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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「ふふっ。二人とも、いい試合だねぇ」

 綾小路政宗と如月アリスの試合が終わり、会場にはまだ熱気が残っていた。


 公式配信のコメント欄も、先ほどの試合について語る視聴者たちで賑わっている。アリスの素早い連続攻撃と、それを冷静に捌き続けた政宗。互いの持ち味がはっきりと表れた試合だっただけに、視聴者の反応も上々だった。


 そして、学校側が次に用意していた注目カードが発表される。


『次の試合は、柳生琴選手対桜庭柳選手です!』


 その瞬間、コメント欄の勢いが一段と増した。


『来たああああ!』


『ティンカーベル対決じゃん!』


『この二人も戦うのか!』


『普段一緒にダンジョン攻略してる二人の試合とか絶対おもしろい』


『身内戦だし、どこまでやるんだろうな』


『琴ちゃんと柳ちゃん、どっちが勝つんだ?』


 学校としては、願ってもない展開だった。


 すでにティンカーベルの知名度は高く、三人が登場するだけで配信の視聴者数は大きく伸びる。そこへ、普段は同じパーティーとして活動している琴と柳の対決となれば、注目が集まるのも当然だった。


 配信にはスーパーチャットも次々と寄せられている。


 ただし、そこで集まった収益は学校側の活動資金になる。琴や柳本人に直接入るわけではない。


 当の二人は、そのあたりを特に気にしていなかった。


 順位を奪い合うために、どうしても勝たなければならない試合ではない。学校から試合を組まれたので、いつもどおりに戦う。それだけだった。


     ◇


「それでは、解説席の皆さんにも準備をお願いします」


 配信スタッフの声に、解説席に座っていたアリスが頷いた。


 その隣にはリーゼロッテがいる。そして、二人の横には、フェンちゃんを抱っこした乙羽がちょこんと座っていた。


 銀髪の妖精であるリーゼロッテは、用意された席の上に腰掛けている。アリスは正面のモニターを確認しながら、試合会場の様子を見ていた。


 一方の乙羽は、腕の中にいるフェンちゃんをゆっくりとなでている。


「わふっ」


「んぅ~、フェンちゃん。次は琴ちゃんと柳ちゃんの試合だよぉ」


「わふっ?」


「どっちもがんばってほしいねぇ」


 乙羽はそう言いながら、フェンちゃんの頭をなでた。


 フェンちゃんは気持ちよさそうに目を細め、乙羽の腕の中でおとなしくしている。


 配信画面の隅に解説席が映ると、コメント欄にもすぐに反応が現れた。


『乙羽ちゃんもいる!』


『フェンちゃん抱っこしてるのかわいい』


『解説席の癒やし枠が強すぎる』


『先生もいるじゃん』


『アリス会長が解説するのか』


『この三人の並び、なんか自由だなw』


 アリスはコメントを横目で確認してから、軽く咳払いをした。


「次の試合は琴と柳の対戦だね。二人とも普段から一緒に活動しているから、お互いの基本的な戦い方は把握しているはずだよ」


「そうですね。普段から共に戦う相手というのは、味方として見る場合と、敵として向き合う場合では印象が違うものです」


 リーゼロッテが続ける。


「特に今回の二人は、どちらも魔法を戦闘に組み込んでいます。相手の能力を知っているからこそ、安易な攻め方は通用しにくいでしょう」


「単純に攻撃を当てるだけじゃなくて、相手が何を狙っているのかを考える必要があるってことだね」


「ええ。とはいえ、二人とも普段の戦闘から駆け引きはしています。特別なことをしようとするより、いつもどおりの戦い方をどこまで通せるか。それが見どころになると思いますよ」


