表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
扉  著者:冨田武市  作者: 冨田武市
10/13

第ニ章 『八龍』 第五話 「暗黒」

アズサのスピードは人間離れてしていた。

高校時代、陸上部の短距離ではエース格にあったオレが

『追いつけない』

と諦めるほどのスピードである。

人間は、己の身を守る為、本来の身体能力の数割しか使わないよう、本能的に制御しているという。

しかし、『憑依』された人間は、その制御装置がOFFになるらしい…

アズサはその異常なスピードで、ライトも持たずに、闇の中を駆けているのである。

それは、最早人間業とは呼べない。

「アズサー!!」

木林が叫びながら後を追いかけようと走り始めた。

危険である。

ライトがあるとは言え、この闇を中を走る事は二次災害を引き起こす可能性がある!

オレは全力でダッシュし、木林の肩を掴み、叫んだ。

「木林!とりあえず落ち着け!」

しかし木林は、

「邪魔すんな!」

とオレの手を振りほどこうと暴れる。

「落ち着け!とにかく落ち着け!」

何とか押さえようとするが、こうなった木林はなかなか言う事を聞いてくれない。

暴れる木林を抑えているのでやっとで、なかなか話ができない。

その時、


ピピー!!


場に相応しくないホイッスルが鳴り響いた。

ビクっとして音が聞こえた方向を見ると、霧子がホイッスルを咥えていた。

呆気に取られるオレと木林に対し、霧子は教育的指導のジェスチャーを見せ、

「二人共、落ち着いて」

と、涼やかな声で言うと、まるで申し合わせたように益井が口を開く。

「取り乱すのは無理もありません…しかし、二次災害を防ぐ為にも、我々は落ち着いて行動せねばなりません…斎藤女史は…明らかに憑依状態にあります…彼女は無自覚ながら強い霊媒体質の持ち主であるのかも知れない…しかしながら…あ、これは小生の見解に過ぎませんが、ここ八龍に存在する霊は地縛霊…即ち、何らかの理由や原因により、この八龍という場所に縛られた霊です…よって、斎藤女史…彼女はこの八龍から離れる事はない…どうでしょうか、冨田殿?」

地縛霊…その定義は今益井が口にしたのとほぼ同じ事を叔母から教えられている。

確かに、その定義の内にあるものならば、アズサは必ずこの建物の中にいるはずだ…

あくまで、定義の内にあるものであれば、の話だが…

おれは益井の問いに答えた。

「確かに、今、先生が言われた事とほぼ同じ事を叔母から教えてられてます…でも先生、霊という存在は僕等の知識では推し量れん存在です…叔母からいつも言われてます…霊に対しては、絶対に油断するなって…だから、早くあっちゃん見つけんと…」

益井は何度もうんうんと首を縦に振りながら、オレの言葉に答える。

「然り。あなたのおっしゃる通りです、冨田殿…故に、我々は心をひとつにして、このトラブルを乗り越えるべきなのです…逸る気持ちはわかります。しかし、今はゆっくり確実に探索を進める事がトラブル解決に対して一番の近道であると、小生は考えます…」

闇雲に追いかけるより、確実に一歩一歩という事か…

「でも益井さん!地下室!地下室がヤバイんでしょ!?もしアズサが地下室に行ってたら…!」

木林が声を荒げる。

しかし、益井はまたひとつうなづきながら、

「それは安心してください…私はあの日以来、ここを二百回以上訪れていますが、地下室はありません…無いのです…」

益井の言葉に耳を疑う…

益井は言っていたではないか、地下室に行ったと…

そこで大切な生徒を一人、失ってしまったと…

オレが惚けていると、木林が益井に噛み付く。

「いや、益井さん地下室の話してましたやん!一体どういう意味なんすか!?」

そこに霧子も、

「地下室ないんですか?私も友達から地下室の話聞いてたけど…?」

と疑問を口にする。

オレも噂で聞いていた。

地下室が一番ヤバイと…

益井は、

「申し訳ない…大事な所が抜け落ちていたようです…」

と頭を下げて、己の言葉の意味を語り始めた…

「小生はあの日、地下室に行った…それは事実です…あの日、我々は一階から三階までをくまなく探索し、一階へと戻りました。

しかし、大浴場の付近に先程は気がつかなかったのか、地下へ下りる階段がある…階段を降りると、そこは広さも、何の為の部屋なのかもわからない…正に、黒いインクで塗り潰されたような、真の闇でした…そして、そこで彼女は姿を消した…四宮という、女性徒でした…我々はその真の闇の中、ライトを頼りに彼女を捜索しましたが足取りさえ掴めない…我々はそこから出て、朝になるまで捜索を続けましたが、その甲斐はなく…後は警察に任せましたが、無いのです。あの地下室が…小生はそれ以来、先程申した上げた通り、二百回以上ここを訪れていますが、やはり無いのです、あの大浴場の近くにあった階段さえ見つからない…私は独自に調査し、この八龍がまだ営業中に仲居として働いていた女性に話を聞く機会を得ました…彼女は言っていました…地下室、そんなものは元々無い、と…」

元々…無い?

