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次元迷宮の迹  作者: 藤閏
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本格的 ガチムチラッシュボーディング 第五節

 多くの正装した乗客が談笑していた三~四階の通路は、暗く無人だった。隣接する大ホールで夕方にもよおされたウェルカム・パーティの名残りは、窓を破壊してなだれこんだ海水に押し流されていた。

 三階と四階を吹抜にした大ホール・ロビー階段の踊り場へ飛びおり、踏みつけたガラス片をきしませて有馬は足を止めた。

 四階船尾側の大きな窓ガラスは、ほぼなくなっている。かなりの水とともに、砕けたガラスが三階広間のいたるところに散らばっていた。

 階段に片手をついた有馬はロビーを飾る、石の円柱に身を隠した。各階のデッキを照らす、地球よりも異様に赤い夕光は、ロビーの床までは文綾丸の旋回のせいであまり届いていない。真鍮の手摺より体を低くして踊り場を進み、こちらへは逆光となる窓の外を、船尾構造体のあいだから覗きこんだ。

 一〇人の戦士は、まだ全員が三階デッキにいた。

 二人が女の死体と、そこから飛び散った物品を調べている。というよりも、している作業はまじないめいたことだった。並べた物品と女の腹に、顔料のようなものを振りかけ、しきりに小さな金属の板をかざしていた。

 七人の射手は船楼にゆっくりと近づき、屋内の索敵を始めていた。弦に矢をつがえた戦闘状態だった。火炎瓶の投擲に、彼らはラウンジへしつこく応射はしなかった。かさなったデッキ群はエジプトのピラミッドのような急傾斜をなし、死角が多い。

 残りの一人は、戦争屋よりもましな仕事で成功できそうな知的探究心を示して、露店の残骸のそばで折れた水道管をいじっていた。真水がほしいのか、照明灯かなにかの破片を水道管につめて、あふれる水を止めようとしている。


 有馬は散らかった隘路を跳躍するさいに、習慣で戻していた拳銃の撃鉄を起こし、アンダーレールにつけてあるレーザーサイトを点灯した。四五発しかない銃弾を、引金が重くなるダブル・アクションで撃つつもりはなかった。

 三階から屋上甲板まで、夕闇の渦竜島沖で船を飾っていた照明は、一掃されている。レーザーポインターを屋外では、二〇メートル先で判別できるかどうかといった明るさだった。

 狩猟刀の柄を固定するストラップのホックも外し、有馬は襟のマイクで礼佳に注文を出した。


「船内放送を頼む」

「降伏勧告はしときますか」

「いや、足音を消したい。なにか適当に流してくれ」

「了解。攻撃ですね?」

「攻撃だ。歩兵が一〇。殲滅する」


 探り足でジリジリと暗い空中階段をいくらか進んだとき、広い吹抜に音楽が流れた。バッハの、有馬でさえ知っている最も有名なアリアだった。

 突然の音楽に蛮族どもは驚きを見せたが、その瞑想的な調べゆえか、激しい行動はおこさなかった。

 敵の胴を正面から撃てる位置へ降りながら、礼佳の見事な選曲に感嘆して有馬はつぶやいた。


「管弦組曲……ニ長調だったか」

「無双オナシャス」


 階段の手摺で肘撃姿勢をとった有馬は、窓の近くにいる二人の弓兵を射殺した。二人目と、さらにもう一人には、必中を期して胸に撃ちこんだ。

 三人目がよろめき倒れる後ろで、四人の射手が、引き絞った弓から矢を放った。三発の九ミリ弾が吐いた銃火を見た射手は、それが攻撃元だと察したのか、狙いをつけた場所は悪くなかった。

 弓兵に射かけられるより早く、有馬は空中階段の手摺を飛び越えた。階段裏へ、水浸しの床に着地する。

 弓は速射性能で、オートマチック拳銃に大きく劣るものだった。

 次の矢を矢筒から出し、弦につがえ、引いて狙うには速射ち技を鍛練した者でも、二秒弱はかかる。長弓はかさばり、引くにも強い力を要するため、なおさら時間がかかる。右手だけで矢を準備し、弦を引くまで左腕を伸ばしたまま弓を射撃位置に保ってはおけない。刃がついた長矢はあつかいづらく、それを用いて射的遊びではなく殺しあいをするとなれば全力をこめて弦を引かねばならなかった。

