「殴る方が早いんだもん...」
冒険者育成学校の受験を終えた帰り道。
乙羽は静とリーゼロッテの三人で歩いていた。
試験自体は無事に終わった……と言いたいところだが、パンチングマシンの表示は999。魔法の実技では的を盛大に破壊してしまった。
どう考えても、無事という言葉で片づけていいのか怪しい結果だった。
「ねえ、乙羽」
「な、なにぃ?」
隣を歩く静が、じっと妹の顔を見た。
「あんた、魔法師なのよね?」
「う、うん。そうみたい……」
「……ちょっとおかしいわね?」
「えぇ!?」
(な、なんでぇ!? 私、ちゃんと試験を受けただけだよぉ!? ……いや、的は壊したけどぉ!)
静は深いため息をついた。
「配信で見たわよ? 試験の様子」
「えっ、配信!?」
「冒険者育成学校って、私も少し関わってるのよ。今日は受験者の様子を見ていたの」
「そ、そうだったんだぁ……」
(聞いてないよぉ! お姉ちゃんが見てたなんて聞いてないよぉ! というか、試験の様子ってどこまで配信されてるの!? 私の失敗、みんなに見られちゃったのぉ!?)
静はそんな乙羽の動揺などお構いなしに続けた。
「あんた、殴りが強いってどういうことなのよ」
「し、知らないけどぉ……」
「知らないで済む数値じゃなかったでしょうが。あのパンチングマシン、上限まで出ていたわよ?」
「だ、だってぇ……」
乙羽は困ったように視線をそらした。
「魔法より殴る方がらくぅ……」
「…………は?」
静の足が止まった。
乙羽もつられて立ち止まる。
(あっ。言っちゃった。いや、でも本当のことだし……。えっと、今のは忘れてくれないかなぁ……?)
「ちょっと待ちなさい。魔法師なのに、魔法より殴る方が楽ってどういうことよ」
「え、えっとぉ……魔法は、加減を間違えると大変なことになるからぁ……」
「殴る方も十分大変なことになっていたでしょうが!」
「うぅ……」
(正論だぁ……! 何も言い返せないよぉ……!)
静は頭を抱えたあと、今度はリーゼロッテへと視線を向けた。
「ちょっと、リーゼロッテ。あんた、どういうこと? 乙羽に何かしてるの?」
「ふむ……そうですね……」
リーゼロッテは顎に手を当て、真剣に考え込んだ。
(先生、ごまかしてぇ~……! お願いだから、変なこと言わないでねぇ……!)
「乙羽は……多分ですが、身体強化の魔法も使えますね」
「身体強化?」
「はい。身体能力を高める魔法です。それが異常な数値につながったのかもしれません」
静は少し考え込んだ。
「なるほど……身体強化を使っていたのね。それなら、あの打撃も説明はつくわね」
(つくのぉ!? いや、確かに身体強化は使えるけどぉ! そんな簡単に納得していいのぉ!?)
リーゼロッテはさらに続けた。
「それに、魔法の方も……かなりすごいことになっていましたね」
「そこなのよ!」
静が勢いよく乙羽を振り返った。
「魔法の威力もおかしかったじゃない! あんな小さな風の玉で的を吹き飛ばすって、どういうことなのよ!」
「え、えっとぉ……」
(先生、今の流れで話を終わらせてくれればよかったのにぃ! どうして自分から話を広げちゃうのぉ!?)
「魔力を凝縮する制御が上手なのかもしれません。もっとも、あの威力は私も少々驚きましたが」
「……そうなのね」
静は腕を組み、納得したように頷いた。
「さすが魔法師ね。火と風以外にも、使える属性がある可能性はあるってことなのね」
「そ、そうだねぇ……」
(火と風以外どころか、いろいろ使えるんだけどぉ……! でも、それは絶対に言えないよぉ!)
静は納得したらしい。
リーゼロッテも、何事もなかったかのように頷いている。
(先生、ありがとう……! 今のところ、なんとかごまかせてるよぉ……!)
しかし、静の疑問はまだ終わっていなかった。
「でも、乙羽。これから学校に通うなら、魔法の制御はもっと練習しないとダメね。あんな威力じゃ、周りまで巻き込みそうだわ」
「うん……。私もそう思うぅ……」
(本当にそうなのぉ……。できるだけ小さくしたのに、どうしてあんなことになるのぉ……)
「それなら、いっそ近接戦闘を中心に考えた方がいいかもしれませんね」
リーゼロッテが提案した。
「乙羽の場合、パンチやキックの方が安全なのでしょう。魔法は必要なときに使う形で、まずはそちらを中心に装備を整えるのはどうでしょうか」
「……確かに、それはありかもしれないわね」
静も真剣な顔で考え始めた。
「学校の制服は、普通に装備としても使えるから……。最初から重い鎧を買う必要はないわね。軽めのサポーターとか、グローブを揃えた方がよさそう」
「グローブ……」
乙羽は自分の手を見つめた。
(えっとぉ……。私、魔法師として入学するんだよね? なのに、最初に揃える装備がグローブって……。あれぇ? 何かがおかしくないかなぁ……?)
「よし、明日買いに行きましょう」
静はそう決めると、乙羽の肩を軽く叩いた。
「あたしの行きつけの店だから、安心していいわよ」
「そうなんだぁ……」
乙羽は曖昧に頷いた。
(お姉ちゃんの行きつけなら安心……なのかなぁ? いや、装備を買うのは楽しみだけどぉ……。私、魔法師なんだよねぇ……?)
その隣では、リーゼロッテが満足そうに頷いていた。
「乙羽に合った装備を選びましょう。身体強化を活用するなら、動きやすさも大切ですからね」
「うん……先生も一緒に選んでねぇ……」
「もちろんです」
(……明日、普通のグローブを買うだけで終わりますように。お願いだから、変な特殊装備とか勧められませんようにぃ……!)
乙羽は、まだ見ぬ装備店に一抹の不安を抱きながら、家路につくのだった。




