暫定順位
序列戦。
冒険者としての実力を順位という形で示し、互いに競い合う学園独自の制度だ。単純に勝ち負けを決めるだけではない。卒業後の進路や冒険者としての評価にも関係するため、生徒たちにとっては無視できない行事だった。
もっとも、全員がこの制度を歓迎しているわけではない。
そもそも、序列戦の順位は最初から試合だけで決められたものではなかった。
学園では事前に体力測定や各種能力の測定を行い、教師たちがその数値をもとに生徒の実力を査定した。身体能力だけでなく、冒険者として活動するうえで必要な能力も含めて評価し、その結果から暫定順位を決めたのである。
もちろん、実際の戦闘でしかわからないこともある。
そのため、今回発表された順位はあくまでも暫定的なものだ。これから行われる序列戦で勝敗がつけば、順位は入れ替わる可能性がある。
生徒たちにも、その点は事前に説明されていた。
そして、順位が決定した翌朝。
校内の掲示板と学園公式サイトに、上位陣の順位表が掲載された。
同時に、全生徒へ順位の通知メールが送られ、各自のアプリにも現在の順位が表示される。
登校してきた生徒たちは、教室へ向かう途中でスマートフォンを取り出し、自分の順位を確認していた。
「……あー、俺、思ってたより低いな」
「俺はまあ、こんなもんか。測定の結果なら仕方ないけど、実際に戦ったら変わるかもしれないしな」
「いや、変わるって言っても上がるとは限らないだろ」
「そこは頑張るしかないだろ」
そんな会話があちこちで交わされている。
順位が上がって喜ぶ生徒もいれば、思っていたほど評価されておらず、少し落ち込んでいる生徒もいる。反対に、暫定順位であることを理由に、まだ自分の実力を示す機会があると前向きに考える者もいた。
ただし、学園の全員がやる気に満ちているわけではない。
「正直、序列戦とか面倒じゃないか?」
「わかる。別に上位に行きたいわけでもないしな」
「せめて上位100人まででよくないか? 全員やる必要ある?」
「卒業後の冒険者ランクにも関係するんだろ? だったら、やらないわけにもいかないんじゃないか」
「結局そこなんだよなぁ……」
順位が下位の生徒ほど、そんな不満が目立った。
強くなりたいと思って入学した者ばかりとはいえ、全員が競争を好むわけではない。自分のペースで冒険者としての知識や技術を身につけたい生徒もいるし、順位を競うことそのものに興味がない生徒もいる。
それでも、卒業後のことを考えれば、序列戦を無視するわけにはいかなかった。
面倒だと思っていても、参加するしかない。
そんな空気が学園全体に広がっていた。
*
そして、上位の順位表を見た生徒たちの反応は、下位の生徒たちとは少し違っていた。
校内掲示板の前に集まった数人が、上から順番に名前を確認していく。
1位 音無乙羽。
2位 柳生琴。
3位 桜庭柳。
4位 綾小路政宗。
5位 如月アリス。
6位 大門龍太。
7位 藤堂ヒカル。
8位 小金沢祐樹。
9位 五代瑠奈。
10位 羽生翔。
上位10人の名前は、学園内でもよく知られている。
特に1位から3位までの並びは、予想通りだという声が多かった。
「やっぱり、ティンカーベルが上から3人か」
「測定だけで決めた順位とはいえ、あの3人ならそうなるよな」
「でも、この順位って試合で入れ替わるんだろ?」
「入れ替わるって言っても、あの3人に勝てるのか?」
誰かがそう口にすると、周囲の生徒たちは一様に黙り込んだ。
ティンカーベルの実力は、もはや学園内だけの噂ではない。配信を通して、その戦いぶりを知っている者も多い。
彼女たちがダンジョンで見せた戦闘能力を考えれば、1位から3位までの順位が入れ替わる光景を想像すること自体が難しかった。
「1位から3位の試合、見られるのかな?」
「見たいけど、そもそも試合が成立しないんじゃないか?」
「下の順位から挑戦できるんだろ? だったら、誰か挑むんじゃないか?」
「挑むのと勝てるのは別の話だろ……」
順位表を見つめる生徒たちの間には、期待と諦めが入り混じっていた。
序列戦である以上、順位を変える機会は用意されている。
しかし、制度上は可能でも、実際に勝負になるかどうかは別問題だった。
*
そのころ、4位に名前を載せられた政宗は、教室で自分のアプリを確認していた。
「……4位か」
表示された数字を見て、小さく息を吐く。
