穏やかな道の先
朝、私、ギリアムが起きて隣の部屋に行くとノックをしても返事がない。
まだ、アイゼル様とクレア様は寝ているらしい。
ミアもまだ寝ている。
今日は宿場町を出発して隣の農村まで進む。
宿場町から聖都ヴァティウスの門前町までは徒歩でも一日で着く距離だが、一旦、農村による。
少しでも情報を集めてから聖都ヴァティウスに潜入したいからだ。
コリンとダリルが先に聖都ヴァティウスに行って、すでに着いて調べているだろう。
聖都ヴァティウスから出て来れるなら、農村で合流して情報を得られるし、合流できなくても何か話は聞けるはずだ。
ただし、農村ではあまり長居はできない。
用もないのに寄るのも怪しまれる。
辺境伯の別荘はここから遠いが、聖地巡礼の後に農産物を買い付けて帰ると言うことにする。
実際の鉱山の町では手に入らないものも多いだろう。
別荘に向かっているマーシャルとルークには良い土産になる。
今までは馬で良かったが、荷物が詰める荷馬車に乗り換える。
宿場町という性質上、馬や馬車の乗り換えが楽にできる。
辺境にいる愛馬ならそう簡単にはいかないが、要塞都市フェルゼンで手配した馬だから問題はない。
馬を連れての旅は、何かと不便な事が多く、クレア様が一緒ならクレア様を最優先にすべきだろうから、愛馬は足手纏いになる。
私は馬を売ると、木箱で荷台が覆われた馬車を買った。
急な買い付けでもそれなりのものが用意されていることで、人通りの多さと聖都ヴァティウスの力の大きさを感じる。
アイゼル様の帝国側と対立する教会の総本山。
表向きは対立などないように装っているが、教会には帝国側への根強い反発がある。
アイゼル様は実質的に命を狙う教会から隠れるために辺境伯に預けられた。
そして、実際に教会からクレア様が襲われて、その犯人探しでここまで来た。
クレア様を襲った犯人の魔力の形を探すため、聖都ヴァティウスなら整理された形で魔力の形が記録されているから探す手間を最小にできる——。
それがアイゼル様の考え方だが……手間がかかっても安全性を優先するのがアイゼル様ではなかったか?
この作戦を辺境の城砦でアイゼル様に聞かされた時から少し違和感があった。
マーシャルとルークの来た道を逆から辿って犯人の魔力の形を探すのは手間もかかるし、取りこぼしが出るのも事実だが……。
何かアイゼル様には他の目的があるにではないか……。
クレア様が気にされていたホムンクルスがいないという問題。
真っ先にアイゼル様が気にされる事だと思うが……。
結婚されてから六年間もすれ違っていたアイゼル様とクレア様が、マーシャルとルークが連れてきたターニア様をきっかけに本来の仲の良さに戻られた。
喜ばしい事だが、私が知らされないことも多くなった。
結婚式の日に現れた白い影によって、アイゼル様はクレア様を自分の危険に巻き込みたくないと思われたのだ。
何がきっかけで立ち向かうことにしたのか、それはお二人だけの秘密なのかもしれない。
アイゼル様がクレア様への気持ちを全て話してくれたのは結婚式の前まででしたね。
その後は、話してくれなくても、クレア様に冷たくしなければいけないアイゼル様の苦悩は充分伝わって来ていました。
けれど、今は少し遠くなった。
アイゼル様を通してクレア様を見て、自分がアイゼル様になったような気分になっていた。
クレア様が私の手が届く人ではないとわかっていたけど……。
クレア様の兄のようなつもりでいたのかもしれない。
『すごく大好きだったの。今もお兄ちゃんだと思っているの』
クレア様もそう思っていてくれた。
それだけで、私は満足している。
『ギリアム、クレア様が言っているのはお菓子が好きだったってことですからね』
ミアに言われるまでもない。
ただ……グレンのことが頭から離れない。
十四歳のクレア様を騙して頬にキスさせ、自分も頬にキスをした——。
絶対に許せることではないはずなの……。
どこかで羨ましいと思う自分がいた。
◆◇◆
馬車を手配して宿に戻ると、ミアが食事を運んでいるところだった。
手伝って持って行く。
テーブルに食事を並べるとクレア様に聞かれる。
「ミアとギリアムは一緒に食べないの?」
「使用人と主人が一緒に食事をしてはいけません
私は答える。
「コリンとダリルは一緒に食べてたわよ」
私は次にあったら必ず叱っておく事と深く心に刻んだ。
アイゼル様だけなら一緒に食事することもあるが、クレア様とご夫婦がご一緒の時には使用人が一緒に食事をしてはいけない。
下の食堂や巡礼宿の食堂など、人目がある場合は仕方がないが、ここは部屋の中dr他人の目もないのだから一緒に食べている様子を見せる必要はない。
ミアも同じ考えのようだった。
「じゃあ、二人は隣で食べてきて、出発なんだから急がないと」
そう言われては、二人の横で給仕を続けるわけにもいかなくなった。
部屋を出る前にアイゼル様の様子を見るが、昨日とは違っていつも通りに見えた。
クレア様を抱き寄せようといつも隙をうかがって、逃さずに抱きしめている。
昨夜はアイゼル様の様子を心配していたクレア様もいつも通りに抱きしめられて嬉しそうだ。
ホッとして、どこか胸が痛む光景だった。
◆◇◆
馬車に荷物を詰め込むとクレア様とアイゼル様が荷台に乗り込んだ。
「馬より、楽だわ」
「こっちの方がいいよ」
御者席にクレア様とアイゼル様の声が聞こえる。
ミアも御者席に座っている。
「ギリアム、私は馬には乗れませんが、馬車なら御者の真似事ができるんです」
ミアの以外な言葉に私は驚いた。
「辺境に来る前なので、六年は手綱を持っていないので、真っ直ぐな道があったら貸してください。私が御者が出来れば、助かる場面もあるでしょう?」
「それは、出来るに越したことはないが……」
「これから行く、農村のようなところが私の故郷なので、小さな頃からに馬車には馴染んでいたんです。クレア様のお屋敷にいる時には、ちょっとしたお出かけや買い付けに、本物の御者がいない時には私が御者をの代わりを務めていたんです」
「馬車に関しては君に任せた方がよさそうだな。私は馬は乗れても、馬車はとりあえず操れる程度にしか乗っていないんだ」
「そうなの? なら、宿場町の門を出たら交代しましょう。農村までなら危険はないようだからちょうどいいわ」
ミアの馴染んだ農村への道は、思いがけない穏やかさで進む。
人の気配の消えた農村が見えてくるまでは——。




