緊急職員会議
朝。
乙羽は、ベッドの上でスマートフォンを眺めていた。
いつもなら、そろそろ学校へ行く準備を始める時間だ。
しかし、画面には学校から届いたメールが表示されている。
「……あれぇ」
乙羽は首を傾げた。
「今日、学校休みだってぇ」
その言葉に、そばにいたリーゼロッテが顔を上げた。
「休校ですか?」
「んぅー、なんか違うみたい。乙羽たち三人は、今日は登校しないでくださいってぇ」
「……あら」
リーゼロッテは、すぐに事情を察したように手を叩いた。
「では、今日はネトゲ三昧ですね?」
「んぅ!」
乙羽の顔がぱっと明るくなる。
「それもいいねぇ。最近、あんまり遊べてなかったしぃ」
「ちょうどイベントも始まっていましたね」
「そうなのぉ! あれ、気になってたんだよぉ」
二人は、すっかり休日を満喫する気分になっていた。
なお、メールには『本日の登校は控えてください。詳しい事情については、後日説明します』と書かれている。
どう考えても、普通の休校連絡ではない。
だが、乙羽は特に気にしていなかった。
「じゃあ、朝ごはん食べたらやろっかぁ」
「ええ。今日はゆっくり楽しみましょう」
こうして、学校側が大慌てで対応に追われていることなど知る由もなく、乙羽たちの朝は平和に始まったのだった。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
冒険者育成学校では、緊急の職員会議が開かれていた。
「――というわけで、三人には本日、登校を控えてもらうよう連絡しました」
教頭が説明すると、会議室の教師たちは揃って頷いた。
その表情は、誰もが真剣そのものだった。
理由は単純だ。
学校の正門前に、朝早くから報道陣が集まっていたのである。
昨日の配信で明らかになった、乙羽、琴、柳の圧倒的な戦闘能力。
さらに、これまでの学校の記録を大きく塗り替えかねない実力を持った生徒が三人もいたという事実。
それが広まれば、報道関係者が動くのは当然だった。
「今朝、正門前に報道陣が集まっているのを確認しました。三人が登校してくるのを待っていたようです」
「……そりゃ、来るだろうな」
教師の一人が腕を組んだ。
「昨日の配信を見たが、あれだけの力を持った生徒が同じ学校に三人もいるんだ。しかも、五属性の魔法を扱う賢者に、影を操る者、複数の剣を自在に操る者……。冒険者界隈が騒がないわけがない」
「先生方も冒険者資格をお持ちですから、おわかりでしょう。あの三人の実力は、決して学生の範疇に収まるものではありません」
教頭の言葉に、Aランク冒険者でもある教師が頷いた。
「実際、戦闘能力だけで評価すれば、そこらの高ランク冒険者でも簡単には太刀打ちできんでしょうな」
「だからこそ、学校としても対応を誤るわけにはいかない。本人たちの意思を無視して取材を受けさせるわけにもいかないし、無用な混乱も避けたい」
「まずは今日、登校させない判断で正解でしょう」
教師たちの意見は、おおむね一致していた。
彼らは冒険者としての実力を知っている。
だからこそ、三人がただの目立つ生徒ではなく、これから先、冒険者社会にも大きな影響を与える可能性があることを理解していた。
「しかし……」
教頭が眉間を押さえた。
「まさか、登校を控えるよう連絡する日が来るとは思いませんでしたな」
「俺も思わなかったなー」
気の抜けた声が会議室に響いた。
発言したのは、三人の担任である伊達先生だった。
「俺だって担任で、あいつらを一番見てる教師ではあるけどよー。昨日の配信を見ても、なんもわかんねぇんだぞー」
「伊達先生でもですか?」
「いや、学校で教えられることなら教えられるさー。座学もあるし、学校生活の指導だってある。けどなー……」
伊達先生は深くため息をついた。
「戦闘能力について、俺があいつらに何を教えろってんだー?」
会議室が静かになった。
教師たちも、それについては否定できなかった。
彼らは一流の冒険者としての知識や経験を持っている。
しかし、昨日の三人の戦いは、その経験から考えても規格外だった。
特に乙羽に至っては、魔法を使うだけでなく、敵を拳で吹き飛ばしていた。
賢者とは何だったのか。
そう思った教師は、決して一人ではない。
「……まぁ、そこは否定できませんな」
「だろー?」
伊達先生は椅子に深くもたれかかった。
「それで、今日は瑠奈さんにも来てもらいました。三人と一緒にダンジョンへ行っていたそうですから、事情を聞きたいと思いまして」
教頭がそう言うと、会議室の扉が開いた。
「失礼しまーす!」
入ってきたのは瑠奈だった。
いつもの明るい調子で挨拶し、空いている席に腰を下ろす。
「瑠奈さん、急に呼び出してすみません」