悔しくないと言えば嘘になる。
これまで冒険者として活動し、仲間たちと経験を積み、実力を伸ばしてきた。その自負はある。だからこそ、自分より上に3人が並んでいるという結果には、どうしても意識が向いてしまう。
だが、納得できないわけではなかった。
乙羽たちの実力を、政宗は実際に知っている。
ダンジョンでの戦闘も、配信で見せる攻略も、一般的な冒険者の尺度で測れるものではない。自分が努力してきたことと、彼女たちが持っている力は、そもそも同じ土俵で比較できるのかすら怪しい。
「まあ、そうだろうな……」
政宗はアプリを閉じた。
1位から3位を見て悩んでいても仕方がない。
あの3人の順位は、当面固定されているようなものだ。勝てると考える者がいるなら、挑戦するのは自由だろう。だが、自分までその順位を気にして、必要以上に意識を向けるつもりはなかった。
むしろ、考えるべきなのは4位を維持することだ。
序列戦で勝てば順位は上がる。負ければ下がる可能性もある。自分の位置を守りたいのなら、目の前の相手に勝つしかない。
「まずは4位を維持する。それからだな」
口に出すと、考えが少し整理された。
上の3人を意識しすぎるのは無駄だ。今の自分に必要なのは、現状を受け入れたうえで、できることを積み重ねることだった。
ただ、政宗の頭の片隅には、別の考えも残っていた。
タイムジェイル。
あの空間で修行できれば、今よりも強くなれる可能性がある。時間の流れが違う環境で、集中して訓練を積めるのなら、得られるものは大きいだろう。
しかし、そこに入るためには、リーゼロッテの協力が必要になる。
「……先生に頼むのは、難しそうだな」
政宗は眉間に指を当てた。
リーゼロッテは、協会や学園から頼まれたからといって、簡単に協力するような人物ではない。誰を助けるかは本人が決める。その考え方は、これまでの言動からも明らかだった。
無理に頼み込んでも、断られる可能性が高い。
それに、仮に協力してもらえたとしても、あの空間での修行は決して楽なものではないだろう。
自分にそこまでの覚悟があるのか。
政宗は一度考え、すぐに答えを出すことはできなかった。
今はまだ、序列戦が始まったばかりだ。
まずは目の前の戦いに集中するべきだろう。
「政宗、何を考え込んでるんだ?」
声をかけられ、政宗は顔を上げた。
龍太が隣の席からこちらを見ていた。その少し後ろでは、羽生もスマートフォンで自分の順位を確認している。
「いや、順位のことだ。4位なら、まずは維持しないとなと思ってな」
「まあ、上の3人は別格だろ。今さらそこを気にしてもしょうがねえし、目の前の相手に勝つしかねえな」
龍太はあっさりと言った。
「そうだな。まずは自分の順位を守ることだろう」
羽生も画面から顔を上げる。
「俺たちも、簡単に落ちるわけにはいかないからな」
上位にいる以上、挑戦を受ける機会も増えるだろう。自分から下位の相手に挑戦して順位を上げることもできるが、勝てるとは限らない。
序列戦は、ただ上を目指せばいいというものではなかった。
守るべき順位があり、戦う相手がいて、その先には学園の代表として出場する競技大会がある。
政宗は仲間たちを見渡し、頷いた。
「まずは、やれることをやろう」
*
暫定順位の発表を受けて、生徒会も序列戦の運営準備を進めていた。
校内の掲示板には順位表が掲載されているが、詳しいルールについては、すでに各生徒のアプリに記載されている。
挑戦の申請方法や試合の成立条件、棄権や降参の扱いなど、必要な情報はそこから確認できる仕組みだ。
そのため、生徒会にはルールについての質問がいくつか寄せられていたものの、基本的には「アプリに書いてあるので、まずはそちらを確認してください」という対応になっていた。
「全員に説明して回るより、アプリを見てもらった方が早いからな」
龍太が椅子の背にもたれながら言った。
「案内を出しても読まない奴はいるだろうけど、そこまで一人ずつ説明してたらきりがねえぞ」
「そうですね。必要な情報は一通り掲載されていますし、まずは各自で確認してもらう形で問題ないと思います」
ヒカルは手元の資料を確認しながら、落ち着いた口調で続けた。
「ただ、ルールの解釈に関わる質問が出た場合は、個別に対応する必要があります。特に降参の扱いや試合中断の条件は、誤解がないようにしておきたいですね」
