「んぅ? もう終わりでいいかなぁ?」
100話いきましたね!これからも頑張りたいのでよかったら星評価お願いします!
序列戦の注目試合が配信される日。
学校の公式配信チャンネルでは、開始時刻が近づくにつれて視聴者数が増え続けていた。
前回の綾小路政宗と如月アリスの試合は、序列上位同士の戦いとして大きな注目を集めた。さらに、試合後には音無乙羽による回復魔法が話題になり、選手たちが受けた傷だけでなく、以前から残っていた不調まで改善したらしいという報告が相次いだ。
そのうえ、今回は待ちに待ったティンカーベルの試合である。
最初の対戦カードは、音無乙羽対柳生琴。
そして、その次が音無乙羽対桜庭柳。
どちらも学内で注目されている選手だが、視聴者たちが特に気にしているのは、やはり乙羽だった。
『今日はついに乙羽ちゃんの試合か!』
『琴ちゃんも柳ちゃんも強いんだけど、相手が乙羽なんだよな……』
『前回の回復魔法を見てから、乙羽ちゃんの試合がますます気になってる』
『琴ちゃんは剣の召喚、柳ちゃんは影魔法だっけ? どこまで通用するんだろう』
『そもそも攻撃が当たるのか問題』
『当たったとして、ちゃんとダメージが入るのか問題もあるぞ』
配信開始前から、コメント欄ではそんな話題が飛び交っていた。
◇
一方、試合会場の控室では、琴と柳が向かい合っていた。
乙羽はまだ別の場所で待機している。試合まで少し時間があるため、2人は最後の確認をしていた。
「……で、どうする?」
柳が腕を組み、琴に尋ねた。
「どうするって?」
「乙羽だよ。あいつにどうやって勝つんだ?」
あまりにも率直な問いだった。
琴はすぐには答えず、少し考えるように視線を落とした。
「まずは、普段どおりに攻めるしかないと思う。私なら剣を召喚して攻撃を重ねる。乙羽が回避に集中するなら、その動きを見て次の攻撃につなげる」
「まあ、琴ならそうするよな。あたしは影で動きを止めるつもりだけどよ」
柳は自分の手を見下ろした。
彼女の得意とする影魔法は、相手の動きを封じたり、行動を妨害したりすることに向いている。正面からの攻撃を避けられるのなら、相手が動けない状況を作ってしまえばいい。
理屈だけなら、十分に勝ち筋はある。
ただし、相手が乙羽でなければ、という条件がつく。
「問題は、影で拘束できるかどうかなんだよな……」
「そうだね。私も剣を当てられるかは、実際に戦ってみないとわからない」
「お前、あいつと普段から一緒にいるだろ? 何か弱点とかねえのか?」
「普段の乙羽に弱点があるかと、試合で勝てるかは別の話だよ」
「それはそうだけどよ……」
柳は椅子の背もたれに体を預けた。
琴も乙羽の能力をすべて把握しているわけではない。これまで一緒にダンジョンを攻略してきたが、乙羽がどこまでの力を持っているのか、その全容は見えていなかった。
そもそも、乙羽は必要以上に自分の能力を見せたがらない。
できることがあっても、普段はあえて使わないことがある。戦闘中も、仲間が危険なときや、必要だと判断したとき以外は、力を抑えているように見える場面が多かった。
「……結局、やってみるしかないか」
琴がそう言うと、柳は大きく息を吐いた。
「だよなぁ。考えたって、実際に戦わなきゃわからねえし」
「うん。最初から勝てないと決めつけるのも違うと思う」
「そりゃそうだ。あたしだって、やるからには勝つつもりだぜ」
柳は拳を軽く握った。
勝ち目がわからないからといって、試合をする前から諦めるつもりはない。
相手が乙羽でも、それは変わらなかった。
もっとも、2人の作戦会議で出た結論は、結局のところ単純なものだった。
普段どおりに戦い、相手の動きを見て、できることを試す。
それしかない。
「……なあ、琴」
「何?」
「これ、どうやって勝つんだ?」
琴は少しだけ黙った。
「……無理じゃないかな」
「おい!」
「冗談だよ。たぶん」
「たぶんってなんだよ!」
柳の声が控室に響いた。
真面目に考えていたはずなのに、最後は結局、そんなやり取りになってしまう。
それでも、2人の表情に諦めはなかった。
勝てるかどうかは、戦ってみなければわからない。
ならば、今できることをやるだけだ。
◇
やがて、配信開始の時刻が近づいた。
試合会場には観客席が設けられ、選手たちが入場するための通路も整えられている。会場の映像は学校の公式チャンネルへ送られ、配信画面には試合開始を待つ視聴者のコメントが流れ続けていた。
