「まぁ~……勝てるしぃ……無難に1~3を確保できればいいよぉ」
ゴールデンウィークが終わった。
連休明けの学校には、休みの間に遊びに出かけた話や、家でのんびり過ごした話など、いつもどおりの賑やかな声が戻ってきていた。
ただし、今年の連休明けは、いつもと少し違っている。
生徒たちの話題の中心にあるのは、連休の思い出ではなかった。
冒険者活動。
ダンジョン攻略。
そして、今月から正式に始まることが発表されていた序列戦。
学校のアプリには、すでに序列戦に関する告知が掲載されていた。登校してきた生徒たちは、教室に入るなりスマートフォンを確認し、友人同士で画面を見せ合っている。
「おい、序列戦の詳細、更新されてるぞ!」
「マジ? 暫定順位って今日決めるんだっけ?」
「今日からだろ。まず全員の順位を決めて、そこから模擬戦を組んでいくって話だったはず」
「いやー、どうなるんだろうな。上位の奴ら、もう相当強くなってるだろ」
「それでも、実際に戦ってみないと分からないこともあるんじゃね?」
「そもそも、これって何のためにやるんだっけ? 強い奴を決めるため?」
「それもあるだろうけど、全国の学校が集まる競技会の話もあっただろ?」
そんな会話が飛び交う教室に、3人の少女が入ってきた。
乙羽、琴、柳。
ティンカーベルの3人だった。
その姿を見つけた生徒たちの視線が、一斉に集まる。
もっとも、以前のように乙羽だけへ集中するわけではなかった。
今では琴も柳も、ダンジョンでの活躍や驚異的な成長によって、その実力を広く知られている。
3人そろって規格外。
それが、今の学校での共通認識になりつつあった。
「おはようございます」
琴がいつもどおりの落ち着いた声で挨拶する。
「おはよー。みんな、朝から元気だね」
柳も軽く手を上げた。
「おはよぉ。連休、終わっちゃったねぇ」
乙羽は眠たげな声で挨拶しながら、自分の席へ向かった。
すると、近くにいた男子生徒が、さっそく声をかけてきた。
「なあ、乙羽。連休中もダンジョン行ってたのか?」
「うん。ちょっとだけねぇ」
「ちょっとだけって……。10層まで攻略してる奴の『ちょっと』って、俺たちの基準と違いそうなんだけど」
「そうかなぁ?」
乙羽は首を傾げた。
本人としては、特別なことを言ったつもりはない。
しかし、聞いていた周囲の生徒たちは、どこか納得したように頷いていた。
「まあ、ティンカーベルだしな……」
「基準が違うのは、もう仕方ないだろ」
「それはそう」
そんな会話を耳にしながら、乙羽は少しだけ安心していた。
ここ最近、学校へ来るといっても、教室で授業を受けるより別室での手続きや打ち合わせが中心だった。
冒険者としての正式登録に向けた準備、学校との調整、今後の活動についての確認。
やることはいろいろあったが、普通に教室へ来る機会はほとんどなかった。
特に、10層を攻略してからは今回が初めてだ。
久しぶりの教室。
以前なら、自分が教室に入っただけで妙な緊張が走ることもあった。
もちろん、今でも視線が集まるのは変わらない。
それでも、以前とは少し空気が違っていた。
乙羽だけが理解不能な存在として浮いているわけではない。
琴も柳も、同じくらい圧倒的な強者として認識されているのだ。
それが乙羽にとっては、思いのほか大きかった。
◇
「乙羽、よかったね」
席に着いたところで、琴が声をかけてきた。
「んぅ? 何がぁ?」
「前より、周りの反応が普通になってきた」
「あー、そうだねぇ」
乙羽は教室を見回した。
確かに、以前ほど腫れ物に触るような雰囲気ではない。
強いことは知られている。
とんでもない実力を持っていることも知られている。
けれど、それは琴や柳も同じだ。
3人まとめて規格外。
その認識が広まったことで、乙羽だけが別格の存在として扱われる場面は減っていた。
「まあ、あたしたちも一緒に強くなったからね」