「そのあたりは、問い合わせがあったときに整理して回答すればいいだろう。事前に説明しておくべき点も、まとめておいた方がよさそうだね」
政宗が補足する。
「うん。最初から全部説明するより、必要な情報を確認できるようにしておく方が分かりやすいと思う。困ったことがあれば、生徒会で対応しよう」
アリスが全員を見渡した。
序列戦の目的は、学園内の順位を決めることだけではない。
最終的には、学園代表として競技大会に出場するメンバーを選ぶための材料にもなる。上位20人が基本的な参加対象となるが、実際の選抜では順位だけでなく、使える魔法や特殊技能、戦闘での役割なども考慮される。
だからこそ、教師たちは生徒たちの戦いをきちんと確認する必要があった。
「全国大会に向けた選考もあるし、上位の試合はできるだけ確認しておきたいね」
アリスが言うと、政宗も頷いた。
「去年の結果を考えれば、今年は優勝を狙いたいところだ。順位だけで判断するわけにはいかないが、実際の戦闘を見る機会は多い方がいい」
「そうだねー。上位陣の試合は注目も集まるだろうし、配信するなら盛り上がりそう!」
瑠奈はすでに配信のことを考えているようだった。
「注目度の高い試合は生放送にして、それ以外は編集してDtubeに投稿する予定なんだよね? それなら、試合を見逃した人にも後から見てもらえるし、学園の宣伝にもなると思うよ」
「配信するなら、映像の管理や公開範囲も考えないといけないね。選手の情報をどこまで公開するかも、事前に決めておいた方がいい」
政宗が指摘すると、瑠奈は素直に頷いた。
「そこはちゃんと考えるよ。せっかく公式で配信するんだし、見ている人にも分かりやすくしたいからね!」
「それと、費用の確認も必要だ。会場の整備や配信用の機材、運営に必要な人員など、どこまで学校側で負担できるか整理しておこう」
小金沢が手帳に目を落としたまま口を開いた。
「すでに使える設備を活用できるなら、その方がいい。配信のためだけに新しい機材を揃える必要があるのかも確認したいところだね」
「そのあたりは大森先生がかなり乗り気だったな」
龍太が思い出したように言った。
「グッズの企画のときも、ずいぶん張り切ってたしよ。今回も任せられるところは任せちまえばいいんじゃねえか?」
「うん。注目試合の告知については、大森先生にお願いすることになっているよ」
アリスが答えた。
「試合の日程や対戦カードを分かりやすくまとめてもらって、公式チャンネルで告知してもらう予定。私たちは運営側の準備を進めよう」
その役割を引き受けた大森先生は、すでに告知用の文章や配信予定のまとめを準備していた。
生徒会の面々は、その熱意に少し圧倒されながらも、必要な作業を進めていく。
序列戦は、始まる前から学園全体を巻き込む行事になりつつあった。
*
ただし、生徒会の面々自身は、序列戦の順位に対してそれほど複雑な思いを抱いているわけではなかった。
昨年の競技大会では、学園として目立った成績を残すことができなかった。
そのため、今年は上位陣の実力を考えれば優勝も狙えるのではないかと、期待が高まっている。
序列戦は、そのための選抜材料だ。
誰が何位になったかは大切だが、それ以上に、競技大会でどのような戦いができるかが重要になる。
生徒会の仲間たちは、順位表を見ながら、そんなことを話していた。
「しかし、1位から3位までティンカーベルで固定みたいなものだな」
龍太が順位表を見て、率直に言った。
「まあ、あの3人だしね。実際に戦っているところを見れば、そう考えるのも無理はないよ」
アリスは苦笑する。
「ただ、制度としては順位を入れ替える機会があるわけだから、最初から決まっていると考えるのも違うかな」
「そうですね。挑戦する側がどのような戦い方をするのかも、確認する必要があります。ただ、実力差が大きい場合は、試合の安全面にも注意しなければなりません」
ヒカルは冷静に付け加えた。
「まあ、あの3人を相手にするなら、勝つつもりで挑むんだろうしな。やる以上は、こっちも止めるところは止めねえと」
龍太は腕を組んだ。
「上位の試合が増えれば、配信の注目度も上がるだろうね。ティンカーベルがどう動くかは、見ている人も気になっていると思うよ」
瑠奈が楽しそうに言った。
「ただし、それを前提に運営計画を組むのは避けたいね。誰が挑戦するかは本人たち次第だし、試合が成立しない可能性もある」
