「んぅ~? 楽だねぇ~」
翌日。
乙羽、琴、柳の三人は、伊達先生に呼び出されて学校へ来ていた。
昨日、学校から届いた連絡によれば、今日は今後の冒険者活動について話があるらしい。詳しい内容までは聞かされていなかったが、三人とも特に不安には思っていなかった。
そもそも、昨日までの騒ぎを考えれば、何かしらの話があることくらい予想できる。
職員室で伊達先生に声をかけられ、案内された先は会議室だった。
扉を開けると、そこには伊達先生のほかにも数人の教師が集まっていた。机の上には資料が何種類も並べられ、ホワイトボードにはすでにいくつかの項目が書き出されている。
どうやら、ただの連絡事項というわけではなさそうだ。
「おう、来たかー。そこに座ってくれー」
「はぁい」
乙羽は素直に返事をして、琴と柳と一緒に席へ着いた。
伊達先生は三人が揃ったのを確認すると、手元の資料を一枚取り上げた。
「まずは冒険者協会からの話だ。お前らのランクについて、正式な登録を進めたいって連絡が来てる」
「お、やっとか」
柳が反応する。
これまで三人は、学校の制度上、冒険者としての活動にいくつか制限があった。ダンジョンへ潜ること自体はできても、正式な冒険者として自由に活動できるわけではない。
今回の配信で実力が広く知られたこともあり、協会側も動きを早めたようだった。
「ただし、ここは勘違いするなよー。暫定Sランク、暫定Aランクってのは、今すぐ正式にそのランクを名乗っていいって意味じゃねーからな」
伊達先生は三人の顔を順番に見た。
「乙羽はSランク相当、琴と柳はAランク相当の実力がある。そこは協会も認めてる。だが、正式な冒険者になるための研修や、必要な依頼数なんかの条件は、ちゃんとクリアしてもらう必要があるわけだー」
「ふむふむ。やることはやらないといけないんだねぇ」
「そういうことだー。ただ、そこをクリアすれば、改めて実力を一から審査するんじゃなく、そのまま正式なSランク、Aランクとして認定する方針らしい」
「なるほどね。実力は認められてるけど、手続きは別ってことか」
琴の言葉に、伊達先生は頷いた。
「そういう理解でいい。協会としても、実力が足りてるかどうかはもう把握してるからなー。あとは正式な登録に必要な手順を踏んでもらうって話だ」
「じゃあ、研修とか依頼をこなせばいいんだな。わかった」
柳も納得したようだった。
いきなり何もかも自由になるわけではないが、条件を満たせば正式なランクに認定される。それなら、三人にとってもわかりやすい話だった。
「それと、今までお前らがダンジョンで手に入れたドロップ品って、ほとんど学校に提出してただろー?」
「あー、そうだねぇ」
乙羽は今までのことを思い返しながら頷いた。
ダンジョンで得た素材やアイテムは、学校に提出するものが多かった。使えるものならともかく、三人には使い道がわからないものや、そもそも必要のないものも少なくない。
だからといって、捨てるのも何となくもったいない。
「正式登録が済めば、協会で買い取ってもらえるようになる。もちろん、何でも無条件で買い取ってくれるわけじゃねーが、買い取り対象の品なら金になるってことだ」
「おぉ! それは助かるな!」
柳がぱっと顔を明るくした。
「邪魔だったもんねぇ~。そのまま売れるならゴミにならなくてすむねぇ」
「そうね。使わないものを抱えていても仕方ないし」
琴も淡々と頷く。
「お前らなー……」
伊達先生は呆れたように息を吐いた。
「普通はダンジョンのドロップ品ってだけで、もうちょっと喜ぶもんだぞー」
「使わないものは使わないだろ」
「そうだねぇ。お金になるなら、そのほうがいいよぉ」
「まあ、そりゃそうなんだがなー……」
伊達先生は言い返しかけて、やめた。
三人が珍しい素材そのものに興味を示さないのは今に始まったことではない。必要なものなら使うし、不要なものなら売る。それだけの話なのだろう。
「ま、いい。次は学校側からの話だ」
伊達先生が資料を置くと、隣に座っていた教師が少し身を乗り出した。
「学校としては、今後の冒険者活動を全面的に支援したいと考えています」
その言葉に、乙羽たちはそちらへ視線を向けた。
「まず、装備や道具についてだな。今後の活動で必要になるものがあれば、学校を通して相談できるようにする。もちろん、何でも無条件に用意できるわけではないが、活動に必要な装備の調達や、費用面の支援についても検討していく予定だ」
「おお、そりゃありがたいな」
柳が頷く。
「ダンジョンの攻略に必要なものなら、相談できるってことだねぇ?」
「はい。三人が安全に活動できることは、学校としても重要ですから」
教師は真剣な顔で答えた。
昨日の職員会議でも、三人への支援についてはかなりの時間を使って話し合われていた。彼らの実力はもちろん、今後の活動が学校全体に与える影響も大きい。
だからこそ、学校としてできることはしておきたい。少なくとも、教師たちはそう考えているようだった。
