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扉  著者:冨田武市  作者: 冨田武市
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第二章『八龍』第六話「四宮」

大浴場に向けて、暗黒の空間をゆくオレ達…

木林はかなり速足になっている。

気が焦るのは無理もない事だ…

途中、二龍の間があるのを見かけた…

やはり理由のわからぬ嫌悪感を抱いてしまう…

しかし、今はその理由を自己詮索している精神的余裕はない。

ここを訪れた誰かが開けたのか、引き戸が開いたままになっている…

アズサの姿を求め、ライトで照らすと、一龍の間もそうであったが、中は和室である。

五、六人は宿泊できそうな広さで、腐り、朽ち果てた畳と食卓が

残されているだけでアズサの姿はない…

「アズサ〜」

木林がアズサの名を呼びながら押入れを開けようとしたが、傷んでいて開かない。

開かないのなら、そこにはいまいと、二龍の間を後にした。

どうやら、大浴場は厨房の対局にあるようだ。

廊下を進むと玄関に出た。

二階へ続く階段もある。

表は入り口をベニヤ板で封印していたが、内側からもベニヤが打たれている。

窓は外側だけしかベニヤを打っていないのに…

玄関だけが厳重に封印されているが、大した意味は無さそうだった。

玄関には受付カウンター兼事務所であったと思われる部屋があり、一応そこも探索したが、時間の無駄だった。

すぐ近くに三龍の間があったが、二龍の間と同様、アズサの姿はない。

物品倉庫兼従業員詰所のような部屋もあった。

その隣はボイラー室…

オレ達は、ようやく、大浴場に到着した…

大浴場は男湯、女湯に別れているようだが、今となってはどちらでもよい事である。

大浴場入り口前から周りを照らしてみるが、益井のいう『階段』は見当たらない…


「やはり…ありませんね…」


益井の声に、明らかな落胆の色が見てとれた。

益井は、その日姿を消した四宮という女性徒…オレと木林の先輩にあたるその女性徒に対して、オレが想像もできない程の罪悪感を抱いているのだろう…

階段が見つかり、その場所に行けたとして…

また、生死を問わないとしても…彼女に会える、保障はないのだ…

それでも、益井にとって何らかの決着がつくまで、彼は求め続けるのだろう…

「武市、二階に行くぞ!」

木林がそう行って二階の続く階段へ向かって歩き出す。

木林は目的達成の為には非常に合理的に動く男だ。

階段が無いのなら、ここに居ても時間の無駄。

そういう事である。

オレ達は木林を追って階段へと向かった。

二階へ上がる階段…

見上げると、なかなかの急角度で、途中が踊り場になっているようだ…

木林は一歩一歩踏みしめるように階段を上っていく。

木林の足取りからして、傷んでは見えるものの、安心して上がれそうだ…

オレの後には霧子、その後には益井が続くが、益井が落胆した様子は振り返らなくても伝わる。

胃のあたりが、またズンと重くなる…

階段を登り始めてから、プレッシャーが増したようだ。

視界の端で、陽炎のように揺らめく黒い人影を感じる。

おそらく…彼等はこの八龍とは無関係で、外界を漂う浮遊霊の類が、ここに存在する地縛霊にひかれてきたものだ。

これくらいなら、まず問題はない。

「冨田君…」

霧子がオレの名を呼んだので振り返る。

「何?」

オレがそう尋ねると、

「冨田君、平気なん?」

と、霧子は不安そうな声でそう尋ね返してきた。

「酒井さんも見えてるやんなあ…でも、コイツ等は問題ないよ…」

オレがそういうと、霧子は、

「ちゃうねん…斎藤さん、あれってやっぱり何かに憑依されたんかな?私、あんなん初めてやから…」

と自分の肩を抱いた。

叔母の仕事を見学した時に見た事はある…

しかし、身内の人間が憑依されたのは、初めての経験である。

それに、人間の目があんなに速く動くのも初めて見た。

叔母が行っていた。

憑依された人間は、まず九十九パーセント、憑いたものに対して拒絶反応を示す。

人様々だが、アズサの場合はあれが拒絶反応なのだろう。

木林の背中を叩いていたのは、薄れゆく意識の中、己の異常を知らせる為の本能的な行動であったのではないか、とも思う。

そして、笑いながら走り去ったのは、憑いたものの意思であろう。

「経験ない事はないんやけど、身内の人間が憑かれたのは初めてやわ…とりあえず確保して、対処はそれからやな…」

オレのその言葉に霧子はひとつ、ゆっくりとうなづいた…

二階に着いた。

「アズサ〜!!」

闇の中、木林の声が響く。

激しく揺れる木林のライトの明かりから、その焦りが伝わる。

「あっちゃん〜!」

自然とオレの口からもアズサの名前が出る。

「斎藤さ〜ん!」

「さ、斎藤女史〜!」

つられて霧子と益井もアズサの名を呼ぶ。

しかし、やはり応答はない…

二階には、ビリヤード台やダーツ板などがそのまま残された遊戯場、雀卓だけが残された部屋…

売店のような所もあった。

また、四龍の間、五龍の間、六龍の間があった。

やはり、八龍まであるのだろう…

しかし、ひとつだけ趣の違う部屋がある…

『龍神の間』…

ここだけ神の名がついている…

しかも、引き戸ではなくドア…

ここも玄関と同じようにベニヤ板を打ち付けて厳重に封印し、さらにその上に

『天津鶴澤姫命』

という、日本神話に出てくる神のような名が書かれたお札が大量に貼られている。

『天津鶴澤姫命』…?

