124. 収束
皇太后に話は終わったと言わんばかりに追い出され、重華は晧月とともに琥珀宮へと戻ることとなった。
晧月としては政務もあるがそれほど急ぎではないため、まずは何があったか重華に話を聞きたい願望を優先させることにしたのだ。
「説得、できた、ということか?」
琥珀宮までの帰り道、晧月は確認するように重華に問いかけた。
今も尚、重華が皇后になることに反対をしていれば、重華を育てるという発言は出てこないはずだ。
それはつまり、重華と話していて意見が変わったということになる。
「できた、んでしょうか……?」
「まさか何も言わず、いきなり皇太后陛下が意見を変えたわけではあるまい」
「そう、ですね。お話をして、最終的にはああなったと言いますか……」
重華としては、説得できたという感覚とは少し違うような気がした。
すんなりと認めてもらったわけではなく、ただ育てて欲しいというお願いを聞いてもらっただけ。
認めてもらうのは、むしろこれからだと思っているからだ。
「でも、ごめんなさい。すぐには駄目だって……もしかしたら、その、すごく時間がかかるかも……」
これからきっと、学ばなければならないことが山ほどあるだろうと思っている。
とてもではないが、すぐに皇太后の許しを得てみせる、と言うことは重華にはできなかった。
「かまわない。どうせ皇后を立てるにも準備がいる。そうすぐにできるものではないからな」
晧月は最初から、時間がかかるものだと考えていた。
それが多少長くなったところで、今さら気にする気もない。
望んだ通り重華が皇后になる、その事実だけで十分だったから。
「しかし、本当に説得してしまうとはな」
晧月の脳裏には、丞相の笑みが浮かんできた。
それが不快に感じ、振り払うように頭を振ってしまう。
「陛下?」
「いや、俺は、その、おまえには無理だろうと思っていたから、悪かったと思ってな」
「それなら、私も思ってましたよ」
重華はそう言って笑うと、先ほど晧月が来るまでの様子を話した。
緊張のあまり震えたことや、皇太后の視線が冷たかったこと、そのため何度も何度も逃げ出したい気持ちになったことも全てを。
「逃げたかったなら、逃げてもよかったものを」
それでも、丞相による解決が見込めたはずなのだ。
身体を震わせながら必死に耐えていた重華を想像すると、むしろ無理せず逃げてもよかったのにと思わずにはいられなかった。
「でも、ちゃんとお話できたのは、陛下のおかげですよ」
「俺の……?」
そう言われても、晧月はこの件で何かした覚えはない。
なぜなら、自身が呼び出された時には、事は全て終わってしまっていたのだから。
「俺は何もしていないぞ」
「それでも、陛下のおかげなんですよ」
「どういう意味だ」
「それは……」
重華はしばし、うーんと考え込んだ。
どう説明するか考えているのだろうと思う、晧月はじっとそれを待っていたのだが。
「ふふ、内緒です」
「は……?」
重華は楽しそうに笑うと、先を歩き出してしまう。
(まぁ、楽しそうだからいいか)
腑に落ちないことは多々あったけれど、晧月はそれ以上重華を追求することなく、ただ重華の後を追った。
「そういえば、丞相から荷物が届いているぞ」
「えっ?」
「この間仕立てたという着物と、あとおまえに頼まれたものも、一緒に持ってきたそうだが……」
晧月は重華が丞相に何かを頼んだという事実を知らない。
だが、晧月の言葉を聞いた重華の表情は、ぱっと明るくなる。
それだけで、頼まれたもの、というのが間違いではないと晧月が確信するには十分だった。
「それで?」
「はい?」
「丞相に、いったい何を頼んだんだ?」
言外に、欲しいものがあるのなら、丞相でなくて自分に頼めばいいではないか、そんな意味が込められているのだが。
重華はそんなことには全く気づいていない様子で、ただ嬉しそうに笑っているだけだった。
