「私、実験体とかにされるのぉ……?」
雑談配信は、思いのほか順調に続いていた。
乙羽たちの活動を以前から見ている視聴者にとって、静はすでにおなじみの存在だ。妹を溺愛するSランク冒険者として知られているうえ、これまでも配信で何度か姿を見せている。
そのため、今日もコメント欄には静への質問が次々と流れていた。
ダンジョン攻略の話がひと段落すると、今度は少し違う方向へと話題が移っていく。
『名前:静さんって普段は何してるんですか?(500円)』
「普段? 普通に冒険者として活動しているわよ。あとは家のことをしたり、ゲームをしたりね」
静は気負うことなく答えた。
Sランク冒険者といえば、一般人からすれば雲の上の存在だ。けれど、こうして話している様子は、妹の面倒を見ながら日々を過ごしている普通の姉と大きく変わらない。
もちろん、その日常の中にダンジョン攻略が当たり前のように含まれているあたりは、一般的とは言い難いのだが。
『ゲームもやるんだ』
『強い人ってゲームも強いのかな』
『料理は? 料理はできるんですか?』
「料理は……母に任せているわね」
静は一瞬だけ視線をそらした。
そのわずかな間を、乙羽は見逃さなかった。
「お姉ちゃんは台所にいない方がいいよねぇ」
「乙羽?」
「んぅー?」
姉の視線を受けても、乙羽はいつもの調子だった。責めているわけではない。ただ、事実を口にしただけなのである。
静が料理をすると、食材の状態が極端なことになる。火が通っていないか、逆に焼きすぎてしまうか。ちょうどいい加減というものが、なかなか訪れないのだ。
母の奏が家にいるときは、基本的に食事を任せている。母がいないときには宅配を頼むか、コンビニで買ってくることが多かった。
最近は乙羽が夕食を作ることも増えたため、静としても食事に関しては安心していた。
「微妙ですね。食材が生焼けか消し炭かのどちらかなので」
リーゼロッテまで淡々と追い打ちをかける。
「先生まで……」
「事実でしょう?」
「う……」
静は反論しかけたものの、言い返せる材料がなかった。
視聴者のコメント欄は、たちまち賑やかになる。
『消し炭は草』
『Sランク冒険者の弱点、料理』
『ダンジョンの魔物より台所の方が危険なのでは?』
『乙羽ちゃんが夕食作ってるの、なんか納得した』
「ちょっと待ちなさい。そこまでひどくは……」
「この前、お姉ちゃんが焼いたお魚、真っ黒だったよねぇ」
「乙羽、それは余計な情報よ!」
静が慌てて止めようとするが、すでに遅い。
コメント欄には魚の話まで広がり始めていた。
琴はその様子を横目で見ながら、落ち着いた声で口を挟む。
「でも、乙羽が作ってくれるなら困らないね」
「そうだねぇ。ごはんはおいしい方がいいもんねぇ」
「……あなたたち、私が料理をしない前提で話していない?」
「違うのぉ?」
「乙羽?」
「んぅー……?」
乙羽は首を傾げた。
静は妹を見つめたあと、小さくため息をつく。家族だからこそ遠慮のないやり取りだったが、配信で公開する話としては、少々自分の立場が危うい気もした。
もっとも、Sランク冒険者としての威厳と料理の腕前は、必ずしも関係ない。
静はそう自分に言い聞かせ、話題を切り替えることにした。
「料理はともかく、ゲームならそれなりにやっているわよ。格闘ゲームではランクも上げているし、オンライン対戦もするわ」
『格ゲー勢なの!?』
『意外すぎる』
『Sランク冒険者の反射神経で格ゲーは強そう』
「まあ、まだまだだけどね」
そう言いながらも、静は少し楽しそうだった。
ダンジョンで戦うのとは違い、ゲームでは相手の動きを読み、限られた時間の中で選択を重ねる。勝つために考えること自体は、冒険者としての戦闘にも通じるものがある。
そして、静にはオンライン対戦で気になっている相手がいた。
「そういえば、オンラインで『リーゼ』って名前の強い人と当たったことがあるわね」
その名前が出た瞬間、リーゼロッテが顔を上げた。
「あら。それは私ですね。ST7でしょう?」
「……え?」
静が目を丸くする。
リーゼロッテは、まるで何でもないことのように頷いていた。
