色を取り戻した村で、彼女は何も知らない
聖都ヴァティウスに行く前に立ち寄った小さな農村。
フェルム村というらしい。
私、クレアが原作を読んでいた時に、この村の名前は出たかしら?
聖都ヴァティウスの近くの村として情報が出ていた気もするし、何も書かれていなかったような気がする。
とにかく、原作では出番がない村だった。
「アイゼル、美味しそう!」
そんな役割のない村にも、大通りには小さいけれどお店が並んでいた。
巡礼者たちはあまり来ない村だから、村人ようのお菓子なんだろう。
すごく素朴で可愛い。
「はちみつクッキーだって、蜂蜜酒もある!」
子供向けかと思ったけど、お酒もあるってことは、大人もよく利用するのね。
フードを被ったアイゼルが嫌そうな顔をしてる。
私が酔っ払った時のことを未だ気にしているらしい。
ミアも厳しいし、当分はお酒は飲ませて貰えないかもしれない。
アイゼルは、二日前のお酒のことは覚えてるけど、昨日のことは覚えていないみたい。
様子がおかしかったのに、今朝は戻っていたし、この村についてからはますます私にくっついてくる。
ただでさえアイゼルは目立つのに行動が目立ちすぎる。
「こんな小さな村じゃ何やっても目立つんだから、コソコソしてる方が怪しまれる」
「そうかもしれないけど……」
一理ある気がしてしまった。
「じゃあ、手をつないで歩きましょう、アイゼル。自然の中で手をつないでいると、子供の頃に会った貴族の館の庭園見たいね。この農村くらい広かった気がする」
ふとアイゼルが悲しい顔をしている。
まだ、アイゼルの様子は変だ……。
私をみんなの為に守るとか言っていた……。
アイゼルは私のことを今までもずっと守っていてくれたけど——誰のためだったの?
アイゼルが結婚してから六年間も私を無視してたのは、私を守るためだった。
でも、それが誰のためかっていうと、私のためだったの?
私は守られるよりもアイゼルと一緒が良かった。
じゃあ、私を守ることはアイゼルのためだったの?
アイゼルだって私を好きで無視してたんじゃないし……。
でも、私もアイゼルも望んでなかったけど、守られていたからどちらの為にもなって、今こうして幸せなのかもしれない。
みんなの為に私を守るってどう言うことなのか?
本当にそれがみんなの為なのかな……?
もしかしたら、みんなにとっては私は邪魔な存在なのかも……。
アイゼルがどういう意味でいってるのかわからないけど、誰のためでも、アイゼルがその為に動いて、私を守ってくれるなら、
それは、アイゼルがそうしたいってだけだと思う。
私が、そうしたいみたいに——。
◆◇◆
ミアとダリルが、私とアイゼルの方に向かってくる。
「ギリアムが宿に荷物を載せて運んでいます」
ミアが報告してくれた。
ダリルは何も言わない。
無口な方だとは思うけど、他の従者がいなければ、他の従者と同じように話してアイゼルに報告している。
何故かボーっとしてる。
私を見つめる目が、ちょうど昨日のランタン屋さんでのアイゼルみたい……。
「ダリル……」
「ダリル! 農家に帰りに荷馬車に乗せるこの村の特産品を探しに行きますよ」
私の言葉を遮ってミアがダリルを引っ張って行く。
「クレア様、申し訳ありません。私はダリルと用事を済ませてきます」
私とアイゼルはミアに教えられた宿に向かう。
村に一つだけの宿は私たち五人が泊まるとほぼ満員になる。
一番大きな部屋に行く。
ギリアムが私とアイゼルの荷物を置いてくれていた。
残りの三人は、他の客がいないから一部屋づつ借りられた。
ギリアムは私を見ると少しボーッとした。
さっきのダリルと、昨日のアイゼルに似た症状だ。
「どうかしたの?」
「いえ……」
ギリアムはアイゼルをチラッと見た。
アイゼルは特に反応していないけど……。
「先ほどダリルと一緒に、ミアからクレア様と出会った時の状況を聞いたのです」
「そうなの? ミアは一人で街を歩いているところを、私が声をかけたのよ。小さな村から、私の住んでいた地方の街まで歩いて来たと言っていたけど……。ミアの村もこんな場所なのかしら?」
ミアは懐かしくなって話題にしたのね。
ミアは私に付き合って、六年間も辺境にいたのよね……。
そのまえは実家にも帰っていたから、村に家族がいると思うんだけど……。
今の私とアイゼルの件が片付いて、辺境に戻る時は、ミアに里帰りをさせないと……。
「ミアは白いモヤの中を歩いていたら、クレア様に手を引かれて光があふれたと言っています。そこから世界に色が着いて見え始めたと」
「なんだって!?」
ギリアムの言葉にアイゼルが驚いている。
「知ってるの、アイゼル? 白いモヤが見える病気なんてあるの……?」
「……いや。……今の話だと、クレアちゃんが、白いモヤの正体を知っているんじゃないのか……?」
「私は知らないわ。この間、辺境の城砦でミアから聞いたばかりだもの。白いモヤってなんなのかしら? そういう珍しい病気の症状があるのかもって思ったけど……アイゼルも知らないのね」
アイゼルは顎に手を当てて、横を向いて少し考えた。
「病気なのか……似た状態になる人なら知っているけど……」
アイゼルがギリアムを見ている。
今度は何か二人に共通のことがらができたような気がする。
「ミアはそのことがあったから『クレア様は特別』と思い続けてたようですね」
ギリアムとミアが私が特別だった言い出して、私の自信のなさを助けてくれたんだった。
今、アイゼルと一緒にいて楽しいと思えるの二人のおかげかしれない。
二人が私を信じてくれなかったら、ずっと自信がないままアイゼルの横にいられなかったかも。
アイゼルを取り巻く陰謀を自分の手で変えて、アイゼルと幸せになりたいって思えたのは二人のおかげだ……。
ミアの故郷の村の話だと思ったけど、私の話でもあった。
コンコン
ノックの音と共に私が戦う相手が見えて来た。
ミアとダリルが特産品の買い付けを済ませて戻ってきた。
ミアは、私を自分の体験談で“特別な人”にしてしまっていたよう。
でも、ダリルからは、さっきまでのボーッとした様子は消えている。
聖都ヴァティウスに行ったダリルはどんな報告をしてくれるのか……。
この物語の黒幕はルシアン。
だけど、アイゼルを取り巻く陰謀の一番の核心部分は教会が握っている。
教会の総本山が聖都ヴァティウスで、そこでは何が起こっているのか……?
緊張が身体を駆け巡った。




