「んぅー? だって、かわいいものはいいよねぇ」
ティンカーベルの公式配信チャンネルに、久しぶりの配信予告が掲載されたのは、その日の昼過ぎだった。
『本日、午後七時よりティンカーベルの配信を行います』
たった一行のお知らせ。
しかし、それだけでコメント欄は一気に盛り上がった。
最後の配信は、ダンジョン十層を攻略したとき。それから十日間、ティンカーベルの三人は配信を行っていなかった。
学校からは、冒険者としての活動方針を調整しているという説明があったものの、具体的に何をしているのかは明かされていない。
そのため、ファンの間ではさまざまな憶測が飛び交っていた。
『ついに来たああああ!』
『十日間長かった……』
『十層クリアしてから音沙汰なくて心配してた』
『学校から何か発表があるのかと思って公式アカウントずっと見てたわ』
『今日は絶対リアタイする』
『待ってました! ティンカーベル!』
午後七時。
配信開始前から集まっていた視聴者たちの画面が切り替わり、見慣れた三人の姿が映し出された。
「みんなぁ、こんばんはぁ」
乙羽が、いつもの調子で手を振る。
「お、こんばんはー! 十日ぶりだな!」
柳も元気よく挨拶し、琴は軽く手を上げた。
「こんばんは。久しぶりだね」
その瞬間、コメント欄が一気に流れ始めた。
『きたああああああ!』
『乙羽ちゃああああん!』
『柳ちゃん元気そうでよかった!』
『琴ちゃんこんばんは!』
『十日間何してたの!?』
『おかえりいいいい!』
そして、配信画面の右側にスパチャの通知が次々と表示され始めた。
高額な投げ銭だけではない。少しでも活動再開を祝いたいという、手頃な金額のスパチャが途切れることなく流れていく。
画面には、視聴者たちの名前とメッセージが次々に積み重なっていった。
『みかん箱:おかえりなさい! ずっと待ってました!(100円)』
『夜ふかし猫:配信再開うれしい!(200円)』
『ゆきだるま:十日間長かったよー!(100円)』
『青いペンギン:三人とも元気そうでよかった!(300円)』
『冒険者見習い:今日もリアタイできた!(100円)』
『しろくま:待ってた! おかえり!(500円)』
『ぽてち:乙羽ちゃんの声が聞けたので満足です(100円)』
『琴ちゃん推し:琴ちゃんこんばんは! 配信ありがとう!(200円)』
『柳ちゃん推し:柳ちゃんの元気な挨拶で元気出た!(200円)』
『ひだまり:また三人の配信が見られるのがうれしい!(300円)』
『黒猫の冒険者:十層クリアからずっと待機してました!(500円)』
『お茶の時間:無理せず活動してね!(100円)』
『まめ大福:今日もかわいい!(100円)』
『星空:配信してくれてありがとう!(300円)』
『ねむねむ:おかえりなさい、待ってました!(200円)』
『ダンジョン探索部:活動再開おめでとう!(1,000円)』
『こはく:三人の雑談も楽しみにしてる!(100円)』
『にゃんこ隊長:十日間ずっと公式チャンネルを確認してました!(500円)』
『はちみつ:おかえり! 今日も応援してるよ!(200円)』
『名無しの冒険者:とりあえず投げとく! 再開おめ!(100円)』
『青空:待ってましたー!(100円)』
『しおむすび:配信がある日っていいね!(100円)』
『月見うさぎ:三人そろってるのを見ると安心する!(300円)』
『たまごサンド:活動再開うれしいです!(200円)』
『ミルクティー:今日も楽しませてもらいます!(500円)』
『冒険者の卵:これからも応援します!(100円)』
『こたつむり:十日間、長かった……!(100円)』
『フェンちゃんファン:フェンちゃんの話も聞きたい!(300円)』
『通りすがりの視聴者:初見です! おかえりって言われてるから便乗!(100円)』
コメント欄には、さらに通常のコメントも大量に流れていた。
『百円スパチャの波だ!』
『みんな待ってたんだなあ』
