4-1.忘れない家系
4-1.忘れない家系
方々で治療をしては忘れ去られ、友達になっては他人になる、ということを繰り返して生きているデリヴァであるが、代々デリヴァのことを忘れずに語り継ぐという家系がある。モーンゼーンの街を収めるモーンゼーン伯爵家である。
「…じろじろ見られるのには慣れているが、この街の視線にだけは慣れない。」
モーンゼーンの街に入るや否やデリヴァは目新しいものを見るような目であちこちから遠巻きに指さされていた。
そして、うんざりする間もなく、颯爽と燕尾服の一人の老紳士が現れた。
「一級治癒師のデリヴァ様で?」
「はい…。そちら様は?」
「申し遅れました、モーンゼーン伯爵家の家宰をしております、カーネギーと申します。」
「どうも。初めまして。デリヴァです。また伯爵がお呼びですか?」
「お察しの通りで。」
「ここに来るのは100年ぶりくらいじゃないかと思います。当代はあれから何代目になりました?」
「孫の孫に当たるかと。その間、デリヴァ様が現れたら領主に知らせるよう、伝えております。」
「歓迎はありがたいんですが…。徹底しすぎて珍獣みたいに見られるのには慣れません。」
この街に限ってはデリヴァの銅像や肖像画があちこちに出まわっているのだ。
「畏れ入ります。」
「今回も何か、やっかいごとですか?精霊は病人の噂をしないんですが。」
「はい。そのお話は屋敷で追々…。」
「わかりました。」
「ささ、馬車でお迎えに来ております。」
カーネギーは、サッと馬車の扉を開け、デリヴァも特に疑問なく乗り込んだ。デリヴァを進行方向に座らせると、カーネギーも反対側に向かい合って座った。
デリヴァは、世間話をしながら、カーネギーにしっかりと食の好みを吐かされてしまった。
――300年生きていても食べ物に釣られてしまう癖だけは直らんな。
デリヴァは一瞬だけ反省したものの、いつものことと切り替えた。
屋敷に着くと当代伯爵夫妻が出迎えた。
「デリヴァ様、当代の当主、ハンスと申します。こちらは妻のロミルダでございます。」
婦人が丁寧にカーテシーを披露した。見事な金髪だった。
「ご丁寧にありがとうございます。私は治癒師のデリヴァです。ハンスさんは、ハインツさんの孫の孫と聞きました。」
「そうです。カーネギーが申し上げましたか。ささ、奥へ。デリヴァ様は当家の福の神と言い伝えられております。宿代も要りませんしお部屋も存分にお使い下さい。この街にいる間は衣食住は全てモーンゼーン家がお世話致します。」
「至れり尽くせりですね。それにしても今回は何かあるのですか?」
「はい…。」
ハンスは、デリヴァを自分の執務室に入れ、ソファに掛けさせた。奥方とカーネギーだけが入り、ドアの向こうに使用人がいないことを確認して扉を閉めた。
「実は…。王家に跡目争いがありまして…。」
「ええ。」
デリヴァはさすがに眉間に皺を寄せた。
「王女様をお預かりしているのです。匿うことになりました。」
「はい。」
「ニコラ様と、護衛騎士のザシャをお預かりし、我々の寝室の隣に寝泊まりしてもらっているんですが。」
「このお屋敷なら安全では?」
「いえ…。どうもアサシンが潜り込んだという情報もあり…。どうにか暗殺だけは避けなければなりません。そこにデリヴァ様のご到着。」
「あー…ボディーガードをやれと?」
「はい。ご賢察の通りで。」
「私は治癒師なんですが。」
「存じておりますが、魔法もそんじょそこらのA級魔法師よりは上ですよね。」
「そこまでご存じでは仕方ありません。」
「デリヴァ様の言い伝えを忘れずに伝承する、それがモーンゼーンの誇りです。」
「はあ。仕方ない。けが人が出たら治癒魔法は使わせてもらいますよ。例えモーンゼーンの街だとしても。」
「もちろんでございます。忘れた時用に読むべき文献の順番も先祖代々伝わっています。」
「徹底していますね。」
「で、私は何をしたら?」
「ニコラ様の隣の寝室で寝泊まりして頂き、アサシンを防いで頂きたいと思います。日当は金貨3枚と宿と三食が無料です。串焼きも毎晩お出しします。」
串焼きを毎晩と聞いてデリヴァが一瞬ほころんだ。
――食べ物に釣られて顔に出るのは何とかしないと。
「悪くない。契約書を書こう。」
デリヴァは王女暗殺阻止のボディーガード契約に署名した。
「それと…、当家ご滞在中に、お世話係を付けさせていただきます。最近入った新人で申し訳ありません。」
「ルイザ、おいで。」
ロミルダが奥の扉を開けてやると、しずしずとルイザという新米メイドが入ってきた。金髪で真っ白な綺麗な指をしていた。ルイザは丁寧にお辞儀をすると、
「初めまして、デリヴァ様。メ、メイドの、ルイザでございます。よろしくお引き回しのほどをお願い申し上げます。」
姿勢は良かったが緊張しているのか噛み気味に挨拶した。
「デリヴァです。よろしくお願いします。」
デリヴァは微笑みを返し、ルイザは肩を少し下ろした。それを見て頷くと、
「それでは、ニコラ様をご紹介に参りましょう。」
と言って伯爵が立った。




