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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「手加減って、どのくらいすればいいのぉ?」

 神奈川冒険者育成学校。


 試験当日、乙羽は受付を済ませ、指定された集合場所へとやってきた。


 周囲には同じ年頃の受験者たちが集まっている。緊張した様子で説明資料を読み返す者もいれば、友人同士で談笑している者もいた。


 そして、その中でひときわ目立っている存在がいた。


「……あの、そちらの方って?」


「えっ? あ、先生のこと?」


 乙羽の隣をふわふわと飛ぶ、小さな白髪の妖精。


 透き通った羽を持ち、興味深そうに周囲を眺めているリーゼロッテに、受験者たちの視線が集まっていた。


「本物の妖精……?」


「召喚獣なのかな?」


「いや、普通に人間みたいに話してるぞ……」


「すごい……。初めて見た」


 小声で交わされる会話が聞こえてきて、乙羽は困ったように笑った。


「えへへ……。こ、この子はリーゼロッテ先生だよ」


「先生?」


「はい。リーゼロッテと申します。今日は乙羽の付き添いで来ています」


 丁寧に挨拶するリーゼロッテに、受験者たちはますます興味を持ったようだった。


「妖精って、学校の試験会場にも入れるんだ……」


「付き添いってことは、受験者の召喚した妖精なのか?」


「ねえ、どうやって召喚したの?」


「えっ、えっとぉ……」


 質問が次々に飛んできて、乙羽は目を泳がせた。


(ど、どうしよう……。先生、すっごく目立ってるよぉ……。私だって、今日はできるだけ普通に試験を受けたいのにぃ……)


 そのとき、試験官が集合場所に現れた。


「受験番号順に整列してください! これからグループごとに実技試験を行います。試験官の指示に従い、各種目を順番に受けてもらいます!」


 受験者たちは慌てて列を作り始めた。


 乙羽の受験番号はグループ内の一番。


 つまり、最初の種目から真っ先に試験を受けることになる。


(い、一番!? どうしてぇ!? こういうのって、最後のほうでみんなの様子を見てから受けるものじゃないのぉ!?)


 もちろん、番号は受付時に決まっている。今さら文句を言っても仕方がない。


 乙羽は小さく息を吐き、リーゼロッテと一緒に試験会場へ向かった。


「乙羽、さまざまな設備がありますね。地球の冒険者は、このような方法で能力を測定するのですか?」


「う、うん。たぶん……」


「興味深いですね」


 先生は楽しそうだった。


(いいなぁ、先生は気楽で……。私はこれから何をどのくらい出せばいいのか、全然わからないんだよぉ……)


 最初の種目は、試験官との模擬戦だった。


 受験者が順番に試験官と戦い、身体能力や判断力、戦闘技術を確認するらしい。武器は安全性を考慮した訓練用のものが用意されている。


「では、受験番号一番。前へ!」


「は、はいっ!」


 乙羽は試験官の前に立った。


「緊張しなくていい。これは勝敗を決める試合ではないからな。君の動きや判断を確認するためのものだ。普段どおりに動いてくれ」


「わ、わかりました!」


(普段どおりって言われてもぉ……。異世界での普段どおりを出したら、試験じゃなくて事故になっちゃうよぉ!)


 試験官が訓練用の武器を構える。


 乙羽も武器を手に取った。


(えっと、どのくらい弱くすればいいんだろう。相手の攻撃を避けて、適当に反撃して……。うん、たぶんそれくらいでいいよね?)


 試験官が踏み込んできた。


 乙羽は反射的に動きかけ、慌てて速度を落とす。


(あっ、速すぎた! もっとゆっくり! えっと、相手に合わせて……!)


 相手の攻撃をかわし、武器を受け流し、隙を見て反撃する。ただし、相手に怪我をさせないよう、動きは慎重に抑えた。


 数度の攻防のあと、乙羽の訓練用の武器が試験官の胸元でぴたりと止まった。


「……そこまで!」


 試験官は一瞬、言葉を失った。


「君、今の動きは……」


「えっ? あ、あの……すみません! 強すぎましたか?」


(やっちゃった!? 今の、やりすぎだった!? でも、止めただけだよね? 当ててないし、怪我もさせてないよねぇ!?)


