び腰な様子である。


「クソッ!死体ごときがぁッ!!」


「だから首を狙え!胴を狙っても止まらんぞ!!」


「足元から!?」


混乱しているその他隊員を他所に、マデレイネ姫、クリストフ氏、レズンの奮戦は特に際立った。


マデレイネ姫とクリストフ氏は、光属性中級魔術『サビャースチェージェ』……アンデッド系統の魔物を一時的に行動不能にする、完全なメタ魔術を使って確実に一体一体ずつ仕留めている。


レズンは言うに及ばず、危なげなく、舞う様に《ゾンビ》の首を刈り、頭を蹴り潰し、水属性中級魔術『フローズンアロー』で、団員を食い殺しそうな個体を正確に射抜いていた。


俺?サボっている訳では無いがな。念の為、『思考加速ラスチェータ・フォルザーン』を使った俺だが、正直この戦闘は退屈過ぎた。


何故なら……もう終わっているからだ。


山形の弾道で放った、火属性下級攻撃魔術『ファイアボール』が、予備兵力の《ゾンビ》共を纏めて火達磨にした。


《ゾンビ》は体内で肉や排泄物が発酵し、その体内は可燃性ガスで満たされているのでは無いか?と思い、手近なソレに火炎弾を放ってみた所……それはそれは気持ち良く燃えた。可燃物だ、生ゴミだ。


今騎士と取っ組み合っているモノに火を点ける様なフレンドリーファイアめいた攻撃はあまり良い事では無いと思い、全ての敵を焼却する事は出来なかったが、逆に言えば先程まで肉薄していた個体以外は全て……30体弱の《ゾンビ》は皆、その場で燃え尽きて果てた。


此方は俺とレズンを含めて13人、残っている《ゾンビ》は……ひとつ、ふたつ……11体だ。後は何も無ければ程なく片付くだろう。


……して、ここで何が起きたか……調べる作業が始まるのか……流石に死体が臭いから早くして欲しいところだがな。


さてと、残りも片付いた様だし……謎解きでもするかね……死体弄りは趣味で無いから……小屋からだ。


一体、何が出てくるやら……。












腐臭と蝿に耐えながらの捜索は、中々精神的にクル物がある。


コートの襟をマスク代わりにしても尚、俺の鼻を曲げんと攻勢を掛ける臭気も何もかも全ての焼き尽くして、この地を更地にしてやりたいところだが、気力を厳に振り絞って耐えた。