柳が椅子を引きながら言った。
「乙羽だけが意味分かんねぇって扱いだった頃より、だいぶマシなんじゃね?」
「うん。琴ちゃんも柳ちゃんも、すごく強くなったもんねぇ」
「乙羽に言われると、なんか微妙な気分なんだけど」
「そう?」
「そうだよ。こっちだって頑張ったんだからね」
柳は少しだけ頬を膨らませた。
琴も、静かに頷く。
「私たちも、かなり頑張ったよ」
「うんうん。がんばったんだよぉ」
乙羽は、いつもの調子で答えた。
その言葉に、柳が思わず吹き出す。
「いや、乙羽も頑張ったんでしょ?」
「んぅー……まあ、がんばったよぉ」
「なんか、すごくのんびりしてるなぁ」
「いつものことだね」
琴はそう言って、わずかに口元を緩めた。
乙羽は目立ちたくない。
それは今でも変わっていない。
強いことを隠そうとしているわけではないが、わざわざ自分の実力を誇示したいとも思っていない。
できるだけ普通に過ごしたいし、余計な注目を集めることも避けたい。
だから、今の教室の雰囲気はありがたかった。
もちろん、誰もが3人を普通の生徒と同じように見ているわけではない。
それでも、必要以上に恐れられたり、何かをするたびに大騒ぎされたりすることが減っている。
乙羽にとっては、それだけで十分だった。
「これなら、前より普通に学校で過ごせそうだねぇ」
「序列戦が始まるから、これからまた騒がしくなると思うけど」
琴が冷静に指摘する。
「……あぅ」
乙羽の動きが止まった。
「そうだったぁ……」
「序列戦、乙羽も参加するんだからね?」
「うん。分かってるよぉ」
「分かってる顔じゃないんだけど」
「んぅー……」
乙羽は机に頬を寄せた。
序列戦。
その言葉を聞くだけで、少しだけ面倒な予感がする。
学校の制度として始まる以上、参加しないわけにはいかない。
それに、琴や柳と一緒に参加することになるのだから、必要なことはきちんとやるつもりだった。
ただし、できることなら、あまり騒ぎにならない形で進んでほしい。
乙羽は心の中で、ひそかにそう願っていた。
◇
やがて、始業の時間が近づいた。
教室のざわめきが少しずつ収まり、担任の伊達先生が入ってくる。
いつもどおり、少し疲れたような顔をしていた。
教卓に教材を置き、教室全体を見回す。
「おーし、席に着けー。連休明けだからって、いつまでも浮かれてんじゃねーぞー」
「先生、序列戦の話!」
「分かってるってー。朝からその話ばっかりだなー」
伊達先生は軽くため息をついた。
「まあ、気になるのは分かる。今月から正式に始まるからなー。今日は、その序列戦について説明する」
その一言で、教室の空気が変わった。
生徒たちは一斉にスマートフォンを手に取る。
「じゃぁー、まずはアプリを開いてくれー」
伊達先生が教室のモニターを操作すると、序列戦の案内画面が大きく表示された。
「最初に、全校生徒の暫定順位を決めていくー。今の実力やこれまでの活動実績なんかをもとに、全員に仮の順位を割り振るわけだなー」
「先生、ちょっといいですか!」
前の席の男子生徒が手を上げた。
「なんだー?」
「ティンカーベルは、もう1位から3位でいいんじゃないですか?」
教室が一瞬静かになり、すぐに笑い声が広がった。
「それな!」
「勝てる奴がいなすぎるんだよ!」
「いや、マジでどうすんの? 相手が棄権するでしょ!」
「序列戦っていうか、残りの順位を決める戦いになりそうなんだけど!」
あちこちから好き勝手な意見が飛び出す。
誰もが冗談交じりに話していたが、完全な冗談とも言い切れなかった。
ティンカーベルの3人が、学校内でも飛び抜けた実力を持っていることは周知の事実だ。
10層まで攻略した実績もある。
普通の生徒が同じ土俵で戦ったところで、勝負になるかどうかすら怪しい。
少なくとも、今の段階ではそう考える生徒が大半だった。
