「私の教え子ですからね」
「それじゃあ、七層に行こうかぁ」
六層の魔物を片付けた乙羽たちは、七層へと続く階段を下りていった。
階段の先に広がっていたのは、見渡す限りの荒野だった。乾いた大地には大小の岩が転がり、遠くには切り立った崖が連なっている。草木はほとんどなく、遠くまで見通せる地形だった。
「荒野か。見通しがいいのは助かるね」
瑠奈が周囲を見渡す。
「隠れる場所が少ねえ分、敵もこっちを見つけやすいだろうけどな。ま、出てきたらぶっ飛ばしゃいいだけだ」
柳が首を鳴らしながら言った。
「そうだね。さっさと進もう」
琴もいつも通り、落ち着いた様子だった。
先頭を歩くリーゼロッテ――みんなが先生と呼ぶ彼女は、周囲の魔力を探りながら口を開いた。
「前方に魔物の群れがあります。二十体以上ですね。近接型が多いですが、後方には遠距離攻撃を行う個体もいます」
「二十体かぁ。ちょうどいいねぇ」
乙羽はのんびりと頷いた。
六層では琴と柳が、それぞれ隠していた能力を披露した。
ならば七層では、自分もきちんと働こう。
そう考えた乙羽は、三人を振り返った。
「私が先に行くねぇ」
「おう。派手にやってこいよ」
柳が口の端を上げる。
「そうだね。こっちはこっちで片付けるから、邪魔にならないようにね」
琴もいつも通りの調子で答えた。
「うん。お願いねぇ」
乙羽は軽く手を振り、荒野を駆け出した。
向こうから、岩のような外殻を持つ大型の魔物が突進してくる。大きな腕を振り上げ、真正面から乙羽を叩き潰そうとしていた。
しかし、乙羽は逃げなかった。
振り下ろされる腕を半歩ずれてかわし、がら空きになった胴体へ拳を叩き込む。
ドンッ!!
鈍い衝撃音とともに、巨体が宙へ舞った。
魔物は後方へ吹き飛び、地面を何度も跳ねてから岩場に激突する。そのまま動かなくなった。
『は????』
『今、拳一発だったよな?』
『でっかい魔物がボールみたいに飛んでったww』
『即死で草』
『これが殴り賢者か……』
『六層まででも十分強かったのに、七層でいきなりこれかよw』
「おお、やるじゃねえか!」
柳が声を上げる。
「そうだね。あれなら一発で済むから、早いよ」
琴は平然と答えたものの、その視線は乙羽の動きを追っていた。
大型魔物の後ろから、別の魔物が二体、左右に分かれて迫る。
乙羽は右の一体が振り下ろした爪を身をひねってかわし、そのまま懐へ踏み込んだ。腹部に拳を打ち込まれた魔物は、地面から浮き上がって後方へ飛んでいく。
もう一体が低い姿勢で足元へ飛び込んできたが、乙羽はその動きを見切り、体勢を崩すことなく一撃を叩き込んだ。
二体目も地面を滑り、動かなくなった。
『接近戦が強すぎるw』
『回避してから殴るまでが速いんだよ』
『魔法使いの戦い方じゃないんですがw』
『殴って即死、殴って即死ってテンポよすぎるだろ』
『敵が近づくこと自体が間違いだった』
乙羽は吹き飛んでいった魔物を確認すると、後方へ視線を向けた。
残りの魔物たちが魔力を集め始めている。赤い光弾が空中に浮かび、紫色の魔力弾が乙羽へ狙いを定めていた。
遠距離攻撃で一斉に仕留めるつもりらしい。
「じゃあ、遠くの子たちは魔法でいこうかなぁ」
乙羽が片手を前に向ける。
周囲の魔力が集まり、三つの魔法陣が空中に浮かび上がった。
炎が渦巻き、風が吹き荒れ、雷光が瞬く。
火、風、雷。
これまでの配信で乙羽が見せてきた、三つの属性だった。
『出た、いつもの三属性』
『この三つを使える時点で十分すごいんだけどな』
『遠距離型相手でも容赦なし』
