2-2.訪問
2-2.訪問
ファルファの家。
「ごほんごほん」
娘のエリスは12歳。半年前から肺病にかかり、ずっと咳が出ている。夜間も咳が出るためあまり眠れず、日に日にやつれて行った。労咳という病気らしく、特効薬はないという。もちろん、エリクサーのようなものがあればいいが、そんな伝説級のポーションは庶民の手には入りようがない。
ファルファは藁をも掴む思いで治癒師の依頼をギルドに掛けたのだった。
「風のように現れ、風のように去る。病人もけが人もたちどころに治るが、誰もその名を覚えていない。」
そんな伝承の治癒師が、旅人となって気ままに旅をしているという噂を聞いたのだ。
「どうせダメならダメ元だ。それにしても、エリスが不憫でならぬ。」
町長一家には暗い影が射していた。
「ごめんください。ギルドから紹介されてきた治癒師です。」
デリヴァは玄関で名乗った。出て来たのはお手伝いの中年女性だった。
「まあまあ、ようこそいらっしゃいました。少々お待ち下さい。」
お手伝いさんはデリヴァを待たせて一度奥に知らせに行った。間もなくして、ファルファ夫妻が走ってきた。
「あなたが…。ありがとうございます。ファルファです。こちらは妻のアリス。」
「いらっしゃいませ。」
茶髪の奥方も頭を下げた。
「初めまして。一級治癒師のデリヴァと申します。ギルドの紹介で参りました。」
「ありがとうございます。診て頂きたいのは娘のエリスです。奥で伏せっています。」
「承知しました。ご案内をお願い致します。」
奥方の先導でデリヴァはエリスの病室へ赴いた。
けほけほ、けほけほ、と咳の音が聞こえてくる。
エリスはやつれ、頬がこけ、青白かった。
「いかがでしょう?」
ファルファが心配そうに尋ねた。
「良くはないですね。かなり進行しています。血を吐くことは?」
「時折。月に1回程度だったのが週に1回になっています。」
「ああ…なるほど。」
「もし、エリスを治して下されば、広場に銅像を建てて、未来永劫、先生の業績を顕彰致します。」
「あー、そういうの、良いですから。」
この手のやり取りも地方の権力者相手に何度も交わしてきた。そして、その銅像が建つことはなかった。
「あの、申し上げにくいんですが…。」
デリヴァは言った。
「治療が終わった時に、ご署名を頂けますか?すぐその場で。」
ファルファの機嫌を伺うように上目遣いになった。
「もちろんですとも!」
ファルファは鼻の穴を大きくして言った。契約書に書いてあったのは、健忘副作用時の念書だった。
「では、始めます。エクストラ・ヒール!」
触りと空気が揺れ、天井にオーロラのような光が降りてきた。
波打つ光がエリスを包み込んだ。
「けほっ」
エリスが血の痰を吐き終えると、見る見るうちに血色が良くなり、エリスは気持ちよさそうに深呼吸した。
「先生!胸が軽いわ!」
エリスは立ち上がってくるりと回った。踊りたそうだったが、長い病床生活で、筋力が落ちておりすぐにベッドに腰掛けた。
「良かったです。では、私はこれで。」
「そんな、先生。お食事でも。」
「うーん…。」
食事をしたところで、酔い潰れるのがオチだし、夜が明ければ、何でエルフがウチで寝ているんだ、くらいのことは言われかねない。何百回も経験したことだ。
「ありがたく。」
デリヴァは手を合わせていた。
――食事に釣られるのだけは止めないとな。
とは分かっているが、おなかはぐーっと鳴っていた。
「ですが…。」
食いしん坊のデリヴァにも多少の計算は出来る。
「一度ギルドに報告書を上げてから、夕食にお邪魔してもよろしいでしょうか。」
というくらいの計算は出来た。
「もちろんですとも!ギルドまで馬車でお送り致しますよ。ささ、早く。」
とファルファはしたにも置かぬ扱いだった。
