「サンドバッグ破けるなんておかしいよぉ」
翌日。
静に連れられて、乙羽とリーゼロッテは冒険者用品を扱う専門店へとやってきた。
店内には武器や防具、各種サポーターに魔道具まで、さまざまな商品が並んでいる。冒険者向けの店だけあって、一般的なスポーツ用品店とは雰囲気が違った。
「ここが、あたしの行きつけのお店よ」
「わぁ……。いろんなものがあるんだねぇ」
乙羽は棚に並ぶ装備を眺めた。
剣や槍、杖に弓。頑丈そうな鎧に、魔法使い向けらしいローブもある。
(おおっ、冒険者のお店って感じだぁ……! こういうところで装備を選ぶの、ちょっと憧れてたんだよねぇ)
少しだけ気分が浮き立つ。
ただし、今回の目的はあくまで入学に向けた装備選びだ。重装備を揃えるわけではないし、いきなり高価な武器を買う予定もない。
「乙羽、今日は必要なものだけ買うわよ。まずは動きやすい装備からね」
「はぁい」
「リーゼロッテも、乙羽に合いそうなものがあったら教えてちょうだい」
「わかりました」
静はそう言うと、店内の撮影許可を確認してからスマートフォンを取り出した。
「それじゃ、ちょっと配信するわね」
「えっ、配信!?」
乙羽の顔が引きつった。
「もちろん。今日は妹の装備選びよ。昨日の試験を見た人も気になってるでしょうしね」
(待ってぇ!? 昨日の試験を見た人って、そんなにいるのぉ!? 私、もう普通に買い物するだけでも注目されちゃうのぉ!?)
静はいつもの調子で配信を開始した。
「はい、みんな。シズチャンだよ! 今日は妹の乙羽と、リーゼロッテの三人で装備を買いに来てるわ」
配信開始から、コメント欄が勢いよく流れ始めた。
『待ってました!』
『昨日の試験の子だ!』
『999パンチの妹じゃんw』
『あの風魔法の子か!?』
『妖精さんもいる!』
『シズチャン、妹ちゃんの装備選び配信ありがとう』
『ところで妹ちゃん、魔法師なんだよね?』
『本当に魔法師なの? 昨日の映像を見る限り、殴りの方が本職っぽいんだけどw』
「ちょっと、みんな。まだ買い物は始まったばかりよ?」
静が苦笑する。
乙羽はコメントを見て、困ったように笑った。
「え、えへへ……」
(もう殴りの人みたいになってるぅ……! 私、魔法師って判定されたんだよぉ!? パンチングマシンの数字だけで職業を決めないでぇ……!)
リーゼロッテはコメント欄を不思議そうに眺めていた。
「皆さん、乙羽のことをよく見てくださっているのですね」
「そうね。昨日の試験は、かなり話題になっているみたいよ」
『先生が一番落ち着いてるw』
『妖精先生、乙羽ちゃんのことよろしくお願いします』
『魔法師(物理)』
『物理魔法師ってこと?』
『新しい職業かな?』
「物理魔法師って何ぃ……?」
乙羽が思わず呟く。
コメント欄はさらに盛り上がった。
『本人も困惑してて草』
『魔法より殴る方が早いって言ってた子だぞ』
『魔法師の説明を本人が否定していくスタイル』
(だ、だってぇ……! 魔法より殴った方が楽なときもあるんだもん……! でも、それを言うとまた変なことになるから、もう黙っておこう……)
乙羽は口を閉じた。
静は妹の頭を軽く撫でてから、店員に声をかけた。
「すみません。冒険者育成学校に入る予定の子なんですけど、動きやすい装備を揃えたくて」
「でしたら、まずは下半身の防具と手元の保護具でしょうか。学校の制服を着るなら、あまり重いものは必要ないと思います」
店員が案内した棚には、冒険者用のスパッツや膝当て、手袋などが並んでいた。
「まずはこのスパッツね。動きやすいし、膝や太ももも保護できるわ」
静が手に取ったのは、伸縮性のある冒険者用スパッツだった。丈夫な素材で作られており、擦り傷や軽い衝撃から身体を守るための加工も施されている。
「へぇ……。普通の服みたいなのに、ちゃんと装備なんだぁ」
「そうよ。動きやすさは大事だからね」
乙羽は試着室でサイズを確かめ、問題なく動けることを確認した。
続いて、手袋の棚へ向かう。
「こっちはどう?」
静が手に取ったのは、革製のグローブだった。
手のひらや指の動きを邪魔しないように作られていて、拳の部分には小さな金属板が取り付けられている。金属部分は打撃時の保護と耐久性を考慮した設計らしい。
「おおっ……! これ、かっこいいねぇ」
乙羽の目が輝いた。
(いいなぁ、これ! なんか冒険者っぽい! しかも手を守ってくれるなら、安心して使えそう!)