『今度はどんな規模で撃つんだ?』
敵の魔法が一斉に放たれる。
だが、乙羽の魔法がそれを迎え撃った。
炎の奔流が荒野を走り、風が渦を巻いて魔物たちを巻き上げる。そこへ雷光が幾筋も落ち、敵の魔力攻撃を打ち砕いていった。
爆音が重なり、土煙が舞い上がる。
遠距離型の魔物たちは、反撃する間もなく次々と倒れていった。
「うん。これで後ろは大丈夫そうだねぇ」
乙羽が手を下ろした、そのときだった。
別の群れが左右から迫ってきた。先ほどの爆発を避けたらしい魔物たちが、岩場を回り込んで乙羽へと突進してくる。
乙羽はそちらへ向き直り、今度は足元へ視線を落とした。
「ちょっと、地面を借りるねぇ」
そう呟いた瞬間、荒野の地面が大きく隆起した。
土が盛り上がり、巨大な岩塊が次々とせり上がる。魔物たちの進路を塞ぐだけでなく、その足元から岩の柱が突き出し、群れの動きを一気に止めた。
地面そのものが、乙羽の意志に従って形を変えている。
『……え?』
『今、地面が動いた?』
『土属性?』
『待って、乙羽って土属性使えたの!?』
『今まで見せてなかっただろ!?』
視聴者たちが騒然とする中、乙羽はさらに手を動かした。
隆起した岩の隙間から、今度は大量の水が噴き出した。
乾いた荒野には似つかわしくない水流が、魔物たちを包み込むように広がっていく。水は地面を走り、岩場の間を縫い、逃げようとする魔物たちの足を奪った。
そして、水流が一斉に押し寄せる。
動きを封じられた魔物たちが、まとめて押し流されていった。
直後、乙羽が指先を軽く動かすと、水の流れが弾けるように広がった。
荒野の一角が、轟音とともに水しぶきに包まれた。
『はあああああ!?』
『水属性まで使えるの!?』
『ちょっと待って、土も水も今まで見たことないぞ!?』
『まだ隠し玉持ってやがったのか!!』
『三属性でも十分おかしかっただろうがwww』
『火・風・雷だけじゃなかったのかよ!』
『世界初の五属性って、今ここで更新されたのか!?』
『情報量が多すぎる!!』
瑠奈も、目の前の光景に言葉を失っていた。
乙羽が火、風、雷の三属性を扱えることは知っていた。これまでの映像でも、その三つを組み合わせた戦闘を確認している。
しかし、土と水は違う。
今まで一度も見せていなかった属性だ。
それを、まるで当たり前のように扱っている。
「……は?」
瑠奈の口から、思わずそんな声が漏れた。
「え、待って待って! 今の土属性じゃん!? そのあと水属性まで使ったよね!?」
瑠奈は画面の向こうの乙羽を見つめたまま、声を上げた。
「ちょっと、マジで聞いてないんだけど!? 乙羽ちゃん、まだそんなの隠してたの!?」
『瑠奈ちゃんも知らなかったのかwww』
『現地にいる瑠奈が一番驚いてるw』
『そりゃ驚くわ、俺たちだって聞いてない』
『乙羽、まだ隠し玉持ってたのかよ!』
『世界初の五属性使いがダンジョン配信で突然出てくるなww』
『これ、歴史的瞬間じゃないか?』
その場で一人、満足げに頷いていた人物がいた。
「ふふん。驚くのも無理はありませんね」
リーゼロッテ――先生は、誇らしげに胸を張った。
「乙羽は、まだまだ見せていない力を持っていますから。今回の戦闘も、本人にとっては本気を出したというより、必要な力を使っただけなのでしょう」
「先生、知ってたんですか!?」
瑠奈が勢いよく振り向く。
「もちろん、すべてを知っているわけではありませんよ。ただ、乙羽の力がこれだけに収まらないことは分かっていました」
先生は少しだけ得意げに微笑んだ。