「いやいや、別にいいっすよー。てか、学校めっちゃ大変なことになってんじゃん。正門のとこ、記者とかいっぱいいたし!」
「それについても、こちらで対応を検討しています」
「まぁ、そうなるよねー」
瑠奈は苦笑した。
「それで、三人が急にダンジョンへ通い始めた理由について、聞かせてもらえますか?」
「あー、それね!」
瑠奈は頷いた。
「三人とも、冒険者の本登録に必要な実績を稼ぎたかったんだって!」
「本登録に必要な実績?」
「そそ。学校にいる間に、冒険者としての活動実績を作っておきたかったみたい。だからダンジョンに潜り始めたんだよねー」
教師たちは顔を見合わせた。
「つまり、最初から学校の記録を塗り替えることが目的だったわけではない、と?」
「うん。少なくとも、あたしが聞いた限りではね。本人たちは実績を作りたかっただけだと思うよ?」
「……なるほど」
教頭は手元の資料に目を落とした。
目的は、あくまで冒険者としての本登録。
ところが、その過程でとんでもない実力を世間に知らしめてしまったわけだ。
「しかし、実績稼ぎであの結果ですか……」
「マジでヤバいよねー。あたしも一緒に潜ってたけど、あそこまでとは思わなかったし!」
瑠奈は楽しそうに笑った。
その反応を見て、教師の一人がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、瑠奈さんも以前、十階層まで到達していましたね」
「うん。まぁ、ボスは倒せなかったけどねー」
「その瑠奈さんが驚くほどだった、と」
「そりゃそうだよ! あの三人、普通におかしいもん!」
瑠奈はあっさりと言い切った。
教師たちも、もはや否定する気にはなれなかった。
◇ ◇ ◇
「では、今後の学校生活についてですが……」
教頭が話題を切り替えた。
「三人には、今後も学校へ通ってもらうべきでしょうか?」
「本人たちは、学校に通いながら冒険者活動もするつもりみたいだよー!」
瑠奈が先に答えた。
「まぁ、序列戦は一位から三位まで、もらうって言ってたし!」
「……ずいぶんと自信がありますな」
「いや、実力を見たら当然じゃない?」
瑠奈は肩をすくめた。
伊達先生も、気の抜けた声で続ける。
「まぁー、確実だろうなー」
教師たちは、誰も反論しなかった。
序列戦は、単なる校内ランキングではない。
学園の代表として競技会に出場する生徒を選ぶ意味もある。
その先には、他校の代表との戦いも待っている。
三人が加わることで、学校の戦力が大幅に向上するのは間違いなかった。
「それなら、こういう案はどうでしょう」
一人の教師が手を挙げた。
「序列戦や競技会、定例試験など、学園十席が参加しなければならない行事には出てもらう。それ以外は自由登校とするのです」
「自由登校、ですか?」
「ええ。三人にとって、通常の授業で得られるものがどれほどあるのか、正直なところ疑問です。もちろん、必要な授業や試験を免除するという話ではありません。学校としての責任は果たしつつ、本人たちの活動時間を確保するのです」
「合理的ではありますな」
別の教師も頷いた。
「危険を伴う冒険者を育成する学校だからこそ、卒業資格を取得できる制度も整えているわけです。出席日数だけにこだわる必要はないでしょう」
「それに、あの三人がダンジョンで活動を続けるなら、学校としても支援できることがあるはずです」
「例えば?」
「冒険者として正式に登録してもらい、学校として活動を後押しするのです」
その言葉に、教頭が顔を上げた。
「なるほど。学校の管理下で活動する形にすれば、安全面の確認もしやすくなる」
「配信についても、学校の公式アカウントを利用してもらえば、学校として活動を把握できます。本人たちにとっても、視聴者にとっても、安心材料になるでしょう」
「そして、冒険者としての活動名は……」
教師の一人が資料に目を落とした。
「ティンカーベル、ですかな?」
「そうです。すでに妖精さんの存在も含めて、視聴者にはその名前が知られていますからね」
「ならば、正式な活動名もティンカーベルに統一するのがよいでしょう。学校としても、その名前を使って活動を支援する形にすれば、広報面でも大きな効果が見込めます」
教師たちの間に、少しずつ前向きな空気が広がっていった。
ただし、そこで一人の教師が咳払いをした。
「……それと、最優先でグッズ製作ですな」
「グッズ?」
「三人に、妖精さん、フェンちゃん。これは絶対に作らなければなりません」
「……ああ」
「確かに」
「需要は相当なものでしょうな」
先ほどまで真剣な顔をしていた教師たちが、次々と頷いた。
学校の公式グッズとして販売すれば、収益も期待できる。
