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扉  著者:冨田武市  作者: 冨田武市
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第二章 『八龍』第八話「神隠し」

四宮は立ち上がると、教卓に向かい、黒板を背にしてオレ達に向きなおる。

まるで、これから授業を始める女教師のようだ…

しかし、どうなっているのだろう…

この身体はアズサのはず…

四宮の思念のようなものがオレ達の脳に作用して、アズサを四宮に見せているのか?

『まず…』

四宮が語り始める…

しかし、口は動いていない。

やはりダイレクトボイスだ…

『先生、何回も来てくれてありがとう…私、嬉しかったよ…』

四宮のその言葉を聞いて、益井は嗚咽した。

身体を震わせながら、拳を握りしめ、下を向いて、ただ嗚咽した。

眼鏡の奥にある大きくない目から、大粒の涙を流す。

その涙は、どんな計測機器をもってしても数値化できない程重い涙だと、オレは思った。

『先生…あのね…あの時、私が言い出したの知ってる?ここに来ようって…』

四宮の問いに、益井は答える事ができない。

四宮は悲しそうな目で話を続ける。

『ここに来たのには理由があったねん…実はね…先生も知ってると思うけど、私、元々霊感強くて、小さい時から色んなものを見てきたんやけど…小さい時から時々ね…私が寝てる時に来る人がおったねん…白い浴衣みたいな着物を着た女の人で…凄い綺麗な黒髪…色白で背が高くて…モデルさんみたいな美人やねん…その人、私のベッドの脇にいてるだけで何をするでもなく、言うでもなく、ただそこに立って私を見てるだけ…最初は怖かった…でも、中学に上がった頃に思ったねん…この人、私を何かから守ってくれてるんちゃうかなって…でな、あの日の二日前やったと思う…またその女の人が来て、初めて話しかけてきたねん…やはりお前は血が濃い、この世にあっては身内に災いを為す…って…』

身内に災…?

どういう事だ?

『お前は私の所においでって…意味はわからへんかったけど、その人がいうてる事はホンマなんやって確信みたいなもんがあったねん…その人はそれだけ言うと、私の頭に手を乗せた…そしたら、頭の中に色んな映像が浮かんで、私わかったねん…この八龍に来いって事なんやって…』

この四宮という女性は、かなり霊感が鋭いというのは感じる…

しかし、気になるのは血が濃いという言葉の意味だ。

霊感の鋭鈍というのは、ある程度血筋に由来する事は、そういう血筋であるオレにもわかる…

霊感が鋭いというのは、不幸であるとも言える。

しかし、『災』という言葉にはもっと深い意味を感じるのだ…

『そして、私はあの地下の空間で闇の中から伸びてきた白い手…たぶん、あの女の人の手に引っ張られて…今、先生等がいてる世界じゃない、違う世界の人間になったねん…』

ち、違う世界?

別の次元の世界だとでも言うのか?

『私からはこっちが見えても、そっちからは私が見えない…私も、私自身の姿が見えない…見える物に触る事もできひんし、話かけても私の声は届けへん…そんな世界やねん…私は、自分が死んだんやと思った…でも不思議なんやけど、私は息もしてるし、心臓も動いてるみたい…不思議と喉乾けへんし、空腹感もない…自分の意思で動けるし、寝る事もできるねん…』

それは…『神隠し』と呼ばれるものではないだろうか…?

この世には突然、何の前触れもなく、何の手がかりも残さず、人間が行方不明になることがある。

その現象は、太古から、西洋では悪魔や妖精…日本では『神隠し』と言われた…神に見込まれてしまった者が、神の住まう常世の国に召されたのだと、考えたのだ…

だとすると、四宮の前に現れた女性は…

『神』なのか…?

その考えに至った瞬間、オレの脳裏に鮮やかに蘇る、あの名前…


『天津鶴澤姫命』


あの『龍神』の間に貼られていたお札にあった神名だ…

オレはたまらず、口を開いた。

「あ、あの、四宮先輩…?」

四宮は一瞬キョトンとしたが、

『あ、君も耳南の生徒?」

と懐かしそうな表情を見せた。

「はい、冨田と言います。今年卒業して、今は泉州大学の学生です…こっちの木林もそうです。で、今、先輩が身体を借りてる斎藤も…」

オレがそう答えると、四宮はクスクスと笑い声ながら、

『そうなんや…懐かしい感じするなと思ったら、そうやったんやね…』

オレは直球で尋ねてみた。

「先輩…先輩をここに引き込んだその女性は…神なんですか?」

オレの口から出た『神』という言葉に、益井の涙は止まり、木林と霧子は目を丸くした。

四宮はしばらく考え込んだあと、

『それは…わかれへんわ…でも、あの人も私も死んではないんちゃうか、とは思う…難しい事はわかれへんけど、命の在り方が変わった、みたいな…』

命の在り方が、変わった…?

