真夏の夜の幻夢 第二節
礼佳はワイングラスに氷とリキュールを加え入れ、ゆっくりと手で回した。
「トリックを考えると、予言者の本拠地には日本人のフィクサーがいる。予言者が子供の頃から、既にこの世界にいた。彼または彼らは、ゴイス頭が切れる」
「予言者はその信者か」
「そして、現在も地球と通信できる」
「その仮定が正しいならば、フィクサーどもは意図的に文綾丸を、ここへ引きずりこんだことになる。この船にそれほどの価値があるだろうか?」
「フィクサーが文綾丸を狙った理由、文綾丸でなくてはならない必然性は、考えつきませんね。もし何年も前から準備できるなら、地球側にいる協力者は軍艦でも誘き寄せられそうな感じですし……ゲートが開く、テレポート現象がおきる正確な位置と時間は、数日前にならないとわからなかった。地球側は急ぎで獲物を決めた。近くに来るから文綾丸を選んだだけ」
「予言者は、長崎で我々が乗船するとは知っていた。地球と連絡をとりあい、手先が実際に長崎で確認したかはともかく、狙いをつけた船の乗客名簿などを何日も前から調べる必要はある」
「ふむ……それじゃあ、予言者は地球とのスーパールミナルな通信装置を持っている。フィクサーは地球側にいて、日本あたりから予言者を操っている。これなら『マハー・グルと夢の世界で会う』というのも、言葉の綾の範囲内でしょう」
「なるほどな、通信装置……観測機器か」
礼佳のSF的な発想には一考の価値があると感じて、有馬は首肯した。
星空を見たところでは、最低でも数十光年は離れているであろう地球との通信装置があるかもしれない、とは有馬では思いつけない可能性だった。考えてみればテレポートがありうるならば、超光速の恒星間通信があってもおかしくはなかった。
「あれっ……? これはひょっとして、お猿軍団をやっつけておとなしくさせたら、背後からもっと強そうなのがあらわれたって展開なの?」
文綾丸を待ちかまえていたアサンロンと、ここへ彼が持ってきた〈ユニバーサル・スローン・ソサエティ〉の護符、彼ら現地人の背後にいる存在のことなどを考えこみながら、有馬は水差に口をつけた。コーヒーは飲み干されて、氷しか残っていなかった。
有馬はトレーに水差を置き、赤いカクテルを炎の色と調合させる礼佳に応じた。
「フィクサーに関しては、むこうからの即応はないと思う。実在し通信が可能だとしても、かなり離れたところにいるはずだ」
「どうしてですか?」
「予言者は相当に長いあいだ、日本語を話していなかったようだった。話し始めて何分かは、訛りがあった」
「それだと『仲間に日本語を教えた』という主張とは矛盾しませんか?」
「あいつらの日本語は、ひどく訛っている。聞きとらせる都合から、予言者も現地人に合わせた発音になったのかもしれん」
「日本人のフィクサーと信者さんは、直接には話さない……やっぱり時系列を考えると無理がありますね。地球で先週からしか存在しない情報を、それも日本の一〇人くらいが限定で持ってるだけの情報を、予言者が何日も前から知っているというのは、確かにタイムトリップでも使わないと難しい離れ業でしょう……。あのアルゴノーツが、ここから本拠地と通信できるならともかく」
文綾丸ブリッジから見おろせる位置に係留させた小型船は、今のところ不審な行動はおこしていない。アサンロンの指示を守り、待機態勢を保っていた。
「電波の傍受は?」
「なにも。適当にいじってみましたが、放送はまったく入りません。アルゴ号も、たぶん電波は――あ、そういえば彼らが喋ってるのが何語とか、わかりました?」
「ミシカ語というそうだ。本来の発音ではまともに聞きとれなかったが、予言者は仮名読みでミシカと音声出力した。現地人一行は、ミシカ人と自称する、このあたりでは最も進歩した民族らしい」
近くの椅子に寝かせてあるミシカ人の剣を、チラリと礼佳は見た。ここへ有馬が持ち運んだ鹵獲品の二振りだった。
アサンロンとの短い交渉のあと、彼らは新たに五人の船員を文綾丸に移乗させた。一人は医務室の負傷者につけ、二人が一組で文綾丸内を、まだ捜索している。武器になるものの携帯は、前甲板で作業する二人にのみ許可した。
火勢を調節しつつ舳で死体を焼く、儀礼的なものであろう白衣をまとった葬り役は、一意専心の仕事ぶりだった。甲板に集めた死体は、即座に丸ごと炎へ入れたため、表面が焼けたものから引きずり出して解体作業をしている。
火葬やバーベキューに慣れていないから手際が悪いというよりも、血も残さず焼いてしまいたい、とにかく急いで炎に入れたい、と感じさせる動きかただった。