元々無いというのは、元々つくられてはいない、という意味か?

じゃあ、益井達は『有り得ない空間』に入り込んだという事になる…

それが引き金になったのか、おれは記憶の彼方に追いやっていた、叔母の話を思い出した…


オレが中一の頃、当時既にテレビ出演もしていた霊能者の叔母、甲田福子が年末の休暇で家に遊びに来ていた…

大晦日の夜、両親とオレ、叔母はコタツに入ってテレビを見ながらミカンを食べていた。

両親は横になってそのまま寝てしまい、叔母と二人、おしゃべりをしていた…

「叔母ちゃんさあ、霊能者やってて怖いと思った事ないん?」

オレは前々から思っていた疑問を叔母にぶつけた。

叔母は、はははっと笑う。

「そんなもん、怖がっちょったら商売にならんばい。…ばってん、叔母ちゃんが小学校ん時、本気で怖いと思った事はあったっちゃけど…」

叔母の声のトーンが落ちた。

それはオレの好奇心を刺激した。

「何よ何よ?教えてや!」

そう催促するオレに、叔母は真剣な顔で答える。

「お前も鋭いけんね…知っといた方がええかもね…よかばい、話してやるけん、よう聞き…」

そうして叔母は自分の体験を語り始めた。

「叔母ちゃんが小学校六年になってすぐばい…叔母ちゃんは山の中で友達と遊んでたっちゃけど、気づいたら叔母ちゃん一人になってたんよ…しかも、遊び慣れた山の中で道に迷ったっちゃ…叔母ちゃんもまだ小学生やったけん、泣いて彷徨い歩きよった…すると、トンネルみたいな穴が見えよった…その穴を覗いたら、穴の向こうが明るい…叔母ちゃん心細かったけん、明るいところに行きたい思って、その穴に入ってしもっちゃ…

穴をくぐるとな…そこは…お前にはまだ早いけん、こうとだけ言うとく…そこは、この世ではなかったばい…」

この世ではない…叔母の言葉のその意味を尋ねても、叔母は答えてくれなかった。

叔母は笑って誤魔化しながら話を続ける。

「そこには、うまそうな果物みたいなんがあった…叔母ちゃん、お腹も空いてたけん、それを食べようとして口に持っていったばい…そしたら、後から声がするんよ、『それ食べたらいけん…』って、叔母ちゃん振り向いたら、凄い大きい男の人が立ってるんよ…お前のお爺ちゃんの倍くらいあったから三メートル以上はあったかもしれん…そんでね、その男の人、顔の真ん中に大きな目が一つなんよ…一つ目ばい…でも、不思議と怖いっちゃ思わんかった…『それ食べたら帰れんなるけん、やめときなさい』って男の人が言うた…叔母ちゃん、そこで怖くなってね…その果物みたいなもんを投げ捨てたっちゃ…そしたらそれが地面に落ちて潰れた拍子にオギャーって赤ちゃんみたいに泣いた…叔母ちゃん、また怖くなって大泣きしたんよ…そしたらその男の人が、『かわいそうに…迷いこんだんか…おじちゃん送っていってあげるけん、家に帰りや。』て言うて、叔母ちゃんの手ひいて洞窟の外に連れていってくれた…気がついたら、目の前に友達がおって『福ちゃん、どこ行っちょったんよ!』って怒られた…武市、よう覚えとき…変なとこ、有り得んとこに迷いこんだら、そこはこの世とは違うとこに繋がってるんよ…その入り口も突然、どこに繋がるかもわからん…そやから、忘れんと、よう覚えとき…」


叔母とのその記憶が、鮮やかに脳裏に蘇った。

この世ではない世界…

天国や地獄、黄泉の国、常世の国…呼び方は数あれど、そこは生きた人間が行っていい場所ではない…叔母は、運が良かったのだ…


「とりあえず、その大浴場に行ってみましょ!まずはそこを確認しましょ!」

オレは益井に声をかけた。

益井は、

「ええ、それが今、我々が一番先にすべき事ですな…」

とライトを廊下の先へと向けた。

ライトの光が届かぬ空間は、まさに暗黒だった…

第六話に続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