「いや、そういう意味ではない。かなり動けるな。相手の動きをよく見ているし、無駄な動作も少ない」


「そ、そうですか……?」


 乙羽は曖昧に笑った。


(よかったぁ……。怒られなかったぁ……。でも、褒められるのも目立つから、ほどほどにしてほしいなぁ……)


 試験官は記録用紙に何かを書き込んだ。


「次の種目へ進んでくれ」


 続いて、マラソン形式の持久力試験。


 指定されたコースを走り、持久力やペース配分を測る種目だ。


 乙羽はスタート地点で、ほかの受験者たちをちらりと見た。


 準備運動をしながら、真剣な顔でコースを確認している。


(みんな本気だぁ……。えっと、じゃあ私も本気っぽく走らないと。でも、速すぎたらダメ。遅すぎても変。普通って何ぃ!?)


 スタートの合図とともに、受験者たちが走り出した。


 乙羽も走り始める。


 もちろん、身体能力は大幅に抑えている。息が上がらない程度の速度で、周囲の様子を見ながら走った。


 ところが、少しずつ前の集団に追いついてしまう。


(あれぇ? ちょっと速かった?)


 乙羽は速度を落とした。


 しばらくすると、今度は後ろから受験者が追いついてくる。


(よしよし、このくらいかな? ……あっ、今度は遅すぎる? ええっ、もうわかんないよぉ!)


 結局、乙羽は速度を何度も調整しながら走り切った。


 ゴールしたときには、ほかの受験者たちよりも余裕があり、息もほとんど乱れていなかった。


 記録を確認した試験官が、少し不思議そうな顔をする。


「かなり余裕があるようだな。まだ走れそうか?」


「えっ? あ、はい……。まだ大丈夫です」


(しまったぁ! また余裕があるって言われちゃった! でも、疲れたふりをするのも変だしぃ……。どうすれば正解なのぉ!?)


「そうか。わかった」


 試験官は再び記録を書き込んだ。


 次はパンチングマシンだった。


 機械に取り付けられた標的を殴り、打撃の威力を数値化する設備らしい。


「力を入れすぎないように注意すること。故障させると、後の受験者が困るからな」


「は、はいっ!」


 乙羽は標的の前に立った。


(これはわかりやすい! 力を入れすぎなければいいんだよね。よし、ほんのちょっとだけ……)


 異世界では、殴れば大抵のことは解決する。


 けれど、今回は機械を壊さないことが最優先だ。


 乙羽は軽く拳を握り、そっと標的を殴った。


 ドンッ!


 機械が大きく揺れ、表示板の数字が勢いよく上昇していく。


 そして――。


 999


 数字が止まった。


「…………え?」


 試験官が固まった。


 乙羽も表示板を見上げた。


「……きゅう、ひゃく、きゅうじゅうきゅう?」


 周囲からざわめきが広がる。


「999って、あれ上限じゃないの!?」


「嘘だろ……。あの子、軽く殴っただけだぞ?」


「そもそも、あの機械ってそんな数字出るんだ……」


(えっ、上限なの!? うそぉ!? 私、ほんとにちょっとしか力を入れてないよぉ!?)


 試験官は慌てて機械を確認した。故障はしていない。測定自体も正常に終了しているらしい。


「君、今のは本当に軽く打ったのか?」


「は、はい! かなり手加減したつもりなんですけどぉ……」


(だって、壊したらダメって言われたから! 壊さない程度にしたつもりだったのに! どうして数字がカンストしてるのぉ!?)


「……そうか」


 試験官は表示板をもう一度見た。


 999。


 それ以上の数字は表示されていない。


「記録は……999でいいのか?」


 補助の試験官も困惑した顔で頷くしかなかった。


 乙羽は申し訳なさそうに頭を下げた。


「す、すみません……」


(謝るしかないよぉ……。でも、機械は壊れてないよね? 壊れてないならセーフ……だよね?)