おそらく、オレ達は今、とんでもなく高次元な話を聞かされた。

オレにはその言葉が、人間が人間を卒業し、別の高次の何かに変わったという意味に感じられたのだ…

『普段は、闇の中に溶けたみたいになってて…居心地は悪くないねん…で、時々ここに人が来たら刺激されて意識がハッキリしてくる…あ、先生?お父さんとお母さんは?弟は元気かな?』

四宮は益井に尋ねた。

「あ、ああ!お元気だ!君が居なくなった後は、流石に大層落ち込まれておられたが、いつかは君が帰ってくると思われ、頑張っておられる…弟さんも結婚されて、今は一児のお父さんだぞ!」

益井は涙に濡れた頬を拭いながら答えた。

『そうなんや…あの子、結婚したんや…はははっ。みんな、元気なんやね…ありがとう先生…じゃあ、私がここに来た意味はあったんや…ははは…よかった…』

四宮は寂しそうに笑う。

「先輩…でも、それはホンマなんですか?先輩が身内の災になるって…」

オレは四宮の境遇に腹が立っていた。

四宮は、明らかに優しい性格の善良な女性である。

そんな女性が、何故こんな目に遭わなければならないのか?

どんな理由であっても、理不尽極まりない事だ。

『…あの、さっきあの女の人が私に映像見せたって言うてたやろ…その映像の中に、その理由みたいなのを感じるのがあったねん…それが何なのかは言われへん…言いたくないんやけど…私の一族の血は、呪われてる…例えとかじゃなくて、ホンマに呪われてるねん…最初は私の先祖の一人が呪われたんやと思う…その呪いが代々子孫に引き継がれて…それで、私のその呪いを強く引き継いでしまった…この呪いがどんなものなんかはよくわかれへん…でも、血筋自体が爆弾に繋がってる導火線みたいになってて、いつか呪いという爆発が爆発する…私があのまま普通に生活するしてたら、その火種になってしまってたかも知れんなあ…』

いつ爆発するかわからない爆弾…

それが爆発したら、何が起こるかもわからない…

そう語った四宮の目には、何者かに向けた嫌悪感が見てとれた…

その嫌悪感は最初に呪われた先祖に向けられたものなのか、それとも、呪いをかけたものに向けられたのか…

「四宮…君は帰ってこれないのか?」

突然、益井がそう言った。

四宮はその問いに対する答えが見つからないように、押し黙った。

「今日、また再び君に会えた…次は、君を取り戻す事が先生のやるべき事だ…四宮、先生は諦めないぞ…!」

そう言う益井の目には、いかなる試練も乗り越えるという決意に満ち満ちていた。

オレは…いや、木林と霧子も気づいているだろう…

益井と四宮…

この二人は教師と生徒、それ以上の絆で結ばれているのだ。

『ありがとう、先生…でも、ここにはもう来んほうがええと思う…』

四宮は哀しそうな目で、微笑みながらそう言った…

「何故だ!?」

益井が大きな声を出す。

『みんな、怖いお爺ちゃん見たやろ?』

あの、三階へ続く階段に現れた老人か…

『この八龍は、たぶんやけど、元々あの女の人の領域やねん…でも、いつの頃からかここで見るようになった、あのお爺ちゃんが徐々に自分のものにしていってるみたいやねん…私はあの女の人に守られてるみたいやから、まだ私には何もできんみたいやけど、三階はもう完全にあのお爺ちゃんの領域みたい…私はこの八龍から出られへんのやけど、あのお爺ちゃんは時々見らんようになるから、外にも出られるみたい…あのお爺ちゃん、この世の全てに対して恨みを持ってるみたいに思うから、ホンマに危険やねん…だから、もうここには来んほうがええねん…それを伝えたくて、私、あの女の人に手伝ってもらって、斎藤さんやったかな?この子の身体を借りて、この空間を作ったねん…』

今まで聞いた話の全ては荒唐無稽な、漫画や小説の世界の出来事であると言える。

しかし、その話をしている本人が目の前でアズサの身体を借りて、ダイレクトボイスで伝えてきているのだ…

それに、あの老人も、オレ達全員が見ている。

他の誰が何と言おうと、オレ達四人はその話を否定する事はできないのだ。


ズウウウウン!


