第二章『八龍』第七話「声無き声」
木林と益井が大浴場のある方向へ全力で走っていく…
アズサは…いや、あれはアズサだったのか?
益井は『四宮』と呼んでいた…
アズサに憑依したのは…
この八龍のあり得ないはずの地下室で消えたという、オレと木林の先輩…『四宮』だったという事か?
オレと霧子はまだうまく歩けないくらいにダメージを受けていた。
二人とも壁伝いに木林と益井の後を追う…
木林と益井はもう大浴場に辿り着いた様で、廊下の行き止まりでライトの明かりが激しく動いている。
「アズサ~!あっちゃん~!」
「四宮~!先生だ~!君を迎えに来たぞ~!」
二人の声が響く。
しかし、木林の声が途絶え、ライトの動き止まる。
続いて益井の声も途絶え、ライトの動きが止まる。
二つの明かりは、一点を照らして動かない…
『あったんや…』
オレは、木林と益井があり得ないはずの『地下室』への階段を発見したのだと確信した。
「酒井さん…見つけたみたいやな…」
オレが霧子にそう言うと、霧子は一呼吸後に、
「…うん」
と一言だけ応えた。
オレ達もようやく大浴場前に辿り着いた。
木林と益井はやはり一点を照らして立ち尽くしていた。
大浴場の入り口に向かって右手に、さっき来た時はただの壁だった所が空洞になっていて、そこに下へ降りる階段が見える…
「冨田殿…ありました…これです…」
益井は背を向けたまま、オレにそう告げた。
木林が振り向いて、
「武市…またあっちゃん消えたわ…どう考えても、ここやでな?」
と、オレに尋ねたきた。
正直、そうとしか思えない…
行くしかないのだ、この階段を降りて、あり得ないはずの地下室へ…
オレはポケットからメントールキャンディを取り出す…
ちょうど人数分ある。
それを皆に配ると、オレはそれを口に放り込むように言い、説明と自分の意思を伝える。
「メントールには浄化作用あるから、口に入れといたら気休め程度にはなると思う…もう、行くしかないしな…」
すると霧子が、
「これ、結構美味しいよね…ありがとう、冨田君…」
と口に放り込んだ。
それを見て、木林と益井もキャンディを口に放り込んだ。
皆が口の中でキャンディを転がす音がする。
「なるほど…なかなか美味」
と益井が少し笑う。
オレは、
「先生…先生にはアズサが四宮さんに見えたんですか?」
と単刀直入に尋ねてみた。
益井は数秒間をおいてから、
「ええ…一瞬でしたが、あれはまぎれもなく四宮でした…状況から察するに、斎藤女史に憑依したのは、四宮だと言う事になるのでしょうか?」
と尋ね返してくる。
「そういう事でしょうね…まあ、この階段降りたら、はっきりするかも知れないです…」
と答えて、オレは階段に目をやった…
やはり内臓へのプレッシャーを感じるが、さっきの老人のそれとは比較にならないほど軽い…
「ほな、そろそろ行こうぜ、武市…」
木林はそう言うと、階段に足をかけた。
木林、益井、霧子、そして殿はオレが務める事にした。
特に意味はないが、そうした方がいいと思った。
階段を照らすと角度はかなり急で、何故か苔むした石段である…
あり得ない空間なのだ、今更気にする事はない…
やたら冷え込むし、どこからか水滴の音がする…
洞窟…なのか?
しかし、それも気にする必要はないだろう…
オレ達は、ゆっくりと確実に一段一段を踏みしめながら階段を降りていく…
…
…
…
「長過ぎへんか?」
木林が呟く。
誰もが、そう思っていたと思う…
もう、振り返ってライトを照らしても入り口は見えないだろう…
かといって、前方にも出口らしきものは見えない…
キャンディも、口の中で溶けて無くなってしまった…
しかし、前へ進むしかない、降りていくしかないのだ…
…
…
…
「我々は取り返しのつかない状況にあるのかも知れない…」
今度は益井が呟く。
しかし、言葉とは裏腹に彼の足はとまらない。
…
…
…
…
…
霧子が肩で息をし始めた。
少し休憩をとった方がいいのか?
しかし、途方もない長い階段だ…もはや、これが階段なのかも定かではなくなってきた…
もはや聞くまでもなく、益井が前にこの階段を降りたときは、こうではなかっただろう…
確信する。
ここはもはやオレ達が生活する世界とは隔絶された世界だ…
考えたくはないが…
オレ達は既に…
「出口か!?」
木林が大きな声を出した。
ライトを照らすと、明るい…?
ライトをずらしてみる。
やっぱり明るい!
階段の終わりに、明るい空間が広がっているようだ…
みな、一斉に階段を駆け下りる。
…
オレ達が辿り着いた場所は…
教室だった…
見覚えのある作りの教室…
おそらくここは、オレと木林が卒業した耳塚南高校の教室だ…
窓を見ると、外から日光がさしている…
太陽があるのか…?
黒板の前に教卓があり、その前の席に一人の女性徒が机に突っ伏して、寝ている…
「四宮!」
益井が叫んで、その女性徒に駆け寄る。
女性徒は益井の声に反応して顔を上げた。
「四宮…先生だ…迎えに来たぞ…」
益井の声が震えている…
益井はようやく巡り会えたのだ、あの日消えてしまった教え子に…
『先生遅かったやん…』
女性徒が口を開いた。
いや、開いていないが、声は聞こえる…
ダイレクトボイスか…
何かの本で読んだ…
霊体の出す声は、肉声ではない。
その声は直接、脳に届くものだ…それで別名を『声無き声』と言う…
「すまないなあ四宮、先生頑張ってみたんだが、本当に遅くなってしまったなあ…すまないなあ…」
四宮の言葉に答える益井の声は、明るく、若々しい感じがする。
『ほんまに遅すぎるよ…遅すぎて私、自分の姿形すら忘れかけてたやんか…』
四宮は、そんな事を言いながら、その場で立ち上がり、オレ達の方を振り返る。
『ごめんな…私、自分の姿さえ見失ってたみたいやから、この子の身体借りんと、自分の存在を伝える事もできんかったねん…もう少しだけ、この子の身体、貸してな?』
四宮の言う『この子』とは、アズサの事で間違いなかろう…
「よかった!あっちゃん帰ってくるんやな?よかった!よかった!」
木林がその場にへたり込んだ。余程気が張っていたのだろう…少し足が震えている。
霧子はそばにある席のイスを引いて、そのイスに腰掛けた。
「ははっ、座れる…」
実体があるのかを確かめたかったのか、霧子は座れた事に笑っている…
四宮は、色白で丸顔、ポニーテールがよく似合う。
紺色のブレザーの胸には校章のワッペンがあり、スカートはグレー。足元は懐かしい上履きだ…
アズサの身体を借りていると言っているが、その姿は四宮そのものなのだろう…
彼女は今までオレが遭遇してきた霊体とは、全く別の存在であるように感じた…
『先生、ごめんな…迎えにきてくれてありがとう…でもな、私、先生に言わなアカン事あるねん…みんなもちょっとだけ話につきあってくれる?』
無邪気な声だが、哀しみに満ちたような目でそう言われたオレ達には、首を縦にふるしか答える術がなかった…
第八話に続く