「私の教え子ですからね」
『先生、めっちゃ自慢してるwww』
『そりゃ自慢したくもなるだろw』
『先生の教え子、世界初の五属性使い』
『その肩書きは強すぎる』
『先生が嬉しそうでこっちまで笑うw』
『いや、これを教え子って言える先生もすごいな……』
「ちょっと、先生! そういう大事なことは先に教えてくださいよ!」
「瑠奈さん、本人が公開していない情報を、私から勝手に話すわけにはいかないでしょう?」
「それは……そうですけど!」
瑠奈は言葉に詰まった。
確かに、乙羽が何を公開するかは乙羽自身が決めることだ。先生が勝手に明かさなかったのは当然だろう。
それでも、目の前で五属性を扱う姿を見せられた衝撃は大きかった。
しかも乙羽は、視聴者や瑠奈の反応など気にする様子もなく、次の魔物へと向かっている。
「さて、残りも片付けようかなぁ」
乙羽が再び地面を蹴った。
岩塊に足を取られた魔物へ接近し、拳を叩き込む。巨体が後方へ吹き飛ぶと同時に、別の魔物へ向けて火球を放った。
炎が弾け、敵が倒れる。
その間にも、足元の地面が隆起して逃げ道を塞ぎ、水流が敵の動きを奪っていた。
五つの属性を使い分けながら、近づいてきた敵は拳で倒す。
その戦い方は、魔法使いという枠に収まるものではなかった。
『五属性を使いながら殴るなwww』
『魔法で足止めして拳で仕留めるの、合理的すぎる』
『土で道を塞いで水で流して最後はパンチって何だよw』
『遠距離も近距離も全部対応できるじゃん』
『殴り賢者の名前がどんどん重くなる』
『これまでの三属性も十分すごかったのに、さらに二属性追加は反則だろ』
「おいおい、乙羽だけで全部片付いちまうじゃねえか!」
柳が笑いながら声を上げた。
その足元では、影が大きく広がり、別の魔物を拘束している。柳は動きを止めた敵へ素早く踏み込み、拳を叩き込んだ。
「ま、せっかく来たんだ。こっちも仕事はさせてもらうぜ!」
そのまま柳は、影を伝うように別の魔物の背後へ回り込む。敵が振り返るより早く攻撃を叩き込み、次の標的へ向かって駆け出した。
「そうだね。乙羽ばかりに任せているわけにもいかないし」
琴も複数の剣を呼び出す。
剣は彼女の周囲を離れ、別々の魔物へ向かって飛んでいった。琴自身も正面の敵へ踏み込み、剣の軌道を操りながら、複数の相手を同時に追い詰めていく。
『琴ちゃんも柳ちゃんも普通に強いんだよな』
『乙羽の五属性が衝撃的すぎて忘れそうになるw』
『柳ちゃんの戦い方、荒っぽいのに影の使い方がうまい』
『琴ちゃん、剣を操りながら自分でも戦ってるのか』
『このパーティー、全員が別方向に強い』
乙羽が前方の敵を吹き飛ばし、琴の剣が横から迫る敵を倒す。柳の影が逃げようとした魔物を捕らえ、最後は乙羽の魔法が群れをまとめて包み込んだ。
数分後、荒野に残っていた魔物はすべて倒れていた。
「ふぅ。これで終わりかなぁ」
乙羽が周囲を見渡す。
「……ええ。周囲に敵影はありません」
先生が確認して頷いた。
その声には、やはり誇らしげな響きがあった。
「見事でしたね、乙羽。五属性を使いこなすだけでなく、近接戦闘でも一切の隙がない。先生として、誇らしく思います」
「えへへ。ありがとう、先生」
乙羽は少し照れたように笑った。
「……いや、そこで照れるのかよ」
柳が呆れたように笑う。
「そうだね。世界初の五属性使いが、いつも通りなのはちょっと不思議だけど」
琴も頷いた。
「でも、先に進むならちょうどいいね。邪魔な魔物もいなくなったし」
「うん。次に行こうかぁ」
