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次元迷宮の迹  作者: 藤閏
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真夏の夜の幻夢 第七節


「エントランスの後ろを上がる。動くものは一発づつ撃て。当てる必要はない」


 礼佳はP90のセレクターを『1』に動かし、角の向かいに声をかけた。

「上から来るぞ! 気をつけろよ――って、まだ動いてる」


 有馬はP90を肩にかまえ、暗視スコープに映った男の頭を撃ち抜いた。五.七ミリ弾を何発か受けていながら、階段の二人の男は無表情に起きあがろうとしていた。


「こちらで仕留める。行け、援護する」


 暗いエントランスへ有馬の指示で、P90と槍と懐中電灯を持った三人が走る。

 彼らの通過まで階段を見張り、有馬もつづいた。上からの新手はなかった。ここと四階には二人づつしか配置しなかったのだとすれば〈火の魔術師〉も、それほど多くが生き残っているわけではなさそうだった。

 船楼前面から五〇メートルのエントランスへ入るとほぼ同時に、非常灯が一斉に作動停止した。

 物体の輪郭は見えていた広間が、暗闇に沈む。二つの灯光が足を止めた。

 有馬は身を低くし、暗視スコープで周囲を索敵した。

 船への乗り降りのさいには人が集まるエントランスは侵入路が多い。回廊になっている上層の三階、吹抜け下の二階、二階から四階をつなぐ螺旋階段、大ホールへ通じる広い廊下、左右舷側にいくつかある店舗へと銃を巡らせる。

 ミシカ人が振りまわす灯光がスコープの狭い視界を何度もよぎり、有馬は彼らから距離をとった。敵がいれば、そちらに弾を浴びせるからだ。しかし、あらかじめ手勢を配置していたのでなくば、ここへ先まわりする時間があったとは考えづらかった。


「なにか上で吼えてる」


 礼佳のささやきが無線機から聞こえた。

 有馬にはなにかが吼える声は聞こえなかった。足音も聞こえず、通路や死角からの発砲もなかった。

 自分たちを不意打ちするために照明を消したわけではないと判断した有馬は、ミシカ人の手首をつかんで強引にしゃがませ、倒れている商品棚に懐中電灯を突っこんだ。店舗からガラス壁を砕いて飛んだもののなかでもかなり大きい商品棚は、固定金具がちぎれ、回廊の手摺にめりこんでいた。

 もう一人のミシカ人も危険を理解したのか急いでしゃがみ、脚のあいだに明かりを隠した。


「ブリッジからの操作でしょうか?」


 エントランス角の喫茶室へ逃げこんでいた礼佳が戻ってきて問いかけた。


「ブリッジか機械区かはわからん。人数が多くないならば、そう分散はしないはずだが」

「でも、まだ何人もいるでしょう……頭を撃っても死なない人たちが。平均以上の勇気で、とにかく行ってみようずぇというのは、やっぱり無謀なような」


 有馬は懐中電灯の光量を絞った。

「わかった、船尾のロビーで楯を回収する。P90ならば、あれで止まる」


 しかたなさそうに礼佳が賛成し、有馬はミシカ人に手で船尾を示した。


「ロビーへ行く。ロビー」

「船尾から外の階段を?」

「気づかれていては不利だ。むこうが日本語を理解している可能性もある」

「ああ、ずっと傍受されていた可能性もありますね」


 有馬は三人を急がせ、船尾ロビーへ進んだ。

 遭遇も妨害もなかったが、楯の回収には手間どった。安置されていたはずのミシカ人の死体が喰い荒らされ、添えられていた装備品が散らばってしまっていたせいだった。

 八人の革鎧は腕力で破壊されていた。どれも中身はほとんど残っておらず、体液なのか分泌液なのか判然としないものにまみれた衣服の残骸がへばりついていた。


「……死体が悪魔になる?」

「いや、鎧の中身は喰われている」

「悪魔に食べられてしまった? あの外人さんたちが悪魔ではないんでしょうか」

「それもわからんな」

 左腕に楯をつけた礼佳は、その腕をダランと垂れさげていた。金属の薄板を張った楯は、二キログラムのP90より三~四倍も重い。鍛えていない女には過重装備だった。

「銃は両手で持て。きみの楯は、あの二人だ」


 仲間の遺品を集めたミシカ人へ、礼佳が目を向けた。

 二人は楯だけではなく剣や兜も身につけていたが、有馬はそれを黙認した。


「なるほど、後ろにいます。ちょっと重すぎるし」礼佳は楯を床につけて前腕から外した。「でも、楯で止められますか? この『死体を食べた悪魔』は相当な大きさみたいですけど」


 かがんだ礼佳が、楯を箕の代わりに用いて、べったりと濡れている衣服を掬った。ほぐれた布から糞が詰まったままの大腸が落ちた。

 月の光はさえぎられているロビーで、したたる粘液の琥珀色が、やけにくっきりと有馬には認識できた。


「単純な体当たりをしかけてきたなら、銃で撃て」

「銃は効果が薄いかも。予言者さんも言ってた」

「長く伸びた腕で攻撃するとも言っていたか。〈魔術師〉どもと連携されると厄介だ」


 セルフサービスで食事をした何者かは、アラスカヒグマなみの力で骨盤も破片にしていた。革鎧の留具は器用にむしり、鋭利な歯で肉を削ぎとっている。大きさは哺乳類型であれば最大で一トンほどだと考えられた。それを超える体格では、散らかったロビーに道をつくらなければ歩きまわることができない。


「ウシかクマなみの筋力と、チンパンジー程度には動く手を使っている」

「銃も使える?」

「それは手の形状と知能による。解体は能率良くこなしているし、それなりに美食家らしい……激しく飢えたヒトが貪り食った印象だ」


 何者かはクマにはできない食材捌きで、死体の髪や大腸を服でぬぐいとっていた。

 それはヒトに近い知能と手をそなえた姿を連想させる作業跡だった。ミシカ人が執拗に滅却しようとしていた、地球人の変形した残骸が思い浮かんだ。


「一時間か、せいぜい二時間で五〇〇キロの骨肉をモグモグというかサクサクしてしまった、と。数は?」

「多くはない。ゴミは放るか蹴散らすかしているが、調理場は二ヶ所だけだ」

「仲良く五体で食べたとしても一〇〇キロ。ゾウより大きな胃袋がいりますね。そもそも人間なみに賢くて〈魔術師〉と協力してるなら、食料なんか他にあるんだし――」


 礼佳が言葉を切り、バッと顔をあげた。腰を浮かす礼佳の視線を追い、有馬も大ホール側へ振りかえった。

 肉眼で見える動きはない。P90を持ちあげ、暗視スコープを覗く。


「……これはいい雄たけび。ダッチ来る?」

「雄たけびとは? なにも聞こえなかったぞ」

「さっきも聞こえたのと同じ声でした。明かりが消えたときに」


 スコープを当てていない右目に、ジワリと琥珀色の光が入った。

 そちらに銃を向け、右目の視界にあわせて照準すると、光を増幅された蛍光スクリーンに男の頭が映った。四階の右舷通路だった。外光を一旦、電子に変換する暗視スコープは男が発している光を捉えていない。

 男は通路から、大ホールの廻縁にあたるロビー上層へ歩き出た。



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