話題の中心になっている3人はというと――。
「……だってさ、乙羽」
柳が隣の乙羽を見た。
「んぅー……」
「1位から3位だって」
「うん。聞こえてるよぉ」
「どうする?」
「どうするって言われてもぉ……」
乙羽は困ったように首を傾げた。
自分たちが強いことは理解している。
だからといって、最初から順位を決められるのも、それはそれで違う気がする。
「順位は、ちゃんと決めるものだからね」
琴は落ち着いた声で言った。
「そうだねぇ。やるなら、ちゃんとやらないとねぇ」
「ま、あたしは別にいいけど。相手がいねぇって言われても困るしな」
柳も肩をすくめた。
3人がそんな話をしている間にも、教室の声は止まらない。
伊達先生は、騒ぎが落ち着くのを待ってから説明を続けた。
「まあー、ティンカーベルの3人も、序列戦には参加してもらうことになるー。ただし、最初から順位を決め打ちするわけじゃねー」
「先生、本当に全員と戦うんですか?」
「全員と戦う必要はねーよー。まずは全校生徒で暫定順位を決める。その順位をもとに、アプリで模擬戦の予定を組んでいくー」
伊達先生はモニターを切り替えた。
そこには、序列戦の進行方法が表示されている。
「アプリには、自分の順位と対戦相手、模擬戦の時間が告知される。指定された時間に会場へ行って、試合をする。まずはそれを繰り返して、自分の順位を確かめていくわけだー」
「なるほど……」
「じゃあ、下位の奴が上位に勝ったら?」
「その場合は、勝った側が相手の順位を獲得する仕組みだー。例えば、50位の奴が20位の奴に勝てば、そいつが20位になる。負けた側は、そこから順位を調整されることになるなー。細かい処理はアプリに表示されるから、よく読んどけー」
生徒たちは、アプリの説明を読みながら頷いた。
順位が固定されるわけではない。
戦って勝てば、上へ進める。
実力があっても、最初の暫定順位が低ければ、そこから上がっていく必要があるということだ。
「じゃあ、上位の奴が下位に負けたら大変じゃん!」
「そりゃそうだろー。順位が下がるんだからなー」
「うわぁ……」
「でも、上位って強い奴なんだし、そう簡単には負けないんじゃね?」
「それは戦ってみなきゃ分からないだろ」
教室のあちこちで、さまざまな意見が飛び交った。
序列戦の仕組みが分かってくるにつれ、生徒たちの表情にも真剣さが増していく。
単なるイベントではない。
自分の実力が、学校全体の中でどの位置にあるのか。
それを実際の試合で確かめる機会なのだ。
◇
「ただし、ここで大事なルールがあるー」
伊達先生が、モニターの表示を切り替えた。
「模擬戦は、必ず受けなきゃならねーってわけじゃない。棄権も認められているー」
「えっ、棄権していいんですか?」
「いいぞー。実力差が大きすぎると判断したなら、無理に戦う必要はねー。怪我をするまで意地を張るような制度じゃないからなー」
教室の空気が少し変わった。
序列戦と聞いて、上位から挑戦されたら絶対に戦わなければならないのだと思っていた生徒もいたのだろう。
「じゃあ、上位の人が下位から挑戦されても、断れるってことですか?」
「そういうことだー。上位だろうが下位だろうが、棄権はできる。ただし、序列戦そのものへの参加と、個々の模擬戦を受けるかどうかは別の話だー」
伊達先生は教室を見回した。
「特に、序列戦で20席までに入った奴は、制度への参加が必須になる。順位を確定させるための手続きや、指定された参加条件から勝手に逃げていいって話じゃねーぞー。個々の対戦で棄権できることとは、ちゃんと区別しておけー」
「なるほど……」
「20位以内は参加必須だけど、相手との試合は棄権できるんですね」
「そういうことだなー。無理に戦わせることが目的じゃねーからなー」
伊達先生は、そこで一度言葉を切った。
「それと、序列戦は校内の順位を決めるだけのものでもねー」