「たぶん、説明するより、見た方が早いと思います。よければ、一緒に見てみませんか?」
「そうか。ではそうしよう」
丞相が仕立てた着物がどのようなものか、というのにも興味があった。
なにせ、そのうちの一着は、重華自身が選んだ反物を仕立てたものなのだ。
それを確認するにもちょうどいい、そう考えて晧月は重華の提案を受け入れることにした。
「あ、あれ……?おかしいな……」
重華は丞相から届いたという荷物を確認し、首を傾げた。
自身が選んだ反物、それから丞相が選んだ反物から仕立てられた着物が入っているところまでは、想定通りである。
だが、その他に入っていたものが、重華の想定とは大きく異なっていたのだ。
「これは、おまえが頼んだものではないのか?」
そのうちの一つを手に取った晧月が、重華に問いかける。
だが、重華に浮かぶのは、戸惑いの表情だけだった。
「えっと、あの、その……」
おかしいな、再度心の中でそう呟きながら、重華も一つ手に取ってみる。
だが、重華が頼んだそれとは、やはりどう考えてみてもかけ離れていたのだ。
「丞相に、何を頼んだんだ?」
「あ、その、えっと、あれ……」
重華が指差したのは古びた小さな箱だった。
「なんだ?箱が欲しかったのか?」
それにしては、物が違い過ぎる、と晧月は再度自身の手の中にあるものへと視線を落とす。
「いえ、違うんです、あれ、裁縫道具で、貰ってきてて……」
「新しい裁縫道具が欲しかったか?」
かなり古いようだし、そう思って問いかけたが、重華は首を左右に振って否定する。
「あれを使いたくて、その……お人形の服でも、作ろうかなと……」
せっかく貰った母の裁縫道具を、ただ飾っておくのはもったいない気がした。
難しいものは作れないけれど、とりあえず布を繋ぎ合わせてなんとか自身の着るものは用意できていた。
そこで、もっと小さな人形の着るものくらいなら、重華でも縫えるのではないかと思ったのだ。
「それで、父に家に使わなくなった古い着物とか端切れの布とかあったら、譲って欲しいってお願いしたのですが……」
「ああ。なるほど、それでか」
晧月は届いたものの意味を、ようやく理解した。
そこに届けられたのは、人形の着物どころか重華の着物までも仕立てられるだろう美しい反物の数々。
古い着物や端切れと言わず、これを好きに使えという丞相の意図なのだろうが、重華には上手く伝わっていないようである。
「なぜ、丞相に頼んだんだ。俺に頼めばよかっただろう」
おそらくは手紙にでも書いて伝えたのだろう。
それならば、毎日のように会っている晧月に伝える方が早かったはずなのだ。
「あ、えっと、その……陛下にお願いすると、その端切れじゃなくて、綺麗な反物を用意されてしまいそうな気がしたので……」
「ほう」
陛下、と呼ぶ前に、重華はつい傍に春燕と雪梅が控えていることを確認してしまった。
名前を呼ぶことにまだ慣れていないため、近くに二人の姿が見えてほっとしてしまったことは、もしかしたら晧月にも気づかれてしまっているかもしれない。
そんな重華の声は、後半になるにつれどんどんと小さくなってしまった。
晧月の視線が、それならば今、目の前で起きていることはなんなんだと言っているような気がしてならなかったから。
「へ、陛下ならっ、端切れとかいらない布を、譲ってくれましたか……?」
「俺ならば、これよりもっといい物を用意してやったに決まっているだろう」
手にした反物に、そしてその先に浮かんでは消える丞相の姿に、対抗意識を覚えながら晧月が言う。
当然ながら、それは重華の望む答えではないけれど、今の晧月にとって大事なのはそこではないようである。
(結局、駄目ってことじゃない……)
丞相に依頼せず、晧月に頼んでみたところで結果はたいして変わらなかっただろう。
その事実に、重華はただ、盛大にため息をつくことしかできなかった。