「それから、登校についてもだ」
伊達先生が別の資料を取り出した。
「今後、お前らは自由登校にする。普段の授業に毎日出る必要はねー。必要な授業や学校行事、それから学校側との打ち合わせなんかには出てもらうことになるが、冒険者活動を優先して構わないって方針だ」
「んぅ~? 楽だねぇ~」
乙羽は、あっさりとそう答えた。
その瞬間、伊達先生が吹き出した。
「ははっ! やっぱりそうなるかー!」
「どうした伊達セン?」
柳が不思議そうに眉を寄せる。
伊達先生はしばらく笑ってから、片手で顔を覆った。
「いやー、お前のその言葉が、俺の予想した言葉そのままだったからなー!」
「そうなのぉ?」
「昨日の時点で、絶対そう言うと思ってたんだよー!」
職員会議の最後に、伊達先生は乙羽の反応を予想していた。冒険者育成学校は危険な活動がある分、高卒資格も得られる。そのうえ登校日まで減るとなれば、乙羽ならきっと喜ぶだろう、と。
そして実際、乙羽は何のためらいもなく「楽だねぇ~」と言った。
「まあ、冒険者活動に集中できるのはいいことだよぉ。学校に来なくていい日が増えるなら、家でできることも増えるしねぇ」
「お前はもうちょっと学校にも興味を持てー……」
伊達先生は肩を落とした。
ただし、自由登校は乙羽だけのために決めた制度ではない。三人が今後、冒険者として活動していくことを考えれば、学校にいる時間を一律に決めるより、必要なときに登校してもらうほうが合理的だった。
その判断自体に、伊達先生も異論はない。
問題は、乙羽がその制度を聞いて真っ先に「楽」と言ったことくらいだった。
「まあいい。次だ。学校の公式アカウントで、お前らの活動を紹介したいって話が出てる」
「公式アカウント?」
琴が聞き返す。
「そうだ。お前らのダンジョン攻略や配信活動を、学校側からも広報する。学校の宣伝になるってのもあるが、冒険者育成学校として、実際に活躍してる生徒の活動を紹介する意味もある」
「なるほどね。学校の宣伝にもなるわけか」
「まあ、そういうことだなー」
伊達先生は正直に頷いた。
このあたりは、教師陣も隠すつもりがないらしい。
実際、三人の活躍が広まれば、学校の知名度は上がるだろう。冒険者を目指す生徒にとっても、実力のある先輩がいるというのは魅力になる。
そして、それだけではなかった。
「それと、グッズ販売についても提案が出ている」
「おぉ!」
乙羽が目を輝かせた。
その反応を見た教師の一人が、待ってましたとばかりに資料を広げる。
「すでにいくつか案がありましてね! 学校の公式グッズとして、三人の名前を使った商品や、配信で人気のフェンちゃん、それに妖精さんをモチーフにした商品なども考えられます!」
「ちょ、待て待て待てー!」
伊達先生が慌てて止めた。
「まだ本人たちに話を通してねーだろー!」
「あっ、もちろん、許可をいただいてから進めるつもりです!」
「なら、まずは説明からだろーが!」
教師の勢いに押されながら、伊達先生は深々とため息をついた。
昨日の会議でも、グッズの話になった途端に一部の教師が異様な熱意を見せていた。学校の広報になるという理由は理解できる。生徒の活動を支援するための収入にもなるだろう。
だが、話が盛り上がるのが早すぎる。
(学校は金にうるさすぎやしねーかー……)
伊達先生は内心でそう思った。
冒険者活動の支援だけならまだしも、広報にグッズ販売に収益の分配と、ずいぶん商売っ気が強い。学校として利益を考えること自体は悪くないが、もう少し落ち着いてもいいのではないか。
(まあ、決まったことだしなー。本人たちの許可も取るんだ。俺が今さら騒いでもしょうがねーかー……)
そんなことを考えながら、伊達先生は三人へ向き直った。
「で、どうする? 名前を使った広報やグッズ販売について、学校としては前向きに進めたいらしい。もちろん、勝手に作ることはしねー。お前らが嫌ならやらないし、作るものについても相談する」
「名前を使った宣伝はいいよぉ。活動を紹介してもらえるのも、別に困らないしねぇ」
乙羽は少し考えてから答えた。
「でも、アイドルみたいな活動をするのは違うかなぁ。そういうのはしないよぉ」
「あたしも、名前を使って宣伝するくらいなら構わねえな。けど、変な売り出し方をされるのは勘弁だぜ」
「私も同じ。活動の紹介やグッズ販売そのものに反対はしないけど、何を作るかは事前に確認させてほしいわね」
三人の意見ははっきりしていた。
活動を広めることや、名前を使った商品を作ること自体は構わない。ただし、本人たちの意思を無視して、アイドルのように売り出されるのは望んでいない。
「わかりました。その点は必ず守ります」
教師も真剣な表情で頷いた。
「グッズの内容や販売方法については、三人の意見を聞いたうえで進めます。学校の公式アカウントについても、活動の紹介を中心にします」
「それならいいよぉ」
乙羽は納得したように頷いた。
「ただし、契約やお金の話は別だぞー」
伊達先生が念を押す。