モニターに、新しい資料が表示される。
そこには、全国育成冒険者学校の競技会について記されていた。
「今回、序列戦を制度として整えたのは、全国育成冒険者学校の競技会に向けた選手選抜も兼ねているからだー。学校として出場する以上、誰を選手にするか決めなきゃならねーだろー?」
生徒たちの表情が変わった。
序列戦の先に、全国の学校と競い合う舞台がある。
ただ学校内で順位を上げるだけではなく、他校の生徒と戦うことまで想定されているのだ。
「えっ、じゃあ序列戦で上位になれば競技会に出られるんですか?」
「まず、序列の上位20名は競技会への参加が必須になるー。それに加えて、必要な能力を持っている生徒を補欠として確保することもある。序列の順位が、そのまま全員の役割や補欠まで決めるわけじゃねーぞー」
「え、20位以内は全員出るんですか?」
「そういうことだなー。上位20名は参加する。そのうえで、競技会に必要な役割を持った選手を補欠として選ぶことがあるって話だー」
伊達先生は、資料の項目を指し示した。
「競技会は、単純に強い奴を上から並べりゃ勝てるってもんでもねーからなー。攻撃が得意な奴もいれば、守りが得意な奴、味方を支援できる奴、特殊な魔法や特技を持ってる奴もいるだろー?」
伊達先生は、そこで少しだけ声を落とした。
「そういう能力も含めて、補欠を選ぶ。順位が少し下だからって、それだけで選考から外れるわけじゃねー。競技会で役に立つ能力があるなら、そこはちゃんと評価するー」
「じゃあ、順位が低くても、特殊な魔法が使えれば選ばれる可能性があるってことですか?」
「そういうことだなー。自分にしかできないことがあるなら、それを見せるのも大事だー」
教室のあちこちで、納得したような声が上がった。
順位を上げることだけが目標ではない。
自分が持っている能力をどう使うか。
それもまた、競技会では重要になるらしい。
「それから、模擬戦の様子は学校の公式配信でも公開する予定だー」
「えっ、配信!?」
「マジか!」
「自分の試合が学校の配信に載るってこと?」
「そういうことだなー。競技会の選手を選ぶ以上、先生たちや選考に関わる連中が試合を確認できるようにする必要がある。配信を見て、まだ知られていなかった能力に気づくこともあるだろうしなー」
生徒たちは、急に落ち着かなくなった。
自分の試合を多くの人に見られる。
勝てば実力を示せるが、負ければそれも記録に残る。
普段の授業とは違い、誰が見ているか分からない場で戦うことになるのだ。
「うわ、変な負け方できねーじゃん……」
「いや、別に負けること自体が悪いわけじゃないだろ。得意な能力を見せられればいいんだから」
「それはそうだけどさぁ……」
生徒たちの反応を眺めながら、伊達先生は肩をすくめた。
「まあー、変に格好つけようとする必要はねーよ。自分の実力を出せばいい。競技会に向けた選抜なんだから、何ができるのかを見せてくれりゃいいんだー」
◇
「それと、もう1つなー」
伊達先生は、今度は教室の後ろまで視線を巡らせた。
「始まる前から1位から3位は固定になってるって決まってるような奴らも、今日ここにいるだろー?」
視線が、自然と乙羽たちへ集まった。
柳は、周囲の反応を見て口元を上げた。
「だってさ、乙羽」
「んぅー……聞こえてるよぉ」
「そういうのにちょっかいかけてくる生徒もいるだろうからなー。強いって噂だけ聞いて、実際は大したことないんじゃないかとか、順位が決まってるのはおかしいとか、まあ、いろいろ言う奴も出てくるだろうよー」
伊達先生は、少し疲れたように息を吐いた。
「そういうのは、わからせろー」
教室の一部から笑い声が上がった。
「先生、それでいいんですか!?」