実況席では、前回に引き続き如月アリスが解説を担当していた。その肩にはリーゼロッテがちょこんと座り、配信画面と会場の両方を確認している。
アリスは生徒会長として序列戦の進行にも関わっているが、今回は解説役として試合を見ることになっていた。
「今回も、かなり注目されているね」
アリスが配信画面を見ながら言った。
「そうですね。乙羽は普段から能力を抑えていることが多いので、試合でどこまで見せるのかは興味深いところです」
「琴も柳も、実力は十分にある。簡単に終わるとは限らないと思うけど」
「ええ。実際にどのような戦い方をするか、見てみましょう」
アリスは頷き、配信画面に視線を戻した。
コメント欄では、すでに試合の予想が始まっている。
『琴ちゃんの剣召喚がどこまで通じるか気になる』
『柳ちゃんの影魔法なら、動きを止められればワンチャンある?』
『乙羽ちゃんがどんな魔法を使うのか楽しみ』
『前回の試合後の回復魔法もすごかったからなあ』
『今日はどんなことになるんだろう』
やがて、最初の試合に出場する2人が会場へ入ってきた。
柳生琴と音無乙羽。
琴は落ち着いた様子で歩き、乙羽はいつもどおりのんびりとした足取りだった。
「みんなぁ、よろしくねぇ」
乙羽が観客席に向かって手を振ると、コメント欄が一気に流れ始めた。
『乙羽ちゃーん!』
『今日もかわいい!』
『試合がんばって!』
『琴ちゃんもがんばれ!』
琴も軽く手を上げて応える。
2人は所定の位置につき、審判から試合のルールを確認された。
勝敗の判定は、相手の戦闘不能、降参、あるいは審判が続行不能と判断した場合。危険な攻撃は禁止されており、試合中に必要と判断されれば、審判がいつでも止めに入る。
乙羽は説明を聞きながら、こくこくと頷いていた。
「それでは、第一試合。柳生琴対音無乙羽、始め!」
開始の合図が響いた。
◇
最初に動いたのは琴だった。
彼女の周囲に、複数の剣が次々と出現する。
召喚された剣は空中に浮かび、琴の操作に合わせて向きを変えた。剣先が乙羽へと向けられ、間を置かずに飛来する。
乙羽はすぐに横へ動いた。
最初の剣が足元をかすめ、続く剣が肩の近くを通り過ぎる。乙羽は身をひねってかわしたが、琴は攻撃の手を緩めなかった。
前方からの攻撃を避ければ、別の角度から剣が迫る。
剣はただ一直線に飛んでくるだけではない。軌道を変え、乙羽の移動先を塞ぐように回り込み、逃げ道を狭めていく。
「へぇ……」
乙羽が小さく声を漏らした。
琴の剣は、思っていた以上に細かく制御されている。
単純に数を増やしているわけではない。乙羽の動きを見ながら、次の攻撃が当たりやすい位置へ剣を配置しているのだ。
アリスも、その戦い方に注目していた。
「琴は、剣の数だけで押しているわけじゃないね。乙羽の回避先を考えて、攻撃を組み立てている。正面から避けられても、次の剣で逃げ道を塞ぐつもりなんだと思う」
「ええ。召喚した剣を別々に操作できるなら、攻撃の方向を増やせますからね。操作する数が増えるほど制御は難しくなりますが、琴はそのあたりをよく訓練しているようです」
リーゼロッテも、淡々と解説を続けた。
琴はさらに剣を追加した。
乙羽の周囲を囲むように配置された剣が、一斉に動き出す。
今度は、すべてを避けきることができなかった。
剣の一つが乙羽の腕をかすめ、もう一つが服の上から体に当たる。乙羽は少しだけ顔をしかめた。
「んぅ、ちょっと痛いなぁ」
その言葉に、コメント欄が反応する。
『当たった!?』
『琴ちゃんの攻撃が入ったぞ!』
『ちゃんと当たるんだ!』
『乙羽ちゃんでも全部は避けられないのか』
『いや、今の攻撃をあれだけ避けてる時点ですごいんだけど』
琴は攻撃の手応えを感じたのか、わずかに目を細めた。
攻撃が通る。
少なくとも、すべてを避けられているわけではない。
ならば、攻め続ければ勝機はあるかもしれない。
「このままいくよ!」
琴が声を上げ、剣を操作する。
乙羽は迫ってくる剣を見ながら、軽く息を吐いた。
「うーん……ちょっと痛いし、回復しておこうかなぁ」
淡い光が乙羽の体を包んだ。
腕にできていた傷が消え、剣が当たった部分の痛みも引いていく。
乙羽は何事もなかったかのように、再び琴へと視線を向けた。
琴の表情が止まった。
「……回復魔法?」
「うん。ちょっと当たっちゃったからねぇ」