「対戦相手の名前までは覚えていませんでしたが、そういう名前を使っていますよ」
「あなた、私と対戦していたの!?」
「オンライン対戦なら、そういうこともあるでしょう」
「いや、そういうこともあるでしょう、じゃないわよ……」
静は思わず額に手を当てた。
まさか、家でゲームばかりしている小さな妖精が、自分の対戦相手だったとは。
乙羽は2人のやり取りを見て、楽しそうに笑った。
「先生、よくやってるよねぇ」
「ええ。ゲームは良いものです」
「あなたはゲームだけしているのはダメよ?」
「……善処しましょう」
リーゼロッテの返答は、あまりにも歯切れが悪かった。
『善処しましょうw』
『絶対にやめないやつ』
『静さん、先生の生活指導までお願いします』
『強い格ゲーマー同士が同じ家にいるの面白いな』
静は苦笑しながら、画面の向こうの視聴者に向けて肩をすくめる。
「まあ、私が言ったところで、どこまで聞いてくれるかしらね」
「聞いていますよ。善処すると言ったでしょう?」
「その言葉、信用していいの?」
「もちろんです」
リーゼロッテは涼しい顔で答えた。
その様子に、乙羽はくすくすと笑い続けていた。
*
ゲームの話でひとしきり盛り上がったあと、コメント欄には再び冒険者としての話題が増え始めた。
配信を見ている人々にとって、乙羽たちの普段の暮らしは気になるところだが、彼女たちが持つ異常な実力についても、当然ながら興味が尽きない。
『名前:乙羽ちゃんって、いつからあんなに強かったんですか?(1000円)』
静はコメントを確認すると、少しだけ考えるように視線を上げた。
「そうね……乙羽がリーゼロッテを召喚した頃から、何かあるんじゃないかとは思っていたわ」
その言葉に、乙羽は静の方を向く。
「お姉ちゃん、気づいてたのぉ?」
「何かがおかしいとは思ったわよ。でも、あの時点では、あなたがどれほどの力を持っているのかまではわからなかった」
静にとって、乙羽はずっと普通の女の子だった。
もちろん、妹としての性格や普段の様子を誰よりもよく知っているつもりだったし、多少変わったところがあっても、それは乙羽らしさの範囲内だと思っていた。
リーゼロッテを召喚したことは、その認識を変える大きなきっかけになった。
「それまでは、本当に普通の子だと思っていたのよ。少なくとも、今みたいな力を持っているとは思わなかったわ」
「そっかぁ」
乙羽は懐かしむように頷いた。
リーゼロッテの魔法空間で過ごした経験も、最初から今の乙羽の力として完成していたわけではない。そこで身につけたものが、実際のダンジョン攻略を通じて形になり、少しずつ自分の技術として馴染んでいった。
静はその成長を、すぐ近くで見てきたのだ。
「ただ、今のあなたの魔法については、私も驚いているわ。5つの属性を扱えるなんて、普通の冒険者の範囲を超えているもの」
「5つって、そんなに珍しいのぉ?」
「珍しいどころじゃないわよ。私は聞いたことがないわ」
静は真剣な表情で答えた。
乙羽の能力が常識から外れていることは、これまでの戦闘を見ていれば誰にでもわかる。だが、それがどこまで特別なことなのか、静自身も正確に把握できているわけではなかった。
魔法の適性は、冒険者としての将来にも大きく関わる。複数の属性を扱えるだけでも珍しいのに、乙羽の場合はその数がさらに多い。
それを周囲が知ったとき、どのような反応を示すのか。
静は、妹が必要以上に注目を集めることを心配していた。
「……乙羽、変な研究対象にされたりしないでしょうね?」
「私、実験体とかにされるのぉ……?」
乙羽は不安そうに眉を下げた。
冗談めかした言い方ではあったが、まったく心配していないわけでもないらしい。
琴が静かに口を開く。
「可能性がないとは言い切れないね」
「琴ちゃん、そこは否定してほしかったなぁ……」
「でも、何も知らないままにするよりは、知っておいた方がいいと思うよ」
「そうだねぇ……」
乙羽は小さく頷いた。
そこで静は、以前の話を思い出したように続ける。
「そもそも、リーゼロッテの魔法空間で修行ができることは、協会に報告したのでしょう? それなら、今後はそういう訓練を求められるかもしれないわね」