 横へ歩きつつ矢をつがえ、強力な長弓を引き絞るために立ち止まった四人目の射手を、九ミリ弾が撃ち倒した。

 残る三人は防御を優先し、レーザーポインターが追いつくより早く左右に分かれて、上階のデッキを支える構造体に隠れた。


 射手はヨーロッパ式の『熊手引き』で、弦を引いていた。日本式の『親指引き』とは逆に、弓柄を握る手の甲に、矢を乗せる引きかただ。

 この引きかたで弓射する場合、強弓の矢は左へそれる。射手は多くの矢を、この誤差で外していた。硬く重い実戦用の矢と、今の弦の張りがあっていないのだろう。

 文綾丸ブリッジへの試射から、弓を調節する暇も惜しんで彼らが乗りこんできたことは、少しばかり奇妙だった。

 一般的な日本人が呆れるほどに向こう見ずだったり、あるいは気短だったり、あるいは欲深な連中は現代の地球にも大勢いるが、それらに比べてこの襲撃者どもは賢いとまではいえないにせよ、よく統制を保っている集団だと感じられた。血気に逸って、まともな準備もできずに文綾丸へ突っこんできたのだと考えるには違和感があった。


 弓兵が倒されるなか三階デッキの中央で、楯をかまえた軽装歩兵が剣をあげて咆哮した。兜をオパールに似た石片で装飾した若者だった。

 彼が剣を八双にかまえロビーへ走りだすと、二人の軽装歩兵も水を蹴立ててそれにつづいた。デッキとロビーのあいだにある外壁は、櫛状に立ち並んだ支柱と、それに填めこまれたガラス窓でできている。ガラスがなくなっていれば乗り越えることは容易な構造だった。

 三人に減った射手が、掩護の矢を有馬に射かけた。ロビーの円柱に当たった長弓の矢は、割った石のかけらを飛ばす破壊力があった。

 そこから数メートル横へ先んじて移動していた有馬は、矢にわずらわされることなく五発目の九ミリ弾を、若者の腿に撃ちこんだ。剣と楯を投げ出し、支柱のあいだに若者は前のめりに倒れた。

 彼が越えられなかった段差を乗り越え、二人の戦士がロビーへ侵入した。

 射手が矢を準備している隙をついて、ふたたび左へと隣の円柱に移動した有馬は、さらに戦士の一人を撃ち倒した。

 戦士はラウンド・シールドなどとも称される円形の楯で巧みに防御し、有馬に二発の弾丸を使わせた。楯は直径七〇センチメートルあるかないかの小ぶりなものだが、胴をかがめて兜をつけていれば身体の重要部分を、ほぼ遮蔽することができていた。


「うおおお!」


 前傾姿勢で楯に隠れ、剣を振りかぶった三人目の戦士が突進した。有馬は円柱を回りこみつつ、左手で狩猟刀を抜いた。

 円柱をあいだに挟んだ、戦士の大振りな斬りつけをかわす。戦士の剣が、石の柱から細片を散らした。

 伸びて止まった彼の右腕を、有馬は狩猟刀で切断した。上腕骨を断つ軽快な手応えとともに刃を振りぬく。剣を握ったままの戦士の腕がロビーの床へ飛び、血と水の飛沫をあげた。

 身体を制御できなくなった戦士が、叫びながらのけぞり倒れる。有馬は狩猟刀を捨て、宙で彼の首をつかんで自身の前に掲げた。

 デッキの弓兵は、仲間を楯にされて射撃動作を中断し、体を遮蔽物に隠した。

 苦痛に暴れる戦士を円柱に叩きつけ悶絶させると、射界を得るべく有馬は前へ走った。弧状に配置されている列柱ぞいにロビーの奥へと動いていたが、敵が数の有利を減らしているため、こちらから距離を保つ必要はなくなったと判断したのだ。

 弓兵の一人がなにごとかを大声で指示した。何語かはわからなかった。

 三人が一斉に走り、矢を放ちながら外壁支柱を越えようと試みた。六人がかりでできなかったことに同じやりかたで再挑戦とは、まずい指揮だった。

 左腕に支えた軽装歩兵と円柱の狭間から、姿をさらした弓兵を狙う。その有馬に、虚脱状態だった戦士が吼えてつかみかかった。ラウンド・シールドの握りは手離してしまっている。まだ意識は朦朧としているのか、つかんだ有馬の頭をめちゃくちゃに押して揺さぶった。

 親指で目をえぐろうとする戦士の左腕を右肘で制し、銃口を暴れる彼の顔に当て、九ミリ弾を脳に撃ちこんだ。

 熱い銃弾が延髄に触れたのか、戦士の筋肉がブルブルと震えた。顎の筋肉の震えを手に感じ、有馬の心に殺戮衝動が沸きかえった。

 全速で駆け寄ってきた射手は、矢筒に組みつけた鞘から、矢の替わりに小剣を抜いた。

 このまま連発武器と射ちあうより、四人で押しつぶせる白兵戦を選んだのだろう。戦士が頭ではなく拳銃をつかみ、あと数秒の時間を稼いでいれば勝利の可能性もなくはなかった、と有馬は敵を評価した。

 弓兵が左右から、小剣で挟撃をしかけてくる。その一人へ有馬も踏みこみ、死んだ戦士の体を叩きつけた。



声はみやむーで

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