真夏の夜の幻夢 第四節
「マンハッタン計画。住民が消え去ったインフェルノ教徒の村。消え去った文綾丸の人々。この船に生き残っているという〈火の魔術師〉」
礼佳は剣をかざし、ふたたび柄頭を照らした。
「このペンタグラムが、それらをつないでいる」
「原爆とテレポートには大きな隔たりがある」
文綾丸の床は広い範囲で、海水と混ざった埃、大食堂やバーに散らばった飲食物などにより足あとがつく状態になっている。
エントランスに入った有馬は、現地人でもつけられる地球製の靴あとを探すなどという無用心なことはしなかった。倒した弓兵の弓矢はブリッジに置いたが、新たなものを小型船から密かに運ばせることは可能だ。
首にかけた感熱スコープ(視界が狭く、近距離では不便なことが欠点だった)で伏兵を探りつつ、一階へ踊り場まで階段を進んでから、有馬は手で礼佳を招いた。
「ヘルファイアー・セクトは魔術教団なんでしょう。爆弾づくり以外にも、彼らには使える魔法があった」
「魔法か……。不可能な事象を消去してゆけば、魔法が残る、だったか」
「名探偵コカインのもじり?」
「そうなのか? 昔、ヘルファイアー・セクトを追う探索者が言っていた。くだらん戯言に聞こえたが、あのゴールデンテックス漬けを信じたくなってきた」
「黄金のテックス漬けってなんです?」
「麻薬だ」
有馬は端的に答え、船舷へつづく通路の壁龕に懐中電灯を立てた。彫像でも飾っていたのか、間接照明を仕込んだ壁龕もバロック調だった。
一階の床は、高さが水面に近い。渦竜島のボートへは、この通路から乗り換える予定になっていた。
喫水下にも機関室や船倉があるのだが、それは乗客用の船内図には描かれていない。ここが船内図では最下層であり、もちろん有馬は、アサンロンにそれ以外のことを教えたりはしなかった。
この下にいた生存者が、あるいは悪魔が、死骸収集班に目撃されたのだろうか?
船首側への中央通路の熱源は、数個の非常灯だけだった。
閉ざされている医務室の扉を有馬がノックすると、送信波を切っておいた無線機がアサンロンの抑えた声を伝えた。
「外からドアを叩かれた。有馬なの?」
「ああ、わたしだ」
医務室の扉が内から開かれ、銃剣の代わりに松葉杖で突撃体勢をとっている男が有馬を迎えた。
扉を開けた男と、もう一人の男も手製の短槍を持っている。大食堂あたりで調達したらしい包丁を、上着掛けかなにかの柄にくくりつけたものだった。
「あーあ、武装しちゃってる」
「武器を置け」
「これは、悪魔への自衛のために――」
「武器を置け」
有馬が剣を抜くと、ベッドで上半身を起こしているアサンロンは、ミシカ語らしき言葉を発した。三人の男が、握っている武器を床に置いた。
「死体を安全に探しまわれる時間は、終わったようだな。〈火の魔術師〉に会う頃あいだろう。どこにいる?」
「はっきりと……、どこにいるとは断定できない。船内の状況が変わってしまっている」
「予言とはか? 〝夢の世界の導師〟はなんと言った」
「今日の夜明け、大ホールで魔術の儀式をおこなうはずだと。今は準備のために、上の宮殿のどこかにある宝物庫にいると思う。こちらを放って、じっとしているのは儀式を優先したいからでしょう。……それとも、わたしたちへの対処より先に、船を動かそうとしてるのかもしれない」
「魔術師が、支配した悪魔を使って文綾丸を動かそうとするということか?」
「ええ」
「すみません、ちょっとお時間よろしいですか」
隣で手をあげて、礼佳が言った。
「魔術師が悪魔を支配できるっていう設定は、初耳なんですが」
医務室を覗きこんだ礼佳を見たアサンロンは、ビクリと身震いして顔を強張らせた。隠そうと努めはしたが、こらえきれずあらわにした心の動揺だった。
他の三人も、アサンロンほどではないが礼佳を見て、理由のわからない驚きを示していた。
「……?」
