ゴブリンは、走狗となる
耳目は、俺の前で黙らなかった。
あの女王の部屋を出て、少しだけ空気が“普通”に戻った。
臭いは相変わらずだ。
でも、あの腹のうねりと、産婆の手つきに比べれば、ただの下水だ。
「……で、依頼ってやつは?」
俺が言うと、耳目は肩をすくめた。
「急いでるから、話は短くする」
こいつは小柄だ。
でも目だけは落ち着いてる。
落ち着きすぎて、逆に腹が立つ。
「女帝――ヘカテさまの“生産”には、人間の雌がいる」
言い方が、淡々としている。
まるで部品の説明みたいに。
「下層には、ほとんどいない」
「いても、すぐ死ぬ」
「だから中層から仕入れてる」
仕入れ。
俺は、その単語にだけ反応した。
「商品は?」
「中層の浮浪者」
「廃棄された奴隷」
廃棄。
胸の奥が、嫌な風に波打った。
怒りじゃない。
吐き気に近い。
でも、それはコストだ。
今は使えない。
耳目は続けた。
「最近、その商品が減ってる」
「取引先が渋ってるんじゃない。流れてる」
「どこに」
「ヘカテさま以外の場所」
つまり、横流し。
「耳目が調べたところ、下水の中で動いてる」
「裏切り者のゴブリンがいる」
俺は息を吐いた。
「始末しろって?」
「そう」
耳目は頷く。
「裏切り者を始末」
「横流し先にも落とし前をつけさせる」
落とし前。
下層の言葉だ。
なのに今は、女帝の口から出る命令として、もっと重い。
「……俺がやる理由は?」
耳目は、にやりとした。
「坊やが“使えるかどうか”を測るんだって」
わざとだ。
その呼び方。
俺は顔に出さずに言った。
「協力は?」
「する」
耳目は即答した。
「問題は早く片付けたい」
「それに、横流し先が分からないまま突っ込むと、争いになる」
争い。
つまり、力が要る。
「俺が調べる。お前は案内と目だ」
耳目は肩を竦めた。
「好きにしろ」
――好きにしろ、か。
こいつは従順じゃない。
だが、使える。
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横流しをしているゴブリンには、当たりがついていた。
運ぶやつ。
どこかで必ず、癖が出る。
癖は、捕まえられる。
問題は一つ。
横流し先が分からない。
分からないまま潰すと、逃げる。
逃げたら、女帝の機嫌が悪くなる。
それは俺の首が飛ぶ。
だから。
俺は“回収”をした。
攫う。
殴る。
息をさせる。
拷問って言葉は、上層のやつが使う。
下層では、ただの作業だ。
「どこだ」
最初は黙っていた。
だから次。
指。
爪。
関節。
「……やめろ……」
「やめるには、場所がいる」
そう言ってやると、そいつは吐くように言った。
「……奥だ」
「下水の、もっと奥……」
「下水の本流から外れたその先、横にズレた穴……」
聞けた。
なら終わりだ。
俺は耳目に目で合図する。
耳目は頷き、言う。
「行こう。坊や」
……殴りたくなる。
でも、仕事だ。
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敵に見つからないように、穴蔵に入った。
やはり出入り口はいくつかあるようだ。
かなり複雑になっている。
嫌な臭いの方へ、身を隠しながら進む。
そこは。
“別の王室”だった。
湿度。
臭い。
熱。
そして、強そうなゴブリン。
腹の底から、嫌な確信が湧いた。
こいつらは、ヘカテの“生産”を真似してる。
真似って言い方が甘い。
反旗。
繁殖のための人間の雌。
運ばれる荷。
それを囲って、牙を立ててる。
そして中央。
まだ完成していない。
だが、雰囲気がある。
――王が生まれようとしている。
やっぱりゴブリンって進化するのかな、半ば現実逃避のように下らないことを考える。
耳目が小さく舌打ちした。
「でかくなる前に見つかったのは、運がいい」
運じゃない。
回した。
兵力は大したことがない。
大勢で潰すのは簡単だ。
ただし。
大勢で潰すと、逃げる。
下水は穴だらけだ。
逃げられたら、追えない。
そして女帝は、逃した“裏切り者”を許さない。
確実に。
一匹も残さず。
俺は息を吐いた。
「……殺し方を考える」
耳目が俺を見て笑った。
「それが坊やの仕事か」
うるさい。
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作戦は単純にする。
単純が一番、失敗しない。
入荷の夜。
人間の雌は、乱雑に荷車へ積まれる。
布。
縄。
呻き声。
その荷車は、王の前に運ばれる。
そして、その夜に王は“繁殖”をする。
――無防備になる。
俺は荷車に混じる。
人間にまみれて、隠れて入る。
臭いは我慢。
息も我慢。
王が油断した瞬間。
毒を塗ったダガーで、喉を裂く。
同じタイミングで。
ヘカテの配下が、ねぐらを強襲する。
ゴブタはそっちだ。
正面の力。
混乱を作る役。
俺は混乱に紛れて退避する。
死体は残す。
逃げ道は潰す。
落とし前は付く。
――走狗になる。
女帝の。
でも。
俺は躾けられるのが嫌いだ。
躾けられないように、自分から首輪を選ぶ。
その鎖の先が今はヘカテだ。
実際の作戦は、次。
ここまでは準備。
準備をしたやつから、生き残る。
それだけだ。




