恋に溺れた騎士の偽装
私、クレアは聖都ヴァティウスで昼食を食べていた。
一緒にいるのは聖都に帝国から派遣されている騎士のレオンハルトだ。
「マーシャル、食べさせてやろう」
私は今マーシャルを名乗っているから、レオンハルトもそう呼ぶ。
そして目の前に、食事を乗せたスプーン差し出す。
私は、今日、レオンハルトに一目惚れされて、街に連れ出された設定なんだけど……出会ったその日に食事を食べさせて貰うのは違う気がする……。
ただ、この店に入る前に、レオンハルトにお姫様抱っこされて、私も流れで恥ずかしい事を言った気がする。
そうなってくると、ここで出会ったその日なので、と大人しく向かい合ってそれぞれは黙々と食事をするのも違う気がする……。
誤魔化すための芝居が過激になって、どんどん泥沼にハマってる……。
私がレオンハルトから差し出されたスプーンを一口舐めようとした時。
「私の前では鬱陶しいのでやめてください」
冷たいミアの声が聞こえた。
丸テーブルに向かい合う私とレオンハルトを邪魔するような位置に座っている。
「レオンハルト様が、マーシャルを愛してしまったのは仕方ありませんが。出会ったばかりで、このような恥知らずな事をするなら、マーシャルの後見人から付き添いを命じられている私が、お二人の交際を認めることは出来ません」
ミアが止めてくれてホッとしたけど、レオンハルトが私を愛してるとか……割と遊んでいる気がする。
「わ、わかった。君に認めてもらえるように、ここでは大人しくしていよう」
レオンハルトはそう言って私の顔を見た。
私は『レオンハルト様ったら……!』っと顔に書いてあるようなうっとりした視線を送る。
「マーシャル、ミア」
ちょうどそこにギリアムが現れた。
今いるのは店の前に用意された場所だから、直ぐに見つかったんだと思うけど、別行動する予定だったギリアムが何故ここに?
「ミア、俺と一緒にボートに乗ってくれ」
ギリアムが言う。
「せっかく聖都ヴァティウスの美しい湖があるんだ。君と一緒にボートに乗りたい」
ギリアムの告白にピンとくる。
「やっぱり! ギリアムはミアの事が好きだったのね!」
私の叫び声に、ギリアムが反応する。
複雑な顔で一瞬考えて、
「……はい、そうです」
と言った。
「ミア、ギリアムに他に好きな人が居るって言ってたけど、やっぱりミアの事が好きだったんじゃない!」
ミアが私に冷たい目を向ける。
照れてる!
「わかってませんね、クレア様は」
「仕方ない……ボートには俺とミアの二人で乗る必要があるんだ」
ミアとギリアムがコソコソと話してるけど、気持ちが通じ合っているなら、内緒話もするわよね。
私は満足そうに微笑んだ。
アイゼルはギリアムがミアを好きって認めなかったけど、今一緒に行動していたアイゼルと離れてギリアムがここに来たってことは、ギリアムがミアが好きだとアイゼルに伝えて、ミアとボートに乗りたいと言ったんだろう。
きっと今頃が私の言った通りだったと思っているに違いないわ。
「それはないと思います、マーシャル」
ミアが呆れた顔をして言うけど、ちゃんとギリアムの腕に手を置いているじゃない。
「ギリアムがどうしても、私と一緒にボートに乗りたいと言うので、私は乗りたくないんですけど、仕方ないので、願いを叶えてあげることにします」
「ミアは素直じゃないわね」
ギリアムは緊張で顔がひきつっている。
よっぽどミアの事が好きだったんだ。
「レオンハルト様、私がいないからってマーシャルに近づき過ぎないで下さい。何かあれば、二度とマーシャルに会わせることは出来ませんから」
レオンハルトに釘を刺して二人は店を離れて行く。
「へぇ、あの二人がか……かなりの身長差があるようだけど」
ミアは私よりずっと小柄で、ギリアムは背の高いアイゼルよりもちょっとだけ背が高い。
私とアイゼルは理想的な身長差だと思うから、ミアとギリアムだと、ちょっと身長差がありすぎるかもしれない。
でも、レオンハルトはアイゼルやギリアムより大柄で背が高い。
私との身長差はそれなりにあった。
「私との身長差が気になりますか、レオンハルト様?」
私は潤んだ瞳で聞いてみた。
「いや、このくらいの差なら気にならないな……」
私はホッとする。
「それを聞いて安心しました」
◆◇◆
僕、アイゼルは遠くからギリアムの様子を伺っていた。
クレアとレオンハルトと一緒だったミアを連れ出して湖の上に行くためのボート乗り場まで歩いているところだ。
遠く表情は見えないが、クレアちゃんが昼食を食べているテーブルの前で手を組み合わせてミアとギリアムを見つめているようだった。
ギリアムの動きが一瞬止まってぎこちなくなったり、クレアがまた何か勘違いを加速させているような気がした。
ギリアムには気の毒だけど、ミアとギリアムが本当の恋人同士だと勘違いされた方が、今回の作戦にとってはいい事だった。
問題はミアがいなくなった後のクレアちゃんだ。
レオンハルトと二人きりにさせてしまった。
何かあれば僕が直ぐに駆けつけるし、コリンとダリルも近くから監視している。
それがわかっていて何かするほどレオンハルトも馬鹿じゃないだろう。
ただ、今は一目惚れした女性にレオンハルトが夢中でボートに二人で乗りたいと思っても怪しまれない程度の演技が必要だ。
多少、二人が近づき過ぎても、我慢して見守らなければいけない……。
教会側はボートに乗るものを警戒して、観光客でも少し怪しければ乗船を拒否される。
でも、教会が本当に警戒しているのは、怪しい観光客ではなく、帝国から派遣されている騎士のレオンハルトではないのか?
帝国側に知られたくないことが教会にはある。
異例の警備体制も、そう考えると自然にだ。
だから、レオンハルトが普段の有能さを失うくらい、一目惚れした女性の事しか見えなくなっていると言う説得力が必要だった。
幸い、クレアちゃんなら一目惚れした男が我を忘れてしまってもおかしくない外見をしている。
一目惚れして告白して、ついて来てくれたなら、肩が触れ合う距離まで近づいてずっと見つめて、とろけるような顔を彼女に向けるだろう……。
今まさに目の前でレオンハルトがクレアちゃんの身体に寄り添うように近づいて、じっと顔を見つめている所だった。
どこからどう見てもレオンハルトは恋に夢中な男だった。
けれど、これは何かあってクレアちゃんの元に駆けつける場面じゃないのか!?