「お言葉に甘えさせて頂きますね。」
やがて、馬車でギルドに乗り付けて、成功報告と報酬をもらった。
「ま、金貨三枚手に入ったし。いっか。」
と頷いた。
ファルファの屋敷に戻ると、親戚や友人らが数多く集まり、大宴会となった。エリスは良く食べて頬に赤みが差していた。
宴会が始まると、デリヴァは骨付き肉にかぶりついていた。
ーー夜が明ければまた忘れ去られる。
肉汁を味わいつつ、どこか甘酸っぱいと感じていた。
「デリヴァ先生。」
エリスが言った。
「ぎゅってしても良いですか?」
「もちろん。」
デリヴァはべたつく両手をお手拭きで綺麗に拭った。
「先生、ありがとうございます。」
「うん。うん。」
「先生?どうして、先生が泣くの?」
「どうしてだろうね?嬉し泣きかな?」
デリヴァは無理に笑顔を作った。
「私、2-3年で死ぬって言われていたんです。今はこんなに息をするのが楽しい。」
デリヴァは、エリスが短命なヒューマンの寿命すら全う出来そうになかったと知り、口を押さえた。
「うん。助けられて良かったよ。」
「私も大きくなったら先生みたいに人を助けるお仕事がしたいなぁ。」
「なれると良いね。あ、そうだ。」
デリヴァはレオ銀貨を差し出した。
「これ、あげるよ。」
「あ!これ!」
「どうしたの?」
「ひいおばあちゃんのメダルだ。」
と、言われて、デリヴァは100年ほど前に、この地で癒やした娘がいたのを思いだした。
「君のひいおばあちゃんって、ひょっとして、アンと言う名前じゃないか?」
「そうです!アンおばあちゃんのメダル、ずっと握ってたんです。これ、滅びた王国の銀貨で、もう作ってないんでしょ?」
「ああ、そうだね。そうか、アンのひ孫か。」
――アン、レオ銀貨を換金しないで子々孫々に伝えてくれてたんだな。
デリヴァは遠い目をした。百年前の少女と笑い合った日々、そして、アンにも忘れ去られた想いが去来した。胸が締め付けられつつ、奥が温かい気もした。
「このアンおばあちゃんの銀貨は、レオ銀貨というんだ。」
少し潤んだが、瞬きをしてデリヴァは言った。
「今日記念にもう一つ上げるから、子供が二人出来たらそれぞれに渡しておくと良い。」
「私まだ、婚約者もいませんよ。子供なんだし。」
「あはは。そりゃそうだ。だけど、人間は早く大人になるし、死ぬのも早いからね。」
デリヴァは声のトーンを落とした。少しうつむいた。
「そっか。先生若そうだけど長生きなんだもんね。」
「ふふふ、エリスにだけは教えてあげよう。300歳を超えた。内緒だぞ。」
「びっくり!」
「なあ、エリス。一つ頼みたいんだが。」
「何でしょう?」
「今書いてくれるか?レオ銀貨は、大事にして子孫に必ず渡すことって。」
「今ですか?明日じゃダメ?」
「ダメなんだ、今じゃなきゃ。」
「え?なんで?」
「明日になると、忘れちゃうからね。」
「先生忘れん坊だなぁ。そんなに言うなら分かったわ。」
エリスは渡された羊皮紙に言われたとおりに書いた。
「これで、良い。」
「先生、また会いたいわ。」
「そうだね。私もだ。君が生きている内に必ず…。そうそう、アンおばあちゃんの銀貨も少し見せてもらっても良いかな?」
「これ?はいどうぞ。」
デリヴァはブツブツ唱えてふっと、古い方のレオ銀貨に息を吹きかけた。すると、曇りが取れてピカピカになった。
「うん、これで良い。」
デリヴァは「アンおばあちゃんのレオ銀貨」をエリスに返し、再び串焼きを食いちぎり始めた。
宴も終わると、デリヴァは馬車で宿まで送ってもらい、床についた。
星を見ながら、呟いた。
「アン…。君が呼んでくれたんだね。エリス、治したよ。」
明日には忘れられると知りながらも、今は亡きアンの縁を感じて、デリヴァは、微笑みながら目を閉じた。




