121. 返答
「それで、実家はどうだった?」
晧月がそう問いかけたのは、重華がお茶を飲みようやく一息つけた時だった。
先程まではいっぱいっぱいの様子だった重華も、今は落ち着いて穏やかな表情を浮かべている。
「あ、えっと、いろいろありました」
どれを報告するべきかわからなくて、重華は戻ってから起きた出来事を順番に話した。
着物を仕立てに行ったこと、人形を買ってもらったこと、甘味を食べに行ったこと、母のお墓へ行ったこと。
決して説明は上手くなく、話すのにも時間がかかった。
それでも、晧月は黙って重華の話に耳を傾けていた、ある話題が飛び出すまでは。
「それで、お父様が、皇后になるのを認めてくださったんです」
「は……?」
それで、と始まったものの、そこに至るまでの経緯は全く説明されていない。
丞相とあちこちへ行った話から、どこをどうすればそこへと繋がったのか、さすがに晧月も理解が追いつかなかった。
「えっと、つまり、お父様は反対しないって……」
「いや、そこではない」
重華は言葉の意味が上手く伝わらなかったと解釈したようだったが、決して難しい話をしていたわけではないし、もちろん晧月はその意味は理解している。
「え……?えっと、じゃあ……」
晧月が理解できていない部分を、残念ながら重華は汲み取ることができなかった。
「まぁ、いい」
晧月が理解できていないのは、あくまでそこに至る経緯である。
そう説明してもよかったのだが、それを話していると肝心な話が前に進まないような気がした。
今、晧月にとって、最も大事なのは決してそこに至る経緯ではなかった。
「丞相が反対しないなら、何よりだ。後は、丞相に任せておけば……」
「あ、それなんですが……」
「なんだ?」
こういった場面で重華が自身の言葉を遮るのは珍しいと感じながらも、晧月は重華の言葉を待った。
だが、返ってきたのは晧月にとって、予想外の一言だった。
「お父様には、何もしないでくださいってお願いしたんです」
「なぜ……」
晧月は、その理由と問いかけようとした。
だが、ふとある一つの答えが思い浮かんでしまって、止めてしまった。
それは、晧月がそうであって欲しくないと望む一方で、そうである可能性が最も高いとも考えてしまっているものだった。
「やはり、皇后になるのは嫌か?」
「え……?あ……っ」
晧月は、重華が権力を欲しがるとは思っていなかった。
また、今のままで穏やかに日々を過ごすことを望むかもしれないとも考えていたはずだった。
それでも、想定していた事態であっても、落ち込んでしまうのは避けられないのだと実感しながら、肩を落とした。
一方で、重華は非常に慌てていた。
やっと自身の中で答えが出て、自分なりに覚悟を決めて戻ってきたつもりだったのだ。
それなのに、晧月にはすっかり違う受け取られ方をしてしまったからだ。
(そうだ、最初にそれを伝えないといけなかったんだ……)
重華はようやく、自身が伝える順番を間違えていたことに気づいた。
(陛下は、今まで待ってくださっていたのに)
実家でどのように過ごしたかよりも、まずは自身の答えを伝えるべきだった。
そんな後悔を抱えながら、重華は必死に晧月に伝えようと考えを巡らせていた。
「わ、私、その、正直、皇后にはあまり向いていないかなって思ってます」
「そうか……」
「で、でもっ、その……っ」
重華が話せば話すほど、晧月が落ち込んでいくような気がして、重華もまた焦りを募らせていってしまう。
「それでも、その、私でいいなら、その……なりたいです、皇后に」
突如、がたんと大きな音が響いて、重華は気づくと晧月の腕の中にいた。
「あ、あのっ、陛下……!?」
「本当か?」
重華はつい陛下、と呼んでしまったことを咎められるかと思ったけれど、晧月にも今はそんな余裕がなかった。
ただ、声が震えてしまわないようにすることが、今の晧月にとっての精一杯だった。
「ほ、本当、ですよ」
「誰かに、何か言われたのではなく?」
丞相がやはり権力欲しさに重華を皇后にしたくなった、そんな可能性も晧月は否定しきれなかった。
だが、晧月の腕の中で、重華は必死に首を振った。
「違います。私が、ちゃんと自分で考えて、決めたんです。その……、駄目、ですか……?」
「駄目なわけ、ないだろう」
晧月にとっては、ずっと待ち望んだ答えだったのだ。
そこには、嬉しいという感情しか、あるはずがなかった。
「よかったです」
重華の顔が綻び、その手は自然と晧月の背にまわった。
同時に、重華を抱く晧月の腕の力が、さらに強くなった。
「だが、それなら、尚更後は丞相に任せてしまえばいいではないか」
ようやく双方ともに気持ちが落ち着き、晧月は再び先ほどまで座っていた椅子に腰を掛けた。
そして、あらためて現状を頭の中で整理し直した晧月の中に、真っ先に浮かんだのがこれだった。
「ああ見えて、丞相は交渉事は得意だ。皇太后陛下のことも、上手く説得してくれるだろう」
それで全てが早急に解決し、晧月は晴れて重華を皇后に迎えることができるだろうとそう考えた。
だが、重華は首を縦には振らなかった。
「お父様も同じようなことを仰いましたけど、それじゃあ駄目なんです」
「何がだ?」
「それだと、私が認めていただいたことにはなりません」
「そんなもの、後からいくらでも……っ」
「と、とにかく、駄目なんですっ」
重華は慌てて晧月の言葉を遮った。
このまま晧月の話を聞くと、なんだか甘えてしまって、せっかくの決意が早々に揺らいでしまいそうだったから。
「だから、その……私から、皇太后陛下にお話したいんです」
「説得できる当てはあるのか?」
「それは、その……」
正直なところ、重華はあまり自信がない。
それでも、まずはちゃんと話してみなくてはと、そう思っているくらいで何か考えがあるわけでもない。
「やっぱり、丞相に頼んだ方がいいのではないか?」
重華の様子を見ていて、晧月もまた重華が皇太后を説得できるとは思えなかった。
それならばそんな面倒なことをしなくとも、後は丞相に任せてしまえばいいと、どうしてもそう思わずにはいられなかった。
しかし、やはり重華は首を縦には振らない。
「も、もし、駄目だったら、お父様に助けていただくようお願いしてます。だから、その、一度、皇太后陛下とお話させていただけませんか?」
「それなら、まぁ……」
晧月としては、やはりそんな面倒なことはしなくても、と思う気持ちが強かった。
だが、最終的には丞相が皇太后を説得し、それで丸く収まるだろうことは容易に想像ができた。
それならば、少し遠回りになるような気もするが、重華自身がそれで納得するのなら一度話をさせるくらいはいいだろうと考え、重華の意志を尊重することにした。
「あ、ありがとうございますっ」
あまり、期待はしていないからだろうか。
嬉しそうに笑って礼を言う重華を見ていると、晧月は罪悪感を覚えずにはいられなかった。




