本格的 ガチムチラッシュボーディング 第七節
外壁にもたれてうずくまっている弓兵から矢をとろうとした若者の手を、有馬はデッキに踏みにじった。
靴底に右手を押さえられ、甲高い悲鳴をあげて若者はぬたを打った。振りまわされた長弓を有馬が剣で受けると、それは若者の左手から弾力で撥ねて、水に落ちた。
うずくまる弓兵は胸を撃たれて、鼻と口に血溜まりのゼリーをつくり、既に死んでいた。
腰から短剣を抜こうとする若者に、もう一撃、有馬は爪先を蹴りこんだ。破壊欲と食欲をそそる柔らかい腹を『くの字』に折って、彼はデッキを滑った。
四肢を縮めて転げ悶える若者は、屠殺されるイノシシやブタには似ていない。体つきは少年兵のように細身だった。かすれた高い声は変声期ゆえとも思えるが、一〇歳台前半にしては指揮に長けていた。
現代の地球にいる少年兵には、同じ年頃で何年も戦場を生きのびている剛の者だとしても、まともな将校としての能力はない。彼らは教養に乏しい、使い捨てにできる奴隷兵であり、本体も装備もあつかいやすく安価なことが利点なのだ。
財産など略奪品しか持っていない少年兵と異なり、あきらかに若者は富裕層に属していた。率いている船隊そのものが彼の一族の資産なのかもしれなかった。
浅いプールと化しているデッキで右手をゆすぎ、鞘から外れた水中の短剣を有馬は拾った。
剣と楯は借り物なのか簡素だったが、この短剣の柄頭には大きな宝石が飾られている。若者が身につけている私物らしい品は、さまざまの装飾がほどこされた高価そうなものだった。剣帯の留金も彫刻され、陶器か樹脂かわからないが手のこんだ細工物と組みあわされていた。兜の装飾は、金属に宝石を貼りつけた翼の意匠だった。
この星にも、地球の鳥類とそっくりな翼をそなえた存在がいるか、地球の文化を保存している集団がいるらしい。
若者が布の胴衣から金属板を出し、有馬につきつけた。女の死体にもかざしていた呪物だ。大きさは湯呑皿ほどのそれをしっかりとつかみ、こちらへ向けている。
有馬に向けられた面には、旭光の紋様を彫金してかたちづくられた五芒星があった。
「UTSだと……?」
地球のさる秘密結社がシンボル・マークとしている『旭光五芒星』を見せられ、困惑して有馬はつぶやいた。
この文綾丸がそうなったように、地球からここへなにかが放出され、それが居住地域に漂着して誰かに拾われるという可能性は、たやすく推測できることだった。原住民が地球の品を珍重して、呪物あつかいすることもあるだろう。この奇妙な大船に、関心を示し乗りこんできた集団が、地球からの漂着物を持っていても不自然ではない。
しかし『旭光五芒星』は、地球で大量生産され市井に流通しているものではなかった。街の土産屋で売られていそうな『セフィロトの樹』や『プロビデンスの目』とは違い、それを知る者も求める者もごく限られた秘物であるはずだった。
第二次世界大戦後はアメリカを本拠地とするその秘密結社は、今も本物の秘密結社であり、一般社会からシンボル・マークも存在自体も熱心に秘匿しつづけている。知りすぎた部外者に殺し屋を送りつけてくるほどにだ。
有馬に金属板を向けたまま、若者は仲間の武器へ這って進んだ。
不屈の闘志を見せる若者に、有馬は通じるかもしれない英語で話しかけた。
「アー ユー アン アクエインテッド オブ ザ〈ユニバーサル・スローン・ソサエティ〉?」
若者は有馬の言葉に反応せず、弓兵の矢筒から小剣を抜いた。
有馬は若者の短剣を、ゆっくりと彼の前に放った。
わずかに戸惑った若者にもう一度、話しかけようとしたときに、無線で礼佳が尋ねた。
「それでラストォォーーーー?」
やけに力がこもった礼佳の問いに、有馬は答えた。
「ああ、こいつで最後だ。歩兵、九は無力化した。どこにいる?」
「六階のパノラマラウンジへ移動しました」
「よし。船は? 敵船はなにをしている?」
「火を消してます。櫂は動かしてないから――」
「ニホンゴ! やっぱり! 日本語ね!」
若者が流暢な日本語で叫んだ。
さらに混乱した有馬の足もとに、若者は掲げていた『旭光五芒星』の金属板を投げた。
「それを、あなたは触る……手で持ちあげなさい」
「……わたしに命令できる立場だと思っているのか?」
「必要なこと、――これは、しなければならない……あなたが人間ならできること。わたしに、これを証明して」
有馬は警戒しながらしゃがみ、水中に落ちた金属円盤を手にとった。
「これは地球の、〈ユニバーサル・スローン・ソサエティ〉という秘密結社の紋章だ。これを、いつ、どこで手に入れた?」