「何か見つかったか?」


野営地の中央、燃え盛る……そこら中に転がっていた腐りかけの死体を集めた物。


炎をその眼に移し、何事か思案しているレズンの傍に立つ。


「……今の所、無い。いや、逆に何も無さすぎる(・・・・・・・)ってゆー発見はあったかな。絶対……何か隠してる場所がある筈なんだよ」


確かにそれはある……あまりに何も無い。恐らく生活にも困るくらいに。


室内は所狭しと寝床代わりの毛皮が敷き詰められ、それ以外は何も無い。


別の家屋には少々の野菜や芋、パンと干し肉、ワイン等。


あるとすれば、どれかの建物に地下室でもあるかも知れないが、それらしき仕掛けは家の中には無かった。ひっくり返す家具も無いしな。


「なら、あの土台の石を打ち抜いてみるか?もしくは……小屋の周りの雪を退ければ、何か入り口が見つかるかも知れんな」


欧米の家の様に、外に地下室へのハッチがあるかも知れない。実際雪は50cm以上積もっているし、十分あり得るだろう。


「小屋の周りかー……あるかもね。ちょっと話してみるよ」


そう言ってしまえば、俺ももう少し頑張らざるを得ないな。


雪下へ魔力を流し込み、一気に下方へ放射……魔力の反射と浸透具合、突き抜けた箇所を探知……コレ、最初からやれば良かった説が生じたな。


あった、地下空間。なんとこの真下だ……焼いている死体の真下というのは中々な因果を感じるが、出入り口は別……なんだ、簡単な事だったじゃないか。


ここは最初、マデレイネ姫が足首を掴まれた所だ。門に近い、雪中でレズンに仕留められてしまった《ゾンビ》が居た場所……。


「レズン!こっちだ!」


火属性中級攻撃魔術『フレイムブレス』で雪を溶かしつつ、残っていた動かぬ《ゾンビ》を焼却……あった、洞窟めいた横穴だ。


「エリアス?……よく見つけたね、あ、最初の《ゾンビ》か!へぇー……じゃ、ボクは向こうに伝えて来るよ」


……魔力使うなら間抜けじゃないんだからもっと隠蔽上手くした方がいいよ、という助言と共に、彼はマデレイネ姫の方へと歩いて行った。


「一言余計だが、有り難く受け取っておこうか」


して、眼下の洞窟の入り口を眺める。


天然の洞窟の様で、周囲の地面から陥没した壁面に、ぽっかりとその口を開けている。


ここからでも分かる程に強い死臭と……溢れる魔力。


《ゾンビ》は魔術的な施術を生物に施す事で発生する魔物だ。


ならば、この《ゾンビ》を発生させた魔術師……先じてこの野営地を制圧した何者かが、この奥にいる筈。


問題はソイツらが……この場所で何を企んでいるかという事。


態々此処に根を張って、死体を手間暇かけて兵隊にし、雪の下に隠れてやる事……悪い事に決まっている、と言いたいところだが、その判断は実際に見てからにしようか。


「エリアス殿」


レズンがマデレイネ姫、クリストフ氏を連れ、穴の近くへと寄ってきていた。


「地下の探索は、クリストフとエリアス殿にお任せしたいのだが、良いだろうか?……勿論、兵も付ける」


構いません、と承諾……丁度良いな、クリストフ氏とはこういう機会が無ければ話す事も無いだろうからな。


「エリアス殿、では突入の前に兵も交えて打ち合わせをお願いします」


突入班は5人、勿論俺も含めてである。


先の《ゾンビ》戦での負傷者は2名。


鍛冶用の大鎚を持った《ゾンビ》に鎧の上から殴られ、脳震盪を起こし気絶した者……まだ意識が戻らないので、今は家屋の一室で寝ている。


もう一人は家屋の捜索中に、隠れていた《ゾンビ》に食いつかれ、腕を噛まれてしまい……まあ、この戦場で魔術に頼った治療というのは荒っぽいもので、感染症を起こす可能性がある患部を切り落とし、後から治癒魔術をガッツリ掛けるという処置を施すのだが……肘から下をバッサリ落とした所で、哀れな女性騎士団員はショックで気絶した。レズンが治癒魔術を使い、腕は完全に元どおりになり、命に別状は無い様だが……アレはトラウマになりそうな経験だろうな。


二人とも軽傷ではあるが、動かす事が難しい事には違いない。そんな彼らの護衛、また突入部隊の背後、拠点の保持……それを考えると、突入班は5人、守備に6人という分配になったという。


レズンは治癒魔術に長けている為残る、マデレイネ姫は立場上危険を冒せない。


ならば、残りの高火力型魔術師の俺と、戦力としてはマデレイネ姫にも引けを取らないクリストフが選ばれたという訳だ……兵の方は、比較的閉所の戦闘に慣れた者が選出された?


「順当に、短剣の扱いに慣れた兵が先頭、その後ろにクリストフさん、その後ろに私、後方の警戒に残りで良いと思います。隠密性を高める為に、『イリジュン』は使わず、皆さんに『ノクタラ』を付与したいと思うのですが、如何でしょう?」


「いいと思います。しかし、『ノクタラ』ですか……闇属性魔術の使い手と組むのは初めてになりますので、最初入り口付近で一度慣らしてからでも良いですかね?」


念のため言っておくと、『イリジュン』は光属性の光球で明かりを取る魔術、『ノクタラ』は術者やその他に暗視能力を付与する闇属性魔術である。


何方も暗闇で行動する上では必須の魔術であるが、意外にも便利そうな『ノクタラ』が使える術者は少ない。


これは単純な話で、ただ闇属性魔術を使える者が極端に少ない事が原因である。


人間には闇属性魔術は難しいと言われている。具体的には闇属性の下級が、その他の属性の中級に当たるという程に。


消費魔力量とて多く……そもそも、闇属性魔術は下、中級には攻撃魔術が乏しく、あったとしても『ジェルノ・コプラズ』の様な……魔力をただお互いに削り合う様な地味な技しか無く、ハッキリ言って……人気が無い。


上級まで行けば、『イビルデ』シリーズの強烈な攻撃魔術が存在するが、それとて触媒無しで発動すると、術者すら傷付ける諸刃の剣だ……更に極めれば『転移(テレポート)』や、『魔念力(ヴァリーニェ)』を含めた、この世でも有数の強力な魔術を扱う事が出来る。


だが、そこまで通常の人間が行けるかと言われれば微妙な所で、結局の所、コストと実益が中々見合わないという事で、修行する者が少ないのであった。


俺はニーレイという、俺を遥かに上回る闇魔術師が近くに居るし、レズンとて闇魔術師の一人だ。教師役には困らない。


最初は俺も苦手ではあったが、『ヴァリーニェ』を始め、ちょくちょく使い始める魔術が闇属性認定された事もあり、最近では苦手意識も何処かに吹き飛んだ。


闇属性の補助魔術は粗方マスターしたし、『イビルデ』シリーズも……触媒である、フェリアが所持していた、レンジャー・レプリカ……短剣の神器を模したソレを借り受けて、『イビルデ・ゲイル』は一応発動出来た。