 そして、最後の種目は魔法の実技試験だった。


 受験者が使用できる魔法を披露し、威力や精度、制御能力を確認する。


 試験官が説明を終えると、乙羽の番が回ってきた。


「では、受験番号一番。使用できる魔法を披露してください。初級魔法でも構いません。安全に配慮し、無理のない範囲でお願いします」


「わ、わかりました!」


 乙羽は指定された的の前に立った。


(魔法かぁ……。初級魔法でもいいんだよね。だったら、本当に小さな魔法にしよう。これなら目立たないはず!)


 異世界でリーゼロッテから教わった魔法は、初級だけではない。中級も上級も、属性魔法だけでなく回復や補助、召喚に至るまで幅広く使える。


 でも、今ここで全部見せる必要はない。


(魔法の威力って、魔力を少なくすれば弱くなるんだよね? うん、間違ってないはず……。たぶん!)


 乙羽は指先に魔力を集めた。


 ぽわっ。


 指先に、小さな風の玉が浮かぶ。


 大きさは、せいぜいビー玉ほど。風もほとんど感じられず、見た目だけなら拍子抜けするほど頼りない。


 試験官が首を傾げた。


「……それが魔法か?」


「は、はい! 初級の風魔法です!」


 乙羽は笑顔で答えた。


(よし! 小さい! すっごく小さい! これなら大丈夫だよねぇ!)


 風の玉を的へ向けて放った。


 ひゅんっ。


 小さな風の玉は、ほとんど音も立てずに飛んでいく。


 そして、的に触れた瞬間――。


 ドッッッッッン!!


 凄まじい破裂音が響いた。


 的が一瞬で弾け飛び、破片が周囲へ散る。直後、凝縮されていた風の魔力が一気に解放され、試験場を突風が吹き抜けた。


「うわっ!?」


「きゃあっ!」


「な、何だ!?」


 受験者たちの髪や服が激しくはためき、試験官たちは思わず腕で顔を覆った。


 風が収まったとき、的があった場所には、無残に破壊された装置の残骸が転がっていた。


 静寂。


 乙羽は指先を見つめた。


「…………」


(…………え?)


 試験官も、補助員も、受験者たちも、誰も言葉を発しなかった。


(え、ちょっと待って? 私、今、何したの? 小さな風の玉を飛ばしただけだよね? なんで的が粉々になってるの? なんで風まで吹いてるのぉ!?)


 やがて試験官が、震える声で尋ねた。


「……い、今のが、初級魔法なのか?」


「は、はい……。あれぇ……?」


 乙羽は壊れた的を見た。


 それから、自分の指先をもう一度見た。


「わ、私、すっごく小さくしたんだけどなぁ……」


(魔法の玉は小さかったよ!? そこは間違いないよね!? じゃあ、どうして威力だけこんなことになってるのぉ!?)


 リーゼロッテが隣から、感心したように声をかけた。


「乙羽、見事な制御でしたね。あれほど魔力を凝縮しながら、発動するまではほとんど漏らさないとは」


「……え?」


「魔力を無駄なくまとめて、着弾と同時に解放したのでしょう? 威力を抑えるための工夫としては、とても理にかなっています」


「せ、先生ぇ……?」


 乙羽はゆっくりとリーゼロッテを振り返った。


「私、威力を抑えたかったんだけどぉ……」


「はい。ですから、魔力を小さくまとめたのですよね?」


「そうだけどぉ……!」


「とても上手にできていましたよ」


「なんでぇ……!?」


(先生、褒めてくれるのは嬉しいけど、今はそこじゃないよぉ! 私、目立たないようにしたかったんだよぉ! なんで試験のたびに大事件になってるのぉ!?)


 乙羽の悲鳴が試験場に響いた。


 試験官たちは壊れた的と乙羽を交互に見つめ、慌てて記録用紙に何かを書き込んでいた。


 パンチングマシンは999。


 魔法は、見た目こそ小さな風の玉だったのに、着弾と同時に的を破壊し、突風まで発生させた。


 そして本人は、どちらも手加減したつもりらしい。


 試験官の一人が、ぽつりと呟いた。


「……この子、本当に入学試験を受けに来たんだよな?」


(そうです! ただの入学試験です! 私だって普通に受けたかったんですぅ!)


 もちろん、その心の叫びは誰にも届かなかった。

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