「ええ、あの話ですね」
リーゼロッテは、特に動じる様子もなく答えた。
「あれは本人のやる気次第ですよ。誰でもやらせてあげるつもりはありませんし」
「……やっぱり、そう簡単にはいかないのね」
「当然です。人を鍛えるというのは、場所を用意すれば済む話ではありませんから」
リーゼロッテの声は淡々としていたが、その言葉には実感がこもっていた。
魔法空間での修行は、誰にでも開放できるようなものではない。本人が強く望み、必要な覚悟を持ち、指導する側も時間を割く。その条件がそろわなければ、成立しないのだ。
静は腕を組み、少し考え込む。
「それに、そういう場所で強くなったら、周囲から不公平だとか、ずるいとか言われることもあるでしょうね」
「それはあるかもね」
琴も同意した。
人が努力して強くなる過程は、必ずしも同じではない。何年もかけて経験を積む人もいれば、特殊な環境で短期間に大きく成長する人もいる。
その違いを、すべての人が納得できるとは限らない。
静は自分のことを振り返りながら、続けた。
「私も、あの空間で修行してきたから。地上では5日しか経っていないけれど、あちらでは1年よ。ずっと先生たちに鍛えられて、召喚された魔物を倒し続けていたわ」
言葉にすると簡単だが、その1年は決して楽なものではなかった。
剣の扱いを学び、魔法を身につけ、実戦を繰り返す。相手は自分の成長に合わせて強くなり、簡単に倒せる相手ばかりではない。ひとつずつ課題をこなしながら、少しずつ前へ進むしかなかった。
その結果、静はレベル100に到達した。
地上では、わずか5日。
時間の流れが違う空間で修行していたことを知らない視聴者にとっては、信じがたい話だろう。
『1年!?』
『地上の5日でレベル100ってこと?』
『修行環境が特殊すぎる』
『それでも1年ずっと戦うのは普通に大変そう』
「私たちは半年だったな」
琴が、以前の自分たちの経験を思い出すように言った。
「まぁ、猿と態度わりぃヒーラーに、ずっと煽られてたな……」
柳は遠い目をしていた。
修行中の苦労を思い出したのか、口調にも少しだけ苦みが混じる。
「柳ちゃん、まだ根に持ってるのぉ?」
「当たり前だろ。あいつら、こっちが疲れてても容赦しねぇんだぞ」
「でも、そのおかげで強くなれたんじゃない?」
「それとこれとは別だっつーの!」
柳は即座に言い返した。
視聴者からは、修行中の様子をもっと聞きたいというコメントが流れ始めたが、静はそこで大事な点を付け加えた。
「ただ、あの空間は自由に出入りできるわけじゃないの。決められたレベルに到達するまで、外へ戻れない仕組みになっているのよ」
『帰れないの!?』
『それは覚悟が必要だな』
『誰でも気軽に行ける場所じゃないわけだ』
「そういうことです」
リーゼロッテが頷いた。
「それに、教師役を探すのも面倒なのですよ。何か月も付きっきりで指導しなさい、などと言われて、普通は喜んで引き受けるでしょうか? 私は嫌です」
「そこはもう少し言い方があるんじゃない?」
静が呆れたように言う。
「事実を述べているだけですよ」
「先生らしいねぇ……」
乙羽は苦笑した。
リーゼロッテは人を鍛えること自体を否定しているわけではない。ただ、自分が誰を助け、誰に機会を与えるかは、自分で決めるということだ。
協会や学校が希望したからといって、無条件に応じるつもりはない。
その方針は、これまでの付き合いからもよくわかっていた。
静は一度息をつき、視聴者に向けて表情を和らげた。
「まあ、私たちが強くなれたのは、それぞれにいろいろな経験を積んできたからよ。修行空間だけで何もかも解決する、という話ではないわ」
乙羽も頷く。
「ダンジョンに行ってみないと、わからないこともいっぱいあるもんねぇ」
実際、乙羽たちもダンジョンで戦う中で、自分の力の使い方を学んできた。机上の知識だけでは身につかない感覚もある。
力を持っていることと、それを実戦で適切に扱えることは、同じではないのだ。
*
少し重くなりかけた話題を変えるように、コメント欄に新しい質問が流れてきた。
『名前:静さんから見て、ティンカーベルの配信の魅力って何ですか?(1000円)』