「いや、そうだけど……」
琴は言葉を切った。
攻撃が当たったことは確かだ。だが、与えたダメージがその場で回復されてしまった。
これでは、同じ攻撃を繰り返しても決定打にならない。
もちろん、回復魔法を使わせること自体に意味がないわけではない。魔力を消耗させ、回復する余裕を奪うことができれば、状況は変わるかもしれない。
琴はそう考え、再び剣を動かした。
前方から、側面から、そして上方から。
剣が次々と乙羽へ向かっていく。
乙羽もすべてを完全に避けているわけではない。時には身をひねり、時には距離を取り、避けきれなかった攻撃は回復魔法で対処する。
その繰り返しだった。
琴は攻撃の精度を上げ、剣の配置を変え、乙羽の動きを追い続ける。
しかし、決定的な一撃には届かない。
乙羽は少しも慌てていなかった。
むしろ、琴の攻撃を見ながら、どのようにすれば早く試合を終えられるか考えているようだった。
「……そろそろ、終わりにしようかなぁ」
乙羽がぽつりと呟いた。
琴が反応するより早く、乙羽は地面へ手を向けた。
土が盛り上がる。
次の瞬間、地面から人型の大きな塊が立ち上がった。
石と土でできた体。太い腕と脚。無骨な頭部。
それは、明らかにゴーレムと呼ぶべき存在だった。
会場が静まり返った。
琴も、飛ばしていた剣を一瞬止めてしまった。
「……え?」
乙羽の周囲に、新たな魔法が現れる。
ゴーレムの体が淡い光に包まれた。
支援魔法だった。
そして次の瞬間、ゴーレムが走り出した。
地面を蹴り、石の体を揺らしながら、琴へ向かって一直線に駆ける。
その速度は、見た目から想像できるものではなかった。
「えっ、ちょっと!?」
琴は慌てて剣を動かし、ゴーレムの進路を塞ごうとした。
しかし、ゴーレムは迫りくる剣を避けるように体を傾け、止まることなく前進する。大きな体にもかかわらず、動きに無駄がない。
琴が横へ逃げようとしたときには、もう目の前まで迫っていた。
ゴーレムの腕が伸びる。
琴の体を傷つけないように、しかし逃げられないように、両腕がしっかりと彼女を抱え込んだ。
「つ、捕まった!?」
琴が驚きの声を上げた。
試合開始から、まだそれほど時間は経っていない。
あれだけ剣を召喚し、攻撃を続けていた琴が、今度はゴーレムに拘束されてしまったのだ。
しかも、そのゴーレムは乙羽の指示を待つこともなく、まるで最初からそうすることが決まっていたかのように、最短距離で琴を捕まえていた。
実況席でも、アリスが目を見開いていた。
「……今の動き、かなり速かったね。大きな体なのに、琴が対応する前に距離を詰めてしまった」
「土魔法で作ったゴーレムですね。そこへ支援魔法をかけて、身体能力を底上げしているのでしょう。魔法で作った存在に支援魔法を適用できるというのは、なかなか応用が利いていますね」
「ゴーレム自体の操作だけでも大変そうなのに、支援魔法まで使っているんだ」
「乙羽なら、そのあたりの制御も問題ないのでしょうね」
リーゼロッテは、どこか納得したように頷いた。
一方、コメント欄は一気に大騒ぎになっていた。
『えええええ!? ゴーレム!?』
『あんなのまでいるのかよwww』
『待って、めっちゃ速いんだけど!!』
『何なん? あれ石の速さじゃないだろwww』
『ゴーレムにも支援魔法かけられるの!?』
『琴が捕まるまで一瞬だったぞ!?』
『乙羽の魔法、いったい何種類あるんだよ……』
『今まで見せてなかっただけで、まだまだ手札あるのか?』
琴はゴーレムに拘束されたまま、どうにか抜け出そうと身を動かしていた。
だが、ゴーレムの腕は見た目以上にしっかりしている。無理に暴れれば脱出できるかもしれないが、体勢を崩して余計な怪我をする可能性もある。
琴は一度動きを止め、乙羽を見た。
「……乙羽、これって」
「んぅ? もう終わりでいいかなぁ?」
乙羽はゴーレムのそばまで歩いてきた。
「え、ちょっと待って。まだ……」
「でも、もう捕まっちゃってるよぉ?」
「それは、そうだけど……」
琴は言い返そうとしたが、確かに反論しづらかった。
剣による攻撃は何度か当たったものの、回復魔法で対処されている。最後はゴーレムに拘束され、身動きが取れない。
ここから状況を覆すには、ゴーレムをどうにかして振りほどく必要がある。
しかし、乙羽がそれを許すかどうかもわからなかった。
琴は少しだけ考え、降参を告げる代わりに、悔しそうな顔で言った。
