「聖魔法~?」
新居に、待ちに待った荷物が届いた。
「来ました……! ついに来ましたよ!」
玄関から運び込まれた大きな箱を前に、リーゼロッテはいつになくそわそわしていた。
箱の中身は、新しいゲーミングPC一式。これまで使っていたPCもまだ十分に動いていたが、新しい環境への移行は別腹である。性能も上がり、これからはゲームも快適になるはずだ。
「ふふふ……これでようやく、いろいろと捗りますね」
箱を見上げるリーゼロッテの顔は、すっかり浮かれていた。
妖精サイズの彼女にとって、PCの設置や接続は簡単ではない。とはいえ、そこは念動力の使いどころだ。箱から部品を取り出し、机の上へと運んでいく。
「まずは本体をこちらに……モニターはこの位置で……」
いつもより明らかに手際がいい。普段の片付けでもそれくらいの熱意を見せてほしいものだが、好きなこととなれば話は別らしい。
そんな先生の様子を、静は少し離れたところから眺めていた。
そして、すべてを思い出させるように声をかける。
「リーゼロッテ」
「はい? なんですか、静」
リーゼロッテは振り返った。新しいPCを前にした彼女の表情には、まだ期待が満ちている。
静は穏やかな笑顔で告げた。
「ゲーミングPC、買ってあげたわよ。リーゼロッテ、約束覚えてるわよね?」
「…………」
リーゼロッテの動きが止まった。
数秒の沈黙。
そして、さっきまでの輝きが嘘のように、彼女の顔に嫌そうな表情が浮かぶ。
「……覚えていましたか……」
「もちろん。忘れるわけないでしょう?」
「いえ、その……新しいPCが届いた喜びで、少しくらい猶予をいただけるのではないかと……」
「駄目よ。約束は約束だから」
静はきっぱりと言い切った。
リーゼロッテは新しいPCへ視線を戻す。目の前には、これから始まる快適なゲーム生活が待っている。
そのはずだった。
「……仕方ありませんね」
観念したようにため息をつくリーゼロッテ。
静は満足そうにうなずいた。
「ええ。よろしくね、先生」
「……はい」
新しいPCの到着で最高に機嫌がよかったはずのリーゼロッテは、さっそく約束を果たすことになったのだった。
# 第84話 先生の世界で修行の準備
「……では、準備はできましたね」
新しいゲーミングPCの前で、どこか憂鬱そうにしているリーゼロッテ。
その隣には、静と乙羽の姿があった。
「今回は私も一緒に行くからねぇ」
「ええ。乙羽も一緒なら、こちらとしても説明がしやすいです」
「琴と柳のときは、結局どんな修行をしていたのか、詳しくわからなかったものね」
静は腕を組みながら言った。
以前、琴と柳が修行をしたときには、二人がどんな訓練を受け、何を身につけて帰ってきたのか、静には詳しい内容が伝わっていなかった。
今回は自分が修行する側だ。何をさせられるのかわからないまま送り出されるのは、さすがに気になる。
「それで、リーゼロッテ。これは乙羽の経験した夢……とは違うものよね?」
「ええ、違いますね」
リーゼロッテは迷いなく答えた。
「今回は私の魔法で、静と乙羽の体ごと、私の世界にある空間へ隔離します。夢を見ているわけではありません。実際に体を動かして、食事をして、訓練を受けることになります」
「なるほど。ちゃんと実体があるのね」
「そういうことです。目標設定が終わるまでは、あちらにある家を使ってください。食事もできますし、お風呂もあります。休息については心配しなくて大丈夫ですよ」
「家まで用意してあるのねぇ」
「修行だけに集中できる環境は必要でしょう?」
リーゼロッテは当然のことのように言った。
「教師も用意します。まずは私の世界の言語を理解できていると思いますので、座学と実践を繰り返してください。魔法も剣術も、適性や習熟度を見ながら必要なことを教えてもらえるようにします」
「ずいぶん本格的なのね」
「中途半端に教えても意味がありませんからね」
静は納得したようにうなずいた。
乙羽はそんな二人の会話を聞きながら、のんびりと口を開く。
「私は夢の中だと、先生といろいろ一緒に旅をしたもんねぇ」
(異世界転移したなんて言えないからねぇ……。説明するのも面倒だしぃ……)
「ええ、そうでしたね」
リーゼロッテも、乙羽の言葉に自然にうなずいた。
静は二人を見比べる。
「……夢の中で、そんなにいろいろ経験していたのね」
「うん。いろいろあったよぉ」
乙羽は詳しい説明を避けるように、ふわりと笑った。
もちろん、夢ということになっている経験のすべてを話すつもりはない。今は静の修行が目的なのだから、余計な説明を増やす必要もなかった。
「では、さっそく始めましょうか」
リーゼロッテがそう言うと、三人の足元に魔法陣が広がった。
淡い光が体を包み、周囲の景色がゆっくりと変わっていく。
次の瞬間、三人は見慣れない家の中に立っていた。
窓の外には、地球では見られない景色が広がっている。
「ここが、先生の世界……」
静は周囲を見回した。
夢ではない。自分の足で床を踏み、空気を吸い、窓の外の景色を見ている。
これから自分がここで修行するのだと、ようやく実感が湧いてきた。
「まずは静に、こちらの世界の魔法適性があるか鑑定しましょう」
リーゼロッテが静へ向き直る。
「ただし、こちらの魔法は地球の魔法とは使い方が違います。言語や仕組みを理解しなければ、適性があっても自由に扱えるわけではありません。その点は覚えておいてくださいね」
「わかったわ。それで、乙羽の魔法もこちらの世界にある魔法なのよね?」
静が気になっていたことを尋ねた。
「ええ、そうなります。ただ、乙羽は無詠唱で発動できるように訓練させました」
「無詠唱……?」
「私の世界の言葉で魔法を発動させるのが基本です。しかし、乙羽は魔法の構造を理解し、詠唱を省略して発動できるようになったのです」
「私の世界の言葉って……乙羽にはどう聞こえているの?」
「日本語だよぉ。先生が話す言葉も、こっちの世界の人が話す言葉も、私には日本語に聞こえるんだよねぇ」
「それはちょっとズルいわね」
静は思わず苦笑した。
「地球では乙羽だけが使える、固有魔法みたいなものじゃない」
「一つ一つが魔力制御きついんだよぉ? 簡単に使えるわけじゃないからねぇ」
乙羽は少しだけ不満そうに言った。
実際、無詠唱で魔法を扱うには、魔法の構造を把握したうえで、魔力を細かく制御する必要がある。言葉を省略できるからといって、楽になる部分ばかりではないのだ。
「ふむ。まあ、乙羽の話はそれくらいにして、静の適性を調べましょう」
リーゼロッテが手をかざす。
静の体を淡い光が包み、しばらくして、その光が静かに収束した。
リーゼロッテは結果を確認すると、少しだけ目を細めた。
「……なるほど。静、あなたは聖魔法に適性があるようですね」
「聖魔法?」
静は自分の手を見下ろした。
「なんか、かっこいいわね」
思ったよりも素直な感想だった。
「聖魔法~?」
乙羽も興味を引かれたように声を上げる。
「どんなことができるのぉ?」
「それをこれから調べるのですよ。適性があることと、実際に魔法を使えることは別ですからね」
リーゼロッテはそう答えてから、静へ視線を戻した。
「詳しいことは、これから担当の教師に教えてもらいましょう。まずは魔法の基礎を学び、並行して剣術の訓練も進めます」
「わかったわ。せっかく来たんだもの、きちんと身につけて帰りたいわね」