静はその質問を読むと、すぐには答えず、乙羽たち3人を順番に見た。
普段から彼女たちの活動を見ている静には、視聴者とは少し違った視点がある。
「そうね。爽快感じゃないかしらね」
「爽快感?」
乙羽が首を傾げた。
「ええ。乙羽が恐る恐る魔物を倒していた頃も、面白かったわよ?」
「あの頃ぉ?」
乙羽は少しだけ困ったように笑った。
ダンジョンに慣れ始めた頃の自分を思い出す。強い魔物を相手に、力を加減しながら戦うことに苦労していた時期だ。
本人としては、周囲に迷惑をかけないよう、かなり慎重に行動していたつもりだった。
けれど、静の見方は違っていたらしい。
「『あわわ、これくらいでいいよねぇ。よわーく、よわーく』って、わざわざ口に出していたでしょう?」
「えっ……」
乙羽が固まる。
「本人は隠しているつもりだったのかもしれないけれど、見ている側には、加減しているのがわかりやすかったのよ」
「そ、そんなこと言ってたかなぁ……?」
「言っていたわ」
静は即答した。
琴は小さく視線をそらし、柳は口元を緩めている。
乙羽は2人の反応を見て、ますます居心地が悪そうに頬を膨らませた。
「みんな、気づいてたのぉ……?」
「そりゃ気づくだろ」
「わかりやすかったね」
「うぅー……」
静はそんな妹を見て、微笑ましそうに目を細めた。
「でも、視聴者もそこはわかったうえで、そっとしてあげていたのでしょうね。無理に暴こうとするのではなく、乙羽が自分のペースで慣れていくのを見守っていた。そういうところも、人気につながっていたんじゃないかしら」
コメント欄には、当時の配信を覚えている視聴者からの反応が流れていた。
『あの頃の乙羽ちゃん、かわいかったな』
『弱く弱くって言いながら普通に強かった』
『こっちは気づいてたけど、見守るのが楽しかったんだよ』
『今見ると、あれも貴重な時期だったな』
乙羽は画面を眺めながら、少し照れくさそうに笑う。
「そっかぁ……みんな、優しかったんだねぇ」
無理に隠し通そうとするのではなく、少しずつ自分の力を出せるようになっていった。
今では、以前のように過剰に弱く見せる必要もなくなっている。自分の力を把握し、仲間と相談しながら、どうすれば効率よく攻略できるかを考えられるようになった。
その変化も、視聴者が楽しんでいる部分なのだろう。
「でも、今は今で、次はどんなことをしてくれるのか楽しみにしている人も多いと思うわ。3人とも実力がついて、攻略の仕方も変わってきたでしょう?」
「そうだね」
琴が静かに同意する。
「同じダンジョンでも、できることが増えると見方が変わるからね」
「まぁ、あたしは勝てるならそれでいいけどな!」
柳は相変わらず自信満々だった。
「それに、リーゼロッテの効率重視の攻略も見どころでしょうね。フェンちゃんも人気だし」
「わふっ?」
話題に出されたフェンちゃんが、机のそばから小さく鳴いた。
どうやら自分のことを呼ばれたと思ったらしい。
「そうそう。フェンちゃんの癒しも大事よね」
静がそう言うと、フェンちゃんは得意げに胸を張った。
「わふっ!」
「えへへぇ。フェンちゃんはかわいいもんねぇ」
乙羽が嬉しそうに頭を撫でる。
リーゼロッテはその様子を見ながら、少しだけ顎を上げた。
「攻略においては、私の効率的な判断も重要ですよ」
「先生、そこは自分で言うんだねぇ」
「事実ですから」
「はいはい」
琴が穏やかに受け流すと、柳が声を立てて笑った。
強敵を倒す爽快感。3人が少しずつ成長していく姿。リーゼロッテのゲーム的な発想に基づいた攻略。そして、フェンちゃんをはじめとする和やかな場面。
ティンカーベルの配信には、確かにいくつもの楽しみ方がある。
静は、そのすべてを見てきたからこそ、迷わず答えられたのだった。
「まあ、見どころはいっぱいということよ」
『納得』
『静さん、よく見てるなあ』
『お姉ちゃん視点の配信評、ありがたい』
『これからも楽しみにしてます!』
乙羽はコメント欄を眺めながら、満足そうに頷いた。
「これからも、いろんなことができるといいねぇ」
「そうね。私も一緒にできることがあれば、参加したいわ」
静の言葉に、柳が反応する。
