「たまーにお姉ちゃんの配信見てるけど、そこまで強くもないよねぇ?」
ゴールデンウィークが明け、学園では序列戦が始まろうとしていた。
そんな中、ティンカーベルの配信予定に、いつもとは違う告知が掲載された。
――本日はゲストにSランク冒険者、乙羽の姉である静を迎えての雑談配信!
以前から乙羽の姉として知られ、単独で高層階を攻略している実力者。妹を大切にしている姿が配信で話題になることもあり、静自身の活動を知っている視聴者も少なくない。
そんな静がティンカーベルの配信に参加する。
告知が出ると、普段からティンカーベルを見ている視聴者だけでなく、静の配信を見ている冒険者たちも集まり始めた。
配信開始前。
マンションの専用ミーティングルームには、配信機材と飲み物、それに宅配で頼んだピザやデザートが用意されていた。
テーブルを囲んだ乙羽、琴、柳、静、リーゼロッテは、配信開始までの時間をのんびりと過ごしている。
「それにしても、今日はかなり人が集まりそうだな」
柳が配信画面の準備状況を見ながら言った。
「静さんがゲストだからね。普段の配信とは違う視聴者も来るだろうし」
琴も機材の状態を確認している。今回はいつものダンジョン配信とは違い、戦闘を見せる予定はない。静を交えた雑談が中心になる。
「まあ、気楽にやればいいんじゃないかしら。私もそんなに堅苦しい話をするつもりはないわ」
静はそう言って、テーブルの上に並んだピザを見た。
「ところで、今日のスパチャについてだけど」
「んぅ?」
乙羽が顔を上げる。
「私は別にお金に困っていないからね。今日の配信で集まった分は、あなたたちのお小遣いだと思っておきなさい。活動資金に使うなり、好きに使うなりすればいいわ」
「静さん、マジぱねぇな。サンキュー!」
柳が遠慮なく礼を言う。
「ありがとうございます。ですが、そこまでしていただくのは少し申し訳ないですね」
琴は少し考えてから、ピザの箱を見た。
「じゃあ今日は宅配にしましょう。せっかくですし、みんなで食べながら配信するのはどうですか?」
「いいですね! ピザを取りましょう! シーフードがいいです!」
リーゼロッテがすぐに賛成する。
「ジャンクフードもいいけどぉ、デザートも頼もうよぉ……」
乙羽も続けて希望を出した。
「もう頼んであるわよ」
静がテーブルの端に置かれた箱を指す。
「わぁ、さすがお姉ちゃん~」
「好きなだけ食べればいいわ。あなたたちの配信に今後もゲストとして出れば、活動費も稼げるでしょうしね。ダンジョン攻略のコラボも、予定が合えば参加したいと思っているわ」
「おっ、そりゃ楽しみだな!」
柳が笑う。
「まずは今日の配信を無事に終わらせましょう。そろそろ時間ですよ」
琴の声に、全員が配信画面へ目を向けた。
---
配信開始。
画面には、いつものティンカーベルの配信画面が表示された。
乙羽、琴、柳が並び、その隣に静が座っている。リーゼロッテもテーブルの上にちょこんと陣取り、いつものように参加していた。
乙羽がカメラに向かって手を振る。
「みんな、こんにちはぁ。今日はお姉ちゃんに来てもらったよぉ」
「こんにちは。静よ。今日はよろしくね」
静も軽く手を振った。
コメント欄が一気に流れ始める。
『待ってました!』
『静さんとティンカーベルのコラボだ!』
『今日は雑談回か、ゆっくり見られるな』
『Sランク冒険者が3人と一緒に座ってるの、改めて考えるとすごい』
『今後のダンジョンコラボにも期待!』
「今日は戦闘じゃなくて、雑談が中心だよぉ。お姉ちゃんにいろいろ聞いてみようと思ってるんだぁ」
「質問には答えられる範囲で答えるわ。攻略の詳しい情報など、話せないこともあるけれどね」
『普段の活動について聞きたい!』
『41層ってどんなところ?』
『休日は何してるんですか?』
『配信で見る静さん、いつも落ち着いてるよね』
琴がコメントを拾い、静に尋ねた。
「まずは冒険者になった経緯から聞いてみましょうか。静さんは、いつ頃から活動しているんですか?」
「そうね。ダンジョンが出現したのが2年前でしょう? うちは母子家庭だし、お母さんの稼ぎだけじゃこれから厳しくなるだろうと思って、冒険者登録をしたのよ」
静は特別なことでもないように話す。
「そこでステータスを測ったら、最初から異様に高い数値が出てね。自分でも少し驚いたけれど、せっかくなら稼げるだけ稼ごうと思って、地道に活動を始めたわ」
『最初から高ステータスだったのか!』
『2年前からならかなり初期組だね』
『高層階まで行けるようになるまで、相当潜ったんだろうな』