政宗はあくまで冷静だった。
「その通りだね。まずは決まった試合をきちんと運営していこう。私たち自身も試合に出る以上、準備は必要だしね」
アリスが話をまとめる。
彼らにとって、上位陣は同じ学園の仲間でもある。
しかも、7人が同じクラスに所属していることもあり、互いの実力や性格はよく知っていた。
誰が強いか、誰がどんな戦い方をするか。改めて順位表を見なくても、おおよその見当はついている。
だからこそ、順位そのものについて深く考え込むより、競技大会に向けて必要な準備を進める方が大切だった。
「まあ、やるしかねえな」
龍太が言うと、アリスも笑って頷いた。
「そうだね。せっかくの機会なんだから、みんなにとって意味のある序列戦にしたいところだよ」
序列戦は始まる。
ならば、自分たちもその中でやるべきことをやるだけだ。
*
一方、暫定順位の発表によって、別の意味でやる気を見せる生徒たちもいた。
「おい、あの3人が上位を独占しているの、納得できるか?」
「いや、強いのはわかるけどさ。試合をしないまま順位が固定されるのは、面白くないだろ」
「だったら、誰かが挑戦すればいいんだよ。勝てば順位が上がるんだろ?」
そうした声は、決して多くはない。
だが、序列戦という制度がある以上、上位陣に挑戦して自分の実力を示したいと考える生徒が出てくるのも自然なことだった。
「俺なら、やり方次第で勝てると思うけどな」
「俺もだ。結局、実際に戦ってみなければわからないだろ」
2人の生徒は、自信ありげに言葉を交わしていた。
彼らがティンカーベルの実力をどこまで理解しているのかは、本人たちにしかわからない。
ただ、少なくとも、1位から3位の順位を見て何もせずに諦めるつもりはないらしい。
挑戦の申請をするかどうかは、まだ決めていない。
しかし、彼らのような生徒がいる限り、序列戦が静かに進むとは限らなかった。
*
そして、最初の注目試合として取り上げられることになったのは、4位の綾小路政宗と5位の如月アリスの対戦だった。
上位陣同士の戦いであり、互いの実力を知る者たちにとっても興味深い組み合わせだ。
学園公式チャンネルでは、試合の告知が掲載されることになった。
その準備が進む一方で、当事者であるアリスは、自分の順位を確認してから静かにスマートフォンをしまった。
5位という結果に、不満があるわけではない。
ただ、これから戦う以上、順位にふさわしい実力を示したいと思っていた。
アリスの家は、代々警察に勤める者が多い家系だ。
正々堂々と戦い、勝敗をはっきりさせること。それは、彼女にとって大切な価値観のひとつだった。
序列戦も同じだ。
暫定順位がどうであれ、実際に戦って勝敗を決めるなら、相手に対して誠実に向き合いたい。
政宗がどのような戦い方をするのかは、すでにある程度知っている。彼は経験を積んだ冒険者であり、決して侮れる相手ではない。
だからこそ、アリスは気を引き締めていた。
「……せっかくの試合だし、正々堂々と勝負しようか」
アリスはそう呟き、気持ちを切り替えるようにスマートフォンをしまった。
同じころ、7位の藤堂ヒカルも順位を確認していた。
上位陣同士の潰し合いに、積極的に乗り気というわけではない。
順位が上がること自体は悪くないが、仲間同士で競い合い、誰かを押しのけて上に行くことに、そこまで強い執着があるわけでもなかった。
それでも、序列戦に参加する以上、戦わないわけにはいかない。
「……まあ、やるしかありませんね」
ヒカルは小さく息を吐き、アプリの画面を閉じた。
9位の五代瑠奈も、同じように順位を確認していた。
「順位戦かぁ……。やるなら、ケガしない程度に、見栄えよく終わらせたいところだね」
瑠奈は、必要以上に気負うつもりはなかった。
せっかく人に見られる機会があるのなら、試合として見応えのあるものにしたい。けれど、無理をして大きなケガをするのは避けたい。
それくらいの距離感で考えていた。
それぞれに違う考えを抱きながらも、上位陣は序列戦へ向けて動き始めている。
そして、最初の注目試合の告知が出れば、学園中の視線が政宗とアリスに集まることになるだろう。
1位から3位のティンカーベルが動かない間も、序列戦は進んでいく。
順位表の数字が、これからどのように変わっていくのか。
その最初の答えが、政宗とアリスの試合で示されようとしていた。