「販売するなら、収益の分配や契約条件も決めなきゃならねー。そこはお前らだけで決めるんじゃなくて、保護者にも相談してくれ」
「そういうのはお母さんに聞いてくださぁい」
乙羽は迷いなく答えた。
「あたしも、契約の細かいところは親に相談する。自分だけで決めていい話じゃねえだろ」
「私もそうね。活動の方針は自分たちで決めるけど、契約条件まで自分たちだけで判断するつもりはないわ」
琴も同意した。
自分たちが何をしたいか、どんな活動をするか。それは三人自身が決めることだ。
一方で、契約や金銭に関する細かな条件は、保護者も交えて確認する必要がある。三人とも、その線引きは理解していた。
「よし。じゃあ、その方向で話を進めるー」
伊達先生は資料に目を落とし、いくつかの項目に印をつけた。
「それと、金の話でもう一つある。昨日の職員会議で出た、学校を通した収益の換金制度だ」
「んぅ?」
乙羽が尋ねる。
配信活動などで得た収益について、学校内だけで使える形にしてしまうと、学校に来る機会の少ない三人には使いづらい。そもそも、配信で得たお金を受け取っても、外で使えないのでは意味が薄い。
そのため、学校側では収益を通常の金銭として受け取れるようにする案が検討されていた。
「正式に認められた。学校側が手数料として10パーセントを受け取り、残りの90パーセントを、外でも普通に使える金として受け取れるようにする」
「おぉ!それはいいねぇ!」
乙羽が嬉しそうに頷いた。
「学校の中でしか使えないお金だったら、あんまり学校に来ないし、使う機会も少なそうだもんねぇ」
「それじゃ、配信で応援してくれた人たちからもらったお金の意味も薄くなるしな」
柳も納得したように言う。
「学校でしか使えないなら、結局は必要なときに使えないもの。普通に使えるお金になるなら、そのほうがいいわね」
琴も賛成だった。
「学校側としても、換金や管理にかかる手間があるからなー。10パーセントはそのための取り分ってことだ。もちろん、個別の契約や販売収益については、さっき話した通り保護者も交えて確認する必要がある」
「うん、それならいいよぉ」
乙羽たちは特に反対しなかった。
学校側も運用に必要な費用を確保できるし、三人も受け取ったお金を普段の生活で使える。双方にとって、現実的な落としどころだった。
伊達先生は三人の反応を確かめると、資料をまとめ始めた。
「とりあえず、今日話すことはこんなもんだなー。研修や依頼については協会と日程を調整する。装備の相談や公式アカウントの運用、グッズの具体的な内容についても、これから順番に決めていくことになる」
「はぁい」
「で、最後に一つお願いがあるんだけどぉ」
乙羽が手を挙げた。
「ん? 何だー?」
「こういう話があるときは、できるだけ三人まとめて呼んでほしいなぁ。別々に呼ばれると時間がずれちゃうし、何回も学校に来るのも面倒だからねぇ」
「確かに。どうせ同じ話をするなら、一度で済ませたほうがいいだろ」
柳も賛成する。
「個別に確認する必要がある話なら仕方ないけど、三人共通の話ならまとめてくれたほうが助かるわね」
琴の言葉にも、伊達先生は頷いた。
「まあ、それはそうだなー。個別に話す必要がある場合は別だが、三人共通の話なら、できるだけまとめて呼ぶようにする」
「ありがとぉ」
乙羽は満足そうに笑った。
学校側としては、今後も三人に確認したいことがいくつも出てくるだろう。冒険者協会との調整に、装備の支援、活動の広報、グッズ販売。話し合うべきことは少なくない。
それでも、本人たちの希望を聞きながら進めるという点では、教師たちの考えも一致していた。
「じゃあ、今日はこれで終わりだ。協会から連絡が来たら、また知らせるからなー」
「わかったぁ。じゃあ、帰ろうかぁ」
乙羽が立ち上がり、琴と柳も続いた。
三人が会議室を出ていくと、残された教師たちはさっそく資料を広げ直した。
「では、公式アカウントの運用案ですが……」
「グッズについては、フェンちゃんを中心にした商品も――」
「だから、まず本人たちの確認を取ってからだって言ってるだろー!」
伊達先生の声が、会議室に響いた。
どうやら、学校側の熱意はまだまだ収まりそうにない。
その様子を背に、三人はいつも通りの調子で校舎を歩いていた。
冒険者として正式に活動するための手続きも、学校からの支援も、少しずつ形になり始めている。
もっとも、乙羽にとっては、自由登校になったことのほうが印象に残っているようだった。
「んぅー、これからは家でのんびりできる日も増えるねぇ」
「お前、そればっかりだな」
柳が呆れた声を出す。
「いいじゃない。実際に自由になる時間は増えるんだから」
琴は淡々と答えた。
「そうだねぇ。帰ったら、やることもあるしぃ」
乙羽はそう言って、のんびりと歩き続けた。
三人には、これから冒険者としてやるべきことが増えていく。
けれど、それと同時に、今まで通りの自分たちの時間も大切にしていくつもりだった。