『冒険者を始めた理由が現実的で好き』
「それで、やっている時間が多いほど強くなって、気づいたらSランクになっていたわけ。別に難しくはないでしょう? やれば強くなるのだから」
静はあっさりと言い切った。
柳が苦笑する。
「いやいや、静さん。それが普通にできるなら、Sランクがもっと増えてるって」
「そうかな?」
「そうだよぉ。お姉ちゃんの基準はちょっとおかしいんだよねぇ」
乙羽がのんびりと口を挟む。
『やれば強くなる、が強者の言葉すぎる』
『その「やれば」の量が違うんだろうな』
『本人は本当に普通だと思ってそう』
「それと、静さんってソロ活動が多いですよね。最初から1人だったんですか?」
琴が次の質問を投げかけた。
「それがね、どうしてか私はぼっちみたいに言われることが多いのよ。昔は同じ時期に活動していたパーティーメンバーもいたの」
静は少し首を傾げる。
「ただ、成長速度が少し違うと感じることがあってね。いつの間にかレベルに差が出てきて、組む階層を合わせるのも難しくなってしまったのよ」
「まぁ、メンバーとの活動時間が少しずつずれて、レベルの差ができるのはありそーだよな」
柳が頷く。
「ええ。常に一緒に潜るわけではないでしょうからね。仕事や都合が合わないこともあるでしょうし」
琴も納得した様子で答えた。
「だからって、ずっとソロしかしてないのも心配なんだよねぇ。お姉ちゃん、たまにフェンちゃんを連れていったらぁ?」
乙羽の提案に、静は小さく笑った。
「ふふ。それもいいわね」
『仲違いしたわけじゃないんだな』
『一緒に潜れる階層が違ってくると難しいよね』
『高層階だと、なおさらメンバーを合わせるのが大変そう』
『フェンちゃん同行回は見てみたい』
「元のパーティーメンバーとは今でも関係は良好よ。たまに飲みに行くこともあるしね」
「へぇ、そうなんだ。もっとずっと1人で活動してるのかと思ってた」
柳が意外そうに言う。
「ダンジョンに潜るのは配信中だけっていうルールもあるから、私にとってダンジョンは仕事なのよ。毎日潜っているわけではないし、休日は普通に休んでいるわ」
「休日は何をしてるのぉ?」
乙羽が聞く。
「たまったドラマを消化したり、古着屋に行ったり。あとは街をぶらぶらするくらいね」
「ドラマか。あたしは休日なら、なんか身体を動かしたくなっちまうけどな」
「柳らしいですね」
琴が笑う。
「琴は休日も鍛錬してそうだよねぇ」
「まあ、実家が道場ですから。身体を動かすのは習慣になっています」
「私は休日くらいはゆっくりしたいわね」
静の言葉に、乙羽がうんうんと頷いた。
『ドラマの話も聞きたい』
『古着屋めぐりいいな』
『ダンジョン攻略と休日を分けてるの、なんか安心した』
『元パーティーと今も仲がいいのはいいね』
話題が落ち着いたところで、静は琴と柳の方へ視線を向けた。
「そういえば、あなたたちのことも話しておこうかしら」
「え、あたしら?」
柳が少し身構える。
「琴は実家が道場なだけあって、技術はしっかりしている。柳は経験こそほとんど素人だったけれど、勘がよかった。最初はその程度だったわね」
「お、おう……」
柳が照れくさそうに頬を掻く。
「でも、リーゼロッテの修行を終えてからのあなたたちは、本当に実力がついたわ。柳には余裕ができた。周りもちゃんと見て、無理に突っ込むことがなくなったわね。落ち着きが出てきて、安心したわ」
柳は少し視線を逸らした。
「静さんに言われるとテレちまうな……」
「琴は周りをよく観察して、慎重に処理する順番を決めている。確実に敵を排除していく戦い方ができているわね」
琴は静の言葉を真剣に受け止めた。
「ありがたい言葉です」
「2人とも、Aランクを名乗ることになるけれど、十分以上の実力を持ったと思うわ」
『静さんが具体的に評価してるのいいな』
『柳の戦い方、確かに前より落ち着いた』
『琴は状況判断が上手いよね』
『修行の成果がちゃんと出てるんだな』
「まぁ、修行は大変だったけどな。やった分はちゃんと身についてるってことだろ」
柳が笑う。
「そうだね。まだ伸ばせる部分もあると思うけれど、今の自分たちに何ができるのかは以前より把握できるようになった」
琴も静かに答えた。
その言葉を聞いて、静は満足そうに頷いた。
「ならよかったわ」
続いて、話題は乙羽の成長について移った。
「乙羽は、もう力を隠すのをやめたのよね。正直に言うと、魔法の分野だけは私にも分からない領域まで行っているわ。リーゼロッテから追加の指導も受けているし、これからも伸びるでしょうね」
「当たり前です!」