『世界初の五属性使い、本人はいつも通り』
『先生が誇らしそうなのも分かる』
『瑠奈ちゃん、まだ衝撃から立ち直ってないw』
『七層、乙羽の本気が見られて最高だった』
『これでまだ先があるんだよな……』
『十層まで行ってくれ!』
乙羽たちは七層の出口へ向かった。
そこから先も、攻略は順調だった。
八層は岩場と乾いた谷が入り組んだフィールドだった。視界が遮られる場所もあったが、先生が魔物の位置を把握し、琴と柳が先手を取って敵の動きを止める。
乙羽は近づいてきた魔物を拳で吹き飛ばし、遠距離の敵には火や風、雷の魔法を使って手早く対処した。必要な場面では土で進路を塞ぎ、水で敵をまとめて押し流すこともあった。
『また拳で一撃w』
『五属性の情報が出たあとだと何をしても驚く』
『いや、まだ慣れちゃ駄目な光景だろw』
『琴ちゃんの剣と柳ちゃんの影も大活躍』
『連携がすっかり板についてるな』
谷を抜けた先に現れた群れも、三人の連携の前には長く持ちこたえられなかった。
琴の剣が別々の敵を追い詰め、柳の影が足を止める。その間に乙羽が魔法を放ち、残った敵を拳で倒していく。
八層の出口へたどり着くまで、さほど時間はかからなかった。
続く九層は、巨大な岩柱が点在する広い岩原だった。
岩柱の陰から魔物が次々と飛び出し、遠距離型の個体も後方から魔法を放ってくる。
「前と右から来てるよぉ」
乙羽が声をかけた。
「おう、右は任せろ!」
柳が影を広げ、岩柱の陰から飛び出してきた魔物を拘束した。
「そうだね。前はこっちで片付けるよ」
琴が剣を複数展開し、正面から迫る魔物たちへ向かわせる。
乙羽は後方から飛んできた魔力弾を魔法で撃ち落とし、そのまま遠距離型の群れへ反撃を放った。炎と雷が岩原を走り、敵の陣形を崩す。
動きの止まった魔物へ琴の剣が襲いかかり、柳が影を伝って背後から仕留める。正面から突進してきた大型個体には、乙羽の拳が叩き込まれた。
巨体が地面を滑り、岩柱に激突する。
『九層もこの調子で突破か!』
『三人の役割分担がうまい』
『乙羽、五属性を公開してからも普通に戦ってるのがすごい』
『瑠奈ちゃん、まだ五属性の衝撃を引きずってそうw』
『先生の教え子自慢、今日ずっと聞いていたい』
『十層が見えてきたぞ!』
その後も、魔物の群れをひとつずつ片付けながら、乙羽たちは九層を進んでいった。
最後に残った魔物を倒すと、先生が周囲を確認する。
「周囲に敵影はありません。九層の出口を確認しました」
「ありがとう、先生」
乙羽は礼を言い、階段のほうへ向かった。
七層では、これまで見せていなかった土と水の属性まで披露した。八層と九層も、琴と柳の能力を活かしながら順調に突破できている。
このまま進めば、いよいよ十層だ。
「ついに十層ね」
琴が階段の先を見つめる。
「ここからは気を引き締めていこう。今まで通り連携を意識すれば大丈夫だと思うけど」
「おう。どんな敵が出てきても、ぶっ飛ばすだけだろ」
柳が拳を握る。
「ふふ。頼もしいですね」
先生も満足そうに頷いた。
乙羽は三人の顔を順番に見て、いつもの調子で微笑んだ。
「それじゃあ、十層に行こうかぁ」
コメント欄が再び盛り上がる。
『ついに十層!』
『五属性の初公開から十層突入まで、情報量が多すぎるw』
『七層の戦闘、何度でも見返したい』
『世界初の五属性使いが、まだ先へ進もうとしてるんだよな』
『ここからが本番だ!』
乙羽たちは階段を下り、十層の入口へと向かった。
その先に待つ戦いが、これまでとは違うものになることを期待しながら。




