表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

ゴブリンは、弑逆する

夜は、準備から始まる。


俺はダガーを膝に置き、刃の上を指でなぞった。


切れ味は悪くない。


問題は、毒だ。


毒は、ゴミ処理場の連中が毎日ほんの少しずつ集めていた。


腐った薬。


割れた瓶。


捨てられた粉。


「死ぬより先に、まず臭いで死ぬ」


そう言いながら、あいつらは笑ってた。


俺はその笑いをききながら、毒を刃に塗る。


「簡単だ」


ダガーに、ダガーの仕事をさせる。


それだけ。


---


ゴブタは、ヘカテの兵に混じって装備を整えていた。


整えてる、というより、付けられてる。


「お前、それ合ってないだろ」


ゴブタは首を傾げた。


肩当てがずり落ちている。


紐が結べてない。


「むずい」


だろうな。


結局、でかい棍棒だけ持たされていた。


それで十分だ。


こいつは、前に立って壊れない。


それが仕事になる。


---


荷車と、人間の雌。


流通経路。


全部、拷問した運び屋から吐かせてある。


だから俺たちは、そこで待つ。


入荷の時間。


合言葉。


歩哨。


横穴。


耳目が、運び屋から剥ぎ取った衣服を着ていた。


布の匂いが、下水に負けてない。


「似合わねえ」


「似合うかどうかなんて、誰も見てない」


耳目は淡々と言った。


「見てるのは、合言葉だけ」


そうだな。


その次に。


耳目が、小さな包みを俺に差し出した。


中身を見て、胃が締まる。


人間の皮。


顔の部分が、薄く残っている。


「……余計なお世話だ」


耳目は肩をすくめた。


「保険」


保険。


それは分かる。


分かるが。


吐き気は、消えない。


俺は皮を被り、荷車の底へ身体を沈めた。


準備は、しすぎるなんてことはない。


あらゆるパターンを想定して、頭の中で何度も王を殺す。


そして本番では、全部忘れる。


決めない。


決めた瞬間に、イレギュラーが生まれる。


流れに乗せて、刃を置く。


---


「合言葉は?」


耳目が、横穴の歩哨に向けて言った。


「……“腹いっぱいの肉を”」


ゴブリンでも覚えられる。


だからこそ、集団として機能してる。


嫌な話だ。


臭いが濃くなる。


湿度が増す。


偽りの王室が近い。


耳目が独り言みたいに言った。


「坊や」


「この仕事が終わったら、ちゃんとアンタをボスって呼ばせてもらう」


「だから、生きて戻れ」


俺は返事をしない。


代わりに、ダガーの柄で荷車の板を二度叩いた。


合図。


それで十分だ。


---


荷車が、偽りの王室に入れられた。


耳目の仕事はここまで。


あとは俺の仕事。


前世でも、王を殺したことはなったな。


場違いな感想が浮かぶ。


どうやら王が“繁殖”を行うにも決まりがあるらしい。


馬鹿馬鹿しい。


だが、馬鹿馬鹿しさを規格にすると、神聖さになる。


王は下水で身を清める。


……清め?


意味は分からない。


分かりたくもない。


夜まで、あと少し。


俺は息を殺し、体温を下げる。


---


時間がどれくらい経ったか。


鼻は麻痺して死んだかと思っていた。


だが。


下水まみれの臭いが近づいてきて、鼻がまだ生きてることを証明した。


ありがたくない。


王が来た。


血走った目。


筋肉。


牙。


荷車の女たちを物色する。


最初の一口は、しっかり選びたいタイプらしい。


王が、ちょうど俺の上にいる女を掴んで引き剥がした。


その瞬間。


俺はダガーを、喉に差し込んだ。


狙った、というより。


流れに置いた。


ダガーは、そうあるべき場所を知っていたみたいに、喉を切り裂く。


「――っ、カヒュ」


場違いに甲高い音。


血が溢れた。


傷口が赤黒く変色していく。


毒は効く。


王は死ぬ。


ただし。


強靭な肉体は、最後に道連れを作りたがる。


王は女を掴んだまま振り回し、暴れ始めた。


骨が鳴る。


女の喉から、息じゃない音が漏れる。


王の爪が床を削り、湿った石が飛ぶ。


血の匂いに、下水の臭いが負ける。


視覚が効いてない。


毒が目にも回っている。


それでも、腕の筋肉だけで世界を壊す。


王が腕を振った。


女が、鎖のついた棍棒みたいに飛ぶ。


俺の頬の横を掠めて、空気が裂けた。


――当たったら、俺も終わる。


俺は荷車の影に身体を滑らせた。


木が、ぐしゃりと割れる。


王が掴んだ女ごと、荷車を叩いた。


板が折れ、縄がちぎれ、女たちが悲鳴を上げる。


ここは王室じゃない。


屠殺場だ。


王が鼻を鳴らした。


喉から血を垂らしながら、それでも獣みたいに匂いで探す。


俺は息を止める。


次。


王が一歩踏み出した。


足元の石が軋む。


俺は逆へ回る。


背中。


脊椎。


あそこに刃を入れれば終わる。


だが王は、急に動きを止めた。


――聞こえた。


俺の呼吸。


王が腕を振り下ろす。


女が床に叩きつけられ、跳ねて、また振り回される。


血が飛ぶ。


ぬるい。


俺は床を蹴り、女の振り子の“外側”へ出た。


内側に入ると巻き込まれる。


外側から、距離を削る。


王の腕の軌道。


女の手足。


床の滑り。


全部が、同じ周期で回っている。


回るなら、合わせる。


俺は一歩。


次に半歩。


女の足が俺の頭上を通る瞬間、王の脇へ滑り込んだ。


近い。


熱い。


筋肉の匂いがする。


王が掴む手を変えようとした。


その瞬間だけ、背中が空く。


離れて待てば、そのうち死ぬ。


でも。


仕事は最後まで責任を持つ。


俺は背中へ回り、跳ねる。


濡れた皮膚に爪を立てて、駆け上がる。


王が暴れて壁に背を打ちつけた。


衝撃が、骨まで響く。


俺の歯が鳴った。


落ちるな。


落ちたら潰れる。


俺は首の根元へ。


延髄。


刃を突き込む。


刺したあと、捻る。


神経を壊す。


王の腕から力が抜け、女が床に落ちた。


王の膝が崩れる。


最後の息が、喉の穴から泡になって出た。


王の動きが止まった。


偽りの王室で。


偽りの王を殺した。


---


外が騒がしい。


突入部隊が、予定通り踏み込んだ。


足音。


叫び。


棍棒が壁を叩く音。


ゴブタと耳目が入ってきた。


「ボス、倒したのか?」


見れば分かることを、ゴブタが聞いてくる。


耳目が、少しだけ口元を上げた。


「ボス。案外うまくやるもんですね」


……さっきのしおらしさはどこに消えた。


俺は息を吐いて言った。


「お前、今日からゴブ蔵な」


耳目が目を細めた。


「雑だなあ」


「分かりやすいほうがいい」


俺は血の匂いを避けるように、一歩引いた。


「帰るぞ」


「ここは臭すぎる」


臭いの中で、俺たちは生きてる。


それだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