焼けた部分を削ぎとる作業台には、三階客室から運んだベッドが用いられた。マットレスに体液がしみると、それも次々に炎へ押しこんで燃料に変えていた。
「中世レベルで最も進歩した文明?」
粗野な火葬を眺めて、優雅なしぐさでサンドイッチを指につまんだ礼佳が尋ねた。
「連中は一地域を支配しているにすぎない……『大の月の半巡り』で行ける距離に、古からつづく文明圏があるらしい」
「大の月の……三日月のことですか。地球日でどれくらいになるんでしょう?」
「詳しくは聞いていない。治療がてらの話だ」
『大の月』は地球から見られるありふれた天体と同じように水平線のむこうへ沈んだ。太陽を追って昼半球へ去ったその動きは、この星の自転が生じさせているものだ。
しかしブリッジの前方にある『小の月』は、日没から三時間が経過しても、ほとんど位置を変えていない。
礼佳に「スモークサーモンおいしいれす」と勧められ、有馬もサンドイッチを手にとった。パンフレットに書かれていたとおりに渦竜島への良い旅ができていれば、食事も入湯もすませて、そろそろ寝るかといった時刻だった。
礼佳は懐中電灯で現地人たちも茶に誘ったが、二人には礼儀正しく断られた。
舷牆に当てた光を揺らしてこちらに気づかせ、愛想良く手招きする礼佳に、二人の男は丁重に頭をさげて休憩を拒んだ。
悪魔を滅却するまで甲板に水をかける手を休めたり、熱い死体から搔き出した生焼けの臓器や、鉈で裂いた頭を、炎へ投げ戻す作業をやめるつもりはないらしかった。
集められた地球人は、ここへ有馬が来たときにはバラバラにされていた骸を数えると、二〇体たらずだった。関節や骨を無視して、文綾丸に一刀で切断された残骸のほうは人数では数えづらいが、量は多くない。
アサンロンと戦士の手術に、有馬が医務室でかかりきりになっているあいだは、礼佳がブリッジから彼らを見張っていた。
スピーカーで声を伝える礼佳に、なにがしかの畏敬を現地人は感じたのだろうか。揉め事もなく死体処理は捗っている。
「いずれにせよ日本語を喋る導師とは、そう速やかにやりとりはできないのだろう」
「夢で会えるのに、日本語を忘れるくらいグルとは話していなかった、と……。チャネリング能力が衰えたか、タキオン通信機が意外に低性能とか? まあ、一〇〇光年を片道一年でも光速の一〇〇倍だけど」
「制御できる装置ではなく、テレポート頼みという可能性もある。文綾丸をまきこんだ、あの光だ」
「あれですか……。あんまり考えたくない問題です」
礼佳は背を椅子にあずけて有馬を見つめ、ゆっくりと陰鬱に溜め息をつきながらうなだれた。
「テレポートにチャネリングに、テスラ・コイルでフロム・ビヨンド・オブ・ザ・デッドもあるでよ、オマケだ。……なんでもありすぎ」
「あれは生物を、未知の力で破壊した。消滅しなかった個体も変形して、やはり死んでいる」
有馬は礼佳が考えたくないらしい問題を直截に告げた。
「我々のみが、ほぼ無傷だった。なぜか? 謎の導師に吐かせたいところだ」
「……」
テレポート、あるいはそれをおこした光球は、疑いもなく生物にとって有害だった。ラウンジにいた四〇人は、その大多数が消滅した。
しかし説明がつかないことに、テレポートによる生物への副次的効果は、同じラウンジ内でも個体によって大きく異なっている。
わずかな焦げあとを残して消えた者が三〇人以上。
変態を始めたが、すぐにそのまま死んでしまったというような剝き身の蛹めいた状態になっていた者が二人。
これは金属に妨げられたという可能性もあるが、壁や天井に焼けついて完全消滅し損なった者が数人。
そして、軽度の眼炎でも負った程度の影響しかなかった者が二人だ。
「予言者によると、大いなる光に触れて生きのびた我々は、特別な存在だそうだがな」
「ただちに影響はないとしても、我々の生残時間は不明となっていることは、理解しています」
顔を伏せたまま、礼佳は憂いに耽る口調で言った。
「ならば結構」
「……わたしは死ぬのか? これから時間をかけて体がじわじわと崩れてゆくのか? と考えると、ぞっとするほど不安です」
有馬は礼佳を見た。礼佳は有馬と目を合わせると、微笑してワイングラスをあげた。
「なんという宇宙ちから」
「宇宙ちから?」
「いわゆるコズミック・パワー」
宇宙にさしあげた赤いカクテルをあおり、礼佳は低く笑った。
「コズミック・パワーとムーンライトに乾杯。――助けてお、ミ◯トさん」
声は田尻さんで