 アリスは頷き、試合場へと視線を戻した。


「それでは、両選手の入場です!」


 会場にアナウンスが響いた。


     ◇


 先に姿を現したのは琴だった。


 落ち着いた足取りで会場へ進み、試合場の中央付近で立ち止まる。続いて、柳が元気よく歩いてきた。


「おっしゃ、やるか!」


「うん。よろしくね、柳」


「おう!」


 二人は向かい合うと、普段と変わらない様子で挨拶を交わした。


 緊張している様子も、相手を威圧しようとする様子もない。


 琴は静かに相手を見つめ、柳は軽く肩を回している。


「二人とも、ずいぶん自然体だね」


 アリスが言った。


「まあ、身内ですからねぇ」


 乙羽はフェンちゃんを抱っこしたまま答える。


「琴ちゃんも柳ちゃんも、いつもあんな感じだよぉ」


「わふっ」


「そうだねぇ。仲良しだよねぇ」


 乙羽は満足そうに頷いた。


 アリスは思わず小さく笑ったが、すぐに試合場へ視線を戻す。


「仲がいいことと、戦いで手加減することは別だよ。お互いの実力を知っているなら、むしろ遠慮なく戦える部分もあるからね」


「そうですね。相手の得意なことを知っているからといって、それを封じられるとは限りません。相手もまた、こちらが何を警戒しているのかを理解していますから」


 リーゼロッテは二人の構えを見ながら説明した。


 琴は手元に剣を召喚する。


 その剣を自然な動きで構え、いつでも動けるように重心を整えた。


 一方、柳の周囲には、わずかに影が揺らめいている。


 彼女は闇魔法によって影を操り、相手の動きを妨げるデバフを重ねながら戦う。正面から力をぶつけるだけでなく、相手の行動を制限し、自分に有利な状況を作るのが基本的な戦い方だった。


 琴は物質操作を得意としている。剣を召喚することも、その能力を戦闘に応用したものだ。


 どちらも、普段の冒険者活動で使用している能力である。


 ただし、二人とも競技会を控えていることは理解していた。


 相手校に余計な情報を与えるつもりはない。今まで使ってきた戦い方で勝負し、わざわざ新しい技や隠している手段を見せる必要もなかった。


 そもそも、今回は順位を争うための試合でもない。


 学校が配信の見どころを増やすために組んだ、いつもの仲間同士の対戦だ。二人にとっては、普段の戦闘と同じように、自分の能力を使って相手と勝負するだけだった。


「両選手、準備はよろしいですか?」


 審判の問いに、二人が頷く。


「それでは――試合開始!」


     ◇


 最初に動いたのは柳だった。


 地面に落ちた影が伸び、琴の足元へと広がっていく。


 琴はすぐに後方へ跳び、影の広がりを避けた。


 しかし、柳はその動きを見越していたように距離を詰める。影を操りながら、琴の逃げ道を制限するように位置を変えた。


「おお、柳ちゃんが先に仕掛けたねぇ」


 乙羽はフェンちゃんを抱っこしたまま、試合場を見つめている。


「わふっ」


「うんうん。琴ちゃんも逃げてるねぇ」


 その様子に、アリスは少しだけ口元を緩めた。


「柳は最初から琴を追い込むつもりだね。影を広げて、琴が移動できる範囲を少しずつ狭めてる」


「ええ。闇魔法による妨害は、相手に直接ダメージを与えることだけが目的ではありません。動きに制限をかけたり、判断を遅らせたりすることで、次の攻撃を通しやすくするのです」


 リーゼロッテが補足する。


「ただし、広い範囲に影を広げ続ければ、それだけ魔力の制御も必要になります。相手が簡単に捕まってくれない場合は、どこまで維持するかも考えなければなりませんね」


「なるほど。範囲を広げれば有利になるとは限らないわけですね」


 乙羽が首を傾げる。


「そういうことです」


 リーゼロッテが頷いた。


 試合場では、琴が召喚した剣を振るい、迫ってきた柳を牽制していた。


 柳は剣の間合いに踏み込みすぎないよう注意しながら、影を使って琴の動きを制限しようとする。


 琴もまた、柳の狙いを理解しているため、無理に距離を詰めようとはしなかった。


 互いに攻撃を仕掛けるものの、決定打には至らない。


『うおお、速い!』


『柳ちゃん、影の使い方うまいな』


『琴ちゃん、ちゃんと逃げ道を残してる』


『この二人、普段から一緒に戦ってるだけあって判断が早い』


『一瞬の隙もない感じだな』


 コメント欄にも、試合を見守る声が次々と流れていく。


 柳が影を伸ばし、琴がそれを避ける。


 琴が距離を詰めようとすれば、柳は妨害を重ねて近づきにくくする。


 逆に柳が攻め込めば、琴は剣で牽制しながら位置を変え、相手の攻撃をまともに受けないように立ち回った。


 派手な大技こそないものの、互いの能力を使った攻防は途切れることがなかった。


「柳は、琴に自由に動かせない状況を作ろうとしてるね」


 アリスが解説する。


「一方で琴は、その状況を無理に打ち破ろうとはしてない。影の広がり方を見ながら、動ける範囲を確保してる。焦って攻めれば、柳の狙いどおりになっちゃうからね」


「琴は、相手の魔法をすべて消そうとしているわけではありませんね」


 リーゼロッテも続けた。


「魔法を使わせないことと、魔法を使われても問題のない状況を作ることは違います。今回の琴は後者です。必要以上に魔力を使って対抗するより、相手の動きを観察しながら対応しています」