「……わかった。私の負けでいいよ」
「はぁい」
乙羽はあっさり頷いた。
そして、琴の額に指を向ける。
「これで終わりだねぇ」
ぺちん。
軽い音が響いた。
デコピンだった。
ゴーレムに拘束された琴は、額を押さえながら呆然としている。
あまりにも軽い一撃。
それでも、試合の決着としては十分だった。
審判が勝敗を宣言する。
「勝者、音無乙羽!」
会場から歓声が上がった。
コメント欄も、再び勢いを増していく。
『デコピンで終わったwww』
『いや、最後までいつもの乙羽ちゃんだった』
『琴ちゃんが弱いわけじゃないのに、これは差がすごい』
『剣の攻撃も当たってたのに、回復されるのがきついな』
『そしてゴーレムで一気に拘束。流れがきれいすぎる』
『支援魔法を使える相手が人間だけじゃないの、普通に怖いんだが』
ゴーレムが腕を緩め、琴を解放した。
乙羽はすぐに琴のそばへ寄り、怪我がないか確認する。
「琴ちゃん、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
琴は額をさすりながら、苦笑した。
「……まさかゴーレムまで使えるとは思わなかった」
「んぅー? 土魔法で作れるよぉ?」
「作れるのはわかったけど、あんなに速く動くとは思わないよ」
「支援魔法もかけたからねぇ」
「そういう問題なのかな……」
琴はため息をついた。
攻撃が通じないわけではなかった。
剣は何度か乙羽に当たったし、実際に傷を与えることもできた。
だが、乙羽は回復魔法でそれを解決してしまう。さらに、最後にはゴーレムを使って一瞬で距離を詰め、拘束してきた。
琴の攻撃が届かないのではなく、届いたところで決定打にならない。
そのうえ、乙羽にはまだ見せていない魔法がある。
今回の試合で、それがはっきりした。
「琴ちゃん、お疲れさまぁ」
「うん。乙羽もお疲れさま」
2人は軽く言葉を交わし、会場の外へと向かった。
実況席では、アリスが試合を振り返っていた。
「琴は、剣の召喚を使ってしっかり攻めていたね。乙羽の動きを制限しようと、攻撃の方向やタイミングも変えていた。でも、乙羽は回避だけに頼らず、受けた攻撃を回復魔法で処理していた。そこが大きかったと思う」
「ええ。それに、最後のゴーレムですね。土魔法で作った存在を、支援魔法で強化して使う。自分自身の能力だけでなく、魔法で作ったものまで戦力にできるのは強みです」
「しかも、拘束するまでの動きに迷いがなかった。琴が対応を考える前に、もう捕まえていたからね」
「乙羽は、相手を傷つけずに試合を終わらせる方法を選んだのでしょう。ゴーレムで拘束し、最後は軽いデコピン。必要以上の攻撃をしないという点では、乙羽らしい戦い方でしたね」
アリスは頷き、配信画面に視線を向けた。
「さて、次はいよいよ乙羽対柳。柳は影魔法を得意としているけど、今の試合を見て、どんな戦い方をするのか気になるね」
「そうですね。琴の剣とは違い、柳の影魔法は相手の動きを直接制限できます。乙羽の速さに対して、どこまで有効に働くかが見どころでしょう」
コメント欄も、すでに次の試合の話題で埋まり始めていた。
『次は柳ちゃんか……』
『影で捕まえれば勝機ある?』
『さっきのゴーレムを見たあとだと、何が出てきても驚かない気がする』
『いや、まだ何か隠してるだろ、あれ』
『乙羽ちゃん、次もあの調子なのかな』
乙羽は控室へ戻る途中、スマートフォンで配信のコメントを少しだけ眺めた。
「んぅー、ゴーレムってそんなに珍しいのかなぁ」
隣を歩く琴は、苦笑しながら答えた。
「少なくとも、私は初めて見たよ」
「そっかぁ」
「それに、あんなに速く動くゴーレムも初めてだと思う」
「支援魔法をかけたからねぇ」
「うん。そこが一番驚いたところかもしれない」
琴はそう言って、少しだけ笑った。
乙羽は目立ちたくないと思っていた。
けれど、試合で勝つために必要なことをした結果、また新しい能力を披露することになってしまった。
もっとも、本人はそこまで深刻には考えていない。
「次は柳ちゃんだねぇ。どうなるかなぁ」
「……乙羽、少しは緊張しないの?」
「んぅ? 試合だし、ちゃんとやるよぉ」
乙羽はいつもどおり、のんびりと答えた。
次の試合は、もうすぐ始まる。
そして柳は、今度こそ乙羽を相手に勝ち筋を見つけられるのか。
配信を見守る視聴者たちの期待は、ますます高まっていた。