「だったら、また一緒にダンジョン行こうぜ!」
「もちろん、そのつもりよ」
静は迷わず答えた。
すでに今後、ティンカーベルと静が一緒にダンジョンを攻略する配信も考えられている。せっかく同じ場所で活動できるのだから、できることは増やしていきたい。
そして、静にはもうひとつ、気になっていることがあった。
「まず、私たちは神奈川では有名だとは思って活動しているわけだけど……他の県の、まだ未攻略のダンジョンを遠征で攻略してみても面白いかもしれないわね」
「他県か!」
柳が身を乗り出した。
「いつものダンジョンしか知らねぇからな! 違うところに行けるなら、あたしは賛成だぜ!」
普段活動しているダンジョンは、何度も攻略してきた場所だ。地形や魔物の特徴にも慣れているし、効率的に進む方法もわかっている。
けれど、県が変われば、まだ攻略されていないダンジョンもある。
未知の環境で、初めて見る魔物や仕掛けに出会う。いつもの攻略とは違う経験ができるはずだ。
「あなたたちとなら、完全攻略もできると思うわよ?」
静はそう言って、3人を見渡した。
それは単なる勢いだけの提案ではなかった。
乙羽たちの戦闘能力に、琴の冷静な判断、柳の攻めの強さ、そしてリーゼロッテの効率的な攻略知識。さらにフェンちゃんの索敵能力もある。
この面々がそろって遠征すれば、これまで攻略が進んでいないダンジョンでも、かなりのところまで進める可能性がある。
「あら、旅行配信もできますね?」
リーゼロッテが、さっそく別の楽しみ方を見つけたように言った。
「ダンジョンの攻略だけでなく、移動中や現地での食事、お土産選びなども配信に組み込めるでしょう」
「なるほど。ほかの県の攻略か。お土産もおもしろそうだね」
琴も興味を示した。
ダンジョン攻略だけでなく、普段とは違う土地を訪れることそのものにも楽しみがある。遠征先で何を食べるか、どんな場所を訪れるか。攻略の合間にそんな話をするのも、配信として面白そうだった。
「へぇ~、他にもいっぱいあるんだねぇ。行ってみたいなぁ」
乙羽は、まだ見ぬ場所を想像するように目を輝かせた。
いつものダンジョンを攻略するのも楽しい。けれど、知らない土地へ行き、知らないダンジョンに挑戦するのも、きっと新しい経験になるだろう。
静は妹の様子を見て、満足そうに微笑んだ。
「決定というわけではないけれど、候補として考えてみてもいいんじゃないかしら」
「いいと思うよ。予定が合えば、みんなで行ってみたいね」
「だな! 行くなら派手に攻略してやろうぜ!」
柳は笑いながら言い切った。
リーゼロッテも、すでに頭の中で遠征の計画を組み立て始めているようだった。
「行くのであれば、事前にダンジョンの情報を集めたいですね。攻略状況や出現する魔物、移動経路も確認しておきましょう」
「先生、まだ行くって決まってないよぉ?」
「準備を考えるだけなら自由でしょう?」
「それはそうだけどぉ……」
乙羽は困ったように笑った。
琴はそんな一同を見渡し、静かにまとめる。
「まずは、できそうなことから考えていこうか」
「そうね。せっかくの機会だもの。今後も、いろいろな企画を試してみたいわ」
静の言葉に、コメント欄も賛同するような反応で埋まっていく。
『遠征配信、絶対見たい!』
『他県のダンジョン攻略は新鮮そう』
『旅行パートも欲しい』
『フェンちゃんのお土産選びが見たい』
『リーゼ先生が効率よく旅行するところも気になる』
『実現したら楽しみだな』
まだ、何も決まってはいない。
けれど、これからやってみたいことが増えたのは確かだった。
乙羽はコメントをひとつずつ眺め、嬉しそうに頷く。
「みんなが楽しんでくれるなら、いろんなところに行ってみたいねぇ」
配信は、もうしばらく続きそうだった。
いつもの仲間たちと、いつもの部屋で、いつもとは少し違う話をする。
そんな何気ない雑談の中から、新しい企画の種が見つかっていく。
ティンカーベルの活動は、ダンジョン攻略だけにとどまらない。
彼女たちが次にどこへ向かうのか。
それはまだ誰にもわからないが、少なくとも今日の配信を見ていた視聴者たちは、その先を楽しみにしていた。