「二人とも、いつもどおりの戦い方をしてるのに、ちゃんと考えてるんだねぇ」


 乙羽は感心したように呟いた。


「わふっ」


「フェンちゃんもそう思う?」


 乙羽はフェンちゃんの頭をなでる。


 フェンちゃんは「わふっ」と鳴き、乙羽の腕の中でしっぽを揺らした。


 コメント欄がまた盛り上がる。


『乙羽ちゃん、フェンちゃんと会話してるw』


『解説席だけ平和すぎる』


『試合はめちゃくちゃ真剣なのに』


『フェンちゃんも応援してるんだな』


 アリスはコメントを確認しつつも、試合の流れを見失わないように視線を戻した。


     ◇


 しばらくすると、柳が攻め方を変えた。


 それまで広く展開していた影を一部に集め、琴の移動先を絞り込む。


 琴が一歩下がる。


 その足元へ影が伸びた。


 琴はすぐに足を動かしたが、わずかに動作が遅れる。柳のデバフが作用したのだ。


「おっ!」


 柳が声を上げ、間合いを詰める。


 琴は召喚した剣を使って攻撃を受け止めた。


 金属音が響き、二人の距離が一気に縮まる。


 柳はそのまま攻め続けようとするが、琴は剣で相手の動きを抑え、無理に押し返そうとはしなかった。


 数合の打ち合いのあと、琴は柳の攻撃を受け流すようにして距離を取る。


「今のは柳がうまく動きを制限したね」


 アリスが言った。


「琴の反応が遅れた瞬間を見逃さず、すぐに攻めてる。ただ、琴も落ち着いて対処した。あそこで焦って力任せに押し返そうとすると、次の攻撃を受ける可能性があったからね」


「デバフは、相手の動きをわずかに鈍らせるだけでも効果があります。相手が強ければ強いほど、ほんの少しの差が攻防を左右しますからね」


 リーゼロッテが説明する。


「ただし、デバフを重ねるには、それなりの魔力と制御が必要です。柳も、いつまでも同じように攻め続けられるわけではありません」


 柳は再び影を広げた。


 琴もまた、剣を構え直す。


 両者ともに大きく消耗しているわけではないが、最初よりも攻防の密度は増していた。


 柳は琴の移動先を予測し、影を使って逃げ道を狭める。


 琴はそれを見ながら、剣を召喚する位置や動きを調整して対応する。


 どちらも相手の得意な戦い方を理解している。だからこそ、簡単には崩れない。


「琴ちゃん、がんばれぇ~」


 乙羽が応援した。


「柳ちゃんもがんばってねぇ」


「わふっ!」


 フェンちゃんも声を上げる。


 乙羽は嬉しそうにフェンちゃんを抱き直した。


「ふふっ。二人とも、いい試合だねぇ」


「そうだね。どちらかが一方的に攻めてるわけじゃない。柳は妨害を重ねて優位を作ろうとしてるけど、琴はそれに対応しながら反撃の機会を探ってる」


 アリスは微笑みながらも、試合場から目を離さない。


「魔法の使い方にも、それぞれの考え方が表れていますね」


 リーゼロッテが頷いた。


「柳は相手の行動を制限するために魔法を使い、琴は自分が戦いやすい状況を作るために魔法を使っています。方向性は違いますが、どちらも戦闘に必要な判断です」


     ◇


 先に攻め込んだのは、再び柳だった。


 影を使って琴の移動を制限し、剣の届きにくい位置から間合いを詰めていく。


 琴は後退しながら剣で牽制するが、柳は簡単には引かなかった。


 影による妨害が続き、琴の動きが少しずつ制限されていく。


 このままでは、柳の攻撃を受け止め続けることになる。


 琴は一度、動きを止めた。


 そして、柳が踏み込んでくるタイミングに合わせて剣を動かす。


 柳は攻撃を避けようとしたが、琴の狙いはその一撃だけではなかった。


 剣の位置を変えながら、柳が次に動こうとする方向を塞ぐ。


 柳が反対側へ移動しようとすれば、琴はその動きに合わせて位置を変えた。


 影の妨害そのものを消したわけではない。


 ただ、柳が作り出した状況の中で、琴が動ける範囲を確保し直したのだ。


「なるほど……!」


 アリスが声を上げる。


「琴は、柳の妨害に対して無理に抵抗するんじゃなくて、柳が攻めるために必要な位置取りを逆に利用してる。相手の動きを見てから対応することで、攻撃を仕掛けるタイミングを絞ってるんだね」