聞いた事のない神だ…

そんな神がいるのか…?

内臓にズシリとくるプレッシャーも感じる。

ここには触れない方がいい…

見ると、木林はもう二階の端にたどり着いたようだ。

ライトを上に上げて、見上げている。

三階に続く階段があるのだろう…

しかし…

「おい!嘘やろ!何やねんコレ!」

木林が怒気を含んだ声で叫んだ。

「どうした!?」

オレはかけよって、木林がライトで照らしている先を見た。


三階への階段が途中で途切れている…

いや、途中から消えている…?

ライトで照らした先が真っ黒だ…


何だ?

何なんだ、この光景は!?

駆けよった霧子と益井もその光景を見た。

声も出せず、片手で口を押さえて固まる霧子…

「な、何だコレは…前に来た時は階段はちゃんと…」

益井が震える声で、絞り出すようにそう言った。

数秒、ライトに照らされた『闇』に目を奪われた…

しかし…


ゾォン!!


全身を強烈な悪寒が走る抜ける。

霧子が一歩後ずさった。


ライトに照らされた『闇』から、何かが姿を現す…

ゆっくりと、陽炎のように揺らめきながら、闇そのものが形を成していく…

闇の黒が、次第に灰色に変わる…

オレ達の目の前に、白黒映像のような老人が姿を現した。

頭髪も、眉もなく、頰はこけ、ガリガリに痩せた浴衣のような和服を着た老人が、大股を広げ、首をかしげた格好で階段に腰掛け、オレ達を見降ろしている…

呼吸すらままならない圧倒的なプレッシャーに、オレはハウハウとただ情けない息を漏らす…

河下がここに来た後入院しているというのを思い出した!

こいつだ!

絶対にこいつのせいだ!

こいつは…マジでヤバイ!

隣では霧子が過呼吸気味になっている。

老人は、ニヤリと口角を上げる。


『……………』


老人がオレ達に何かを言った…


「うおわあああああ!!」


何を言ったのかはわからない!

でも、それを言われていけなかった!

オレ達は、何かヤバイ事を言われた!

そんな直感が働いて、オレは無意識に悲鳴をあげた。


「うああああ〜!」


オレはその場で腰が砕けながらも、必死で後ずさった。

オレの様子を目の当たりにした木林は、この場の対処法として最良と本能が判断したのか、

「何見てんな、このジジイ!」

と怒鳴って、老人にライトを投げつけた!

しかし、ライトは老人をすり抜け、その先の闇に吸い込まれる。

固まる木林。

老人は、また口角を上げると、出現したのと同じように陽炎のようにゆらめきながら、消えた…

しかし、階段は変わらず、途中でかき消えたままだ…

「あ、あ〜ん…」

木林が呆気にとられた時に出すいつもの声を聞いて、オレはようやく人心地になった…

見ると、霧子が益井にしがみついている。

歯をカチカチと鳴らし、膝が笑っているようだ…

益井が霧子の背中をさすりながら、

「大丈夫!大丈夫ですよ酒井女史!」

と、必死に励ましている。

しかし、益井の足も震えているように見える…

あれは…

あの老人は、北尾の絵…あれと同等以上にヤバイ…


「うっ…!」


突然、胃が燃えるように熱くなり、激しい嘔吐感が襲いかかってきた。


「うえ!うえええ!」


オレは激しく嘔吐した。

胃液の味とともに、何か違和感を感じる味わった事のない味がする…

「武市!」

木林が駆け寄り、背中をさすってくれた。

ひとしきり嘔吐した後、手に持っていたライトが嘔吐物を映し出した。

見るべきではなかった…

オレの嘔吐物には、剥がされた人間の爪のような物が大量に混ざっていた…

木林は気づいたが、アイコンタクトで、これは二人の秘密にしておいた…

オレはようやくよろめきながら立ち上がる。

すると益井が霧子を抱きとめながら、

「みなさん…斎藤女史の件はありますが、一旦一階に戻り立て直しましょう…どのみち、三階には行けない…」

と提案してきた。

そうするより他ない…

オレ達は益井の提案通り、益井を先頭に歩き始めた。

霧子は子供のように震えている…霧子には、あの老人の言葉が聞き取れたのだろうか…?

そんな事を考えていると階段にたどり着いた。

踊場まで降りた時、一階の廊下までライトの明かりが届いた。

一階の廊下を制服を着た女の子が歩いている…

あれは…オレと木林の出身校であり、益井のかつての職場、『耳塚南高校』の制服である…

しかし、その女の子は瞬きの一瞬で姿を変えた。

アズサだ…!

次の瞬間、

「アズサ〜!」

「四宮!」

そう叫んで木林と益井がそのかいだんを駆け下り、アズサを追って駆けていく。

オレと霧子も何とか足を動かして一階に下りた。

木林と益井の後ろ姿が見えた…

二人が駆けていく方向、それは、あの大浴場がある方向だ…

第七話に続く



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