突然、聞いた事のない、何かが歪むような音がした。

そこにいた全員が音のした方向に目をやった。

四宮の背後の黒板が生き物の様に波打ち始めている。

一歩、二歩、後退る四宮は

『な、何コレ?』

と、震える声で言った。

この空間を作ったという四宮がわからない事をオレ達にわかるわけがない。

すると、黒板の上にある校内放送のスピーカーからノイズと共に声が聞こえた。

『下校の時刻となりました。まだ残っている生徒は速やかに下校しましょう』

笑いを含んだその声が、ひどく禍々しく聞こえた。

直感がささやく、あの老人だと…

黒板の波打ちが激しくなる。

その波の一つ一つが、無数の真っ黒い人間の腕にに変異していく…

次の瞬間、その腕が一斉に四宮に襲いかかった!

四宮は逃げ遅れ、その無数の手に捕まれる。


『つぅかまえたぁ』


スピーカーから老人の声が響く。

男三人は無意識に身体が動いた。

四宮、いやアズサを奪われんと必死に腕を引き剥がそうとするが、数が多すぎる!

腕に触れるたびに頭の中に流れ込む、


『女』『爪』『骨』『肉』


などの声無き声。

絶対に持って行かれるわけにはいかない!

しかし、やはり数が多すぎる!

その時…


「このボケがぁ!!!」


木林がながい付き合いの間に聞いた事がない雄叫びを上げて黒板に凄まじい蹴りを入れた!


ドオオオオオン!!


凄まじい轟音がなり、黒板から伸びてきた腕が一斉に引っ込んだ。

呆気にとられたオレ達だが、一番驚いたのは木林当人の様だった。

しかし、まだ黒板はうごめいている。

いつ第二波が来てもおかしくない状態だ!

そこに、


ビュン!


と黒板に向かって何かが飛んでいく。

それは黒板に吸い込まれた。

すると、それが吸い込まれた所が起点となって、渦を巻き始めた。

「ははっ!効いた!?」

見ると、霧子が投球姿勢で何かを握っている…桃だ。

霧子は大きく振りかぶり、それを全力で投げた!

桃はなかなかの球速で黒板に飛んでいくと、また吸い込まれた。

渦がまた激しくなる!

「四宮さん!今のうちにこの空間閉じてください!」

霧子が叫ぶ!