「ええ。魔法の効果をすべて取り除く必要はありません。相手が何をしようとしているのかを把握し、その行動に対して適切に対応できればいいのです」


 リーゼロッテも説明を続ける。


「琴は、柳が影を使って攻めることを前提に動いています。妨害を受けること自体を避けるのではなく、妨害を受けた状態でも戦えるように立ち回っているのですよ」


 柳も、琴の変化に気づいていた。


「へぇ、そう来るか!」


 柳は楽しそうに笑い、再び影を動かす。


「なら、こっちはどうだ!」


 琴の足元へ影が伸びる。


 琴はそれを避けようと動いたが、柳はその動きを追うように攻め込んだ。


 琴は剣を構え、柳の攻撃を受け止める。


 再び、二人の剣と魔法が交錯した。


 柳の攻撃は鋭い。デバフによって動きを制限し、影で逃げ道を狭めながら、相手が対応しきれない瞬間を狙う。


 しかし、琴もまた、柳の攻め方を読み始めていた。


 どこに影を広げるのか。


 どのタイミングで踏み込んでくるのか。


 どの程度まで妨害を重ねてくるのか。


 普段から一緒に戦っているからこそ、琴には柳の癖がわかる。


 もちろん、柳も琴の戦い方を理解している。だからこそ、簡単には読ませないように攻め方を変えていた。


 それでも、わずかな差は生まれる。


 琴は柳が踏み込む瞬間に合わせて剣を動かし、攻撃の軌道を逸らした。


 柳の体勢がわずかに崩れる。


 その隙を、琴は見逃さなかった。


 召喚した剣を構え直し、柳が立て直すより先に間合いを詰める。


「おっと!」


 柳はすぐに影を使って距離を取ろうとした。


 しかし、琴はすでにその動きを予測していた。


 影が広がる方向を避けながら、柳の前へと踏み込む。


 そして、剣を柳の目前で止めた。


 柳もまた、攻撃を続けることはできたが、その場合は琴の剣が先に届く位置だった。


 一瞬の静寂。


 審判が二人の位置を確認し、試合終了を告げた。


「そこまで! 勝者、柳生琴!」


     ◇


 会場から拍手が沸き起こった。


 コメント欄も、一気に流れ始める。


『琴ちゃん勝ったあああ!』


『最後の読み合いすごかった!』


『柳ちゃんも強かったな』


『妨害を受けながら対応する琴ちゃんがうまい』


『普段から組んでるからこその試合って感じだ』


『二人ともかっこよかった!』


 琴は剣を消し、柳へ向き直った。


「お疲れさま、柳」


「おう! いやー、最後のはうまく読まれたな!」


 柳は悔しがるというより、納得したように笑っていた。


「もう少し攻め方を変えれば、まだいけたかもしれねえけど……まあ、今回は琴の勝ちだな」


「うん。私も危なかったよ。途中で動きを制限されたときは、ちょっと焦ったから」


「嘘つけ。あの程度で焦るような顔してなかっただろ!」


「本当だよ」


「絶対嘘だ!」


 二人のやり取りに、会場から笑い声が上がった。


 普段から一緒に活動している二人らしい、気取らない会話だった。


 順位を奪われる心配もない。今回の勝敗によって、どちらかが相手に遠慮したり、関係が変わったりすることもない。


 ただ、いつもどおりに戦い、勝ったほうが勝者になる。


 それだけの試合だった。


「琴ちゃん、勝ったねぇ」


 乙羽はフェンちゃんを抱っこしたまま、嬉しそうに拍手した。


「わふっ!」


「柳ちゃんも強かったねぇ。二人ともお疲れさまぁ」


 フェンちゃんの頭をなでながら、乙羽は二人に向かって手を振る。


 アリスは試合場へ視線を向けたまま、解説をまとめた。


「今回の試合は、柳の妨害を交えた攻めと、琴の対応力がよく表れてたね。二人とも相手の能力を理解してるからこそ、最後まで簡単には決着がつかなかったんだと思う」


「そうですね。琴は相手の魔法を無理に打ち消すのではなく、魔法がある状況でどう動くかを考えていました。柳も最後まで攻め方を変え、相手に対応を強いていましたから、どちらにとっても良い経験になったと思います」


