クレアちゃんのバカ
アイゼルは大司教レオナールの前で自分が皇帝の弟のアレイウスだと名乗った。
間違いなく本当の事なんだけど……。
みんなが皇弟アレイウスと思っているのは、アイゼルの双子の弟のオルフェウスなわけで……。
帝都でアレイウスとして生きてるオルフェウスに、聖都ヴァティウスで皇弟アレイウスが聖地の魔力枯渇の問題を救ったと言うことが知られたどうなるの?
「本来なら、聖地の魔力回復は皇帝の役目ですから、大司教の許可を得て実行するはずでした。そして、出来るだけ内密に済ませるつもりだったのです。あまりの魔力の枯渇量の多さに、隠すことができませんでした。きっと帝国が数年以上は魔力の枯渇を見過ごしていたんでしょう。教会の方々はご心配だったと思いますが、今後は私が定期的に訪ねて、聖地の魔力が枯渇することがないようにいたしますよ」
アイゼルが大司教レオナーに微笑んでいる。
完全にこっちの都合を押し付けてるだけのような気がするけど……。
「聖地の魔力の枯渇などと言うこと人々に知られたら大変ですから、内密にお願いします。今回の聖地での光の奔流は、魔力が多すぎて溢れたとでも言えばいいでしょう」
レオンハルトもいい加減な事を言っている。
けれど、聖地の魔力枯渇に数年も対処できなかった教会はこの条件を飲むしかない。
「わかりました。魔力の流れに管理は帝国の仕事ですから、我々教会は協力させていただきますよ」
大司教レオナールは少し顔を引き攣らせていたけれど、納得したようだった。
内密にと言う事だから、帝都のアレイウスに伝わるような事はないと思うけど……。
定期的にアレイウスが聖地の魔力のメンテナンスをすると言うけど……ちゃんとアイゼルが来れば帝都のアレイウスに話が行く事はないのかな?
原作を知ってる私には、国を揺るがす騒動が2年後に起こるから、それまでこの嘘が維持できてるなら原作通りに進む、いいんだけど。
とにかく変わってしまったことが多すぎる。
定期的な魔力枯渇に対応なんて原作にはないし、対応しなければいけない程の魔力の枯渇も原作にはないだから。
……原作では起きてないけど、作者の頭の中では起きていた……。
私が前世で原作を読んでいた時に見つけた作者のインタビュー記事。
続編の構想があると言う。
そしてこの世界で見つけたあの本……。
答えは一つのことを示している気がする。
なのに、考えれば考えるほど混乱して行く。
気がつくと、大司教レオナールの部屋から出ていた。
「ん? どうしたの?」
「クレアちゃん、ボーッとしてたからね」
アイゼルに言われてしまう
考える事が多すぎるだけなのに!
「大司教が大聖堂に泊まれって言うから、宿から荷物を持って移動するよ」
アイゼルが言う。
え!? 教会とは敵対していたはずなのに大聖堂に泊まるって……。
「帝都から派遣されてる騎士団側に泊まれるようにするから大丈夫ですよ」
レオンハルトは言うけど……。
大聖堂自体が帝国から派遣される騎士もいるくらいだから、教会が完全に支配してるって言うのとは違うけど、流石に敵対しているのに。
「教会は、聖地の魔力の枯渇を自分たちで解決できないんだから、僕に頼るしかないんだからもう安全だよ」
アイゼルは楽観的だ。
「宿に荷物を取りに行くの? ミアたちも一緒に大聖堂に泊まるのよね?」
「ギリアムたちもね。皇弟の護衛としては少ないくらいだ。早く宿に行こう、クレアちゃん、転移魔法で行く?」
アイゼルがいつも以上に私にくっついてくる気がする。
教会の大元の危険がなくなって嬉しいんだと思うけど。
「転移魔法はダメでしょう! 歩いて行っても、暗くなる前に戻って来れるわよ」
「そうだけど……」
アイゼルがガッカリしてる。
「アイゼルと聖都を散策したかったのに、出来なかったでしょう? 一緒に歩いていきましょう」
私が笑いかけると、アイゼルは渋々納得したみたいだけど……今のアイゼルはやっぱり目立つ。
フードもマスクもやめて、ルークのフリの黒髪もやめて。
金髪の素顔のアイゼルはキラキラ光ってて本物の王子様みたいだ。
せめて黒髪にするか、フードだけは被った方がいいかも。
黒髪にしたアイゼル私は一緒に大聖堂を出て、宿屋に向かう。
「やっぱり、俺よりアイゼル様との方がお似合うですね。クレア様は」
後ろから見ていたレオンハルトが言う。
私は笑顔になって大聖堂を後にした。
◆◇◆
宿ではミアやギリアムが大聖堂に移動する準備をしていた。
私とアイゼルは、やる事がなかった。
アイゼルが私を抱きしめてる。
いつものことなのに、やっぱりいつもと違うみたい。
「どうしたの? アイゼル」
アイゼルは答えずに、ずっと私を抱きしめてる。
アイゼルはずっと教会教会から狙われて、兄の皇帝や弟のオルフェウスと引き離されて育ったんだ。
教会が自分を頼って、命の危険がひとまず去ったと言うのは、すごく大きいことなんだと思う。
「良かったわね、アイゼル」
私はアイゼルの頭を撫でた。
アイゼルが私にキスする。
「クレアちゃん、覚えてる? 教会の危険がなくなったら、していいって言ったでしょ?」
?
するって何のこと?
私がキョトンとしているとアイゼルが続ける。
「クレアちゃんのお腹に赤ちゃんができる事だよ」
「え」
ええ!?
それは言ったけど……。
私のお腹に赤ちゃんがいるって勘違いされて、お腹を狙って襲われた。
それが、この旅の始まりで、ルークを操ったのが教会だってことだったんだけど……。
教会の総本山の聖都ヴァティウスの大司教が味方になったなら、教会の脅威は無くなったけど……。
「私を襲った犯人が分かってないわよ」
「う」
アイゼルが動揺する。
「教会だって一枚岩じゃないんだから、別にアイゼルを狙ってる人はいるかもしれないし。教会はアイゼル自身が役に立つって思ってるわけで、私の事はどうでもいいと思う。ルークを操って私を襲った犯人を捕まえないことには、安全になったって言えないわ」
私の言葉にアイゼルは何も言えない。
アイゼルがこんな事を考えつかないわけなと思うのに。
「クレアちゃんのバカ」
アイゼルの声が小さく聞こえた。
「そんな事は気づかなかった事にしておけば良かったのに!」
理不尽な事を言われてる。
「そう言うわけにいかないでしょう! 私と赤ちゃんの事がだいじじゃないの!? アイゼルのバカ!」
私は怒ってアイゼルをつき飛ばす。
アイゼルはそのままベッドに倒れた。
でも、私に手を伸ばして抱き寄せる。
「これで我慢する」
そう言って私を強く抱きしめた。
アイゼルはそれでいいかも知れないけど、私はずっと考えないようにしていた事を思い出してしまう。
……アイゼルにバカ。