『高額投げ銭もすごいけど、この小さい金額が大量に来るのもいいな』
『一人一人が再開を喜んでる感じがする』
『今日のスパチャ欄、あったかい』
乙羽は画面の端に流れていく通知を眺め、少し驚いたように目を瞬かせた。
「おぉ……みんな、いっぱいありがとうねぇ」
琴もコメントを確認しながら、穏やかに笑う。
「本当にありがたいね。十日も空いてしまったのに、こんなに待っていてくれたんだ」
「お、まだ来てるぞ!」
柳が画面を指差す。
『おかえり隊:三人がそろってるだけでうれしい!(100円)』
『はじめの一歩:次の配信も楽しみにしてます!(200円)』
『りんご飴:十層クリアの続きが気になってます!(300円)』
『昼寝好き:今日の配信を楽しみに仕事がんばった!(500円)』
『ミニドラゴン:活動再開おめでとう! 無理せずね!(100円)』
「ふふっ。みんな、待ちきれなかったんだねぇ」
乙羽はいつもの調子で笑った。
彼女たちにとって、十日という期間はそれほど長く感じられなかったのかもしれない。しかし、視聴者にとっては違ったらしい。
ダンジョン十層を攻略した配信は、それだけ大きな注目を集めていた。あの戦闘を見て、ティンカーベルの次の活動を楽しみにしていた人も多かったのだ。
「さて、今日はまず、これからの活動についてお話ししようと思います」
琴がそう切り出すと、コメント欄の流れが少し変わった。
『お知らせ?』
『ついに来たか』
『冒険者登録関係かな?』
「うん。まず、私たちは正式な冒険者登録に向けて動くことになったよ」
柳が続ける。
「今のところ、あたしは暫定Aランク、琴もAランク。乙羽は暫定Sランクって扱いになってる」
『暫定とは?』
『え、もうランク決まってるの?』
『乙羽ちゃんSランク!?』
『いや十層の戦いを見たら納得しかない』
『Aランク二人とSランク一人って何なんだこの高校生集団』
「冒険者協会で実力を確認してもらって、今のランクが決まったんだけどね。正式に登録を完了するには、指定された回数の依頼を受けたり、必要な手続きを済ませたりする必要があるんだって」
琴が丁寧に説明する。
「だから、今すぐ正式なSランク、Aランクとして登録されたわけじゃないよ。必要な条件を満たせば、そのランクで正式登録される予定だね」
『なるほど』
『昇格試験を受け直すわけじゃないんだ』
『実力は認められてるけど手続きが残ってる感じか』
『初依頼配信くる?』
「そうそう。というわけで、これからは冒険者活動が多くなると思う」
柳が身を乗り出す。
「ダンジョン攻略も続けるし、協会から依頼を受けて活動することも増えるはずだ。今までみたいに学校の授業や訓練だけを配信するわけじゃなくなるな」
「それと、雑談配信なんかもやってみたいね」
琴が付け加えた。
「ダンジョンに潜っているときは話せないことも多いし、たまには普通にお話しする配信があってもいいと思うんだ」
「雑談かぁ。何を話すのぉ?」
「それはこれから考えればいいんじゃないか?」
「んぅー、そっかぁ」
乙羽は特に深く考えていない様子だった。
コメント欄には、さっそく希望が並び始める。
『雑談配信待ってます!』
『三人の日常の話聞きたい』
『好きな食べ物とか聞きたい!』
『ゲーム配信も見たい』
『学校生活の話とか!』
『乙羽ちゃんの休日の過ごし方知りたい』
『柳ちゃんと琴ちゃんの趣味も聞きたい!』
「おぉ、いろいろあるな」
柳がコメントを拾っていく。
「ただ、答えられないこともあるからな。そこは勘弁してくれよ」
「うん。学校のことや個人的なこともあるからね」
琴も同意した。
「質問自体は、受け付けてもいいと思ってるよ。ただし、私たちに直接質問を送るのではなく、学校が管理しているティンカーベル宛てに送ってほしいんだ」
今回の配信で、最も重要な説明の一つだった。
「学校側で質問を確認して、私たちが答えられるものだけを選んでもらう。そのうえで、雑談配信などで回答していく形にしたいと思ってる」
『なるほど、質問箱みたいな感じか』