四宮はコクンとうなづくと、

「先生…私は大丈夫やから、もうここには来たらアカンよ?」

と益井にいう。

「四宮、それは無理だ…君の事を諦めたら、先生は生きている意味をなくす…ダメだと言うなら、先生もここに残してくれ!」

四宮はその言葉を聞いて、目から涙をこぼしながらも、

「そんな事、できるわけないやん…」

というと、その姿は一瞬でアズサに変わった…いや、戻った…

意識なく、倒れるこむアズサを木林が受け止める。

それと同時に、まるで停電のように一瞬で気色が暗転した。

闇の中で、四宮の声無き声が頭に響いた。


『先生…』


益井に対する呼びかけのあとに続けたかった彼女の言葉は、何となく想像できた…

気がつくと、オレ達はあの大浴場の前にいた。

あの階段は…見当たらない。

木林の声が響く。

「あっちゃん、おい、あっちゃん!アズサ!」

木林はアズサを抱き、身体を揺さぶって起こそうとしている。

しかし、憑依された後、気を失っている人間を急に起こすとパニックを起こすことがあると叔母が言っていたのを思い出した。

「木林、無理に起こすな。とりあえず外にでて、あっちゃん起きるの待とう…」

木林は、

「そ、そうやな…ほな、オンブするから手伝ってくれ。」

とアズサに背を向ける。

オレと益井が手伝おうとしたが、横から霧子が出てきて、

「私が手伝う」

と、アズサを抱いて木林に覆いかぶせた。

霧子の判断は正しいと思った。

もし途中で気がついたら、何を言われるか分かったものではない。

オレ達は入ってきたルートと同じルートで八龍から脱出した。

闇夜を照らす月明かりを見て、安心感から、少し腰が砕けた。

あまり汚れなさそうなコンクリートの地面にアズサを寝かせる。

その時、アズサのスカートが少し捲れた。

オレがいる角度からはよく見えなかったが、益井はおそらくまともに見たのだろう、その眼鏡は月明かりを反射し、鼻の穴が少し広げながら、顔を背けた。

その姿に笑ってしまった自分に、何とか無事に帰れそうだと、胸を撫で下ろした…

その瞬間…また、激しい嘔吐感が襲いかかった。

オレは皆から離れ、


「うっ!うええええっ!」


と激しく嘔吐した。

嘔吐物の中に、今度は女性のものと思われる長い毛髪が大量に混ざっていた。

木林が心配そうな顔をしている。

オレは何くわぬ顔で皆の所に戻り、

「はははっ、スッキリしたわ!」と、作り笑いで誤魔化した。

これは、叔母に相談する必要がありそうだ…

オレは場を和ませようと、霧子に尋ねてみた。

「酒井さん、何で桃やったんよ?」

霧子は少し口角を上げると、

「あれ?あれはな、桃って邪気を退ける力があるって言われてるねん…古事記にもあるし、有名なのは桃太郎さん。鬼退治してるやろ?だから、こんなとこに来る時は、何かが起こった時の切り札に持つようにしてるねん。初めて使ったけど、はははっ!効いてたね~」

そういえば、そう聞いた事がある…

しかし、この霧子の笑顔…

この子も、本物の好事家だ…

今度は木林が益井に尋ねる。

「益井さん、気になってたんやけど…もしかして四宮さんと益井さんって、アレですか?」

益井は鼻を膨らませると、

「そ、それは…まあ、いいではないですか…しかし、木林殿、あなたの方も斎藤女史とはただならぬ関係にあるとお見受け致しましたが?」

益井に笑顔が戻っている…

依然、四宮先輩は救われぬままだが、今日彼女に再会して新しい目標ができたからなのか、悲壮感は微塵もなかった…

それからしばらくして、アズサが目を覚ました。

「あっちゃん!だ、大丈夫か?」

木林がアズサを抱き起こす。

「…私、どうかなったん?」

安心した反動か、キョトンとするアズサに、木林が悪態をつく。

「どうかなったよ!ほんまによ~、お嬢様ファッションで来るわ、憑依されるわ、豚に追いかけられるわ!勘弁してくれよ!」

そこにアズサが噛み付く。

「豚に追いかけられたのは高校の時やろ!て言うか、私、何?幽霊に取り憑かれたん?」

怯えた表情になったアズサに、

「うん。でも、もう大丈夫。憑いたのも悪いもんちゃうからな。さ、もう帰ろうや、オレ疲れたわ…」

と説明し、オレは駐車場に向かって歩き始めた…

後から、木林の背中を叩いているのであろう、バシバシと言う音が聞こえてきた…


エピローグ


あれから三日…

オレはやはり嘔吐感に悩まされていた…

嘔吐すれば、必ず人間のどこかのパーツが混じり込んでいる。

今日、耳のような肉片が混じり込んでいたのを見つけて、いよいよだと思ったオレは、叔母に電話した。

叔母から激しく叱責されたが、叔母が遠隔霊視を行なってくれた結果、オレは何者かに『呪詛』を受けているという事だった。

その相手があの老人であるのかは、叔母でも確証が得られないらしい。

厄介な事になった。

それからまた激しく叱責されたが、近いうちに見に行くから、それまで毎日塩風呂を欠かすなと指示を受けた…

しかし、今回の件も謎だけが残った…

あの老人、三階、四宮先輩、白い浴衣の女性、神隠し、龍神の間、天津鶴澤姫命…

もしかすると、あの八龍には何かとんでもない秘密が隠されているのかも知れない…

しかし、オレが気になっているのは、木林が黒板を蹴った時に感じた、何か異質な力…

もしかして、あいつは何か凄い力を持っているのではないか?

そんな気がしていた…


第二章完


第三章へ続く


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