「いいも悪いも、模擬戦で勝てば済む話だろー。売られた喧嘩を全部買えとは言わねーぞ。棄権できる制度なんだから、わざわざ相手の挑発に付き合う必要もねー。ただ、本当に勝負を挑んできたなら、実力で納得させてやればいいー」
伊達先生の言葉は、教師としては少々大雑把だった。
だが、乙羽たちにとっては分かりやすい話でもある。
勝つ意思はある。
1位から3位を取るつもりも変わっていない。
ただし、必要のない喧嘩まで買うつもりはない。
相手が棄権するなら、それで構わない。
勝負を挑んでくる相手がいるなら、きちんと勝つ。
それだけだった。
「別に遠慮することねーしよ。実力見せて納得してもらえばいいだろうが!」
柳が、あっさりと言った。
その声には、迷いがなかった。
自分たちがどれほど強くなったのか、柳自身が一番よく分かっている。
以前なら届かなかった相手にも、今なら手が届く。
ダンジョンで積み重ねてきた経験も、戦い方も、身につけた技術もある。
それを隠して順位を譲る理由など、柳にはなかった。
「柳はそう言うと思った」
琴が、苦笑するように返した。
「何だよ。実力を見せるのが悪いことでもねーだろ?」
「悪いとは言ってないよ。ただ、見せすぎるのも考えものかなって」
「見せすぎる?」
柳が眉を上げる。
琴は、教室のモニターをちらりと見た。
「これは配信もするのだろう? 競技会の前に、私たちの戦い方を公開することになる。相手に対策を取られるかもしれないよ?」
「……あー、そりゃそうか」
柳は一瞬だけ言葉に詰まった。
勝つことばかり考えていたわけではないが、そこまで考えていなかったのも事実だった。
競技会に出場する以上、他校の生徒たちと戦うことになる。
学校の配信を見ている人間の中には、彼女たちの戦い方を分析する者もいるだろう。
わざわざ手の内を全部見せる必要はない。
「でも、隠しすぎても意味ねーだろ?」
柳は少し考えてから言った。
「序列戦で勝つのは決めてんだし。相手がどんな対策をしてきても、対応できるようにすりゃいいんだよ」
「それもそうだね。必要以上に手の内を見せる必要はない、というだけだよ」
琴は穏やかに答えた。
柳は、ふっと笑った。
「ま、あたしは勝つけどな」
「うん。それは私も同じだよ」
2人の会話を聞いていた乙羽は、少しだけ困ったように頬を掻いた。
「勝つとは決めたけどぉ、怪我はさせないようにねぇ」
その言葉に、琴と柳が乙羽を見る。
「分かってるよ」
琴が頷いた。
「もちろん。わざわざ怪我させるつもりなんかねーって」
柳も、今度は少しだけ真面目な声で答えた。
乙羽は、ほっとしたように肩の力を抜いた。
勝負を挑まれれば、勝つ。
自分たちの順位を譲るつもりもない。
けれど、相手を傷つけたいわけではなかった。
実力差があることは分かっている。
普通に戦えば、力加減を間違える可能性だってある。
だからこそ、乙羽はそこを気にしていた。
「来るならまぁやるしかないよね。でも、怪我させたくないなぁ」
「乙羽らしいね」
琴が微笑む。
「まあ、そこは気をつけるしかねーな」
柳も頷いた。
3人の考え方は少しずつ違う。
柳は実力を見せて納得させればいいと考え、琴は競技会を見据えて情報の出し方まで考える。そして乙羽は、勝利を前提にしながらも、相手を傷つけないことを大切にしている。
それでも、目指す順位は同じだった。
1位、2位、3位。
その3つを、ティンカーベルで取る。
それは冒険者登録のために上位を目指していた頃から変わっていない。
今では冒険者としての正式登録も済んでいるが、だからといって目標を変える理由はなかった。
先輩たちを侮っているわけではない。
ただ、競い合う以上は勝つ。
それだけのことだった。
◇
「よーし。じゃあ、最後にまとめるぞー」
伊達先生は、教卓に手を置いた。
「序列戦は、全校生徒の実力を確認して順位を決めるための制度だ。個々の模擬戦では棄権も認められるが、序列戦そのものの手続きはきちんと進めろー」