『学校がフィルターになるわけね』
『個人情報とか危ない質問もあるもんな』
『これは助かる』
「そういうことだね。答えられない質問には答えられないし、そもそも採用されない質問もあると思う。だから、そのあたりを理解したうえで投稿してもらえると助かるよ」
「変な質問ばっかり送るなよー?」
柳が釘を刺す。
「柳が言うと説得力あるね」
「なんでだよ、琴!」
「ふふっ」
琴が小さく笑い、乙羽も楽しそうに二人を見ていた。
その後も、今後の活動について説明は続いた。
「それから、学校を辞めるわけじゃないからね」
琴が念を押す。
「冒険者活動が増えるからといって、学校との関係がなくなるわけではないよ。出席や授業については学校と調整してもらっているし、これからも在籍したまま活動していく予定だよ」
『よかった』
『退学するのかと思ってた』
『学校公認の冒険者ってことか』
『学業と冒険者の両立……いや、冒険者のほうがメインになりそうだけど』
「まあ、そこはうまくやっていくつもりだ」
柳が答える。
「それと、グッズの販売や活動に関する問い合わせについても説明しておくね」
琴は少し姿勢を正した。
「今後、私たちのグッズ販売や公式活動の管理は、学校に任せることになったよ。私たち自身が個別に対応するわけではないから、販売時期や商品についての問い合わせは学校にお願いしたい」
『グッズ!?』
『もう販売の話が出てるのか!』
『アクスタほしい』
『ぬいぐるみもお願いします』
『フェンちゃんグッズも出してくれ!』
『学校さんよろしくお願いします!』
グッズの話題になった途端、コメント欄の勢いが再び増した。
「おぉ、グッズかぁ」
乙羽は流れていくコメントを眺めた。
「ぬいぐるみとか、かわいいかもねぇ」
「乙羽、もう買う側の目線じゃないか?」
「んぅー? だって、かわいいものはいいよねぇ」
「それはそうだけどな!」
柳が笑う。
「とにかく、販売や契約関係は学校に任せているから、詳しい問い合わせは学校の窓口にお願いするよ。私たちに聞かれても、答えられないことが多いと思うからね」
琴は最後まで丁寧に説明した。
グッズの販売時期も、種類も、問い合わせ先も、学校が管理する。
活動の方針は三人が決めるが、それ以外の面倒な手続きは学校に任せる。
彼女たちにとっては、そのほうがずっと都合がよかった。
「……というわけで、お知らせはこんなところかなぁ?」
乙羽が首を傾げた。
「いや、まだ大事なことがあるだろ」
柳がすぐに突っ込む。
「今日の配信だよ。せっかく久しぶりに集まったんだし、何かやろうぜ」
「そうだね。今日は冒険者としての初依頼についても話しておこうか」
琴がそう言うと、視聴者たちが一斉に反応した。
『初依頼!?』
『もう依頼受けるのか!』
『配信してくれる?』
『冒険者活動の初回だ!』
「今日は、冒険者協会で依頼を受けてきたところなんだ。これから、その依頼をこなす予定だよ」
「というわけで、次回は初依頼の様子を配信するつもりだ」
柳が宣言する。
『次回確定きたあああ!』
『待ってました!』
『十日待った甲斐があった!』
『初依頼から見られるのはうれしい』
『スパチャ投げる準備しておきます』
コメント欄は、またしてもお祭り騒ぎになった。
「んぅー、みんな楽しみにしてくれてるねぇ」
乙羽は嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、今日はこのあたりで終わりにしようか。次回は冒険者としての初依頼を配信する予定だから、よかったら見に来てね」
琴が締めくくる。
「それじゃ、またな!」
「またねぇ」
「また次の配信で」
三人が手を振り、配信が終了した。
配信終了後も、SNSではティンカーベルの話題がしばらく途切れることはなかった。
十日ぶりの配信。
冒険者としての正式登録。
今後の活動方針。
そして、次回の初依頼配信。
視聴者たちの期待は、再び大きく膨らんでいた。