妖精さんのぬいぐるみ。
フェンちゃんのぬいぐるみ。
乙羽たち三人のアクリルスタンド。
考え始めれば、いくらでも案が出てくる。
「これは早急に企画を立ち上げる必要がありますな」
「いや、まず本人たちの許可を取ってくださいよ」
伊達先生が釘を刺した。
「勝手に商品化して怒られても、俺は知らねぇぞー」
「もちろん、その点は承知しております」
教師は咳払いをして、資料をまとめた。
◇ ◇ ◇
「ところで、配信の収益についても整理しておく必要がありますね」
教頭が新たな資料を取り出した。
「学校の公式アカウントを使用する以上、スーパーチャットなどの収益をどのように扱うか、決めておかなければなりません」
「そうですな。学校の設備や管理体制を利用するわけですから、一定の割合を学校側で受け取るのが妥当でしょう」
「残りは本人たちが使えるようにする、と?」
「ええ。学校に在籍している間は、個人で得た収益を自由に扱うにも手続きが必要になります。学校側で収益を管理し、必要な手続きを経たうえで、学校の外でも使えるお金として本人たちに渡す形にすればよいでしょう」
「では、学校側の取り分は一割程度でどうでしょうか」
その提案に、数人の教師が頷いた。
「管理や広報の手間を考えれば、妥当なところでしょう」
「よし、ではその方向で――」
「ちょっと待ったー!」
瑠奈が勢いよく手を挙げた。
「学校が十パーセントもらうの!? それ、普通にせこくない!? マジで!」
「せこいとは心外ですな。学校の公式アカウントを使用する以上、管理費用も発生しますから」
「いやいや、学校だってティンカーベルの名前でめっちゃ宣伝できるじゃん! それに、学校の知名度も上がるし、入学希望者だって増えるかもしれないし!」
「それは……確かに」
「だったら、もうちょっと割合を考えてもよくない?」
瑠奈は身を乗り出した。
「だって、実際にダンジョンに潜るのも、戦うのも、配信するのも本人たちなんだよ? 学校は管理するだけじゃん!」
「瑠奈さん、学校側にも責任がありますので……」
「わかってるって! でも、一割はせこいし!」
あまりにも率直な意見に、教師たちは苦笑した。
「……まぁ、収益の配分については、本人たちの意見も聞いてから決めるべきでしょうな」
教頭がそうまとめると、瑠奈は満足そうに頷いた。
「そそ! 最初からそうしよーよ!」
「しかし、瑠奈さんは随分と三人のことを気にかけていますね」
「そりゃ、一緒にダンジョン潜った仲だし? それに、あの三人の活動が学校にとってもプラスになるのは間違いないじゃん!」
「なるほど。では、今後の活動については、本人たちの意向を確認したうえで正式に決定しましょう」
教頭が資料を閉じた。
「冒険者としての正式登録。ティンカーベルの名前での活動。学校公式アカウントの利用。そして、自由登校を含めた今後の学校生活について。これらを三人と相談する必要があります」
「それとグッズ製作ですな」
「……グッズ製作は、本人たちの許可を取ってからですよ」
「もちろんです」
教師は真面目な顔で頷いた。
しかし、その目はすでに妖精さんのぬいぐるみを想像しているようだった。
◇ ◇ ◇
「さて……」
会議が終盤に差しかかったところで、伊達先生がぼそりと呟いた。
「これ、乙羽に話したらどうなるんだろうなー」
「どう、とは?」
「いやー、自由登校の話だよー」
伊達先生は、少し考えてから、気の抜けた声で乙羽の真似をした。
「『まぁ、冒険者育成学校は危険な分、高卒資格も手に入るしぃ……行かなくていいのぉ? んぅー、楽ぅ』ってなー」
会議室が静まり返った。
そして。
「……似てますな」
「無駄に似てますね」
「普段から、そんな感じなのですか?」
「いや、まぁー……普段からあんな感じだなー。俺だって担任だからなー。あいつがどういう反応するかくらい、わかるさー」
伊達先生は遠い目をした。
「ただなー。あいつの場合、冗談で言ってるのか、本気で言ってるのか、わからんときがあるんだよなー……」
「今回に関しては、本気でしょうな」
「だろうなー……」
教師たちは揃って頷いた。
「しかし、あの三人に学校へ来るなと連絡した結果、学校へ来なくてもよい仕組みを検討することになるとは……」
「人生、何が起こるかわからんなー」
伊達先生は深いため息をついた。
その頃、当の乙羽はというと。
「んぅー、イベントの報酬、何から取ろっかなぁ」
すでにゲームを起動していた。
学校の会議室で、今後の学校生活を左右する重大な話し合いが行われていることなど、まったく知らずに。
こうして、冒険者育成学校の一日は、教師たちの大騒ぎから始まることになったのだった。