モニターには、序列戦の概要が表示されている。
「それから、今回の大きな目的は全国育成冒険者学校の競技会に向けた選手選抜だ。序列上位20名は競技会への参加が必須。それに加えて、必要な能力を持った生徒を補欠として確保することもある。順位だけで選手全員を決めるわけじゃねーぞー」
生徒たちは、真剣な顔で聞いていた。
「模擬戦は学校の公式配信でも公開する予定だ。自分の実力を見せる機会だと思って、きちんと準備しておけー。もちろん、無茶をして怪我するような真似はするなよー」
伊達先生は、そこで少しだけ声を強めた。
「それと、始まる前から1位から3位は固定になってるって決まってるような奴らもいるがー、本人たちはちゃんと参加するつもりらしいからなー。周りが勝手に順位を決めて終わりにする話じゃねーぞー」
教室のあちこちで、笑い声や納得したような声が上がった。
「まあ、実際に戦ってみないと分からないこともあるしな」
「でも、ティンカーベルに挑む奴いるのかな……」
「いるんじゃね? 自分の実力を試したい奴もいるだろうし」
「棄権もできるんだから、無理して挑まなくてもいいんだよな」
「そうそう。競技会の選抜なら、別の試合で自分の得意なことを見せる方法もあるし」
生徒たちの関心は、すでに自分たちの順位や、誰と戦うことになるのかへと移っていた。
伊達先生は、そんな様子を見てから、いつもの調子で言った。
「まあ、細かいルールはアプリに全部載ってるからなー。よく読んでおけよー。分からないことがあれば、後で聞きに来いー」
そう言って、伊達先生は出席簿を開いた。
「じゃあ、ホームルームはここまでだー。次の授業の準備しろー」
◇
「……ねえ、乙羽」
ホームルームが終わると、柳が小声で話しかけてきた。
「何ぃ?」
「これ、あたしたちも普通に試合を組まれるんだよね?」
「そうだねぇ」
「相手、いるのかな」
「んぅー……どうだろうねぇ」
乙羽は少し考えた。
確かに、先ほどの生徒たちの話を聞く限り、最初から挑戦してくる人は少ないかもしれない。
強いと分かっている相手に、わざわざ挑みたいと思う人ばかりではないだろう。
ただ、全員がそうとは限らない。
序列戦で上位に入ることを目標にしている生徒もいるだろうし、実際に戦って自分の実力を確かめたいと考える人もいるはずだ。
「やってみないと分からないんじゃないかな」
琴が静かに答えた。
「そうだねぇ。せっかく決まった制度だし、ちゃんと参加しようねぇ」
「うん」
「まあ、あたしは誰が来てもいいけどな」
柳はそう言いながら、アプリの画面を確認した。
暫定順位の登録について、必要な操作が案内されている。
生徒はそれぞれ自分の実力や活動実績を申告し、その情報をもとに最初の順位が設定されるようだ。もちろん、申告だけで順位が確定するわけではない。模擬戦の結果によって、実際の序列が変わっていく。
「乙羽はどうする?」
琴が尋ねた。
「んぅー……普通に登録するよぉ。変なことしても、あとで面倒になりそうだし」
「それがいいね」
乙羽はスマートフォンを操作しながら、少しだけ考えた。
序列戦で上位になれば、当然目立つことになる。
それは避けられないかもしれない。
けれど、ここで変に逃げたり、順位を誤魔化したりすれば、余計に面倒になりそうだ。
ならば、普通に参加して、必要なことをこなす。
それが一番だろう。
ただし、必要以上に大騒ぎになるのだけは勘弁してほしい。
「……平和に終わるといいねぇ」
「序列戦でそれを願うのは、ちょっと難しいんじゃない?」
琴が指摘する。
「そうかなぁ……」
「無理だと思うぜ、あたしは」
柳も即答した。
「んぅー……」
乙羽は机に頬を寄せた。
どうやら、序列戦が始まる前から、すでに少しだけ疲れてしまったらしい。
それでも、今の教室には琴も柳もいる。
以前のように、自分だけが別格として扱われるわけではない。
