真夏の夜の幻夢 第九節
「やつらとは、文綾丸の船員だ。上に一〇人以上いる。親玉は……いかれた小娘だった。そいつが、何年も前から、船員をゾンビにしていたんだ。普通の人間では耐えられないからだ」
「一見すると普通の人間な船員はゾンビである、と。小娘は魔女?」
「たぶんな……いや、そうだとも。この化け物に、わしを引きずりこんだ魔術を使った。あいつがゾンビどもに命令していた」
「どんな命令ですか?」
「詳しくはわからない。……船を復旧させようとしてはいるようだ。何人か、下の機関室に送っていた」
「ゾンビを? そんな知能があるんですか?」
「ああ、見た限りでは人間と変わらない。ブリッジで無線機をいじっていた。屍者の賦活は、あのクソっ垂れめの技量は、達人級だといえよう。多くの生者に、暗黒の呪縛をかけてきたに違いない」
「ふむ。呼び覚ましたゾンビを率い、死を舞う――闇の女王きたか!」
「闇の? あいつのことを知っているのか?」
「いえ、直接は知りませんが……話を聞いたことはあります。この船に〈火の魔術師〉、あるいはヘルファイアー派が乗っていると」
「なるほど、ヘルファイアー・セクトを……いかにも、そのとおりだ。船内の惨状は見たろう。やつがやったことだ」
「あなたを捕まえている、その大きなモンスターも魔女が操っているのでしょうか?」
「いや……、今は違う」
男は何秒か言いよどんでからつづけた。
「今は半分だけ、わしが支配している。意志の綱引きをしている感じだ。綱引きに勝ったほうが、こいつの体を操る。じっとさせたり、どこかへ行かせたりは断続的にだができる」
「そいつが暴れたのは、じゃあコンバットが撃っちゃったから?」
「コンバット?」
自身の隣までさがってきた有馬に、礼佳はP90から離した手を軽く振った。
「こちら、傭兵のコンバット兄貴です。コンバットはコードネーム」
有馬はテーブルに銃を置き、撃ちつくしたP90を礼佳のものと交換した。
多脚動物は触手を空中に保ち、ゆっくりと横歩きで前半身を曲げたが、大きな身動きはしなかった。
有馬は声をひそめて礼佳に尋ねた。
「ゾンビとは悪魔の一種か?」
「ゾンビはアンデッド、世間一般のゲームでは。ブードゥーでは半殺しにしたヤク中。本物の魔術ではどうだかわかりません」
「ゾンビと悪魔は同じものとしているだけか、あるいは予言情報に抜けがあったのか」
「ゾンビについては、なにも言わなかったんですね? 悪魔というのは、あのムカデダコで間違いなさそうだけど。……それにしても驚きです、尻尾のほうに人間が融けこんでますよ。この星の、単なる海に住む仲間たちってわけではなさそう」
ムカデダコと称した多脚動物を、礼佳は男と話しながら暗視スコープで熱心に観察していた。
有馬の肉眼には、多脚動物と男は今も、発光体の塊に見えている。
光ににじんで通常の視覚で見慣れた物質的な細部は認識できないのだが、意識を集中すれば、それは単純な琥珀色の塊ではなく多色の積層構造体であることがわかった。
礼佳が言った尾部には不規則ないくつもの窪みと、そこから伸びる細長い房状の組織がある。
P90のスコープで見ると、発光していない窪みの部分にはヒトの腕が生えていた。繊細な房状組織は、腕の内部に侵入したなんらかの結合器官のようだ。何本もの腕のあいだには外皮に融けかけて変形した頭もあった。
切り離した触手は床を動き、腸を巻きとり、微小だが本体と似た房状組織を無数に発現させている。
あんな生物がイリエワニの代わりにこの星の生態系にいるならば、ミシカ人に駆逐できるとは有馬にも思えなかった。逆に彼らが生活圏を脅かされる立場になるだろう。
「傭兵が、なぜゆえ……この船に乗っているのかね?」
男からいぶかしげに言葉がかけられた。乗客にして傭兵という紹介を図りかねたのか、しばらく彼は黙りこんでいた。
「傭兵は引退した。取材旅行だ」
「取材、なんのだ?」
「渦竜島の行方不明者と、過去の海難事故、それに海底遺跡についてだ」
「海底遺跡か……なぜ傭兵がそんなものに関わる?」
「アングラ編集プロダクションと、ふとしたことから友情を交わして」
テーブルのP90をいじりながら、礼佳が答えた。個性的なマガジンキャッチの操作法がわからないらしく、弾倉まわりを手で探っていた。
有馬は剣をソファに刺し、手を伸ばして礼佳が持つP90のマガジンキャッチ・ボタンを引いた。
「編集プロダクションだと……本当に乗りあわせただけの民間人だというつもりか? あんたらは何者だ? ヘルファイアー・セクトに挑むならば事情を聞きたい。今さら身分を隠しても無意味だ。ここは地球ではない」
「いえ、本当に民間人の編プロ取材班です。背後に保安庁がいるとか、CIAがいるとか、カルティストがいるとか、まったくないです」
「ただの人間が、防護もなしに三人も生き残るなどありえぬ。それに、……どうやって現地人と行動を共にしているのか?」
「現地人の一人が日本語を話せる。何十年か前に、この星へ漂流した日本人がいるらしい」
「バカな。日本人が、何十年も前に? それは不可能だ」
男は断定的に言った。
礼佳が新しい弾倉をP90に装着して尋ねた。
「どうしてですか?」
「この星の離心運動は、地球のものと異なっているからだ。何十年も前では、何百キロもずれてしまうだろう。今日でさえ、ずれていた。高性能な宇宙船に乗ったならばともかく、ただの民間人がただの海難事故で、ここに来られるはずがない」
「『いしのなかにいる』ですか。あるいは『うちゅうくうかんにいる』」
「然様、あるいは海の底で押しつぶされるかだ」




