5-8.効果
5-8.効果
美女のデリヴァがギルドの中央でとんでもないおなかの音を鳴らし、女性職員も露骨に笑えないと思いながら後ろを向いて笑いをかみ殺していた。デリヴァも耳まで真っ赤になったが、
――おなかがすいているからこそ、牡蠣が私を待っている。
ギルドの扉を閉めた頃には頭の中が牡蠣で埋め尽くされていた。
ミネルヴァ亭というレストランが質の良い蒸し牡蠣とパエリヤを出すという。今夜は祝杯だ、とデリヴァは勇躍繰り出した。次々と出されるご馳走に舌鼓を打ちながら、デリヴァは一人慰労会を堪能していた。
「ところで、なんで男爵は青髯なんて呼ばれているの?」
話し相手もいないのでカウンター越しに女将に話しかける。
「ドリカ様の前にも二人ほど奥様がおられたのですが、病を得て亡くなってしまって。いえ、別にどこかの伝説みたいに地下で殺したりとかしてないと思いますよ。本当に病気で。でもドリカ様も3人目の奥方様で。それでお二人は少し年が離れていて。」
「ほー。モーンゼーン伯爵も良くそんなところに妹を出したね。」
「御館様は真面目な方ですよ。ただ、ちょっと税金が高いのと、管理主義と言いますか。」
「え?番兵の賄賂が横行しているのに管理主義なの?」
「しっ。声が高いです。」
女将はキョロキョロしてから小声で言った。
「ご家庭内ではうるさい割には、領地の収め方が緩いと言いますか。」
「あーー。」
デリヴァは何か察したが言葉にするのは控えた。
「それで青髯?」
「まあ、そんなとこです。」
「いろいろ『伸び代』がおありなんですね。」
残念と言いかけて、言い換えた。
「ははは。そういうことです。」
そして、男爵の城。
「おお、ギルマス。よくぞ届けてくれました!」
ドリカ夫人は黄金のポーションをしっかりと胸に抱き、目を潤ませた。
「お喜びになるのは治られてからですよ。」
「あの・・・。これは無理なお願いかもしれないのだけれど。」
「何でしょう?」
「主人がうんと言わないかもしれないの。」
「ああ。」
「なので、ヒセラの寝室まで、付いてきてくれないかしら?」
ギルマスは、左右を見た。トーマスもロブも肩をすくめていた。
「本来なら所轄外ですが…。ドリカ様のお願いなので少しだけ。」
「では、ご案内致します。急ぎましょう。」
夫人は小走りにヒセラの寝室に向かった。それを遠目に見ていたメイドが姿を消した。
夫人はギルマスら三人を伴ってヒセラの寝室に入った。
「ヒセラ!ポーションが届いたわよ。お飲み!」
「おかあさま…。」
ヒセラは、頬がこけ、既に土気色の顔をしていた。
ドリカは、必死でポーションの包みを開けていく。興奮と焦りで手が震え、上手く出来ない。包装を剥がしても、瓶の栓が固かった。
「あっしが開けましょう。」
ギルマスが見かねて栓を開けてやった。
そして、ドリカが、ヒセラを半身にお越し、まさにポーションを与えようという時だった。
「ドリカ!」
真っ赤な顔をしたドメウ男爵が怒鳴り込んできた。
「ジプシーの迷信など信じるなとあれほど言っただろうが!」
「あなた!違うの!」
青髯は、ドリカの手からポーションを取り上げた。
三人のギルド職員も領主が相手では邪魔が出来なかった。
「お返し下さい!」
「ダメだ。」
「ヒセラの命が掛かっています」
「ヒセラの命が掛かっているから変なものを飲ませるなと言っている。」
男爵は夫人が届かないように手を高く上げ、夫人が男爵にすがりつくなど揉み合いになった。
「返して!」
「ならぬ!」
「御館様、その治癒師はデリヴァという一級治癒師ですぜ!」
「知らぬ。」
「モーンゼーン伯爵家には代々伝わる高名な方です!」
「控えよ。」
「返して!」
押し問答をしていると、男爵の腰がギクッとなった。
「痛たたたた!イテっ」
男爵は握りを弱め、四つん這いに崩れ落ちた。皆が見た。瓶が落ちる。スローモーションのようだった。
黄金のポーションはゆっくりと傾き、男爵の腰の辺りにぶちまけて降りかかった。
「ああああ!」
夫人が泣き崩れた。
そして、男爵が顔を上げた。
「痛く…、ない。」
ポーションの効果を皮肉にも自身で検証した男爵は、事態の重さを悟り見る見るうちに青ざめた。
「本物…だったのか?」
「ええ…。」
涙をためた般若のような顔で夫人が青髯を睨んでいる。
「ヒセラ様?」
護衛のロブが異変に気がついた。
さっきまでの喧噪が嘘のように、一切の音が消えた。
「ヒセラ?ヒセラ?」
愛娘は息をするのを止めていた。
夫人は落ちた瓶を拾い、まだ数滴残っているポーションを指ですくってヒセラの口に入れた。
「ヒセラ、上級ポーションよ。これさえ飲めば助かるの。飲んで頂戴。」
しかし、ヒセラは叩いてもゆすっても目を開けることはなかった。
「わあああああ!」
事切れたことを悟った夫人の泣き声は、いつまでも寝室に響いていた。