流石に『テレポート』はまだ分からん、というか、基本訓練の一つも成功していないから……まだまだ、である。


「では行きましょうか……隊列は先に決めた通りに」


洞窟内は然程狭くも無い……人が三人は横に並んで歩けるくらい、1.5人くらいならば満足に戦闘行動も可能だろう。


中は松明も無く暗い……『ノクタラ』が良く効いているおかげで視界には困らないが……ほら、其処に死体の振りをした《ゾンビ》が居るぞ。


動き出す前に『アイスアロー』で頭を割れたサボテンみたいにしてやった。


「……反応が早いですね、何か秘訣でもあるんですか?」


そう言うクリストフ氏もクリストフ氏で、壁影から飛び出して来た《ゾンビ》を一刀の下、機械的に仕留めている。


「クリストフさんも、とても剣がお上手ではないですか。私も特訓はしているのですが、生憎中々上手くならず、苦労しております」


腰に差した短剣をちらりと指して、そんな風に話を逸らして行く……こっちが上手くならないというのは事実だしな。


レズン曰く、「エリアスは剣じゃ無くて棍棒、いや鉄骨でも持った方がいいんじゃない?その方が頭使わなくて済むよ?」だそうだ。悔しいところだが、割と今の俺に対する正確な評価だ。


『ラスチェータ・フォルザーン』による反応速度と計算速度の関係で、斬り合い、というか打ち合いは強い自身はあるのだが、どうしても、どうしても……刃が寝る。


だから偶に剣の腹に近い所で殴ってしまったり、しっかり物が切れなかったりする……力任せに振るから、引き千切れる様に、砕ける様に対象物は破壊される事にはされるのだが。


通常の剣なら全て対象物の破壊と共に圧し折れてしまっているだろう……が、カルマの高耐久力があって、何とかなっている感じだ。


……今度、柄を改良しようか。真円形のグリップはどうしても手の感触で、刃が寝ているか、正しい持ち方をしているか分かり辛いからな。


楕円形、もしくはフィンガーチャンネルを付けた、より凝ったグリップなら、多分俺でも使えるだろう。更に単純化して、薄いグリップパネルを打ち付けただけのフルタング・タイプにしても良い。


兎も角、カルマちゃんにはお着替え(・・・・)をして貰おうと強く思うと……嬉しそうにぐねぐね動き出しそうなので、何とか身体に抑えつけて制した……お前、鞘もコントロール下に置いてないか?


「魔剣ですか?中々強烈な……失礼、個性的な剣ですね?」


間違い無くドン引きされたぞ、君。


うん?みたいな雰囲気でクエスチョンマーク型になるんじゃない。おかげで腰のベルトが捩れたぞ、直せ。


「……何の因果か、気に入られてしまいまして……やや強力過ぎる剣ですが、邪魔になる事は滅多に無いので側に置いてやっているのです」


喋ったりしないからまだ良いのだが、その内この剣も喋り出したりしたら……どうしようか、そしたら偶には外して置いておいても良い様に交渉しようかね。


今日は多分出番は無い。今回は魔術師としての、支援役としての役割に徹すると決めたのだから。


「……灯りですね。この先がどうやら終点の様です」


松明の灯りでは無い……明る過ぎる。


壁影からこっそりと中の空間を覗き込むと……これは……祭壇か?


「……誰も、居ないな」


そう、誰も居ない。


ひどく静かな空間、だが、魔力灯という高価な代物が祭壇を照らしている所を見ると……ただ事では無さそうだ。


「あの像は……まさか」


兵の一人が祭壇の中央……血飛沫を浴びた様な紋様の……仮面を付けた酷く流麗な女性の裸像を見、震えた声で漏らした。


「……魔王信仰者……こんな所に潜んでいたとは……」


魔王ウルティム・アメイジアの事か?……という事は……あの像が魔王を模している?


魔王って女だったのか、それがここ一番の驚きだな。


「魔王信仰者ですか……それなら、上の《ゾンビ》の存在も納得ですね」


「魔王は魔物を作るのですか?」


おや、そう言えば一般人は知らないのですね、とクリストフ氏が合点行った様に声色を上げた。


「魔王に殺された者は呪われ、魂を囚われて蠢めく死体となり、その身が朽ち果てるまで魔王に仕える……比較的有名な逸話ですよ」


正確には、と話は続く。


「魔王はあまりに保有する魔力が大き過ぎ、周囲にある死体や道具……本来意思を持たない存在すら漏れ出た魔力を帯びて動き出し、魔王の意志のまま行動する様になってしまうという事です……丁度、その短剣の様に」


