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次元迷宮の迹  作者: 藤閏
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真夏の夜の幻夢 第六節


「ロ――ロケット・ランチャー?」


 文綾丸を照らした外光が退き、雷鳴も急速に遠のく通路に、礼佳の声が聞こえた。左舷に残る光は、褪せるように黄金色から紫色へと変わった。


「いや、違う……。雷ノイズが消えた」


 霧状の発光体が、海上を長々とうねっていた。

 形状は弾道に残った煙のようなその発光体の先で、船体を大きくえぐられた小型船が沈み始めている。飛び散った船材が、暗い海面で燃えていた。

 松明と化した帆柱が、折れて破口部を打った。火を散らした船体がさらに傾き、乗員から伸びる小さな影がもがいた。

 紫色に輝く発光体の長さを二〇〇メートルと目測した有馬は、それに混ざって大量に空中を舞う、細かな鱗状のきらめきに目を細めた。

 大きな紫色の霧とは違い、小さな多色の発光体は異様に鮮明な非実体的なもので、視覚の遠近感を狂わせた。


「予言者、そちらの船が沈むぞ。医務室から見えているか?」


 ミシカ語で話しつづけるアサンロンから、日本語の応答はなかった。おちつきを失って喋りかけている二人の部下をなだめることが優先らしい。

 ミシカ人に無線機を与えた礼佳が、左舷寄りの窓から近づく。有馬はヘッドセットの端子を外した。


「放電してたならレールガンとか」

「実用化されていない試作兵器だ。船の建造時に組みこむことは非常に難しい。六階に隠し倉庫をつくり、軍用銃を調達し、入れておくよりも遥かにだ」」


 礼佳に答えながら、有馬は中央通路から死角になる位置へ地球人を運んだ。垂れた頭から床へ、粘る膿汁がしたたり落ちた。

 空中へ『視覚そのものをさえぎる膜のように』広がった黒いなにかは、化学作用的な残滓もなく完全に消えている。


「大型になるでしょうしね……でもインフェルノ教徒、いえ、ヘルファイアー派がMICにも顔が利くって存在なら、ありえなくはないかも」

「かさばりすぎる」


 右手で持ちあげた男はどちらも七〇キログラムそこそこで、贅肉はないが、さほど鍛えられた体でもなかった。ハンマー・カールで八〇キログラムをあげられる有馬は、死体を軽く通路の隅に投げた。

 二人目が床にぶつかると、彼らの無線機が装備ベルトのサスペンダー部から外れた。


「六階に砲塔を置いてジェネレーターとつなぐには、客室も士官区画も使うことになる。客船の体裁を保てまい」

「六階の天井から仕込みキャノンをパッカパッカは無理ですか……。無理か、停電したままだし」


 礼佳が懐中電灯で、二人の男を照らした。装備ベルトの副武器が金色にきらめいた。


「じゃあ、あの一瞬の光は? それに残留してるプラズマみたいなのは?」

「エレクトロン砲か雷撃魔法だ」

「ポジトロン・ライフルにも、すごい数の発電機をつないでたような」

「ならば雷撃魔法だ」


 小型船を破壊した現象は、あきらかに地球で普及している兵器によるものではなかった。

 無反動砲ならば入手は難しくないし、ほぼ任意の位置から船上でも使用できる。口径八〇ミリ級の榴弾があれば、あの小型船に一発で大穴を穿てるだろう。

 しかしロケット弾は、落雷に似た閃光や爆音や電波を発することはない。弾道に残すものは煤けた煙だ。

 レールガンは火薬の代わりに、電気で実体弾を射出する大砲だが、使用するには強力な蓄電機を必要とする。六階の空白部である二〇メートル四方に、砲塔や蓄電機を収めることは現在の技術ではできそうになかった。


「あの現象を最も再現できそうな粒子砲はもちろん、レールガンでも搭載することはできないとすれば、魔法が残ることになっちゃいますね。母船を撃ったのは、魔法かウルトラ・テクノロジーか」


 この船に粒子砲を搭載することなどレールガン以上に不可能だとわかっている口調で、サイエンスとフィクションに詳しい礼佳も認めた。


「魔法が残る理由は……悪魔ですか」

「そうだ。今のところは、そう考えることにした。予知も魔術も実在する。悪魔もだ」


 頭が融けた男の背から、有馬はタキシードを剝いだ。

 先に動かした男は装備ベルトに、彫金で飾った短剣を吊っていた。宝石細工の赤いバラが、幅広の鞘にきらめくカスタム・ナイフだった。アンテロープの角を用いた柄と、鞘にかぶせた板金が、架空の動物を造形している。キメラめいた動物は黄金の爪で、宝石のバラが彫り留めされた足金物をつかんでいた。

 華美なそれは隠し倉庫からの支給品には見えない。文綾丸のバロック趣味にでもあわせた、乗組員の私物のようだ。

 しかし電灯の明かりは、もう一人の腰にも短剣とそろいのバラの意匠があることを、有馬に気づかせた。


「でもねえ、見るからに怪物になってるならともかく、薬かなにかで強化されてるだけの人間って可能性もあるでしょう」

「テレポートは実在した」


 眉間に皺をよせて目を閉じた礼佳は、懐中電灯を持った左手で、瞼を揉んだ。


「予言は証明された。死体が悪魔になって襲ってくる。やられる前にやれ! ……ついていけないお。魔術師も予言者も、いきなり殺しあいだし」


 有馬は愚痴る礼佳の手をとって、明かりを二人目の男に近づけさせた。

 この男は大型の拳銃用ホルスターをベルトにつけている。革製の蓋には、金で箔押しされたバラとサポーターの意匠があった。

 大輪のバラと『アンテロープの角と、甲殻類の鉗脚をそなえた猛禽』のごとき動物は、短剣の造形と同じものだ。動物はバラを支え、『宝冠を乗せた逆三角の枠』に足をかけている。単色に簡略化されているが、ホルスターに金箔で描かれた紋章はヨーロッパの伝統的なコート・オブ・アームズだった。