「気に入った?」
「うん! これがいい!」
「じゃあ、サイズを合わせましょう」
店員が手の大きさを測り、乙羽に合うものを用意してくれた。
グローブを装着した乙羽は、拳を握ったり開いたりして感触を確かめる。
「わぁ……。ぴったり!」
「よかったわね。あとは実際に動いたときの感触も確認しておきましょうか」
店員が店の奥を指さした。
「試し打ち用のサンドバッグがありますので、装着感を確かめる程度に軽く打ってみてください。強く打つ必要はありませんよ」
「は、はい!」
(軽く、軽くね……! 昨日の反省を活かして、今日は本当にちょっとだけにしよう。ほんのちょっと。絶対に壊さない!)
乙羽はサンドバッグの前に立った。
静は少し離れた場所から、配信カメラを向けている。
「それじゃ、乙羽。まずは軽くね」
「うん!」
『来たぞ』
『試し打ちw』
『店のサンドバッグは耐えられるのか』
『いや、普通は耐えるだろw』
『昨日の999を見た後だと不安しかない』
(みんな、どうしてそんなに不安そうなのぉ!? サンドバッグだよ!? 普通、殴って確かめるためのものだよねぇ!?)
乙羽は小さく息を吸い、拳を構えた。
力はできるだけ抜く。
身体強化も使わない。
ただ、グローブの感触を確かめるだけ。
(よし。これなら大丈夫!)
「えいっ」
軽い一撃。
ドンッ。
サンドバッグが揺れた。
その次の瞬間――。
バンッ!!
サンドバッグが破裂した。
中身の緩衝材が飛び散り、吊り下げていた金具が大きく揺れる。
店内の空気が凍りついた。
「…………え?」
乙羽は拳を見つめた。
それから、目の前の無残なサンドバッグを見た。
「……なんでぇ……?」
(えっ、うそぉ!? 今、本当に軽く打ったよ!? 身体強化も使ってないよ!? どうしてサンドバッグが破裂するのぉ!?)
静は口を開けたまま固まっていた。
リーゼロッテだけが、乙羽の手元を真剣に観察している。
「ふむ……。グローブの金属部分が衝撃を伝えやすかったのでしょうか。それとも、乙羽の打撃そのものが……」
「先生、今は分析しなくていいからぁ……!」
乙羽が涙目で訴えた。
店員も、破裂したサンドバッグと乙羽を交互に見ている。
「い、今のは……軽く、ですよね?」
「は、はい……。軽くのつもりでした……」
(もうやだぁ……! 装備の試着をしただけなのにぃ……! 私、これから学校でやっていけるのかなぁ……!?)
静がようやく我に返った。
「ちょ、ちょっと待って! 店員さん、ごめんなさい! 弁償するわ!」
「い、いえ、まずは怪我がないか確認を……」
店員は慌てて乙羽の手を確認した。
グローブには傷ひとつない。
乙羽の手にも異常は見られなかった。
「……装備そのものは問題なさそうですね」
「そ、そうですか……?」
「ええ。ただ……」
店員の視線が、破裂したサンドバッグに向かう。
「もう少し頑丈な試し打ち設備を用意した方がよさそうですね……」
(そういう問題なのぉ!?)
静は額に手を当てた。
「……乙羽。あんた、本当に魔法師なのよね?」
「わ、私にもわかんないよぉ……!」
『サンドバッグ破裂www』
『魔法師とは』
『やっぱり物理じゃないか!』
『魔法師(拳で解決)』
『昨日はパンチングマシン、今日はサンドバッグ』
『装備屋さんに新しい伝説を作るなw』
『妖精先生、解説お願いします』
リーゼロッテはコメントを確認し、真面目な顔で答えた。
「乙羽は魔法も使えますよ。とても優秀です」
『そこじゃないwww』
『先生、物理の説明をしてくれw』
『魔法師なのは否定しないんだw』
「えへへ……」
乙羽は困り果てた笑みを浮かべた。
(違うのぉ……! 私はただ、入学用の装備を買いに来ただけなのぉ……! どうして買い物に来るたびに、何かが壊れるのぉ……!?)
こうして乙羽は、冒険者用スパッツと金属付きの革製グローブを手に入れた。
ただし、装備選びの配信は、シズチャンの視聴者たちにとって忘れられない回となったのだった。