 リーゼロッテも頷いた。


「そして、今回の二人は普段から使っている能力の範囲で戦っていました。能力を知っている相手に対して、どのように戦うか。それもまた、実戦では重要なことです」


「そうだね。競技会でも、相手の能力を知ってるかどうかだけで勝敗が決まるわけじゃない。知っていることを、実際の戦闘でどう生かすかが大切だからね」


 アリスはそう言って、試合場へ視線を戻した。


 琴と柳は、すでに会場の端へと歩いていくところだった。


「二人とも、もう普通に話してるねぇ」


「身内同士ですからね」


 リーゼロッテが答える。


「試合が終わったあとまで引きずる必要はありません。勝ち負けを気にしすぎないというのも、こうした練習試合では大切ですよ」


「うんうん。仲良しが一番だよぉ」


 乙羽は満足そうに頷いた。


 フェンちゃんは乙羽の腕の中で、もう一度「わふっ」と鳴いた。


 コメント欄には、試合の感想に加えて、フェンちゃんを映してほしいという声まで流れている。


『フェンちゃんかわいい』


『試合後の二人もいつもどおりで安心した』


『解説もわかりやすかった!』


『乙羽ちゃんは最後までフェンちゃん担当だったなw』


『次の試合も楽しみ!』


 学校側が期待していた配信の盛り上がりは、十分に得られていた。


 だが、当の琴と柳は、配信が盛り上がったことよりも、いつもの身内戦を終えたという感覚のほうが強かった。


「なあ琴。あとで飯どうする?」


「そうだね。終わったらみんなで食べに行こうか」


「おっ、いいな!」


 試合の直後だというのに、二人の話題はすでに夕食へ移っていた。


 解説席では、乙羽がフェンちゃんをなでながら、次の試合を待っている。


 順位を賭けた真剣勝負もあれば、こうした気軽な身内戦もある。


 そして、どちらであっても、ティンカーベルの三人が普段どおりに活動していることに変わりはなかった。


     ◇


 しばらくして、配信スタッフから次回の配信について告知があった。


「それでは、次回の公式配信についてお知らせします!」


 その声に、コメント欄の流れが少し落ち着く。


『次回のお知らせ?』


『もう次の配信決まってるのか』


『次もティンカーベルの試合かな?』


「次回は、音無乙羽選手の試合を予定しています!」


 その言葉に、視聴者たちが反応した。


『えっ!?』


『乙羽ちゃん!?』


『ついに来たか!』


『待ってましたあああ!』


「対戦カードは、音無乙羽選手対柳生琴選手。そして続いて、音無乙羽選手対桜庭柳選手です!」


 一瞬、コメント欄の流れが止まった。


 次の瞬間、画面を埋め尽くす勢いでコメントが流れ始める。


『えええええええ!?』


『乙羽ちゃんが琴ちゃんと柳ちゃんの両方と戦うの!?』


『連戦じゃん!!』


『ティンカーベル同士の対決が続くのかよ!』


『琴ちゃんに勝った乙羽ちゃんが柳ちゃんとも戦うってこと!?』


『待って待って、次回が豪華すぎる!』


『これは絶対リアタイするしかない』


『学校さん、わかってるじゃん!!』


『スパチャの準備しなきゃ……!』


『いや、本人たちはいつもどおりなんだろうなw』


 解説席のアリスも、告知を聞いて乙羽へ視線を向けた。


「次は乙羽が二人と連戦なんだね」


「そうみたいだねぇ」


 乙羽はフェンちゃんを抱っこしたまま、いつもの調子で頷いた。


「琴ちゃんと柳ちゃんと、順番に試合するんだねぇ」


「わふっ?」


「うん。次は私も試合するんだよぉ」


 乙羽はフェンちゃんの頭をなで、楽しそうに笑った。


 競技会に向けて切り札を温存する方針は変わらない。次の試合でも、乙羽は普段の戦い方で二人と勝負するだけだ。


 けれど、そんな事情を知らない視聴者たちにとっては、待ちきれない対戦カードだった。


『次回まで待てない!』


『琴ちゃんと柳ちゃん、乙羽ちゃん相手にどう戦うんだろう』


『乙羽ちゃんの試合がついに見られる!』


『次の配信、絶対見逃せないぞ!』


 コメント欄は、最後まで大騒ぎだった。


 学校側が期待していた配信の盛り上がりは、十分すぎるほどのものになった。


 そして当の乙羽は、そんな騒ぎを気にする様子もなく、フェンちゃんを抱っこしたまま次の試合を待っていた。


 次回、音無乙羽対柳生琴。


 続いて、音無乙羽対桜庭柳。


 ティンカーベルの身内戦は、まだまだ続くのだった。

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