リーゼロッテが胸を張った。
「乙羽はこんなもんで終わらせません! ダンジョンに潜り続けるなら、必要なことですからね!」
「まぁ~、できることはやるけどぉ……そこまで強くなりたいってわけじゃないんだけどなぁ……」
乙羽は少し困ったように頬を掻く。
「今さらじゃねぇか?」
柳がすかさず突っ込んだ。
「私も柳も、あなたのおまけのように見られるのが嫌だから努力したのだからね」
琴も落ち着いた口調で続ける。
「乙羽が強いのは分かっているけれど、それだけで自分たちの価値が決まるわけじゃない。そう思ったからこそ、私たちは自分の力を伸ばしてきたのよ」
「んぅー……そっかぁ」
乙羽は少し考え、それから笑った。
「じゃあ、これからも一緒に頑張ろうねぇ」
「おう!」
「ええ」
静はそんな3人を見て、柔らかく目を細めた。
「まあ、4人とも無事に毎回戻ってきてくれればいいわね。それだけよ」
『いい関係だな』
『それぞれ自分の目標があるのがいい』
『乙羽たちのチームワーク、これからも楽しみ』
『無事に帰ってくるのが一番だね』
雑談はその後も続いた。
ピザを取り分け、デザートを食べながら、普段の配信ではなかなか出てこない話題が次々と飛び出す。静が好きなドラマの話をすれば、乙羽が以前一緒に見たことを思い出し、柳が古着屋の話に興味を示し、琴が静の普段の装備について質問する。
コメント欄もそれぞれの話題に反応し、スパチャも途切れることなく届いていた。
『これからもコラボ待ってます!』
『静さんの普段の話が聞けてよかった』
『琴と柳の話ももっと聞きたい』
『次はダンジョンで一緒に戦うところを見たい!』
乙羽が画面を見て、楽しそうに手を振った。
「ありがとぉ。今日はお姉ちゃんといっぱいお話できて楽しかったねぇ」
「そうね。私も楽しかったわ」
静は一度コメント欄に目を通してから、続けた。
「今後も予定が合えば、ティンカーベルの配信に参加するつもりよ。ダンジョン攻略も、いつか一緒にできたらいいわね」
『待ってます!』
『共同攻略回、楽しみだ』
『Sランクとティンカーベルの合同攻略、見たい!』
「ただ、まずはあなたたちに来てもらわないといけない場所があるのだけれど」
静がそう切り出すと、乙羽が首を傾げた。
「んぅ? どこぉ?」
「私が攻略している41層よ。あなたたちが今の階層を攻略し終えて、準備ができたら来てほしいの」
「41層かぁ~」
乙羽は少し考えるように視線を上げた。
「たまーにお姉ちゃんの配信見てるけど、そこまで強くもないよねぇ?」
一瞬、コメント欄の流れが変わった。
『えっ』
『静さんのことを言ってる?』
『さすがにSランクを相手にそれは……』
『乙羽、言い方!』
静はすぐに笑った。
「あら、コメントも勘違いしているわよ?」
「あっ、ちがうよぉ? 41層のモンスターのことだよぉ? お姉ちゃんはつよい!」
乙羽は慌てるでもなく、いつもの調子で言い直した。
「まぁ、実際見た感じ、そこまで速い動きをしているモンスターもいなそうだし、殴れば終わりそうかなぁって」
「魔法を使えば早いですしね」
リーゼロッテも平然と付け加えた。
「ただ、琴と柳が今すぐ行けというのは違いますよ? 適正レベルが70ほどは必要なようですから」
「まぁ、それは分かってるよ! あたしらも、すぐにやりてぇってわけじゃねぇし!」
柳は少しだけ声を張った。
「私たちが行き詰まる階層までは止まる気はないが、難しいと感じたら、そこでレベリングをした方がいいだろう」
琴も落ち着いて続けた。
「ええ。それでいいと思うわ。無理をして進む必要はないもの」
静は納得したように頷く。
「私としても、あなたたちが準備を整えてから来てくれればいい。今のティンカーベルの攻略階層に私が降りていって暴れるのは、ほかの冒険者の迷惑になるでしょう?」
『41層ってレベル70くらい必要なのか』
『今すぐ行くんじゃなくて、目標として考える感じだな』
『静さんと一緒に攻略する日が楽しみ』
『それぞれのペースで進めるのが大事だね』
「そういうことだねぇ。まずは今のところを頑張ろうねぇ」
乙羽が笑い、琴と柳も頷いた。
静が参加した雑談配信は、終始穏やかな雰囲気のまま幕を閉じた。
それでも、配信終了後に集計されたスパチャの額は、普段の雑談回を大きく上回っていた。
静が約束どおりゲストとして参加し、今後のコラボにも前向きな姿勢を見せたことで、視聴者の期待はさらに高まったのだった。
そしてティンカーベルにとっても、41層という新たな目標が、少しずつ現実味を帯び始めていた。