 蓋を開け、入っていた空気銃を抜く。内装のプラスチックに電灯でも仕込んであるのか、ホルスター内にはかすかな青緑色の光があった。


「おもちゃ?」

 銀色の空気銃を見て礼佳が尋ねた。


「いや、エアガン……麻酔銃だ」

「怪しい注射器つきですか。こっちのナイフにも同じ紋章がついてる」


 ホルスターには銃の他に、複数の吹矢型注射器が入っていた。速やかに装填できる状態で、五本がプラスチックのケースに固定されている。

 注射器の一本もケースから抜き、有馬は目を細めた。軽い金属筒はアルミニウムのようだが、それはかすかに青緑色の光を発していた。


「モーターで動くんですか?」

「圧縮した空気が火薬の代わりだ。ボンベはモーター式かもしれんが、銃自体は非動力だ」

「つめた空気で撃つなら、注射器の音は?」

「音とは?」

「中で小さく鳴ってませんか? それ」

「……音は聞こえない。わたしの目には青緑の光をおびて見える」

「光を?」


 手を出した礼佳に注射器を渡し、有馬は銃尾を開いた。単装の銃身には、既に別の注射器が装填されていた。


「ホルスターを外せ」


 有馬は麻酔銃を置いて、礼佳に指示した。

 礼佳は懐中電灯とP90を置き、注射器を指に挟んだまま両手をあけた。


「注射器を誰に使うつもりだったのか気になりますね。中身も気になる。麻酔銃に、レア武器っぽいナイフに、おそろいの紋章か」

「紋章に見覚えは?」

「ないと思います。オカルトチックなのは、だいたいこんなんですから断言できませんけど」

「志賀松が持っていた資料に、これと同じ図像があった。紋章は初めて見るが、逆三角の部分は〈ソサエティ〉にゆかりのものだ。アメリカの探索者にも話を聞いたことがある。このトライゴンは〈ソサエティ〉の〝玉座を運ぶ座天使〟ラウムの象徴だ」


 礼佳は装備ベルトから抜いたホルスターを見つめた。

 意味が失われた楔形文字もどきの紋様がモットーの代わりに書きこまれた、騙し絵になっているその逆三角は、間違いなく〈ユニバーサル・スローン・ソサエティ〉の魔術的エンブレムだった。


「お友達のラリ僧? 名探偵の」

「ああ、そいつだ。狂いかけてはいたが研究には熱心だった……熱狂的というべきか。元はFBIで、ステイツに巣食うオカルト的恐怖と遭遇して仕事を辞めたそうだ」


 麻酔銃と注射器をホルスターに戻した礼佳は、それを有馬の腰につけようとした。あまりほしくない装備だった。


「それで、このまま上も挟み撃ちに? 文綾丸の生存者になにをしたかは気になりますけど、まず殴り倒してから質問だ! は、あんまり事態を好転させるとは――」


 床の無線機が音を発し、礼佳は口を閉じた。

 スピーカーマイクを拾い、女の話し声を聞き、それをドイツ語だと有馬は理解した。言葉の意味まではわからないが、「フォーアリュッケン」や「レーシェン ダス フォイヤー」といった語句から、それがドイツ語であるとはわかった。

 視線で有馬が問いかけると、礼佳は無言で首を横に振った。

 操作できなかった無線機を送信状態のまま礼佳にあずけ、ヘッドセットをつけなおした有馬はアサンロンに言った。


「移動する。右から外の階段をあがる。敵が、左に気をとられているうちにだ」

「――わ、わかった。船は?」

「後にしろ。〈プラチナム・アトラス〉が先だ」

「囮にすると……いえ、そうね。まだ戦うの?」

「むろんだ。〈火の魔術師〉と〈プラチナム・アトラス〉の位置がわかった」

「〈プラチナム・アトラス〉……あんなものとは」


 アサンロンが士気を挫かれかけている声を出した。


「文綾丸から一時撤退するべきかもしれない。一日、いえ、今日の朝を待てば、味方は増える」

「〈プラチナム・アトラス〉を奪えば、ひとまずは勝ちだ。ついてこいと仲間に伝えろ」

「このまま〈火の魔術師〉が自滅してくれるならそれでもいい。勝ち目がない戦いはできない」


 礼佳が手ぶりとともに、消灯させた液晶の表示部を見せた。


「むこうが黙ったから電源を切りました。ドイツ語でしたね」

「ドイツ語はわかるか?」

「いえ、まったく」


 うつむいて無線機をポーチに収めようとした礼佳を、有馬は壁に押しやった。

 左手に持ちつづけていたP90を向け、踊り場に見えた数本の脚をフルオートで撃つ。こちらに面した四階への階段を、人影が転げ落ちた。

 暗い踊り場で、別の人影が伏せる。

 有馬も壁の角に隠れ、死体の口に懐中電灯の頑丈な棍棒部をねじこみ、中央通路へ投げた。

 浅い撃ちおろしの連射が灯光と床を叩き、位置を捉えた有馬の応射が、階段から敵の銃を弾き飛ばした。



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