3人で一緒に参加し、3人で一緒に戦っていく。
その先に全国の学校との競技会が待っているとしても、今すぐ何かを変える必要はない。
まずは、目の前の序列戦をきちんとこなすだけだ。
乙羽は小さく息を吐き、アプリの登録画面を最後まで確認した。
そのとき、近くの席から男子生徒の声がした。
「でもさ、乙羽たちって、本当に1位から3位を取るつもりなのか? もう冒険者登録も済んでるんだろ? 別に序列戦で頑張る必要もないんじゃないのか?」
何気ない疑問だったのだろう。
けれど、その言葉に周囲の何人かが反応し、乙羽たちの方へ視線を向けた。
乙羽は顔を上げた。
「んぅー……勝つとは決めてるよぉ」
いつもの、のんびりした声だった。
ただ、言葉に迷いはなかった。
「まぁ~……勝てるしぃ……無難に1~3を確保できればいいよぉ」
教室が、ほんの一瞬だけ静かになった。
乙羽は特に気負った様子もなく、そう言い切った。
大きな声で宣言したわけでもない。
相手を挑発したわけでもない。
自分たちなら勝てる。だから、1位から3位を取る。
ただ、それだけのことを口にしたのだ。
「……ああ、そっか」
最初に反応した男子生徒が、小さく呟いた。
「乙羽って、前からこんな感じだったっけ?」
「いや、前はもっと……自分が強いって話になると、困ってなかった?」
「そうそう。あんまり目立ちたくないって感じだったよな」
周囲の生徒たちも、口々に話し始めた。
乙羽は相変わらず、のんびりしている。
面倒くさがりなところも、できるだけ普通に過ごしたいと思っているところも、以前と変わらない。
けれど、自分の実力については、以前ほど曖昧にしなくなった。
勝てるかどうかを聞かれて、困ったように笑ってごまかすのではなく、勝つと答えた。
しかも、1位から3位を取ることを、当たり前のように口にした。
それは、周囲の生徒たちにとって小さくない変化だった。
10層を攻略し、冒険者としての正式登録を進め、琴や柳とともに経験を積んできた。
乙羽自身も、自分の力をどう扱えばいいのか、少しずつ分かってきたのだろう。
自信がついたのだ。
そう感じた生徒は、きっと少なくなかった。
「まあ、乙羽がそう言うなら、本当に勝つんだろうな……」
「だな。琴も柳もいるし、1位から3位は固いんじゃないか?」
「でも、本人がちゃんと取るって言ったのは、初めて聞いた気がする」
「確かに」
乙羽は、周囲の声を聞いて首を傾げた。
「んぅ? 何か変だったかなぁ?」
「いや、変じゃないよ」
琴が穏やかに答えた。
「自分たちが勝つって、ちゃんと言っただけだもの」
「そうだねぇ」
乙羽は、ふにゃりと笑った。
「せっかくやるんだから、勝ちたいもんねぇ」
柳が、満足そうに頷く。
「だろ? 最初っからそう言っときゃいいんだよ」
「柳は最初から強気すぎるけどね」
「何だよ。勝つつもりでやるんだから、別にいいだろ?」
「はいはい」
琴は小さく笑った。
ゴールデンウィークが終わり、学校は再び日常へと戻っていく。
ただし、これから始まるのは、今までとは少し違う日常だった。
全校生徒が順位を競い、実力を確かめ合う序列戦。
その結果は学校の公式配信を通じて公開され、全国育成冒険者学校の競技会に向けた選手選抜にもつながっていく。
序列上位20名は、競技会への参加が必須。
そして、その20名に加えて、必要な役割を持つ補欠選手も選ばれる。
ティンカーベルの3人が目指す順位は、もう決まっている。
1位、2位、3位。
勝つ意思はある。
相手を侮っているわけではない。
ただ、自分たちが積み重ねてきたものを信じて、勝つつもりでいる。
乙羽は、そんな自分の気持ちを、以前よりも自然に口にできるようになっていた。
序列戦は、まだ始まっていない。
けれど、少なくとも乙羽たちの目標は、もう誰の目にも明らかだった。