……風向きがおかしくなって来たな。クリストフの目が此方を向いている……。


「正直なところエリアス殿……貴方は怪しすぎる。その歳で闇魔術師として優秀過ぎ、おまけにその蠢めく短剣……率直に言って疑っています。貴方は……何者ですか?」


得物を抜きかねない剣幕……どうする?素直に正体を明かす?……いや、ダメだ。どちらにしろ結果は悪化する……。


「何を仰っているのか分かりませんが……私は単なる学生です。偶々得意な素質を持っている事は認めますが……」


……この場で全員殺す?それも結果を先送りにするだけの話だ。賢い選択とは言えない……。


「兎に角、話は聞かせて貰いますよ……ッ!?コレは!!?」


その瞬間、祭壇から凄まじい魔力の奔流が吹き荒れ……。


「この魔力!下がりましょう!!ここは……ッ!!?」


クリストフがその台詞を言い切る事は無かった。


何故なら……白黒写真の如く染まったこの空間の……時が止まったからだ……俺以外の。


後ろに尻餅をつきそうな兵、抜刀して鬼気迫る表情で停止するクリストフ、向こうを向いて既に逃げようとしていた兵、前のめりに既に転けた兵……皆一様に、不自然な形で停止している……。


それにしてもこの魔力……レズンやニーレイなんて比較にならない、いや、俺すらも全く及ばない……正しく圧倒的な力。


「……ウルティム・アメイジア、か」


「如何にもその通りだ、初めましてだなエリアス・スチャルトナ」


空間によく響く女性の……邪悪さはあまり感じられない、美しさに背筋から震える様な美声だ。


「丁度良く助かっただろう、感謝しても良いぞ?……それにしても、良く俺の時間操作に耐えたな。その歳の俺くらいには優秀だ、誇る事を許可しよう」


俺っ娘(・・・)にしては随分と丁寧な事ですね……それで、こんな私に何の様ですか、魔王様?」


俺っ娘と敬語は余計だエリアス・スチャルトナ、と魔王は此方の冗句をさらりと流した。


「ああ、貴様は冗長な遣り取りは嫌いであったな。歳を経ると話が長くなるのは仕方のない事でな、そこは許して欲しい……で、だ。今回はただ、ニーレイのチビが見つけた見所のある人間の顔を見に来ただけだ……俺の顔を見せる訳にはいかんがな」


「ニーレイが生意気なチビというのは同意出来るがな……ニーレイはお前の顔は知っているのか?その内是非お目にかかりたいところだが?」


「……俺の顔は誰も知らん。見ない方が良いぞ?今まで俺の顔を見て正気を保てた奴は居ないからな」


「それは不細工すぎてか?顔面が深淵状態なのか?」


「……面白い、俺相手にそこまで不遜に居直れるとは気に入った!気が変わったぞ、お前を少々……試させて貰おう」


あ……怒ったっぽいなコレは。かなりおっかない雰囲気が漏れ出している……。


「お前に試練を与える……なに、全力で挑めば生き残れよう……死ぬ気で戦え、さもなければ……死ぬぞ?」


魔力が爆風の如く吹き荒れ、魔王の像へと集まって行く……時間が再び流れ出した様です、兵たちの呻き声が聞こえる。


そうして現れたのは……真っ黒な影で形作られた……戦士、か?


輪郭を見るに鎧は無い……得物はロングソードか?アレは。


表情、その他は黒い霧の様なモノに阻まれて窺い知る事は出来ない。ただ、剣をぶら下げ、倒れた兵と俺を睥睨している。


「な、何だコレは……うわあああぁぁぁ!!!」


背を向け逃げ出そうと、兵とクリストフが踵を返した瞬間、影の戦士の周囲の空気が歪んだ(・・・)


見てしまった……まるで漫画の中の出来事の様に、四人がほぼ同時に輪切りに解体されるのを。


思考加速ラスチェータ・フォルザーン』発動下でも真面に追えなかった……つまりは、レズンやスィラよりも遥かに速い、俺よりも更に速いという事。


カルマを抜刀、長剣モードにして構え、相対するも……初めての感覚だ……勝てる気がしないぞ……。


隙など一切見当たらず、ただゆらりと剣を提げて立つその姿……ああ、これが武の極致の一つなのかも知れない。


立ち昇る気焰は正しく絶対強者の覇気を放ち、彼か彼女か……相対者に死を幾度と無く与えて来たのか……俺程度では推し計る事は叶うまい。


だが、やるしかない。


アメイジアも言っていただろう……全力で挑めば勝てる、と。嘘かも知れないが、今は縋らざるを得ないだろう。


「……死力を尽くす、か。いつ以来だろうか」


潤沢に身体中に魔力が行き渡った事を確認し……いざ、死合だ。


目線を切った……相手は動く、俺も動く。


思えば初めての純然たる格上との戦いが始まった。







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