礼佳が怪訝な表情で、動きを止めてしまった四人の現地人を見つめかえした。彼らの驚きの理由には、礼佳も心当たりがないらしい。
アサンロンが礼佳を凝視したまま、短くミシカ語をつぶやいた。閉音節を多用する、その一〇音節たらずのミシカ語に「ルェイ クァ」という音を、有馬は聞きとった。
アサンロンの言葉を聞き、彼の前に立つ三人が、新たな超常現象を目の当たりにしたとでもいうように挙動を乱した。
「これは、あてくしを悪魔だと言いだす流れ」
医務室の戸口から、現地人を警戒した礼佳が数歩さがった。
有馬は行動を保留し、通路の索敵と現地人の観察をつづけた。アサンロンを振りかえったり、興奮してささやきあったりする三人の男は、武器を拾おうとしていない。
アサンロンが湿布を張った右手をあげ、彼らを制した。
「――待って。あなたは悪魔になったりしない……それは予言されている」
「ははあ……、予言を。〝夢の世界の導師〟が?」
「ええ。そうよ、洞院さん。予言については無視できないだけの話をしたはず。わたしたちは、ここへ略奪や殺戮をしにきた無法者じゃない。お互いの誤解を解いて協力してほしい」
「予言でつか……。悪魔と魔術師を見つけて証明するぜ、ってことなら協力しますけどね……あ、初めまして。マツブンプロダクションの洞院と申します」
軽く会釈した礼佳に、アサンロンは腫れた脚をかばいベッドに坐った状態でではあるが、端厳とした所作で重々しい辞儀をかえした。
大仰な儀礼に動揺を隠したアサンロンに、有馬は告げた。
「三人目の生存者を探す。それが何者であれ、見つけることに不都合はあるまい。足あとを追跡する」
「いいでしょう。くれぐれも、むこうには見つからないように。足あとは数人分だから、魔術師が悪魔を集めていた可能性もある」
「行く前にユニットについて詳しく。悪魔の性能とか、魔術師が使える呪文とか。〈火の魔術師〉だからやっぱりファイアー系?」
礼佳の質問に、アサンロンが有馬を睨んで答えた。
「悪魔に、ピストルは効果が低い。長く伸びた腕で攻撃してくるから、剣と楯を使ったほうがいい。……楯は?」
「ロビーに置いたままだ」
「実際に悪魔と会ったことがあるの?」
「わたしたちはない。悪魔やこの船の情報は、導師に聞いたことなの」
「宝物庫っていうのは?」
「場所はわからない。〈火の魔術師〉の座所に近いところにあるでしょう。四、五階の大きな部屋は違った」
器具台に広げられている船内図の五階と六階、ブリッジの近くをアサンロンは指で示した。
「地図の空白の部分が怪しい」
「えーっと、海の宮殿ってもほんとの宮殿じゃないんだお……文綾丸は客船。大きな川とか、港から港へ移動したりするときに乗れる船があるでしょ。文綾丸はその豪華版」
「ええ、それは知ってる。文綾丸を所有する会社……ツキヒン? コルフ・クルーズを、〈火の魔術師〉たちは領している。船のどこかに、彼らがつくらせた専用の部屋があるはずよ」
礼佳は胴衣からパンフレットを出した。船内図が印刷されたパンフレットをよく見ると、月品コルフ・クルーズと社名が書かれていた。
「そこを制してしまえば――」
フルオートで発射される銃声がひびき、有馬は船首側の暗がりへ飛び退った。通路に反響し、音源は船尾方向としかわからない。銃火は視認できなかった。
二秒で連射が終わる。再度の発砲はなく、有馬はエレベーター・ホールへ向けていた拳銃をおろした。
「今の音は? 魔術か」
有馬は落とした剣を拾い、アサンロンに尋ねた。
「わからない……そうかもしれない」
「なるほど」
「なにかの機械を動かした音とは違うの?」
「文綾丸の機械ではなさそうだ。この船が動いていたときには聞いていない」
有馬とアサンロンを見やって礼佳が言った。
「宝物庫は実在するみたいですね。きっと今のは、魔法の武器!」
有馬に話をあわせ、礼佳は『旭光五芒星』を上にして剣を掲げた。
「ヘルファイアー・バレットのロッドだお!」




